第105話『邪淫の治癒士』
シリーズ第105話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
次なる目的地ビンニー国を目指し、行軍の歩を進める一行。その道中にてソーダブルーの彩りを持つアザレア王国出身の斧使いジーリョを加えたが、彼女は女性でありながら度を越した女好き──女と知れば見境なく手当たり次第に口説いていき、遂にはビクトリアの逆鱗に触れて一悶着起こしてしまう。終いにはアザレアの同志であるテレーズから“節操無い”と酷評されてしまう始末だ。仲間として加わったものの、洗練とは程遠い振る舞いは快いものとは言えず、共に歩むべき一行との間に微妙な溝が出来てしまっていた。
「ジーリョ、退け!そんなところでボヤッとするな!」
「すみません…アヌビスさん…」
「ジーリョ、自分の力で挽回するしかねぇだろ。アタシはもう一度信じるぜ…アザレアの誇り、見せてみな!」
「テレーズ……」
フルウムの地に潜んでいた魔物の大軍勢が一行に迫る。前衛を守るアーマーナイトの3人が組み止めるものの、屈強な魔物の荒々しい波状攻撃に圧倒されお世辞にも優勢とは言えない状況だ。騎士ティファと水瓶座のヴィボルグが防御を担うべく加勢するが、魔物達の攻勢は簡単には緩まず、依然として余談を許さない状況は変わらない。
「うへぇ〜…手強い…セレアル、大丈夫!?」
「あれだな〜…さすがにちょっとしんどいだな、うん…」
「フルウムの林や薬草を採った森にいた魔物より格段に強い…同じフルウムの地なのに、どうして!?」
「サンディア、また攻撃よ!…ヴィボルグ様、危ない!」
「……!!」
ヴィボルグが危地に陥ろうとしていた刹那、後方から爽青の彩りを纏った斧が投げ込まれ、丸太のように太い魔物の腕を切り落とした。斧の主であるソーダブルーの戦士ジーリョは決まりの悪そうな表情でこそこそと前衛に躍り出る。活躍を見せたものの、皆がジーリョに向ける目は少しばかり冷やかなままだった。
「…貴女は…」
「恐れながら申し上げます。どうか私も戦列に加えてくださいませ!」
「ジーリョ…もちろんです!」
「ケッ!邪魔だけはすんなよ!その時はテメェを蹴っ飛ばしてやるがや!」
「……」
「ドゥイヤオ、ブライア…どうかジーリョを“仲間”として受け入れてあげてください。どうか共に戦う祝福の証の戦士を邪険にしないでください…」
「チッ、モニカが言うなら仕方ねぇがや…せいぜい足引っ張らねぇように頑張るこったがや!」
「ジーリョ、貴女は軽薄と思われても致し方無いことをした…それでもここまで信じてくれるモニカの信頼には背かないで…貴女の覚悟、見せてもらうわ」
「……」
「ジーリョ、私は貴女を信じていますよ。祝福の証の戦士として、共に戦いましょう!」
「モニカ様…恐縮です」
モニカはジーリョを前衛の戦列に引き入れようと苦心する。前衛の面々は一行を牽引する大将であるモニカの言葉には耳を傾けるが、ジーリョに対しては未だ渋々という様相だ。
「ヴィオ、ツィガレ…ジーリョを前衛に加えてあげていただけますか?どうかお願いします…」
「…好きにしろ。まあ、邪魔だけはしてくれるな」
「…任務再開…」
(…ジーリョの覚悟、きっと皆に伝わるはず。祝福の証で集った皆なら解ってくれる…必ず!)
一方、中衛は軍師を務めるルーシーが中心となり、半ば客観的な視点で戦局を見通していく。攻撃役と援護役、治癒役までも揃う中衛は前衛と後衛のサポートを担い、軍の潤滑油として戦局に柔軟に順応していった。
「ゼータさん、前衛の射程圏には入れそうですか?」
「ああ。前衛ならビームセイバー、後衛ならバスターがある。どちらの援護も任せろ」
「頼むわよ、ゼータ。それにしても思いがけない足止めね…」
「そうだね、エリス。魔物達もどんどん強くなっている…僕達が知らぬ間に魔族七英雄や邪教戦士達の影響が世界中に広がっているのか…?」
彩りの軍の核となる中衛の陣営には前衛と後衛の双方からひっきりなしに情報が飛び込んでくる。風雲急を告げる慌ただしい様相だ。
「飛行する魔物が後方からわんさか湧いてきたぞなもし!援護を頼むぞなもし!」
「前衛の方にも増援が現れたよ!揃いも揃って手強そう…」
「スラッジ、ドルチェ、ありがとう。なかなか厳しい戦いになりそうね…」
「そうですね、イレーヌさん。きっとこの辺りから魔物が人里に出るんですよね…」
一方、フェリーナがリーダーを務める後衛の陣営──前方から飛来する魔物の迎撃は勿論、後方から湧き出る増援の魔物達の撃退も担っており、矢継ぎ早の襲来に息つく暇さえもない。
「シャドウバレット!」
「メタルスピナー!」
「ウィンドカッター!…みんな、また次が来るわ。大丈夫?」
「ちょ〜っと大丈夫じゃないかもな…なかなか骨の折れる仕事だなぁ…」
「ええ、私達の住むフルウムの地が魔物達の温床だったなんて、哀しいわ…」
各陣営が密に連係をとりながら応戦するが、魔物達の強襲は止まらない。挟み撃ちの形でジリジリと追い込まれ、次第に劣勢を強いられていった。
「クソッ、ヤートがやられた!まさか私らがこんなに苦戦するなんて…!」
「魔物が次々に湧いてくるでごわす…まこと恐ろしいでごわす!」
「ヤバいッスよ!このままじゃ前衛が持たないッス!」
「だ、誰か…急いで中衛に救護班の要請を──」
「ファーストエイド!」
何処からか治癒の力が解き放たれ、深手を負わされたヤートを優しく癒していく。ベガの配下でありディアボロ7人衆の1人でもある青年、ラストだった。先端にピンクの宝玉が杖を携えた彼は躊躇いなく魔物達に対峙していった。
「ラスト様!?」
「僕も加勢するよ。君達に万が一のことがあったらベガ様の理想が潰えてしまう!」
「…善意はありがたいけど、ディアボロ7人衆の貴方が私達に協力する道理があるの?」
「はい。僕が皆様に加勢するのはあくまでも主君ベガ様の理想のためです。それ以上でも以下でもありません」
「どうも釈然としないな…モニカ、どうするよ?」
「ポワゾン、今はこの状況の打開が先決です。ラスト、協力をお願いします!」
「承知しました。我が名はディアボロ7人衆、邪淫のラスト。参ります!」
ラストを加え、傾きかけの体勢を整えていく。ラストは治癒の力を以て敵対勢力であるはずの一行に加担していった。
「ファーストエイド!」
「ラスト様…温かき御慈愛、感謝致します…」
「礼には及ばないよ、ガーベラ。僕は僕に出来ることをやっているだけさ」
「治療出来るもんが増えたのはありがたいが、魔物の暴れっぷりは相変わらずじゃのう…」
「それなら僕にお任せください。まあ、柔能く剛を制すというやつですよ…」
「これは邪気!…ラスト、何するつもり!?」
「いきますよ…グロッシー・テンプテーション!」
妖しい瘴気に惑わされた魔物達が同士討ちを始め、統制が乱れ出す。かつて邪教戦士ローザが一行を危機に陥れた魔術だ。噎せ返るほどの瘴気が充ち満ちており、あと一歩のところまで追い込まれた危機が脳裏を過った一行は狼狽えるが、その不安に反して敵対する魔物達だけが惑わされていた。
「これは…ローザが魔術書で使ってた術じゃん!」
「おお…この術は敵なら恐ろしいけど、味方なら心強いぜ!」
「なんだかあたし達のときより激しい気がする…どうなってるの?」
「僕がベガ様より賜った力、淫の力は本能…殊に肉体的な欲求に直接干渉して喚起することで心身を深いレベルで操ることが出来るのです。理性を持つ人間を操るのは高い魔力を要しますが、理性を持たぬ魔物はこうして容易に操れるのですよ」
「そんな術だったの…力を司る精霊に干渉するのではなく、生命体としての根幹に踏み入って操れるなんて…恐ろしい能力ね」
「肉体的な欲求…生命体は極限状態に陥ると子孫を残そうとするのである。ラストさんの力は極限を見せることで操るのであるな…」
「そうね…心も体も互いに融け合い、悦び合う境地…あたくしも大好きよ。ウフフッ…」
「うむ、それは命と血脈を繋ぐ真理であり摂理…本能とは生命の根幹にありながら未だ解き明かせぬ深遠なる境地なのである」
「深遠なる境地…そこにはまだ見ぬ素敵な夢が詰まっているのですね♪是非その境地を見たいですわ!」
「ほほう…リーベちゃん、知的好奇心が旺盛なのであるな…君にはまだ早いと思っていたが、それほど君が知りたいと望むなら私が手取り足取り──」
「カシブ!アンタ、リーベに何を吹き込もうとしてるの!こんな状況でイチャイチャしないでよね…」
「むぐぐ…邪悪な気が私の胸の内に住まう邪竜を呼び覚ましている…血が騒ぐ…!」
「うむ…ピカンテの原因不明の発作はさておき、魔物は本能に干渉することでそんなに容易に操れるのか?」
「はい。魔物は極めて本能に忠実な生き物ですからね。僕は今、魔物達を操るのに全力はおろか、1割も魔力を使っていませんよ」
「何ッ!?つまり貴様はそれほど強大な魔力を秘めているということか…!」
「そういうことです。まあ、僕も魔族七英雄の臣下の端くれですから。魔物を従わせるくらい造作もありません」
「…まあ、形はどうあれ、魔物達が統制を乱した今がチャンスです!」
「ならばここは私が!アザレアの誇りに賭け、このジーリョ、必ずや勝ってみせます!」
「…承知しました。全軍、ジーリョさんに続いて、総攻撃!!」
守勢から攻勢に転じ、一行は獅子座のミノアの号令のもと、少しずつ勢いを取り戻していく。中でもジーリョは名誉挽回とばかりに奮戦する。少し距離を感じながらも共闘し、斧を荒々しく振るう様相はエレンやルーヴといった力自慢の面々に引けを取らず、雄々しささえ感じられるほどだった。
「せいやぁ!」
「参ります!ポーツマスエッジ!」
「ふむ…ジーリョの奴、強いな…」
「ええ、日々の鍛練は決して嘘をつかない…普段の態度は軽薄だけど、鍛練への直向きな姿勢は本物ということね」
テラコッタの騎士であるグラジオとバジルが真っ直ぐに見つめる中、ジーリョが自然と前線に加わり斧を振るう。軽薄な振る舞いはアザレアの紳士とは程遠いが、戦士としての姿勢は真摯であり、少しだけではあるものの爽青の戦士を見直し始める者も現れていた。
「ジーリョ…あんなに必死になって戦っている…」
「皆の疑いの目は簡単には払拭しきれないかもしれないけど…無責任そうに見える態度でも、アザレアの戦士としての誇りを捨ててはいなかったようね」
「そうね、シェリー。彼女はちょっと不器用なだけで、根はすごく一生懸命な人…空回りが多いのよね」
「…よし、ジーリョに続け!一気に畳み掛けるぞ!」
「ええ、我らアザレアの誇り、今一度見せる時です!」
アザレアの貴公子達が勇んでジーリョのもとへと駆けていき、気高き誇りの印である彩りを煌めかせる。ディアボロ7人衆ラストの思いがけぬ救援を受けた一行はこの危地を脱することが出来るのだろうか?
To Be Continued…