第108話『守るべき人』
シリーズ第108話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
フルウム国の辺境──赤茶色の岩肌が辺り一面に広がる堅牢な山地にて野営地の防衛の任に就いたのはテラコッタ・ソシアルナイツだった。祝福の証の彩りを持つ戦士として、テラコッタの誇りを胸に燃やす騎士として、彩りの軍の一員として迫り来る脅威と真っ向から戦う確固たる覚悟を秘めていた。
「み、見ろ!あの赤い光はなんだ…!?」
「どうやら“お客様”のお出座しのようだな…テラコッタ・ソシアルナイツ、総員出撃!!」
「超盛り上がってきたじゃん!マジバリバリでノリノリじゃな〜い!?」
「カメリア、気を抜いちゃダメよ。我らテラコッタの騎士の誇り、彩りの騎士の誇りは汚させはしない!」
赤い瞳を闇夜に光らせながらひたひたと迫る魔物の群れに対して臆することなく、彩りの騎士19人は武器を構えて毅然と迎え撃つ。かつて共に騎士道を歩みながら主君ローザの凋落を暴き、処刑を逃れて行方を眩ませていた賊騎士ブライアも加わり、赤錆にまみれた剣を携えて毅然と立ち向かっていった。
「…けっこうな数ね。でも、皆のために負けられない…」
「ブライア殿、改めて貴女と共に戦えるのは実に喜ばしい。我らが主君ベガ様の理想のため、この務めを全うしようではないか!」
「ランディニ…私は魔族七英雄ベガに仕える気はない。私はこの軍の理想の実現のため、戦うだけよ…」
「ブライアさん…やはり私達と道を違えたのでしょうか…?」
「ミュゲ、ボヤッとするなよ!魔物なんて軽くブッ飛ばしてやろうじゃないか!」
「…はい、グラジオ様。テラコッタの騎士ミュゲ、誇りを胸に参ります!」
邪道に堕ちた主君ローザが没し、彩りの騎士達が新たに仕える主君となったのは魔族七英雄ベガとその臣下である邪淫の貴公子ラストだった。再会を果たしたものの、家族同然であるテラコッタの騎士達が敵対する魔界の者に仕えることを賊騎士ブライアは受け入れられずにいる。ダスティグレーの賊騎士は大切に想う“家族”との間に隔たりを感じながらも我武者羅に魔物達に立ち向かっていった。
「…隙あり!」
「見事!ブライア、さすがの腕だな──」
「マリー…私に誉れ高き称賛の言葉は不要よ。そもそも私は逆賊に堕ちた身、本来こうして貴女達と共に“騎士”として戦う資格など無いはずなのよ…」
「そんなことはない。ブライア、自らの正義と信念に従いし己が生き様を恥じることはないんだ。己が美学を尊ぶことも美しい生き方だと私は思うぞ」
「しかし…私は忠義に生きる騎士ではなく、主君に背く罪状を負った逆賊…既に貴女達とは道を違えている…その気持ちだけ受け取っておくわ」
「ブライア様…ローザ様の凋落を暴いたことを後悔しておられるのかしら?」
「…どうもそのようだな、サルビア。アタシは個々の信念を貫くことも騎士の本分だと思うんだけどなぁ…」
「ミモザ、次が来るぞ!迎撃体勢をとれ!」
ブライアが騎士としての背徳に心を澱ませる中、数多の戦いがテラコッタの騎士達の脳裏を過る。自らの主君、各国の主賓、テラコッタ領の民──数多の守る戦いを経験してきた彩りの騎士だったが、この戦いで守るのは──仲間──たとえ道を違えていても、たとえ互いの心に溝があったとしても、左手の甲に彩られた祝福の証に導かれ合い、共に戦いの旅路を歩む仲間であることに変わりはない。仲間との“絆の力”を信じ、背にした野営地で待っている仲間達を想いながら魔の戦火に臆することなく立ち向かっていった。
「ぬうぅん!はああぁッ!!」
「わぁ〜!ガーベラ様の突進で陣形乱れてるじゃん!超チャンスじゃない!?」
「ツィガレ、奇襲を仕掛けろ。群れの中に飛び込め!」
「…任務開始。敵軍を殲滅する!」
凶騎士ツィガレがやや機械的な口調で呟き、夜の闇に姿を消す。漆黒の影から現れるや否や群れに飛び込んでいた。短刀を逆手に持ちながら目にも止まらぬ速さで斬り込み、闇夜の紺碧を魔物の血で赤黒く染めた。
「…排除した」
「さっすがツィガレ様!…って、いつの間に!?キャ〜ッ!」
「むおおぉぉッ!」
重騎士ガーベラが身を乗り出し、緑の幼騎士エーデルを魔物の凶爪から救い出した。橙色の重厚な鎧は荒々しい魔手を跳ね除け、真摯に仲間を守り抜いていた。
「むぅ、なかなかの攻撃だな…エーデル、大丈夫か?」
「は、はい…ガーベラ様、ありがとうございます!」
「何、礼には及ばない。また次の奴が来る。気を引き締めていくぞ。エーデル、着いてこい!」
「は〜い!頑張っちゃいますよ〜!」
知略を巡らせて皇騎士マリーと共に戦いの指揮を執るのは蒼騎士ヒアシンスだ。アルパインブルーの彩りの騎士が紡ぐ精練された知略が統制の取れた洗練された戦いを形成していく。前衛の指揮を皇騎士マリーが、後衛の指揮を蒼騎士ヒアシンスが担っていた。
「ガーベラとランタナで防衛線を張るんだ。ハイビスとラミウムは援護の体勢をとれ!」
「うう、眠いよぉ…」
「ハイビス、しっかり!アタシ達が頑張らないと!」
「そうだね、ラミウム…わたしも頑張るんだもん…!」
その同じ頃、後衛の指揮を執るのは蒼騎士ヒアシンス。表情を変えることなく平静を保ちながらも凛と静かに燃える闘志を胸に秘めていた。
「バジル様とヒーザー様は野営地付近から敵を迎撃、パンジーとグラジオ様でランディニ様達と前衛に加勢してください!」
「魔物なら心置きなく殺っちゃえるの!頭からザックリと斬り取っちゃうのよ〜!」
「パンジー、気合い入ってるじゃないか!頼りにしてるぞ!」
「は〜い!張り切って殺っちゃお〜!!」
斧を携えたパンジーは我先にと前線に割って入り、飛び掛かりながら魔物の首を狩り取った。闇の皇女ビアリーに妖しい彩りの力を見出だされ、テラコッタの騎士でありながら毒の戦士として覚醒した。毒の力で怪しく煌めくパンジーパープルの紋様は元々持ち合わせていた猟奇性に拍車をかけ、パンジーの胸の内に妖しい衝動を沸き上がらせる。猟奇に囚われたシリアルキラーは斧を振るいながら猛り狂うような笑い声をあげていた。
「キャハハハ!アッハハハハ〜!」
「ヒュ〜♪パンジーの奴、やっぱりクレイジーだな〜!」
「み、見ろ!パンジーの紋様が…!」
「ギタギタにしちゃうの!トキシックスラッシュ!!」
毒の彩りの騎士パンジーは狂気に委ねるがまま斧を降り降ろし、魔物を次々と討ち伏せる。毒の彩りである濃紫の鎧を赤黒い魔の鮮血に染め、姿は共に戦う仲間達さえも戦慄させた。
「キャハハ〜!魔物がお肉になっちゃったの〜!」
「これが毒の力…パンジーの彩りを覚醒させた力の片鱗か…」
「…アタシ達、パンジーに敵として会わなくて幸運だったよな…」
「ローザ様に見出だされるまでは流れ者の殺人鬼だったらしいからね…端から見てても背筋が凍るよ──うわっ!?」
「ランタナ、大丈夫か!?クソッ、よくもやりやがったな…!」
ランタナが不意討ちを受け、風雲急を告げる。仲間の生き血の匂いを嗅ぎ付けた魔物達が次々に現れ、野営地に迫っていった。
「うへぇ…倒しても倒してもキリがないよ〜…」
「チッ、黒っぽい奴ばかりで見辛いったらありゃしないぞ!下手すりゃブライアやツィガレやパンジーを誤射しちまう!」
「なんてことだ…なんとか打開しなければ──」
「ブライトエッジ!」
「ファイアボール!」
「なんだ!?光と炎…!!」
金色の剣閃が悪を切り裂き、紅蓮の猛火が魔を焦がす。彩りの騎士達の間に割って入ったのはモニカとエレンだった。
「モニカ殿、エレン殿…!?」
「やはり貴女方に任せてばかりでは申し訳ありません。我々にも加勢させてください!」
「モニカ殿…やはり我らでは役者不足だったということか?」
「そうじゃないってば!ただ私達にも手伝わせてほしいってお願いしてるだけだよ!私達とアンタ達は仲間なんだから、そんな水臭いこと言わないで!」
「エレン殿…我らは“仲間”か…」
「マリー様、早くご決断を…!」
「そうだな、ミュゲ…心得た。では、共に戦おう!モニカ殿、エレン殿、お願い申し上げる!」
「はい!ですが…私とエレンだけとは言っていませんよ?」
「その通り!みんな、出てきていいよ!」
エレンの号令で野営地の天幕に隠れていた仲間達が次々に飛び出してくる。彩りの騎士達の苦境に我関せずと眠っている者はなく、軍の仲間達全員が集っていた。
「な、なんと…皆々様!?」
「ジッとしてるのは性に合わんッス!一緒に戦うッス!」
「楽しい遊びは独り占めするものじゃないわ…夜はこれからよ♪」
「テリー殿、皇女ビアリー様…感謝する!」
「さ〜て、テンションMAXでブッ飛ばしてやろうじゃん!行くぜぇ!」
野営地に控えていた全員が加わり、19人から一気に100人となった一行は押し寄せる荒波のように魔物達に向かって一気呵成の勢いで畳み掛ける。闘争本能のままに暴れ回る魔物達も事を察するや錯乱し始めた。
「マンチェスタースマッシュ!」
「ポイズンラッシュ!」
「あともう一息ですね…マリー!貴女の力をどうか貸してください!」
「モニカ殿…承知した。共に参るぞ!」
モニカとマリーの紋様が呼応して煌めく。金色の陽光と山吹色の閃光──光の彩りを纏った双剣が闇夜の漆黒を眩しいほどに明るく照らした。
『天駆ける天光よ、悪を討ち、魔を薙ぎ払え!シャイニング・ジャスティスソード!!』
改めて紡がれし絆の力を以て、夜の闇に蠢く魔物の軍を退けた。勝利を納めはしたが、テラコッタ・ソシアルナイツの首領である皇騎士マリーを筆頭に彩りの騎士達は決まりの悪そうな表情で並び立っていた。
「快き救援、感謝する。恥ずかしながら苦戦していたところだったからな…」
「ええ、結局皆様のお手を煩わせてしまいましたわね…ごめんなさい…」
「ラナン、気にしないでくれよ。ソシアルナイツのみんなが俺達を守りたいと思ってくれているのと同じように、俺達も大切に思ってるぜ。俺にもラナンを守らせてくれよな♪」
「リタ様…嬉しいですわ…」
(あっ…こりゃラナンもリタに惚れたぞなもし…)
(ああ、イオスが恨めしそうな目で見てるがや…ったく、罪作りな奴だがや…)
(ク〜ッ!何よ何よデレデレして!リタ様はウチだけの王子様なんだから〜!)
「自分だけでやろうとすると結局遠回りになることは往々にしてあるからね。せっかく縁があって一緒にいるんだから、助け合っていこうよ!」
「そやそや、誰が主君とか関係ないやん。ウチらみんな、マリー姉ちゃん達のこと信じとるで!」
「エレン殿、アミィ殿…ああ。テラコッタ・ソシアルナイツ一同、この軍の一員として力を尽くそう。今後ともよろしく頼む!」
一方、魔族七英雄ベガの居城。魔薔薇の皇子は配下である邪淫の貴公子ラストと共に静かに佇みながらも直向きに自らの理想郷を想い、胸中に野望の焔を静かに燃やしていた。
「ベガ様、ソシアルナイツの皆の奮戦を受け、あの娘達の一団の士気に復調の兆しが見え始めております」
「…そうか、やはり薔薇は過酷な地で育まれてこそ美しい。華やかなる色と芳しい香は内に秘めたる強さを伴うものだな…」
「ええ、その通りですね。彼女達は野営地で夜を明かし、明日にはビンニー国に到達する見込みです」
「ふむ…彼女達の美が野蛮な輩に汚されぬように注意する必要があるな。ラスト、私達もこれまで以上に気を引き締めて臨もう」
「承知しました。我ら魔薔隊の理想のため、力を尽くします」
マリー率いるテラコッタの騎士達が共に歩む“仲間”として一行の皆と改めて絆を紡ぎ、魔族七英雄ベガの陣営も色めき立ち始めた。モニカ率いる彩りの義勇軍、マリー率いるテラコッタ・ソシアルナイツ、ベガ率いる魔薔隊──それぞれの思惑が交差する中、次なる目的地である蛮族の国は間近に迫っていた。
To Be Continued…