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第1話 戦勝祭


 アース歴2880年4月16日午後3時。

 魔族連合国では、祭りが執り行われていた。

 魔王ミシェルの快進撃。

 その報が速くも魔族連合国の全土に広がっていたのだ。


「魔王様はいったいどんな魔術、魔法をお使いに?」


 魔族連合国の1つである魔族国の女王が魔族連合国都市にある魔城に訪れていた。

 そもそも、連合国家と言う体裁を取っているが、魔族に国と言う概念はなく、大体この辺からこの辺は俺の土地と言う感じだったものを、現魔王ミシェルが小分けにして国と定めただけなのだ。

 よって、国に名称などなく小分けにされた国々はその国の強い者が一応、王になっている。

 魔族は基本的に長生きであり、暇を持て余す存在な為に、人間の真似事をしてみるのも一興だと言う事で、小分けにされた国の統治を遊び半分で行なっている。

 魔族連合国と言うのも本来ならば、ミシェル魔王国と読んでもいいのだが。

 ミシェル自体そんなものはどうでも良いとしているので、なんと呼ばれようと気にはしていない。

 

「難しい事はしてないさ。ワイバーンで乗り込んで要塞内の結界術式を壊して、タイミングを見計らって、仲間が空からの奇襲。まあ、仲間の方は俺が呼んだわけじゃなくて、付いて行きたいって言うから連れて行っただけだ」


 ミシェルの言った通り、ワイバーンを用意してもらった際に空戦部隊が目聡くミシェルの独断専行を看破したのだ。

 そして、空戦部隊と仲の良い部隊が俺も連れて行けと言う具合でユーラブリカ要塞攻略に参加したのだ。

 もっとも、それが無くとも時を見てレオナールが結界崩壊と同時に増援をしただろうが。

 さらに、本当ならば結界を破壊、内部崩壊を狙って暴れ要塞機能を無効化する程度の被害にする予定が、勢い余って要塞を崩壊させる始末となっていた。

 

「まあまあ。面白そうなことを。今度は是非私にもお声をかけてください」

「ああ、ところで。国の運営はどうだ?」

「順調ですわ。周りの国もです。人間如きが出来る事を私達が出来ないとでも?」

「いや……」


 嬉しい誤算と言えば良いのだろうか。

 ミシェルの思惑は、暇潰しとしての統治や、国家運営だったのだが。

 思惑以上に、魔族の統治は上手かった。

 何故今まで国を興して統治をしなかったか、と言う疑問が出てくる位に魔族達は国家運営が上手であったのだ。

 もともと、魔族の上位存在は頭が良いのだ。

 頭は良いが、使い方を誤っていただけだ。

 

「魔王様のご指導が参考になっておりますわ」

「確か、リティーベルは魔神族だったな」


 神にもっとも近いとされる種族の内の1つに魔神族がいる。

 リティーベルの一族がその魔神族であり、その中で最強であるのがリティーベル女王なのだ。

 外見は人間そのものに見えるが、身に纏うオーラが人外である事を示している。

 力を抑えているが、溢れ出る薄黒い陽炎がオーラとしてはっきりと視覚できるのだ。

 容姿は黒髪、黒い瞳に純白のドレス。

 ミシェルから見れば日本人にも見えなくは無いが。

 恐ろしい程の透き通った白い肌と整った顔立ちが彫刻の女性像を思わせ、ピタリとして動かなければそのまま彫刻にも見える程なのだ。

 当然、彼女は強い。魔神族はそれほど数は多くはないが、全ての魔神族に共通して何らかの特殊魔法を扱うという共通点がある。

 では彼女は、どういう特殊魔法を扱うか。


「私の一族秘伝の時空間魔法をお忘れですか?」

「いや、アレはなかなか面倒な魔法だったな」


 そう、時空間魔法を扱う。それもリスク無しで、だ。それこそが種族特性であり、魔族の特長である。魔神は、魔の神。神は神らしい能力を持っている。

 時と空間の魔法。時を操り、空間を操る。

 とは言え、万能ではない。

 不老不死のミシェルに敗北しているのが、その証拠である。

 

「あの血沸き肉踊る鮮烈な死闘は、忘れられるものではありません。出来れば――そう、再び再戦の機会を」

「すまないが、地上を制覇するまでは再戦の申し込みは受け付けていないんでね。全く、魔族は戦い好きが多いな」


 特に、上位存在の魔族は好戦的な者が多い。

 戦闘狂――の名に相応しい猛者が多い事は悪いことではない。

 

「では、夜伽の相手として、存分にベッドの上で相対しましょう。人間と魔神族の子というのもまた一興ですわね」

「はぁ……」


 溜息。別段、異族と性交するのは嫌いじゃない。むしろ、好きな方だ。

 しかし、相手は人間を遥かに超える存在。

 戦うにしても、性交するにしても人間のミシェルにとっては消耗が激しいのだ。

 だが、淫魔と戦って勝利を得ているミシェルだ。

 そう簡単に負けはしない。それに、ミシェルもまた、遥か昔に人間を超えているのだ。

 不老不死以外の手札は、当然ある。

 それを知るのは、隠している手札を開示させた相手のみ。

 リティーベルがミシェルから引き出させた手札はたったの3つ。

 魔神族相手に、僅か3つの手札を開示し勝利した。

 

 魔神族時空間系魔族リティーベル女王――。

 彼女とミシェルの出会いはおよそ50年前。

 人間界アース歴2830年。魔界では時間の概念が無いが、ミシェルが魔界に赴いて150年目の年。

 魔界大戦争による魔界統一を高らかに宣言した1人の男。ミシェルの名前が魔界全土に知れ渡っていた。

 この時のミシェルは、次々と魔族を支配していき、配下を増やし、権謀術数を用いて魔界最大勢力になっていた。

 魔界では久しく無かった大規模な大戦争。魔族達は、恐れるどころか喜んでいた。

 強い者がいる。それも、飛び切りの者が。

 リティーベルもまた、戦闘狂であり、好戦的。

 侵攻経路からも相対は間近。

 そして、その日は訪れた。


「貴様が覇を唱える者か」

「そうだ」

「人間が魔界に来るとは、命知らず。だが、ここまで勢力を伸ばす手腕は認めよう。が、それもここまで。私は強いからな」

「ああ、そう。会う魔族は皆、異口同音。馬鹿みたいに同じ事を言う。自分こそが最強、絶対強者だとね」


 一騎打ちとは、心躍る。

 リティーベルは、そう思った。それに、無駄な兵力の消費をしたくないのだとも。

 ミシェル配下の魔族達は、別の箇所で猛威を振るっている。多面侵攻による早期魔界統一のつもりなのだろう。

 適材適所で、相性の良い魔族をぶつけているのも、面白い。

 他がどうなろうと、リティーベルにとっては関係のないこと。

 

「魔神族の私に人間が一騎打ちとは。聞けば天竜族の王にも一騎打ちだったとか。光栄だ」

「どうにも、君との相性が良い魔族が手元にいなくてね」

「君ではない。リティーベルだ。魔神族の女王――そう、私が一番強いからな」

「では、まあ語ることも無いし戦いますか」

「うむ!」


 久しく無かった挑戦者に心を踊らせる。

 魔神族に挑む魔族は殆どいない。

 同じ魔神族でも派生があり、別派生の魔神族と喧嘩くらいはするが、それでは物足りない。

 天竜族や竜族とも戦ったことがあるが、それなりにしか楽しめなかった。

 一番楽しめたのは天神族だったな。

 目の前の人間はどの程度か。魔界奥地に来れる実力はあるからそこそこは楽しめるはずだ。

 そうでなくてはいけないし、そうでないと興ざめも甚だしい。

 人間界に興味はないが、人間界から魔界に来て、戦争をおっ始めた人間は興味が尽きない。


「身体が重い……重力操作か!」

「如何にも、人間のように詠唱などいらん。これでも魔神族なのでな!」


 押し潰す。そのつもりで魔法を放ったはずだ。

 おかしい。普通の人間ならば、ぺちゃんこになってもおかしくない重力をかけているはずだ。


「魔力抵抗力の向上……か。うむ。なかなか面白い、が。死ね」


 さらに追加。空間が歪む程の重力圧縮、空間の圧縮。

 天神族にも効いた魔法。人間にしてはよくやった方だが――。

 

「本性を出せ。人型である余裕などいらん」

「ははっ。そうか。それは失礼。なるほど、どうやっているかは知らんが、死ににくいようだ」


 魔神になる。

 黒い異形。ただ、漆黒のアメーバ状の塊が蠢き、闇を広げる存在になる。

 本来の姿は、人の形ではなく雲のように姿形を変化させる漆黒の闇は、世界を覆う夜を思わせる。

 群集なのか、単一が増幅しているのか。

 何れにしても、いつも通り。倒せば良い。

 ミシェルは体内の魔力を駆動させ、循環させていく。


 ……なるほど、魔界統一を謳うだけはあるということか。

 リティーベルは心の中で感心する。相手の魔力は、申し分ない。ただし、人間としては、だ。

 人族の場合、体内魔力の増幅は一般的な魔法。身体強化などの体内に関与する魔法を使用にするにせよ、体内魔力を体外に放つにせよ、大きな魔法を使おうと思うならば、まず体内魔力を増幅するのが常套手段である。

 となれば、増幅した魔法の使用方法は重力負荷を物ともしない身体強化だろう。

 ありきたりな対処法にがっかりだ。

 天竜族など、重力操作を物ともしない膂力が元から備わっている。

 まあ、人族と天竜族を比べるまでもないか。

 

「つまらんぞ。人間。塵1つ残さず死ね」


 空間が湾曲し、地面が深く沈む。

 沈んだ地面に空気が流れこんでいく。高密度な大質量、光さえも飲み込む小規模なブラックホールが魔法により完成していた。

 極限の収縮、圧縮。およそ生物と呼ばれるあらゆる生きとし生ける物が、小規模とは言え、ブラックホールの魔法攻撃を受けて生き残れるはずがない。

 潰され、収縮され、圧縮され何一つ残さず消え去る。

 それが、リティーベルの使用した魔法。


「いかんな。魔界が歪む」


 数秒とは言え、小規模ブラックホールはあらゆる物を吸い込み、消滅させていく。

 あまり、長く使い続けると魔界が歪み、小規模ブラックホールに吸い込まれて消滅してしまう恐れがあった。

 魔法を解く。

 すると、ブラックホールに向かっていた空気が弾けて爆発。

 魔界が揺れたが。それは時たまある高位魔族間の戦闘ではよくあること。


「ふむ。この辺りの土地はいずれ、勝手に自己修復するだろう。帰ろう」


 魔界には謎が多い。魔界特有の動植物は、勝手に生まれてくるし、どれだけ暴れて壊しまわろうとも魔界という世界が1つの生物のように、自己修復機能が働いて元に戻る。

 魔界の謎を解くのも一興だろうが、そんな面倒な事は魔界の魔族達は誰もしないし、それはそういうものだという認識なので、気がかりではあるが便利なのでそれで良いかと言う感じなのだ。

 とは言え、やり過ぎると元に戻るのに時間がかかる。リティーベルが言った通り、魔界の歪みは勝手に治るが、それでも歪み続けているとそれにいちゃもんを付けて来る魔族もいるのだ。

 魔神族とは言え、それ以上の高位魔族はいるし、魔界にも神はいるので神に小言を言われる位なら自重する。

 神と敵対して良い事など1つもないのだ。

 

「ガッ――ハッ……」


 鈍痛。アメーバ状の身体に傷が1つ。何分魔神族だ。傷を付ける輩など数少ないはず。

 神の眷属に傷を付けられるとなれば、神族戦争時代の神殺しの神器くらい。

 神族戦争時代は、人間界で言えば1億年以上前の出来事。神器は、人間界、魔界、天界、神界など各世界に1つ存在している。

 

「それを、何故貴様が持っている。人間風情が扱える代物ではないぞ」


 ミシェルの所持している日本刀に見える刀は、紛う事無く神殺しの一振り。

 とある国の国宝だったものを、奪った経緯がある。名も無き刀。名を忘れられた刀。所持した人間は、必ず死ぬという呪いを持つ刀。神族戦争時代に死神を殺した伝説を持つ刀。故に、所持者は必ず死ぬ。手にした瞬間、翌日、1年後。時間の差はあれど、必ず死ぬ。そして、必ず元の国宝庫に舞い戻る呪いの刀。

 だが、ミシェルは不老不死の人間。それを手に入れたのはまさに運命なのだろうが。運命の一言で済ませられないだろう。

 

「それに、何故死なぬ」


 不老不死を知らないリティーベルの問い。

 ミシェルが晒した手札は、3つ。

 不老不死、神殺しの神器。そして――。

 2人の戦いは数十日間に及び、魔界の一角は壊滅的な破壊をなされた。

 その一角の修復に、5年の歳月がかかる。通常どんな破壊をしても1、2年後には元通りに治る魔界の特性を見てもその異常さは際立っていた。

 

「殺しても死なぬ。神を殺しうる神器の使い手。そして、禁忌による無限大の魔力使用。反則とは言わぬが、それはもう人間ではないぞ」

「だから、魔王を名乗っている。リティーベル、この辺りの土地を統治せよ。人間が国を作り、運営している真似をして、暇でも潰していろ。その後、機を見て迎えに来る」

「その間、貴様はどうするのだ?」

「まだ魔界統一が残っている。それが終わったら人間界に戻り、人間界を支配する」


 支配する順番が違うだろうとツッコミを入れたかったが、敗北者は、勝利者の言う事を聞く。


「仰せのままに、魔王様」


 その後、リティーベルは国を作り、運営する。そして、ミシェルは魔界最奥の深淵へ向かう。

 深淵には、まだまだ怪物、化物がいる。だが、リティーベルはきっとミシェルは魔界統一をするだろうと思うのだ。

 彼女の思い通り、50年後に見事に魔界統一の偉業を成し遂げ、彼は人間界に戻る前に、彼女の元に訪れ、人間界に連れて行く事になる。

 多くの魔族代表の内何人かが人間界に連れて行かれ、人間界で国の運営を押し付けられるが。

 魔界で一度国の運営をしていたので、そのノウハウを持って人間界で同じ事をした。

 それが、現在の魔族連合国の成り立ちであった。

 


 アース歴2880年4月16日午後5時。

 戦勝祭の喧騒が続いていた。魔族連合国都市にある魔城には様々な形態の魔族達が訪れては魔王と会談し、その後、戦勝祭を楽しむという流れが出来ていた。

 天竜族のその姿は巨大で目立つ。彼らは、当然人型を取れるが戦勝祭ということで、空を飛び、戦勝祭を彩る。意外とサービス精神が旺盛であった。

 神の使いとも呼ばれ、一部人間の間では天竜信仰もあるが。魔族連合国ではそれほど珍しくない存在になっていた。

 祭りと聞いて訪れる魔族達は、魔族連合国内に住む国民でも驚く者達が多い。

 天竜族然り、慣れれば珍しくないが、それでも本来ならば一生見ることは無いだろう高位の魔族が闊歩する魔族連合国の戦勝祭。

 つい最近国民になった元奴隷の人間、エドワードは驚くしか無い。

 死ぬ覚悟を持って覚悟の架け橋を通りぬけ、魔族連合国に亡命さながらで入国した。

 ところが、彼が受けた仕打ちは歓迎であったのだ。

 奴隷が歓迎される国。人間の国ではありえない。

 心の底から、この国に来て良かったと思う。


「まじかよ。なあ、シモン。あれ、天竜族だぜ……」

「兄ちゃん。それ3回目だ」


 エドワードとシモン。奴隷の兄弟に希望は無かった。

 貧しい村に生まれ、兄弟揃って幼い弟達の為に売られ、奴隷として過酷な環境で働き、食事も碌に与えられなかった地獄のような生活。

 男色の貴族に買われなかったのは救いだろう。性奴隷は飽きたら捨てられる。その末路は路上で餓死か、疫病で死ぬのが殆どだ。

 過酷な労働環境が逆に彼らが逃げる隙を与えたのだ。

 鉱山で働く為に、全ての奴隷に監視はつけにくい。よって、脱走する奴隷は多かったが、見つかれば殺される恐怖があったし、抜け出しても周りは魔物が棲み着く森。

 年に一度あるかないかだが、鉱山から降りて別の鉱山に移動される事がある。運良く彼らは、2年目で移動となり、移動の祭に隙を見て、逃げた。

 その後、盗賊、窃盗などで路銀を得て何とか魔族連合国に到着。

 着いた当時は食事もままならず、移動の疲労などで死にかけていたが、温かい食事と魔法で療養を受けて健康な身体になった。

 奴隷などが魔族連合国に逃げ込む事はよくあることらしいが、何故か覚悟の架け橋には人間側の監視が無かった。

 覚悟の架け橋には何か罠が仕掛けられていると言う疑心暗鬼がある。それに、目に見えない魔族が監視しているというのが、彼らのいた国にまことしやかに噂されていた話だ。

 それに、無駄に魔族達を刺激しては行けないと言う噂も聞いたことがあったが。

 どれが、正しいのか兄弟には分からない。結果だけ見れば、何事も無く覚悟の架け橋を通れて、国民になれた。

 その事実さえあれば、良いのだ。


「天竜族は珍しいか?」

「ハイ、親分」


 17と15の兄弟が親分と呼んだ相手は、半人半獣の男性。

 国の定めとして、入国して最低5年は誰かの元で預けられて暮らす決まりがある。

 ……里親制度だっけ。凄い制度だ。何の関係もない他人を家族にするなんて、ありえない。

 それに、手に職つけらるように育ててくれる。親分は俺達の親であり、仕事場の長。

 どうなるもんかと思ったけど、皆優しい。この国に来てまだ1カ月程。

 徐々に慣れてきたけど、祭りは始めてだ。

 

「天竜族は祭りがあれば絶対に現れる。その内、珍しいとも思わなくなるぜ」

「は、はあ……」


 親分がそう言うならそうなのだろう。

 狼の半人半獣の親分にも驚いたけど、もう慣れたしな。


「魔法学校は楽しいか?」

「はい。楽しいです。というか、本当に俺達無料で魔法学校に通って良いの?」

 

 言葉遣いが慣れない。敬語は不必要って言われたから使わずにいるけど、まだ慣れていない。

 それに、魔法学校が無料なのだ。本当なら高い金が必要なはず。


「学校以外の時間は働いているからな」

「授業後の少しの時間だけしか働いてないですよ?」


 学校は午後3時には終わる。その後、仕事をするのだが。

 午後6時には仕事は終わらなくてはいけない。

 何でも、労働時間に制限があってずっと働く事を禁止している。それを聞いたときは驚いた。

 この国に来てからというもの、驚くことばかり。


「魔法が使えるようになれば仕事も捗る。それに、魔法学校の授業で職業体験があるだろう? 適性にあった仕事が見つかれば、そのままその職業に付けば良いし、スカウトされることもある。俺のとこで働くのもいいが、好きな職業を見つけるのも学生の仕事だ」


 そう、魔法学校はそのまま職業斡旋場になっている。効率的過ぎる。それに、卒業は簡単で、好きな職業見つけて、その職業に必要な魔法を習得して、職に着いたら卒業なのだ。

 殆どは、里親の仕事の手伝いから始まって恩返しで里親の仕事を選ぶ人が多いらしい。

 それに、人間の労働力は不足気味で引く手数多。

 国民の多くは半人半獣であったり、半人半魔の人達。

 純粋な魔族もいるけど、話してみると皆優しい。

 なんでも、魔族の国民は知性がある程度高くないといけないらしい。

 そして、純粋な魔族はほとんどが軍人か軍関係の仕事をしている。

 つまりは、彼ら、彼女らがこの国を守っているのだ。

 魔法学校で始めて習ったのは、魔族と魔物の違い。

 魔物は、知性が低く本能に素直。俺達の住んでいた国とかその他の国に出現するのは魔物らしい。

 魔族はある程度生きると知性が高くなって、人語を理解するらしい。あと魔物よりも強力な魔法を使う。

 さらに、魔族には人間の姿形をする。人間の形を取る魔族は、人間並みの知性と人間よりも強力な魔法を使い、自らを王と名乗る者が多かった。

 しかし、その王たちを統べるのが、魔王様。

 魔城には、城下を見下ろせる場所があって、時たま魔王様らしき人影を見かける。

 

「親分、そういえば、魔王様の住んでいる魔城で竜騎士様達が自由に出入りしてるけど、いいの?」

「あそこは、近衛竜騎の飛行場だ。エリート中のエリートが使える場所だな。なんだ? エドワードは竜騎士を目指したいのか?」

「元奴隷が騎士は無理だよ」

「コラ。元の身分は関係ない」

「あ、ごめんなさい」


 なかなか、奴隷だった頃の癖が抜けない。

 奴隷は、主人の言う事だけをひたすらに、何がっても、どんな理不尽でも聞かなくてはいけない。

 そう刷り込まれて来た。今は平民も貴族もない国民。

 だったら、夢を見てもいいのかもしれない。

 だったら、希望を持ってもいいのかもしれない。

 

「なれるかどうかはわからないけど、魔王様の役に立ちたい」


 この国の役に立ちたい。ちっぽけな俺が、どこまで行けるかわからない。

 それでも、救ってもらった恩を返したい。

 今の幸せは魔族連合国の国民だから得たものだ。

 

「難しくはあるが、不可能ではないからな。まあ、努力次第だ」

「はい!」


 がんばろう。奴隷時代では思いもしなかった感情が湧き上がる。

 不思議と、全身に熱が入った。



 アース歴2880年4月18日午前10時。

 16日の午後から始まった祭りは、17日の深夜11時を持って終了した。

 暇潰しが好きな魔族が多い魔族連合国では、こうした祭りの準備、開催は速い。

 突然、今から祭りを行うと通達があっても、1時間ほどで、準備が終わる。

 祭り関連で動く魔族は軍人だが、魔族連合国軍陸上自衛隊が殆どであり、ミシェルから見ると日本の自衛隊と同じく、専守防衛を基本戦略に置く防衛組織であり、陸上、航空、海上の各自衛隊がある。

 海上、と言っても魔族連合国を囲む湖を守る部隊だが。

 種族によって、人数は偏りがちだが水族魔獣で無い種族が海上自衛隊に所属していたり、空族魔獣で無い種族が航空自衛隊に所属したりしている。どの種族がどの職業についても良いのだ。 

 また、自衛官は一定の訓練と試験、軍事訓練を行えば資格取得ができる。

 通常の仕事と兼任して、自衛官資格を持つ国民は多い。

 もともと、魔族連合国は要塞化しているので、自衛隊の仕事は喧嘩の仲裁や、警邏が多く、喧嘩と言っても、言い争い程度なので、戦闘が絡む仕事は国内では殆ど無い。

 だが、自衛官資格を持っているだけで、国から給料が出るので人気資格となっている。

 もちろん、自衛隊とは別の戦闘要員としての軍人も大人気だ。

 元々、戦うのが好きな魔族が多いのもあるし、何よりも給料が格段に良い。

 好きに戦えて、給料までもらえるという理由で軍人は多い。

 軍関係に道具開発や軍研究施設などもあって、諸族特性を活かせる仕事も多々ある。

 高度な鍛冶技術や工芸技術があるドワーフ達は、戦いよりもモノ作りが好きであるし、力持ちのミノタウロス達は身体を動かせれば良いので公共事業の土木工事系の仕事をしていたりする。エルフ達は、魔法の研究を好き勝手にしていると言った具合に各自自由に好きな事をして好きに生きている。

 魔族連合国は、豊かと言える。

 とは言え、国土面積に対して人口が伴っていないので、随時魔界から人間界に来るように声をかけているが。

 戦勝祭の噂を聞きつけて見事に釣られた魔族がいた。

 

「戦勝祭で釣られちゃったでしゅ。魔族連合国シリウス領土をポイと任す魔王は悪魔でしゅ」


 前任のシリウス領土を治めていた魔族は栄転したらしいでしゅ。

 魔族連合国シリウス領土は、シリウス魔城を中心に城下町が栄えており、魔族連合国の最前線軍地基地となっていると聞いたでしゅ。

 この軍地基地を落とすことが人類側の最大目標となっているらしいでしゅが、魔王様が暴れたからそろそろ人間が本気だすとか言ってたでしゅ。

 魔族連合国の中心都市から遠く離れた僻地の1つをポイと任す神経は相変わらずでしゅよ。

 覚悟の架け橋なる通路に眷属を配置。

 監視でしゅよー。

 誰もいない。人気もない。

 シリウス領土全体に眷属を配置したけど、何も問題ないでしゅぅ。

 あれ、監視をするだけの簡単なお仕事?

 訳ありの人間とかは眷属を通して分かる。つまり、魔王様が言っていた適材適所ということでしゅか。

 うーん。まだ人語が怪しいでしゅが。問題ないと魔王様が言ったのでしょうがないでしゅよ。

 魔王様は魔族を使うのが上手いでしゅね。人間の国民は皆優しい。聞いていた話だと人間は凶暴で、狡猾で、卑怯。敵として侮る無かれでしゅ。慢心は、ダメ。

 人間がおさめているユーラブリカ地方にちょっかいを出して良いので、ちょっかいをだすでしゅ。

 あまり、人間はいないでしゅね。数千人程度でしゅか。

 眷属に襲わせりゅ。


『ヒッ、し、触手族だ!』

『食われるぞ! 逃げろ!』

『あ、あぁああ』

『マルコが触手に食われた! くそっ! やっぱり、ユーラブリカ要塞再建は不可能だったんだ!』

『隊長が、食われた! 退却っ、退却だ!』


 なるほど、再建予定でしゅか。これは魔王様に伝えておくでしゅぅうう。


 魔族連合国都市にある魔城――ミシェル魔城の王室に地面からニュッと触手が生えた。


「触手王か。何かあったのか?」

『ユーラブリカ要塞再建予定だったのを防いだでしゅよ。再建の為に数千人が集まってたでしゅう』

「約2日何も動かなかったくらいで、早計で浅知恵だな。襲われないとでも思ったのだろう。連戦連勝の毒が抜けないか。引き続き、自由に人間を間引けば良い」

『了解でしゅうう』

「助かるよ。触手王」

『ほめられちゃったでしゅぅうう。嬉しいでしゅうう』


 うねうねと、触手がうねる。

 魔王は、人語が怪しい触手王を愛らしく思う。出会った当時はカタコトだった人語も今ではそれなりに使えている。人間を容易に溶かす溶解液を放ち、生命力などの養分を得る魔族。

 広域に眷属触手を飛ばす能力は、今後役立つだろう。凍結系の魔法が弱点だが、それ以外の対魔法抵抗力は高い。

 そして、無限に増殖可能な触手眷属は、人間に取っては脅威だろう。

 触手眷属とは言え、触手王の眷属は強い。

 高位凍結魔法か、強力な魔法力が篭った武器でないと倒せない。

 戦勝祭で釣れた獲物は大物だった。

 


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