第107話『騎士の誇りと共に在れ』
シリーズ第107話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
フルウム国の辺境にて邪淫の貴公子ラストの救援を受け、立ちはだかる魔物の軍勢を退けた彩りの戦士一行。治癒術を以て物理的な傷は癒えたが、戦いの爪痕は見えざる傷として皆の心の内に残ってしまった。
「あ、あの…ランディニさん…」
「…アイラ殿、すまぬ…失礼する…」
「ありゃ…さっきラストさんが言ってたベガさんの理想のこと、やっぱり気にしてるのかな…?」
「…なんか、ソシアルナイツのみなさんに話しかけにくくなっちゃいましたね…」
「ああ、ケイトの言う通りだな。だが、彼女達は元来敵対勢力の一員だ。こればかりはやむを得んだろう」
魔族七英雄ベガの理想は人の姿を棄て、命を贄とした花園を造り上げることだった。薔薇の貴公子の配下であるテラコッタの騎士達との間には微妙な隔たりが生まれており、当事者であるテラコッタ・ソシアルナイツの面々も不穏な空気を感じ取っていた。
「…この空気、超ヤバくない?このままだとベガ様も超困るんじゃない?」
「うう…気まずいよぉ…コレットちゃんと話したいのに…」
「カメリア、エーデル、気に病むな。ベガ様の理想に近付けば皆にきっと理解してもらえる。辛いのは私も同じだ…一緒に乗り越えようではないか」
「…は〜い…」
「…はい、マリー様…」
一方、魔族七英雄ベガの居城──主君の目指す理想郷を口外してしまったラストは決まりの悪そうな顔をしていたが、ベガはいつもと変わらない涼しい顔のまま、叱責するというよりは諭すような声色だった。
「…そうか…多言を弄するのは美しくないよ、ラスト」
「はっ…申し訳ありません…」
「まあ、良いさ。彼女達もいずれは知ることになっていたからね。私の代わりに君が代弁してくれたということにしておくよ」
「…御心遣い、痛み入ります」
ベガとラストの2人だけが佇む空間には妖しい魔の気が充ち満ちている。2人の胸の内に燻る野望は魔界の摂理では美しいが、人間界の摂理では歪な存在──人間界とは相反する魔界の皇子としての未だ見ぬ理想郷への執念は静かに妖しく燃えていた。
「…ベガ様、今後はいかがされますか?」
「…どうする、とはどういうことかな?」
「はい、僕が我らの真意を口外したことにより、あの娘達の士気が下がっているようです。体勢を立て直すべく、テラコッタ・ソシアルナイツを今一度我らのもとへ戻らせてから──」
「いや、それはまだ早いだろう。薔薇の花も過酷な地で育まれてこそ美しく咲き誇る。美しい花の香と色を愛でるのに慌てる必要はないよ」
「…畏まりました」
その頃、彩りの戦士一行は辺境の山岳地帯を進んでいた。フルウム国の都市部を離れるにつれて道は次第に険しくなり、足取りは重くなる一方である。辺り一面に広がっていた緑が影を潜めていき、入れ替わりにゴツゴツした赤茶色の武骨な岩肌が辺りに広がり始めていた。
「ふぃ〜…こりゃなかなか骨が折れそうじゃのう…」
「そうだな、ステラ。俺、足が痛くなってきたぜ…」
「この辺りは地形が複雑で危険だな…コレット、足下に十分注意するんだぞ」
「うん、ゼータ、ありがと!すっごいデコボコ道だね〜」
「みんな、元気出して!この雄大な大地と一体になって、楽しくいこうよ!」
「クレア、楽しそうね…大自然の精霊の気がクレアを活き活きとさせているわ」
「そやな、フェリーナ姉ちゃん。やれやれ、クレア姉ちゃんはいつも元気やなぁ…まあ、明るくてええこっちゃ──」
ドタンッ!
「うわぁっ!?あっちゃ〜…岩で擦りむいちゃった…」
「クレア!?だ、大丈夫ッスか!?」
「ちょっと、血が出てるじゃない!もう…子供じゃないんだから、気を付けてよね!」
「ゴメンね、エレン…イタタ…」
足取り軽やかに山々を楽しんでいたクレアは勢い余って転倒してしまう。擦りむいた膝の傷口からは鮮血が滲んでいた。
「あらあら…クレアちゃん、大丈夫?薬草の湿布を貼ってあげるから待っててね…」
「イタタ…ドジっちゃった…エルヴァさん、ごめんなさい…」
「化膿したらいけないわ。傷口を清潔にして、安静にしましょうね〜」
「でしたら、わたくしの治癒術をお役立てくださいませ!必ずやクレア様のために──」
「いや、その必要はない。今はエルヴァの治療で間に合っているよ。その力は他の場面で役立ててくれ」
「アンジュ様…ハァ…」
「ラナン、今は仕方無いわ。ベガ様の理想はこの軍の指針とは道を違えている…相容れぬ思想を共有するのは一朝一夕にはいかないわ。この軍への私達の想いを1つ1つの行動で示していきましょう」
「…承知しましたわ、バジル様…」
「日が傾いてきたわね…クレアの安静もあるし、この辺りで野営にしましょう」
「はいっ、ミリアムさんに賛成です!ふぅ…海賊に山は堪えます…」
「ロビンさん、しっかり!わたし達、近くで食糧調達の狩りしてきます!行こう、メリッサ!」
「オッケー、ヴァネッサ!ガンガン狩ろうぜ〜♪」
軋轢がテラコッタの騎士の心を澱ませる中、次なる目的地ビンニー国は少しずつ近付いている。隣に待ち構える蛮族の国を目前に控え、フルウムの国を一心に守ってきたドルチェ自警団の面々は間も無く離れようとしている祖国へ想いを馳せていた。
「自警団としてフルウムの平和を我武者羅に守ってきたつもりだったけど…私達はフルウム国のほんの一部しか知らなかったのね…」
「サンディアの言う通りね。まさかフルウムの地にこんなに魔物が潜んでいたなんて…」
「しかも手強い魔物ばかりだったよね…大丈夫かな…?」
「セレナ、真に平和をもたらすにはやるしかないでごわす。共に戦って道を切り開くでごわす!」
「そうね、ヴァインの言う通り戦うしか道はない。私達がフルウムに希望をもたらすのよ!」
「や〜れやれ、熱いねぇ…まあ、ぼちぼちやっていきますか!」
「…御意。たとえこの身は離れようとも我らが意思、このフルウムに在り!」
「えっと、いろんながあると思いますけど、みなさんと協力して頑張りましょう。私達が元気に頑張れば、きっとフルウムも元気になります…!」
「そうだね、ペルシカ。あたし達はあたし達に出来ることでこの軍のため、フルウムのために頑張ろう!強くなるってお父ちゃんと約束したもん…!」
真っ直ぐに祖国を想うフルウムの戦士達が決意を新たにする中、一行は野営に入る。ビアリーの家臣である毒の戦士ヴェレーノ・ノーヴェの面々が中心となって慣れた手付きで設営を進めていき、テキパキと体制を整えていった。
「ビアリー様、野営地の設営、完了致しました」
「見回りもバッチリです!今夜は問題なく休めますよ♪」
「アヌビス、オトロヴァ、ありがとう。あたくし達、貴女達の働きにいつも助けられているわね…」
「恐れ入ります。今回はナハトも見回りを手伝ってくれたんですよ!」
「あら、そうだったの?貴女の心遣い、嬉しいわ…ありがとう、ナハト♪」
ビアリーはナハトに優しい笑みを向ける。ナハトはオトロヴァに促されてビアリーの前に跪くが、恥ずかしそうに目を地に伏せていた。
「…わ、私もビアリー様に見出だされた毒の戦士の1人ですもの…出来ることがあるなら協力するわ…」
「アハハ!ナハトもすっかりヴェレーノ・ノーヴェの一員じゃん!超馴染んできたって感じ♪」
「ナハトが打ち解けてくれてわっちも嬉しいがや!仲間として頼りにしとるがや!」
「フフッ…前の私には“身内”のリヒトしか共に旅する人がいなかったけど…“仲間”というのも悪くはないわね…」
ナハトが内気ながらも毒の戦士達と打ち解けていくその光景を目の当たりにし、彩りの騎士達の強固な鎧を突き抜け、重い空気が胸に突き刺さる。彩りの軍は結束して意気を高めようとしているが、テラコッタ・ソシアルナイツは蚊帳の外だ。距離を置きながらも同じ軍の一員として共に歩む仲間として在り続けることは彩りの騎士達の心を甚振り続けていた。
「…パンジーも毒の騎士だから、野営地設営に参加したかったの…」
「マリー様…我らはこの軍のお荷物になってはいないだろうか…」
「ああ、そうだな…だが、この軍のため、きっと我らに出来ることがある。テラコッタの騎士として、祝福の証を持つ戦士として…そして、ベガ様の家臣として、為すべき務めを全うするのだ」
皆が寝静まった頃、賊騎士ブライアを加えたテラコッタの騎士19人は一堂に介し、密かに任に就こうとしていた。それは主君ベガのためではなく、共に歩みを進める彩りの軍のためだった。
「全員揃ったね…さて、やろうか!」
「…はい、頑張ります…!」
「うへぇ〜…眠たいよ〜…フワァ〜…」
「しっかりしろよ、ハイビス。あれだけマリー様が頼み込んでくれたんだ…失敗は許されんぞ!」
テラコッタの騎士達は夜の闇に潜んでいた。夜間の野営地の守衛役を買って出ていたのだ。皆が集う機会を伺い、主将マリーは騎士の誇りを携えて嘆願していた。
『…夜間守衛、ですか…?』
『悪いようにはしない。この軍のため、どうか我らテラコッタ・ソシアルナイツにも出来ることをさせてくれ!』
『御気持ちはありがたいですけど…皆様だけに御手を煩わせるのは恐縮ですわ…』
『ルーシーの言う通りだぜ…アタシらはこうしてたくさんいるんだし、みんなで交代制で──』
『そこを我らにお任せ願いたい!テラコッタの騎士としての誇り、ひいては祖国ブルーノの騎士としての誇りを賭ける覚悟だ!どうか我らを信じてくれ…頼む!!』
深々と頭を下げる主将マリーに続いて次々と頭を下げる彩りの騎士達の姿に一行は息を呑んだ。皆が頭を下げながらも全身に強い意思を纏っており、かつて刃を交えた仲であるモニカもそれを感じ取っていた。
『…わかりました!マリー達にお任せします!』
『本当か!?良かった…感謝するよ、モニカ…』
『みんな…私の一存で勝手に決めてすみません。よろしいでしょうか?』
『大将のモニカさんが決めたなら私は異論はないのである。それに直接対峙したことのある君が決めたなら大丈夫なのである!』
『私も賛成さ。名のある騎士様に守られるなら安心だねぇ!』
『そうね、ポワゾン。では、お願いしますね!』
『…それならば、私もやるわ。テラコッタの騎士として共に行きましょう…』
『ブライア殿…感謝致す!』
そんな故あって、彩りの騎士達は夜の野営地を守る任務に就いた。静寂に息を潜め、闇夜に影を溶かし、騎士の誇りを胸の内に燃やしながら闊歩していた。
「さ〜て、任務開始か…よっしゃ、燃えてきた〜!」
「ランタナ、熱くなり過ぎないでね…どこから何が襲ってくるのか、落ち着いて見定めないと──」
「み、見ろ!あの赤い光はなんだ…!?」
「どうやら“お客様”のお出座しのようだな…テラコッタ・ソシアルナイツ、総員出撃!!」
赤茶色の大地が広がるフルウムの辺境、夜の闇に赤黒い光が点々と浮かび上がる。魔物達の双眸だった。主君のため、祖国のため、彩りの騎士達の脳裏に様々な想いが錯綜するが、誰1人違えることのない1番大切な想いは──
──仲間のため──
テラコッタの騎士達は想いを1つにして武器を構え、闇夜に蠢く魔物の群れに臆することなく立ち向かっていった。
To Be Continued…