占い師の馬
皆さんは、乗馬をしたことがありますか。
馬には、いろんな性格の馬がいます。
騎手の指示に的確に従って動く馬。
騎手の指示をあまり聞かず、自立的に動く馬。
気の粗い馬。
大人しい馬。
とりあえず、馬にはいろんな性格のものが居て、馬と人間は一体になって行動をする。
慣れてくると馬を操縦している意識さえなくなって、
自力で野原を高速で突っ走っている気持ちになることもある。
馬と人間の心離れているようだけど、場合によっては、かなり密接になることもあるようだ。
この物語は、会社勤めをしている22歳の女性、麻耶が主人公です。
彼女は、会社帰りに不思議な出来事に会うことになる。
麻耶が、その日も会社が終わり、公園横の商店街の裏通りを歩いている時だった。
変な初老の痩せた中年男性の占い師に話掛けられた。
占師「お嬢さん、今お帰りかな?。よかったらおじさんとお話してかない。料金安くしとくよ。」
麻耶は、占師のじじいを嫌うような目で見た。
でも顔を見ると、そんな嫌らしいそうでなかった。
白髪があり、やや老けていたが、知性的な目をしていた。
それで、麻耶はおそるおそる応えた。
麻耶「おじさん、何のようなの。悪いけど占いなんて趣味じゃないよ。」
占師「まあ、話だけ聞いていきな。」
麻耶「どんな話するの。」
占師「馬だよ。」
麻耶「はぁっ。馬っ!。」
占師「そう。たまには、馬を変えてみないかい。」
この占師、人からかってんじゃないの。
麻耶「あの私は乗馬なんて、したことないし~、興味も全くありません。」
占師「いや。人は皆いつでも馬に乗って生きてんだよ。」
麻耶「そんな、あほな。」
占師「潜在意識って、知ってるだろ。」
麻耶「知ってるけど。」
占師「潜在意識って、馬なんだよ。」
麻耶「あきれた。私があなたの相手をしたこと自体間違いだった。さよなら。」
占師「ちょっと、ちょっと、お嬢さ~ん。」
麻耶は逃げるように家に帰って来た。
あ~あ、今日はトンだ災難だった。
気違いペテン占師に話掛けられるとは、気分悪い。
麻耶は、親には、心配するといけないので、この変な出来事は、話さなかった。
麻耶は、夕食を済ませ、お風呂に入り、今日の変な出来事を思い返してみた。
狂ってるかもしれないけど、不思議なことを言う男だったなぁ~。
人間は皆、馬に乗って生きているんだって。
あの男の言うことが本当だったら、今でも私は馬に乗ってるっていうの。
私も含め、人は馬をうまく乗りこなしているので、馬に乗っていることに気づいてないの。
そんなことあるはずないじゃない、そうきっとあるはずないっ。
そんなこと考えていると頭が可笑しくなりそうっ。
でも、もしあの男の言うみたいに、潜在意識が馬で、自由に乗り換えることができたらどうなるの。
変なことにならない。
人間の意識って、潜在意識と顕在意識からできている。
潜在意識っていうのは、偉大であり、
顕在意識の数百倍と言われる、気がつかない意識の量なのだ。
またその潜在意識は、自分そのものであるので、捨てることなんでできないはず。
潜在意識を乗り換えると言う事は、自分自身の殆どの意識を捨て、
自分の肉体に他人の意識を入れるっていうことじゃないの。
そんな変な怖ろしいこと、私したくないゎ。
またそれって、自分放棄そのものじゃない。
やっぱり、考えるだけバカらしいゎ。
風呂から上がったら、明日も早いし直ぐ寝よっ。
それから数日過ぎた。
その間、麻耶は友達に会社帰りに変なペテン占師に話しかけられたことないか、他の友達に聞いてみた。
友達は、皆ないよって言っていた。
麻耶も、自分があの男の話に話かけられたことは、誰にも言ってなかった。
麻耶は、会社帰りに、また話しかけられた。
占師「お嬢さん、元気~。」
ドキッ!
麻耶「おじさんか、びっくりするじゃない。」
占師「馬、乗り換えて見る気になったかい。」
麻耶「できそうにもないこと、いうんじゃないの!。
例え仮にできるとしても、潜在意識を入れ替えるって、
自分自身の意識を殆ど全て捨ててしまうことと同じじゃないの。
できるはずないじゃないの。
ブリブリ!。」
占師「フフフ、誰でも始めはそう思う。でも実際やってみるとそうでもないんだ。」
麻耶「やった人がいるの。」
占師「ああ。」
麻耶「やった人は、どうなったの。」
占師「優れた人間になったさ。」
麻耶「悪魔に魂を売って、その人一時的な幸せを手に入れたじゃないの。」
占師「そうでもないさ。」
麻耶「なんか怖い。」
この男、狂ってると思うんだけど、つい話しこんでしまう。
占師「誰でも最初は、意識を入れ換える大胆なことをすると思い怖れるさ。
でも本当にそうでもないんだ。
お前の今持っている馬、つまり潜在意識はしばらくここで保管しといてやる。
だから、試しに一度やってみないか。
精神的に違和感を感じたら、すぐに元に戻せばいい。」
どうせ、ウソに決まっているんだ。
でも、面白そう、本当だったら、試しに一度は経験してみたい、と麻耶は思った。
麻耶は、怖ろしいけど、話に乗ってみることにした。
麻耶「いいわよ。試してみても。」
占師「よしきた。じゃ早速やってみよう。」
麻耶「変なところに連れていったら嫌よ。」
占師「別に連れてかないよ。ここでできる。そこの椅子に座りな。」
麻耶「ウソッ、ますますあやしい。」
占師「俺の話を、ここで聞いているだけでいい。」
麻耶「催眠術なんてかけないでね。」
占師「大丈夫だ。まず、お前が今乗っている馬の状態をみてやる。」
占師は、目を凝らして麻耶の全体を見た。
占師「う~ん。結構、いい馬乗っているな。」
麻耶「そうぉ。」
占師「しかし、気性が荒いみたいだ。また、自分の得意なことに関しては、
ぐんぐん進んでいき、不得意なことに関しては、かなり怠けてしまう性格だな。」
麻耶「なんか、気性が荒いこと意外は、私の性格と同じみたい。」
占師「次に、お前の顕在意識をみてやる。」
麻耶「そっちも見れるの。」
占師「そうだ。」
占師は、また目を凝らして麻耶の顔を見た。
占師「お前の顕在意識は、到ってまじめだ。大人しい性格をしている。」
麻耶「よく言われるわ。」
占師「しかし、顕在意識と馬の相性がよくないみたいだ。」
麻耶「えっ。」
占師「おまえが乗りこなすには、ちと気性が荒すぎる。
おまえあまり落ち着きがないってよく言われるだろ。」
麻耶「ドキッ、当たってる。」
占師「うまく乗りこなせていないからだ。おまえ、試しにこの馬に乗り換えてみないか。」
麻耶「どんな馬。」
占師「この馬は、今の馬みたいに突出した能力は、
持ってないが大きな欠点も持っていない。
幅広く平準化された能力を持っていて大人しい。
おまえの顕在意識、つまりおまえさん自信には、この馬があってると思う。
試しに一週間ほど乗ってみな。」
麻耶「大丈夫、私消えてしまわない。」
占師「大丈夫だ、心配するな。一週間後俺が必ず戻してやる。」
麻耶「分かったゎ、あなたを信じる。」
こうして、麻耶はこの占師に、馬つまり潜在意識を入れ替えられた。
占師「今入れ換えたぞ、気分はどうだ、新しい馬の調子はどうだ。」
麻耶「あれっ、いや、あれ、いたって普通。」
占師「だろ。」
麻耶「それより、なんか落ち着いた感じ。」
占師「自分にあった馬に乗ると、落ち着くんだ。」
麻耶「不思議~。自分自信がしっかりと意識として残っているよ。」
占師「そうだ。顕在意識さえ残れば、自分はすっかりと残るんだ。
顕在意識こそが自分そのものなんだ。
取りあえず、一週間後、この場所にまた来い。
その時、一週間乗った馬の感想を聞かせろ。」
麻耶「分かったゎ。」
こうして、麻耶は一週間、新しい馬に乗ることにした。
麻耶は、そこから帰る途中思った。
気分的には、落ち着いているが、変ていうか不思議だな~。
家までの道、友達の顔、両親との顔、昔のこと全て覚えている。
私は、潜在意識って、もっとなんというか、偉大なものであり、馬みたいに簡単に乗り換えられるとは、思ってなかった。
なんか可笑しいな、やはり騙されているような気がする。
本当に潜在意識を入れ替えられたのか、ただ単に占師の暗示にかかっているだけなのか、どちらかは分からない。
まっ、いずれ分かってくることだろう。
麻耶は家に帰り着いた。
麻耶「ただいま。」
母「お帰り~。あれっ。」
麻耶「どうしたの。」
母「あなた、麻耶なの。」
麻耶「そうよ。お母さんこそどうしたの。」
母「いつもと、違う気がしたの。そわそわしてる様子がないし、
凄く落ち着いてるので、なんか違うと思ったの。」
麻耶「そう、最近なんとなく、落ち着けてるの。でも私は私よ。私が麻耶でないはずないじゃない。」
母「そうよね。なんか違っているような気がしたので。ごめんなさいね。」
麻耶は、いつも通り、夕食を食べ、お風呂に入った。
母は、何となく私が変わったと言っていた。
本当に入れ換えられたのだろうか。
私は今、特に優れた能力が備わった訳でないが、気分的に充実している。
ちょっと怖いがこんな経験もいいかな。
私の馬(潜在意識)って、本当に変わったのかな。
まぁいい。調子は悪くないから、暫く乗り続けてみよう。
麻耶は、その日は、凄い経験をしたにも関わらず、落ち着いていて、ゆっくり眠ることができた。
次の朝、麻耶は起きた。
う~ん。
あれ、朝起きるのが辛くない。
楽に起きれ、かつ心地よい。
麻耶は、このようにして楽に起きることができた。
麻耶「おはよう、お母さん」
母「おっ、おはよっ。」
(何っ、この子、急に大人びて色っぽくなって。素敵な彼氏でもできたのかしら。)
麻耶「いただきま~す。」
母「元気のいいこと。」
麻耶は、いつもの如く出社した。
では、麻耶は会社では、今までどのような社員だったのだろうか。
一言で言えば、ちょっと変わってる、取っ付きにくい社員だった。
麻耶は、経理の仕事をしていた。
入社間もなかったが、お金の流れをよく把握できる能力に長けていた。
お金は、どこどこの部署でいくら入り、どこどこの部署にいくら流れ、
どこどこの部署で必要経費として、いくら差し引かれ、利益がいくらになるか。
おおよその額を、頭の中ではじき出すことができた。
また、数値に関しての記憶力も素晴らしかった、
この勘定科目で先月はいくら費用が発生していた等。
一般人では、信じられないような、数値の記憶力を持っていたのだ。
しかし、能力がアンバラが大きかった。
人付き合いがよくない。
必要事項を回りの人にうまく伝えられない等の欠点を持っていた。
そのため、周りの人が話しかけ辛く、孤立気味なところがあったのだ。
ほんの一部の能力では優れ、それ以外では劣っている社員だったのだ。
だから、一部の仕事は出来るので、プライドは高いけど、その割には、人には尊敬されない性格だったのだ。
さて、馬を乗り換えた、麻耶、今日はどんな一日を送るのだろうか。
皆さんは、おおよそ予想がついていると思いますが、次のような一日を送りました。
会社に着くと
麻耶「みんな、おはよう。」
みんなは、びっくりした。
あの人付き合いのよくない麻耶が、みんなに向かって大きな声でおはようとは。
みんなは、麻耶のことを影で口々に言った。
「どうしたんだろうね。今日の麻耶ってやけに明るく爽やかじゃない。彼氏でもできたのかねぇ。」
麻耶は、仕事を始めた。
すると、どうだろう。
昨日までは、郡を抜いて皆よりできたことができないのだ。
昨日まで覚えていた数値を思い出せない。
資料をひっぱり出して、やっと確認できる程度だ。
お金の流れも見えにくくなっていて、頭の中でお金が消え、行き先が分からなくなってしまう。
どうしたら、いいものかと麻耶は悩んだ。
あのペテン占師め、やっぱり馬を入れ換えたんだ。
てめぇのせいで優秀な能力が消えてしまってるよ。。
しかし、麻耶は、分からないことを直ぐに、周りの人間に聞いたりや電話等で確認できた。
麻耶は思った。
周りの人とうまくやっていければ、特に詳しいことが分からなくても、仕事やっていけるじゃん。
みんなと協力しあって仕事をしていけばいいんだ。
心なしか、周りの人も麻耶に話しかけ易くなっているみたいだった。
やがて、昼休みになった。
同僚の真千子が麻耶を食事に誘った。
真千子「麻耶、今日はどうしたの。何かいつもと違う。」
麻耶「どう違うの。」
真千子「何かさ~、取っ突き易くなったの。」
麻耶「そう言われると、嬉しいゎ。」
真千子「今までの麻耶ってさ、コンピュータみたいに正確だったけど、人間としてどうかな~と思ってたの。」
麻耶「真千子っ、あなたも正直に言うわね。」
真千子「うふっ、ごめんなさい。ほんと優秀な頭脳の麻耶が普通の人になった気がして、親近感を覚えたゎ。」
麻耶「私は、今までの能力一夜にして消滅か。」
真千子「本当にそうなの、なんか不思議。」
まあ、麻耶はいろいろあったが、代わりに身に着けたコミュニケーション能力で、
消滅した能力を十分カバーでき、
午後の仕事もスムーズに進め、今日も無事に仕事が終わった。
麻耶は、思った。
やはり、私の専門的能力は、周りの人達と同じくらいのレベルになっていた。
一夜にして、ある能力が消滅し、ある能力が何も努力なしに身についてるって、
そんなことありえにくいって思う。
占師が私にしたことも、ありえ難いと思うが、今日経験したことを思うと、本当みたいだ。
今日は、孤立せずにみんなとお話しながら仕事ができた。
精神的ストレスを感じなかった。
また、うまく、情報の共有ができてたせいか、
トータル的には仕事の効率がよかったんじゃないかと思った。
何より、よかったことは、仕事が楽しかったことだ。
私は、みんなとうまくやっていくことの能力が劣っているのではないかと、
うすうす感じていた。
その欠点をカバーできたことが私にとっては、よかったと思った。
私って、単純なのかな~。
まだ、今日は、新しい馬になってから一日目だ。
占師との約束の一週間、じっくり馬との相性を観察して行こう。
う~ん。この調子だったら、新しい彼氏もできるんじゃないかしら、
麻耶は、期待に胸を膨らませた。
麻耶はこのようにして、一週間を無事に過ごした。
山あり、谷ありの一週間では、なかった。
平穏し過ぎた一週間であった。
麻耶は、思った。
今日で、丁度七日目だ。
あの占師は、いつもの所に居る筈だ。
その場所を行くと、初老の占師は座っていた。
麻耶「こんにちは。」
占師「やぁ、元気だったかな。」
麻耶「お陰様で。」
占師「馬の調子は、どうだったか、感想を聞かしてもらおうかな。」
麻耶「すごく、落ち着けて、問題なく生きてこれました。」
占師「そうか、よかったね。」
麻耶「でも、何となく、不満なんです。」
占師「平穏過ぎたっていうことかな。」
麻耶「そっ、そうなんです。」
占師「前回乗ってた馬は、気性が荒く、乗りこなすのが大変だったみたいだ。
今回の馬みたいに大人しい馬だと、今まで乗っていた馬との落差が大き過ぎるため、
退屈に感じているんだ。」
麻耶「私も、そう思います。
今まで、私は特殊な能力を持っていたため目だち敬われ、
その割には抜けがあるから、クレームもよく付けられ、
結構、起伏の大きい人生を歩いてきました。
それが、まったくなくなってしまったので、
なんか、物足りなく感じているんです。」
占師「原因は、今の馬があまりにもおまえにピッタリ、合っていて、
また、おまえがそれに慣れていないためだが、
つまらなさを解消する方法は、いくつかある。」
麻耶「そぉ、嬉しいゎ。」
占師「また、新しい馬に乗り換えると解消できるかもしれないし、
馬は、何回でも乗り換えることができるんだ。
何回も乗り換え、自分が気に入った馬を最終的に選べばいいさ。」
麻耶「そうなんですか、是非そうしたいです。」
占師「うん。」
麻耶「乗り換えることに、料金は発生しないのですか。私、安月給のOLよ。」
占師「大丈夫だ。無料だ。魂を取られることもないぞ、心配するな。」
麻耶「そぉ、大事なこと、聞いてなかったんですけど。占師さん、あなたって何者なんですか。」
占師「まぁ、聞いて来るとは、思っていたけど、話が長くなるので、今回は簡単に説明するぞ。」
麻耶「いいわ。」
占師「簡単に言えば、馬案内人だ。」
麻耶「聞いたことないゎ。てゆうか、つまり、あなたって、人間でないんですよね。」
占師「そう、人間でない。意識で動いているところは、地球上のあらゆる生物と同じであるが。」
麻耶「なぜ、こんなところにいるの。また、私だけに、なぜこんなことをしてくれるの。」
占師「信じる信じないは、おまえの勝手であるが、聞いてくれ。」
麻耶「ここまで、訳の分かんないことが起きているので、信じるしかないゎ。」
占師「覚えていないと思うけど、おまえは、生まれる前、宇宙を自由に漂う意識だったのだ。」
麻耶「はい。」
占師「それで、おまえは、人間を経験してみたいと思ったのだ。
人間になるには、まず赤ん坊から始めないといけない。
そのためには、両親を選ばないといけない。両親いないと生まれないからな。」
麻耶「はい。」
占師「おまえの今の両親は、おまえ自身がこの両親の子供として生まれたいと思い、
おまえが選んだ両親なんだ。決して、お前は親の都合で生まれてきたんじゃないんだ。」
麻耶「はい。」
占師「精子と卵子が受精し、分裂し始めた時、おまえは、両親の作った受精卵の中に入っていったんだ。
そして、おまえは、しばらく母親のお腹の中で、赤ん坊になるまで育ったんだ。」
麻耶「本当ですか。」
占師「信じ難いかもしれないが聞け、受精初期のころは、おまえの意識だけで、
受精卵は生きることができる。」
麻耶「うん。」
占師「しかし、それから、受精卵は、短い間に数億年分の人間が進化してきた過程を忠実に
たどり、複雑極まる機能を持つ人間の子供となる。」
麻耶「はい。」
占師「しかし、おまえの顕在意識だけでは、受精卵以降、細胞分裂するにあたって、
赤ん坊を進化させ、大きくしていくことは不可能なんだ。」
麻耶「そうなんですか。」
占師「これだけの複雑な作業をすることになると、膨大な意識が必要となるんだ。
その意識がないと、受精卵は絶対に育てあげることはできない。
その意識こそが、俺の言っている、馬であり潜在意識なのだ。」
麻耶「すごいね。」
占師「馬は、人間を育てていく意識の熟練者なんだ。
顕在意識とは、比較にならない、意識の量を持っている。」
麻耶「そうだったんだ。ところであなたは、何者だったんだっけ。」
占師「俺は、受精後間もない、受精卵に入りこんだ顕在意識に、
馬を、あてがうのが仕事なんだ。」
麻耶「私、そのような原始生物でなく、しっかり人間の大人になっているんですけど。」
占師「そうなんだ。実を言うとな、おまえに馬をあてがったのは、
俺なんだ。」
麻耶「ウソ~。」
占師「残念なことに、あの当時、俺は仕事慣れしていなくて、忙しかったので、
うまの合う馬を与えることができたのかどうか、分からなくて悩んでいたんだ。」
麻耶「一生を決める大事なことなのに、結構いい加減ねぇ。」
占師「ゴメン、でも俺も意識なんだ、人間と同じくいい加減なところがあるさ。
ホント、反省しているんだ。
それで、今度こそは、麻耶に合う馬を与えたいと思い、
人間界に来さして貰ったんだ。」
麻耶「そう、だいたい分かったような気がする。」
占師「これからどうする。馬を変えなくてもいいんだぜ。
お前は、今まで、馬を乗りこなすのに精一杯で、自主的に動いたりすることが少なく、
どちらかと言えば、受身の人生を歩んできているはずだ。」
麻耶「そうね。積極的に動けば、馬が暴れていたからね。
でも、今後は自分から進んで、困難なことをしていっても、
馬は、落ち着いて走ってくれるのよね。
しかも、私は退屈さから開放されていくのね。」
占師「そうだ。ただし、そういう生き方に慣れていないお前は、
最初は、戸惑うかもしれない。
しかし、心配するな、今の馬は、お前にとって最高の馬だ。
どんな困難も、落ち着いて乗り越えてくれるはずだ。
思い切って、飛ばしても構わないと思う。
その気持ちで、また一週間乗って見てくれ。
麻耶「私もそうしたい。」
占師「一週間後またここで会おう、その時、また感想を聞かせてくれ。」
麻耶は、新しい気持ちで、次の日出社した。
今日からは、仕事を積極的に行うことにしよう。
いつもの如く経理の仕事を始めた。
といっても、経理の技術自体は前に比べて劣っている。
優れてきた点は、何かというと、コミュニケーション能力である。
仕事に対しては、新人であり素人だ。
この環境で、新しい挑戦とは何だ。
今までの自分になかった能力を使うのだ。
とりあえず、人に沢山話しかけてみよう。
麻耶「みんな、おはよう。」
麻耶は、大きな声で挨拶した。
回りの社員も麻耶の雰囲気に慣れ、大きな声で挨拶を返して
くれるようになっていた。
その日は、麻耶の机の回りの人に沢山話しかけた。
もともと皆話し好きの人達ばかりだ。
仕事をしながらも、世間話に花が咲いた。
ついでに近くを通りかかた人にも話し掛けた。
快く話に応じてくれ、しばらく話し込んだ。
麻耶は、思った。
なんだ、今まで苦手だったのに、人と世間話するって、簡単じゃない。
それに、皆、結構いいひとばかりだったのよね。
この話しかけを繰り返していくうちに、夜の飲み会にも、声を掛けられる様になった。
男達には、麻耶は明るくて、よく気を利かしてくれる子という評判が立った。
このように順調に一週間が過ぎた。
麻耶が愛嬌がよいという評判が社内に広がった一週間であった。
麻耶は、思った。
今日で、丁度七日目だ。
いつもの占師の所へ行こう。
その場所を行くと、いつものごとく占師は座っていた。
麻耶「こんにちは。」
占師「やぁ、元気だったかな。」
麻耶「お陰様で~。」
占師「よかったみたいだね~。どのへんがよかったか教えてよ。」
麻耶「今回は、自分から皆に幅広く、話しかけていったの。」
占師「うん、うん。」
麻耶「そしたらね~。皆いい人ばっかりで~、み~んな麻耶と長話してくれるの。」
占師「そりゃ~よかった。」
麻耶「それで、お知り合いが沢山できて、よかったと思っているの。
占師さんも麻耶とず~と仲良しでいてね。」
占師「そうだね、仲良しで居ような。
そうか、それで困ったことは、なかったかい。」
麻耶「う~うん、全然、今回は、退屈することもなく困ったことはありませんでした~。」
占師「そうか、本当に困ったことは何もなかったのか。」
麻耶「なかったように気がします。」
占師「わかった、じゃあ、またこのまま一週間様子を見てみるか。」
麻耶「そうしま~す。」
そう言うと、麻耶はその場所を去って行った。
占師は、麻耶の後ろ姿を見て思った。
うまくいっていると思っていいのかな、
なんとなく、おバカになったような気がする、気のせいだったらいいが。
麻耶が暴れても、馬が安定していている分、落馬することがないので、
自由になり過ぎ、考えなくなり、思考力が落ちてきているのかもしれないな。
それでも、大丈夫な筈だ。
麻耶さえ落ち着こうと思えば、直ぐに穏やかな状態に戻れるのだから。
だから、いつでも高度な思考ができる状態になるんだ。
一週間後は、どんな話を聞けることやら。
俺も地球への滞在が長くなったな、馬のチューニングって簡単に済むと、
思っていたのに、そうでもないみたいだ。
今後、どれくらい時間がかかることやら、トホホホホ。
それから、早くも一週間が過ぎた。
占師「この一週間どうだったかな。」
麻耶「う~ん、まぁ、うまくいったのかな。
ただ、何となく充実感がなくなってきているような気がするの。
なんというか、私って心の奥底が生まれ変わってしまっているのよね。
それも、一揆にね。
それで、まだ、過去の自分に未練があるというか、
まだ、いまの自分に慣れてないというか、
そのような、精神的な違和感を感じるようになってきたの。
私の気持ち分かりますか。」
占師「分かるさ、お前はこの一週間で少し成長してきたみたいだ。
だから、微妙な違和感に気づくようになったんだ。」
麻耶「自分で言うのも可笑しいけど、そうかもしれないゎ。」
占師「自分自身を冷静に見れるようになってきている。」
麻耶「私、今後、今のままで耐えてゆけるかしら。」
占師「う~ん、俺は、このままでいいと思うが、
お前は、今成長し、変化してきていている。
だから、今感じている違和感も日にちが経つに連れて、
和らいでくると思うんだ。」
麻耶「だったら、いいけど。」
占師「お前の感じている違和感って言うの、
もっと、具体的に表現することできないかな。」
麻耶「そうね、寂しいの、大事な人を忘れてきてしまっているみたい。」
占師「そういうことか。」
麻耶「それで、何が分かったの。」
占師「おまえの前の馬の中に大事な友達がいるんだよ。
その友達を置いてきているので、
お前は、今寂しいんだ。
馬っていうのは、一つの人格でできている訳ではないんだ。」
麻耶「へぇ、複雑ね、変な話。」
占師「複雑なような気がするけど、そうでもなく、結構単純なんだ。
どういうことかというと、潜在意識って、一つの大きな意識ではなくって、
顕在意識と同じような、意識が何百個も集まっているだけなんだ。
そう、沢山の人格が集まっているだけなんだ。
だから、意識の量的には、偉大であるかもしれないが、
顕在意識と比べて、質的なものが違うということはなく、単なる人格の集まりなんだ。」
麻耶「そうなんですか~、何か聞いていると怖ろしくて~、
占師さん、私を騙して遊んでいるのではないですか~。」
占師「聞くことが、初めてのことばかりで、驚いているかもしれないが、
ウソは言っていない。」
麻耶「でも、怖い。」
占師「心配することないさ、
であるからして、今回は、潜在意識の一部だけ入れ換えてみよう。
つまり、おまえの旧潜在意識の中にあった大事な友達を、
今のお前に入れてみよう。
その代わり、お前の今の潜在意識から、重要性の低い人格を一個抜くことにする。」
麻耶「意識って、付け足したり、そんなに割ったり、引いたりできるの、空気みたいに。」
占師「それができるんだ。」
麻耶「怖ろしい、聞いているだけで、私の人格が割れてしまいそう。
私っていったい、どういう存在なの、私自身も足したり、割ったり、引いたり??。」
占師「気持ちは、分かるがそう混乱するな、直ぐに慣れる。」
麻耶「ぐすん。」
占師「おまえの旧意識から大事な友達を探し出してくるので、ちょっと待っててな。」
占師は、保管していた、麻耶の旧潜在意識の中を調べてみた。
何百という人格の性格のそれぞれ違う意識が、存在していた。
その中で、物腰が柔らかくて、優しそうな女性がいた。
雰囲気が麻耶自身に似ていた。
きっと、この女性に違いない。
占師は、更に詳しく観察した。
う~ん、素晴らしい、
母性本能に満ち溢れた、なんて優しそうな目をしているんだ。
占師は、彼女に名前を聞いてみた。
「名前、聞いてもいいかな。」
「名前は、マミよ。」
「いい名前だ。」
「麻耶は、元気にしてるの。」
「ああ、元気にしているよ。麻耶に合いたいかい。」
「会いたいゎ。」
「分かった、会わしてあげよう。」
こうして、占師は、マミを麻耶の今の潜在意識に移動させた。
また、マミを顕在意識に近いところに配置した。
その方が、麻耶も落ち着くことだろう。
占師「麻耶、おまえの大事だった友達を、今移し終わったよ。
気分は、どうだい。」
麻耶「嬉しい、感じるわ、心の中から愛情で支えられているみたい。
占師さん、何だかありがとう。」
占師「それは、よかった。フウ~。
これで、また一週間様子を見て貰おうかな。」
麻耶「はい、自分を取り戻したみたいな気がします。一週間頑張ってきますね。」
こうしてまた一週間様子をみることにした。
占師は、思った。
マミか、不思議なよくできた意識だったな。
マミのことのちょっと調べてみよう。
占師は、麻耶が家路に向かった後、麻耶の旧潜在意識の中を、再度覗いてみた。
マミが居たのは、この辺だったな。
その辺りにいる人格に、マミのことについて聞いてみよう。
占師「ちょっと君、君はマミのこと知っているか。」
オル「知ってるわよ、私の直ぐ近くに存在していたから。」
占師「名前、聞いていいかな。」
オル「私の名前は、オルよ。」
占師「オルか、いい名前だ。」
オル「そぉ、何か、折れそうだけどね、マミの何が知りたいの。」
占師「マミとの付き合いは長いのかな。」
オル「そうでもないよ、だって、麻耶が小学校に入る前ぐらいに、
私の横に入ってきたのだから。」
占師「中途採用か、マミはどこからやってきたか、知っているかい。」
オル「うん、マミは、元々麻耶の母親の潜在意識だったの。」
占師「へぇ~そうなんだ。」
オル「マミは、麻耶の母親の中に居た頃から、麻耶のことが可愛くて、
面倒を見るのが楽しくてしかたなかったと言っていた。
それで、麻耶とはいつでもずう~と一緒に居たいと思い、
麻耶が小学校に上がる前に、麻耶の潜在意識の一部となり、
麻耶を支えていくことを希望したらしいの。」
占師「なるほど。」
その当時、俺と同じ仕事をしている奴が、麻耶の母親のところに来たっていうことだな。
オル「それで、マミは、馬案内人に麻耶の中に移して貰い、私の横に配置されたわ。
彼女は、いつも麻耶のことを考えていて、本当に面倒見がよかった。
いつも、いつも麻耶に愛情を注いでいた。
私も、彼女の働きを関心して見ていたわ。
あなたも、マミの存在に気づいてよかったわね。
でなかったら、あなたは、馬案内人として失格だったわ。」
占師「確かにその通りだ、ほんと気をつけるよ。」
オル「しっかり、してよ。」
占師「うん、分かった。お礼をしたいけど、俺に何かして欲しいことはないか。」
オル「今度マミに会った時、伝えといて頂戴、
『また、隣に来た時は、よろしくね』と」
占師「は~い。」
占師は、自分の施したことが的を得てたことに、ほっとすると同時に、
どうか今度こそは、麻耶に馬がうまく馴染んで欲しいと思った。
それから、数週間経った。
麻耶は、よく落ち着いていた。
麻耶「占師さん、今週も調子よかったみたいよ。」
占師「そうか、それは、よかった。俺も嬉しいよ。」
麻耶「本当にありがとうね、私幸せに生きていけそうな気がするの。」
占師「きっと、幸せになるさ。」
麻耶「私、寂しい。」
占師「えっ、え~、また寂しくなったのかい。」
麻耶「そういうことじゃなくって、うまくいったので、占師さん、
もう行かないといけないんでしょ。」
占師「そうだな、また、他の人に馬案内をしないといけないしな。」
麻耶「私のこと忘れないでね。」
占師「忘れないさ、時々は、君のことを見に来るからね。
だから、心配することないさ。」
麻耶「ぐすん、分かった。」
占師「それと、麻耶、おまえいい母親持ってるぜ。」
麻耶「人の親を物みたいな言い方しないで、そうよ、優しいお母さんよ。」
占師「おまえの中にいる優しいマミ、その人格は、
おまえの母親の中で、熟成されたんだ。
おまえに対する愛情から、マミっていう素晴らしい人格が育っていったんだ。
母親、大事にしろよ。」
麻耶「分かってる。」
占師「じゃあな、また会いに来るからな。」
麻耶「ありがとう、占師さんも元気でね。」
こうして、まだ、半人前の馬案内は、満足して麻耶の元を去っていった。
---- 終わり ----