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最後の思い出  作者: 蓮里
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「……また明日」

 作業机の上に古い旅行鞄を開く。

 薬を煎じる鍋を中に入れると、それは手の平ほどの大きさにまで縮んだ。

 端に寄せ、いくつもの分厚い魔法書を重ねて中へ。それもまるで人形遊びに使われそうな大きさになった。

 かさばる私物を次々と鞄へ入れて小さくして詰めていく。

 あらかた詰め終わると、作業場はがらんとした。


 おばあちゃんは魔法のほとんどを呼吸でもするように使えたけれど、中でも得意だったのは物を小さくする魔法だった。

 鞄はおばあちゃんの自作で愛用品であり、魔女人生の中でも最高の品物だといつも自慢していたそれは、中に物を入れると小さくなる魔法が掛けられていた。

 各地を転々としていく生活での鞄一つで動ける身軽さは、何にも代えられないものだと言う。

 私も見よう見真似で鞄を作ってみたけれど、それに物を入れても半分くらいにしか縮まなくて、色んなものを収納するというわけにもいかない出来だった。

 それでも洋服は思ったよりも入るのが良いと言えるところか。

 生活用品は最後にまとめることにして、私はスウェンの為にお茶とお菓子を作ることにした。




「サーラ!」

「おつかれさま、スウェン」

 出迎えると、スウェンは嬉しそうに抱きついてくる。

「会いたかったよ、サーラ」

 ただいま、と笑う幼馴染の目にあるのは、無邪気で、そして正常ではない光。

 大好きだと熱に浮かされたように囁く声に心臓が跳ねる。

 彼の心が私に向けられないことに虚しさを感じながらも、それでも喜ぶ浅ましい私の心が、このまま終わりにはしたくないと叫んでいた。

「お茶とお菓子を用意してるの。入って」

「どうしたの、いつもはお菓子なんて用意しないのに」

「あら、いらない?」

「まさか! 楽しみだな」


 美味しい、美味しいとお菓子を頬張るスウェンは、ふとどこか遠くを眺める。

 名前を呼んで意識をこちらへ向けさせても、気がついたら彼はお茶を飲みながら何も無い壁を見つめていた。

「スウェン?」

「……え、なに?」

 ハッとしたように辺りを見回し、スウェンは首を傾げる。

 なんでもない、と口をついて出そうなのを抑え、ぐいと上半身を彼に寄せた。

「ねえ、スウェン。私とあなたは恋人、よね?」

「そうだよ。どうしたの、サーラ」

 スウェンは首をかしげたまま、小さく笑う。

「じゃあ、抱きしめられるわよね」

「もちろん」

 ほら、とスウェンは私の肩を抱き寄せる。彼の背中に腕を回し、ぎゅっと服を掴んだ。

「それじゃあ――キスは出来る?」

 耳元で囁くと、私の肩を抱いた彼の腕が一瞬ぴくりと動き、そろそろと離れていく。

 体を離すと、驚いたように目を丸くする表情とかち合った。

「サーラ……?」

「私に告白したとき、キスしようとしたのは私が好きだからなんでしょう? でも、私は拒んだ。だからなの? それからキスしようとしないのは」

「……」

 黙り込んだ彼の姿に、私の中で心が沈んでいくのがわかった。

 我ながらひどい言葉を吐いたものだと、恥ずかしさと忌々しさが湧き上がってくる。

 振り切るように両手を打ち合わせると、スウェンが驚いたように肩を揺らし、二度三度と周りを見回す。

 まるでここにいることがおかしなことのように戸惑っていた。

「サーラ? あれ、おれ……」

「そろそろ帰ったほうがいいんじゃない、スウェン。もう遅いわよ」

「え、そう!? そう、かな。でもおれ、まだサーラと居たい」

 それでも薬の効き目が彼にそう言わせていた。私は首を横に振り、残ったお菓子を袋につめてスウェンの手に押し込んだ。

「また明日ね」

「うん……」

 それ以上食い下がれないと感じたのか、渋々と言った様子でスウェンは席を立つ。

「じゃあおやすみ、サーラ。また明日」

「ええ、おやすみなさい、スウェン。……また明日」

 私はきちんと笑顔で見送れているだろうか。手を振りながら、そんなことを考えた。

 やがてスウェンの背中が見えなくなると、空を見上げて口元を緩めた。

「ああ、良い月夜。出発にはピッタリだわ」

 呟いた言葉に悔しさが滲んでいる。

 スッと、頬を流れる涙に、それがどんな理由で流れたのか、自分でもわからなかった。





 荷造りはほぼ終わっている。使った食器を洗って、棚に戻す。台所のあちこちに置いていた器具などはすべて一つの箱にしまう。

 うまくいきますようにと念じながら長ったらしい呪文を唱えると、食器棚が両腕で抱えられるぐらいの大きさにまで縮んでくれた。この大きさならば運びやすいし、うっかり倒して中のお皿を割ってしまうことも防げるはずだ。

 小さくした食器棚といくつもの箱、二つの旅行鞄を次々と店の裏へ運ぶ。

 そして自室の窓辺に置いておいた荷馬車の小型模型を手に取り、裏口へ戻った。

 小さな荷馬車を地面に置き、小さくする呪文を逆さまに唱える。

 見る見るうちに荷馬車は大きくなり、馬がいなないた。

「よしよし、良い子。出発するからよろしくね」

 馬に声をかけながら撫でてやり、荷物を次々と積んでいく。


「ピルル、そろそろ出発するわよ」

 声をかけると、何処からか鳴き声がする。やがて一輪の花をくわえてピルルが走って戻ってきた。

「ほら、ピルル。行くわよ。お前は忘れ物はない?」

「ん」

「あら、私に? ありがとう、ピルル」

 ピルルがくわえてきた花は確か、旅立つ人に無事を祈って贈るものだ。

 受け取りながら、思わず笑ってしまう。小さな使い魔を抱き上げた。

「でもピルル、お前も旅立つのよ?」

「だってサーラ、誰にも言わずに町を出るんだろ。これは代わりだよ」

「そう。ありがとうね、ピルル」

 すり、と頬を寄せると、やめろよくすぐったい、と生意気な口を利く。

「行くわよ。おばあちゃんが言っていたでしょ。魔女は夜に旅立つものと相場が決まっているって」

 御者席に乗った私の肩に飛び移ったピルルは月を見上げて、私の顔を覗き込む。

「ねえ、新しい町ってどんなところ? 引き継ぎの時に見に行ったんだろ?」

「大きな町よ。ここよりもずっと人が多くてね。いろんなお店があった」

「今より忙しくなるのかな」

「さあそれはどうかしら。前の魔女は特に忙しそうには見えなかったけれど。大きな町ほど、魔法には頼らないって人も多くなるんじゃないかしら。もしかしたら暇を持て余すかも」

「……ふーん。まあ、僕はサーラがいるならなんでもいいけどさ」

「え、なに?」

 手綱を振るう音にかき消されて、ピルルが呟いた言葉の半分も聞き取れなかった。

「なんでもない!」

 月夜に照らされながら、私とピルルは町を発った。





「サーラ、それ何の手紙?」

「前の町を引き継いだ魔女から。あの後、スウェンのことを手紙で尋ねてみたの」

 手紙を覗き込んでいたピルルがはっと息を呑んだ気配がした。

「……大丈夫よ、ピルル。私は平気。ほら、ここ」

 ピルルに手紙のある箇所を指差して見せる。

「僕、字は読めないよ」

「あら、そうだったっけ。……えっとね、スウェンは例の彼女とうまくいってるみたいね。私がいつのまにかいなくなったことは驚いていたみたいだけど、彼女に夢中で大して気にしてないみたい」

 封筒には銀貨二枚も同封されていた。

 そういえば成功報酬として後でもらう、とスウェンに言っていた覚えがある。

「……ふーん」

 スウェンの現況を教えたのだが、ピルルは何かお気に召さない様子でふいと背を向けてどこかへ行ってしまった。

 変な子だ。私は読み終わった手紙を引き出しに入れ、店の中から町の通りを眺めた。


 新しい町に派遣されて来て数ヶ月。その間に店にはいろんな人がやって来た。

 恋に恋しているようなお嬢様や、女性に言い寄られて困っている料理人。

 夫婦仲がうまくいかないと悩む旦那さんと奥さんがすれ違いで店に来たときには、思わず笑ってしまうのを抑えるのに苦労したくらいだ。

 そんなお客様のおかげで前の町よりも盛況で、忙しくも楽しい毎日を送っていた。

 なので、スウェンのことをあまり引き摺らないでいられた。スウェンに関する手紙は私の願っている通りになっていて、幼馴染の単純さにあきれていいのか、感心していいのかわからない。

 でもそれは私にとっては救いだった。彼が彼女に夢中になっていることは、薬で作り出した偽りとはまったく違うものだから、安心が出来る。


 外をぼんやり眺めていると、友達付き合いをするようになった、恋に恋するお嬢様が頬を紅潮させて走ってくるのが見えた。

「サーラ! ねえ、サーラ。ちょっと相談があるの!」

 勢いよく扉を開けたものだから、ベルがうるさい音を立てる。いつもの事とはいえ、思わず苦笑した。

「あら、どうしたの」

「さっきとても素敵な方にお会いしたの! ねえ、その方を魅了するのに何か良い物はないかしら」

「そんなこと、二週間前も言ってなかった?」

「サーラったら。恋はいつどこから飛び込んでくるかわからないものなのよ。いつまでも前のことにこだわっていてはダメなんだから」

「はいはい。あなたは先月もそう言ってたわね」

「まあ、サーラの意地悪! ねえ、どうかしら。相談に乗ってくれるわよね?」

 期待に満ちた眼差しの彼女に、私は頷いて笑顔を見せる。


「ええもちろん。この『魔女の道具箱』は魔法の雑貨屋。困った人のお手伝いをするのが、魔女である私の役目ですもの」


ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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