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最後の思い出  作者: 蓮里
3/5

飲ませたその結果

 翌朝。朝食を終えた私は香草でお茶を作り、それに惚れ薬を混ぜた。

 匂いの強いそれは、心を落ち着かせる効果もあるから、飲ませる口実には最適だ。

 どうせあいつは品物を受け取ったらさっさと行こうとするだろう。そこへ、少しは落ち着かないと告白が失敗するとか何とか言えば、単純な幼馴染は簡単に信じるに違いない。

 我ながらなんて単純な男を好きになったのか、と思わないでもない。

 でも単純で、基本的に善良な気質のあいつだからこそ、好きになったのかもしれない。

「もう来る頃ね」

 外に開店の札を出しているから、そのうち店の扉に付けられたベルが鳴るだろう。



「サーラ! 本当にありがとうな」

 指輪を渡すと、幼馴染はそれに目を輝かせていそいそと指にはめる。

 そして案の定、首飾りの入った袋を手にさっさと出て行こうとするから、大声で呼び止めた。

「待ちなさいな。勢い込んで行くと失敗するわよ。確かにそれは勇気をもたらす指輪だけど、成功するとは言ってないからね。第一、あんた代金を払わずに行くつもり?」

「いけね! 悪い、つい」

「まったく。ほら、これでも飲みなさいよ。心を落ち着ける効果のあるお茶。あんまり勢いで押したら相手に引かれるだけでしょ」

 コトンと音を立ててカップを差し出す。それにはこいつにと用意した薬入りのお茶が揺らめいていた。

 鼻を突く匂いに顔をしかめるから、肩をすくめてやる。

「匂いだけよ、強いのは」

 私も同じ香草茶を飲む。幼馴染には薬が入っている分、少し味に変化があるだろうが、香りで落ち着かせるだけのこれには、味と言うものは存在しない。

 それでもやはり効果はきちんとあるようで、幼馴染が店に来るまでに抱いていた緊張感がほぐれていくのを感じ、飲みながら、彼が薬入りのお茶を飲み干すのを眺める余裕が出来ていた。


「ご、ごちそうさま……」

 よほど美味しくなかったのだろうか、カップを置く手は震え、顔は青ざめていた。

「大丈夫?」

 顔を覗き込むと、幼馴染は力なく頷く。しかし目には変わらない決意があって、飲み干すという行為と相まって告白への執念を見せ付けられたような気がした。

 途端、胸を締め付けるような痛みに、唇をギュッと結ぶ。

「じゃあ、代金はこれで足りる?」

 幼馴染は懐にしまっていた小袋から銀貨を数枚取り出して勘定台に置く。私はそこから銀貨を一枚取った。

「とりあえずはこれだけでいいわ。あとは成功報酬として銀貨二枚ね」

「わかった。じゃあサーラ、本当にありがとうな!」

 笑顔で手を振る幼馴染を、薬の効き目は近いうちに表れるだろうと考えながら、無表情で手を振り返して見送った。




 午前中のお客様をさばき終え、さあお昼にでもしようかと大きく伸びをしたところで、あいつが店に駆け込んできた。走って来たのか、肩で呼吸をしている。

 突然のことに驚いたものの、何かしらの変化があったことはすぐに分かった。

「一体どうしたの?」

「サーラ……おれ、おれ!」

「うん?」

「サーラが好きだ! 大好きだって言いたくて!」

「……」

「サーラはおれが嫌い? ねえ、サーラ」

 私の両手をがっしりと握る幼馴染の力が存外強いことに驚く。

「ちょ、ちょっと待ってよ。あんた、彼女に告白したんじゃ」

「彼女? それって誰のことさ」

「は? あんたがいつもうちに来るたびに話してた彼女のことに決まってるでしょ」

「そんなのいないよ。おれにはサーラだけなんだから!」

 ぐいと顔を近づけて私を凝視するこいつの目には陶酔の色があり、ああ、やはり効き目が出たのだと確信した。

 ちょっと待って、と言いながら体を離す。

「落ち着きなさいよ。とにかく、告白はまだしてないのね?」

「してるよ、今。サーラに!」

「……わかったわ」

 とにかく効果は表れた。それは間違いない。さすがおばあちゃんの魔法書は違う、とずれた関心をしたところで、息を呑んだ。

 抱きしめられていたのだ。何でいきなりと思うより先に、私の頬に手を添えて、幼馴染はじっと見つめてくる。じりじりと距離が近づいてきていることに気付き、とっさに両手を伸ばして阻止した。

 手の平に感じる、幼馴染のくぐもった拗ねたような声。

「なにするんだよ」

「あんたこそいきなり何しようとしてんのよ。私はまだ何も言ってない」

「必要ないさ。だってサーラはおれのことが好きなんだろ?」

 ね、と屈託のない笑顔を見せる。薬を盛られているのに、それはいつもと変わらない。

 ズキンと胸が痛んだ。私が望んだのは、こいつのどんな顔だったのだろう。

 好きだという言葉が頭の中でぐるぐると回る。

「サーラ、おれと付き合ってくれるよね!?」

「……うん」

 目的を果たしたはずなのに、頷く私の心はとても重かった。




「あ、あのね、スウェン?」

「なに、サーラ」

 私が呼びかけると、幼馴染であり私の想い人であり、今は恋人のスウェンは小犬のような目をして見つめてくる。

 注意深く見ればその目にあるのは薬による陶酔でしかないのに、無邪気にすら見えてめまいを覚えた。

「くっついていると歩きにくいんだけど……」

「だってサーラと離れたくないよ」

 ぎゅう、とスウェンは私の腰を抱く力を強くする。

 いくら魔女だろうと体格も体力も普通の十七歳女子と変わりがないのだ。

 締め付けられる痛みに喘いで、腰にすがりつく腕を叩いた。

「痛いって! あんた、私を殺す気?」

「まさか! でもごめん、サーラ」

 申し訳なさそうに眉を下げて、スウェンは私をじっと見つめてくる。

 そうやって小犬のように見つめれば私がほだされると思って……

「……言い過ぎたわ、ごめん」

「サーラ!」

 途端、嬉しそうに抱きついてくるスウェンに、私は何も言えなかった。

 バカみたい、と私たちを眺めながら呟くピルルの声がしばらく耳に残った。


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