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最後の思い出  作者: 蓮里
4/5

よろこびとほころび

 スウェンに惚れ薬を飲ませて、五日目に入っていた。

「サーラ、おはよう!」

「おはよう、スウェン。これから仕事?」

「うん。でもその前にサーラの顔が見たくてさ。終わったら真っ先にここに来るから」

「無理しないの。仕事でのお付き合いもあるんでしょ。それに私も店が終わってからじゃなきゃあんたの相手できないから」

「わかった。じゃあ行ってくるね、サーラ」

「いってらっしゃい」

 スウェンが大きく振る手に、私が作った指輪が輝いている。彼女へと渡すつもりだった首飾りはどうしたのだろうと思いはしたものの、彼が覚えていないのをいいことに気付かないフリをした。


 会うたびに私を好きだと言ってくれる彼は、朝に仕事に行き、終わると私の店に寄って、お茶を飲みながら話をして帰る、という生活を送っていた。

 最初は抱きつかれたり、笑顔で好きだと言われることに戸惑っていた私も、三日もすると慣れたが、ふと何か違和感を覚えることが時々あった。


 それは例えば、抱きしめられたあとに体が離れる一瞬、交わる互いの視線だったり、手を繋いでふと見つめあった瞬間だったり。

 もしかして、という期待を抱いても仕方が無いだろう。

 けれど彼はそうなると決まって笑って、抱きしめて、私の期待をどこかへやんわりと流してしまう。

 どれだけ指を絡めるように繋いだとしても、痛みを訴えるほどに抱きしめ合ったとしても、決してそれ以上には進まない。

 偽りの関係が示す限界だった。

 スウェンが無意識に先へ進まないようにしているのは明らかで、時々あらぬ方を見るのもその証拠と言えた。


 あと二日か三日もすれば惚れ薬の効き目が切れる。

 そうしたらもう終わりにしなければならないのに、私はまだ何も得られていない。


 得る? 一体何を得たいというのだろう……?


 私は、スウェンとどんな形の思い出を作りたかったのか。

 最初に望んだのはただ漠然としたもので、それの形がはっきりするより前に、ひび割れてしまっているようだった。




「……ねえ!」

「え?」

「鍋、噴いてるよ」

「わっ! もっと早く言いなさいよ」

「サーラがボーっとしてるからだろ」

 鍋の蓋を開けると煙が噴き出し、底に料理が焦げ付いていた。ため息をついて、ヘラでそれをこそぎ落として皿に移した。

 午前のお客様の応対が終わり、客足も途切れたところで店の奥に引っ込み、昼食の用意をしていた。

 しかしボーっとしていた所為で、せっかくの料理が台無しになってしまった。

「それ食べるの?」

「仕方ないでしょ。私の昼食はこれだけよ。お前にはちゃんとご飯があるんだからいいじゃない」

「そんなことよりどうしたんだよ、サーラ。いつもは料理してる時はボーっとなんてしないのに」

「私だってボーっとする時ぐらいあるわよ。ほら、ピルル、ご飯にしよう」

「……うん」


 焦げ付いた料理は味なんて最初から捨てたようなものだから、美味しいも何もない。

 それを黙ったまま全部食べて、口直しにと薬草茶を飲んだ。

 鍋底の焦げ落としが大変だ、と憂うつな気分になっていると、ピルルが私の膝に飛び乗る。

「どうしたの、ピルル」

「ねえ、サーラ。早くこの町を出ようよ。次の魔女との引き継ぎってのはもう終わってるんだろ? だったら問題ないじゃないか。ねえ」

「なに急に。そりゃ確かに引き継ぎは終わってるし、いつだって出られるけど……」

 引き継ぎと言ってもそれほど大げさなものではない。ただ商品の売り上げをまとめた書類を次に派遣されてくる魔女に渡すというだけの、簡単なものだ。

「じゃあ出よう! 今すぐ出よう、これから出よう」

「ピルル……?」

「わかってるんだ。サーラが後悔してること。あいつに惚れ薬を飲ませたの、失敗したって思っているんだろ。もうあいつは放っておこうよ。どうせすぐ効き目は切れるんだろ? 切れたらあいつはサーラのことなんて忘れちゃうよ」

「それは、そうだけど……」

「このままだと、サーラは新しい町に行ってもあいつを忘れられなくなるよ。それでもいいの?」

 私は思わず息を詰める。

 ピルルの言っていることは私自身が気にかけつつも、直視したくないことだった。

 スウェンが私を好きだと言ってくれた。本当だったら、一生言われるはずのない言葉。

 嬉しかった。嬉しさと、言われることに慣れない故の恥ずかしさとが混ざり合って、戸惑うことも多かったけれど、幸せだった。

 けれど彼の目にある色を見て、胸の痛みを自覚したり、好きだと囁かれても決して縮まることの無い距離に歯がゆくなった。

 所詮は薬で出来たまがい物の関係。そう理解してしまうと、虚しさしかない。


 スウェンが向けてくる優しい眼差し。けれど彼の眼差しは、まるで私の後ろにいる誰かに向けられているように感じることがあった。

 わかっていた。これは本来私に向けられるものではない、と。彼が心から想いを寄せている人へ向けるべきもので、私はその前に立ちはだかり、横取りしただけ。


 惚れ薬の威力を思い知って、同時にそれにしか頼れないことの情けなさと、それに頼らなければ私は決してスウェンと恋人になんてなれなかったという事実に、打ちのめされていた。

 薬の効き目が切れたとき、スウェンはその間の記憶を失っているだろう。

 でも私はピルルの言うとおり、忘れられずにいるのかもしれない。

 忘れないといけないとわかっているのに、それが出来る気がしないのだ。


 思い出と言えるほどのものも結局作れず、得られたのは小さな悦びと、虚しさとみじめさと後悔。

「夜になったらスウェンが来るの。その後、ここを出るわ」

「サーラ!」

「これで最後よ。荷造りは半分済んでるし、スウェンが来るまでに残りも終わらせるわ。それでいいでしょ、ピルル」

「……わかった」

 何を私は意地になっているのだろう。

 どう足掻いたところで、何も変わるわけがないのに。



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