落下を語る者
閲覧いただきありがとうございます。
死んでしまった生き物はもとには戻らない。それはこの世の摂理だ。ゆえに生き物の命は大切にしなくてはならないし、不当に傷つけるなんてことはあってはならない。
しかしこれを分かっていない者もいる。
嫉妬に狂い、あるいは自らの立場に胡坐をかいて、必要以上に痛めつける。
自分の思い通りにならないからと周りに当たり散らす。
した本人はひとしきり暴れてすっきりするだろう。あるいは気に入らないものを排除出来て満足するかもしれない。
でもされた人は?された周りの人は?
加害者からすれば後のことなんてどうでもいいのかもしれないが、そこにはしっかりと傷が残るのだ。
何をやろうと消えやしない見えることない傷が。
〇〇〇
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
皆さんは今日から3年間人付き合いと、このベルターニュ王国でのマナーをしっかりと学び、貴族の子女、あるいは官吏、使用人として立派に成長することを期待しております。
さて、私の講演は毎年新入生のために必ず行われているのですが、どの講演においても私が話すことは同じです。それは、私の妻のことです。
みなさんの中には聞いたことがある方もいるかもしれません、寝たきり公爵夫人オルニス・ベンガルのことを。
私の妻は社交界には出てきません。正確に言えば出てくることができません。
なんで、と思う人もいるでしょう。何かやらかしたのかと思う人もいるかもしれません。
なんとはなしに理由を想像した人がいるかと思うのですが、皆さんはその邪推をするのをやめなくてはいけないのです。そのためには私はここに立っているのですから。
一体なぜなのか、今からそれを話したいと思います。
オルニスと出会ったのは、この学園の中でのことです。
当時私はイケイケでした。
顔も端正で、頭脳も明晰、次期公爵でもある。
この国ではよっぽどの事情がなければ、幼少期から婚約関係を結ぶことは禁止されています。
そのため多くの貴族にとって出会いの場は学園になります。
ですから、当時の私のように優良物件と目される、令嬢令息はモテるのです。
また、地方の下級貴族にとって学園は高位貴族とのコネクションを作るに最適な場でもあります。
これは、仕方のないことです。学園の設立目的がそのためなのですからどうしようもありません。
しかし、だからと言って高位の貴族たちが下級貴族に向かって大きな顔をしていいわけでもありません。
出ないとまた悲劇が起こってしまうのですから。
少し話が脱線しましたが、私がオルニスのことを認識したのは学園二年生のころです。
当時の私に、言い方が悪いですが付きまとっていた令嬢たちから、
「高飛車で、だれともつるまない、感じの悪い伯爵令嬢がいる」と聞いたことがきっかけでした。
私は、いい気になっていたので
「彼女でちょっと遊んでやろう」と近づきました。
しかしどうでしょうか、彼女は頭脳明晰で世の中のことがよく見えていていました。
不純な気持ちで近づいた私ですが、気づけば彼女と毎日過ごすようになっていました。
私は彼女に惹かれていました。婚約の仮約束までしました。
しかし私と仲睦まじくしていた姿を見て、それを妬んだ令嬢たちが彼女に嫌がらせを始めたのです。
物を盗んだり、池に突き落としたり、それはもうすさまじかったそうです。
私はそれを知りませんでした。彼女は隠していたのです、私が心配しないようにと。
彼女はそれを知られたくなかったらしく私からも距離を取りました。
私はそれに腹を立てました。私の視点から見れば急によそよそしくなったのですから。
それでも彼女のことが好きでした。何度も話しかけようとしました。
それすらもあいまいにごまかして拒否するようになり、本格的に私を見ると逃げていくようになりました。
そうして疎遠になってからしばらくして、私に付きまとっていた令嬢の一人がふとこう漏らしました。
「やっと羽虫がいなくなった」と。
何かと思い、彼女を問いただすと、先日オルニスが階段から飛び降りたということを聞きました。
「いろいろやってもしぶとかったのにやっと消えてくれる」
そうやって嬉しそうに語る令嬢をよそに私は頭が真っ白になりました。
なぜもっと早く気付かなかったのか。彼女の態度が変だったのはそのせいだったのかと。
何より無事かどうかが心配で仕方がありませんでした。
私は教師の方々やオルニスの仲の良かった人々に頭を下げ、数日たって何とかオルニスと会うことができました。
病院で彼女はベットに横たわっていました。
医者によると、もう目覚めることはほとんどないだろうと。
やってしまったと思いました。自分のせいで彼女を危険にさらしてしまったと。
それから、オルニスをいじめていた令嬢たちは修道院へ送られたと聞きました。
そんなことはどうでもよかったのです。
オルニスの家族にどう説明しようかとそれだけで頭がいっぱいでした。
伯爵に殴られる覚悟で、私はすべてを話しました。
伯爵は君のせいではないと謝罪を拒否しました。
そして、もう二度と私たちにかかわらないでくれと言われました。
当たり前のことです、大事な娘をこんな目に合わせた男など許す以前の問題です。
でも私はあきらめませんでした。
それでも彼女が好きだったからです。
門前払いを何度も食らい、手紙を送っても返事も帰ってこず、やっとお会いできた時には最初にあってから一年がたっていました。
私の熱意に負けたのか、伯爵はオルニスとの婚約を認める条件を二つ出しました。
一つ目が、この学院で起こったことを毎年話し、二度とこのようなことが起きないようにすること。
二つ目が、婚約破棄するときは女王の前で毒杯を賜ることでした。
私は二つ返事で承諾しました。
その後、彼女は意識を取り戻しましたが今でも私を見ると怖がるようなしぐさをします。
歩くこともできませんし、車いすで中庭に出ても、突き飛ばされるかもとおびえています。
これは私の贖罪なのです。気づくことができなかった私の。
そして皆さんにも覚えていてほしいのです。
なんか邪魔だなとか嫉妬してアイツを陥れたいと思うことがあるかもしれません。
でもちゃんと考えてください。相手は人間です。限りない一つの命です。
貴方が邪魔だと思うあの子にも、あの子を大切に思う人がたくさんいます。
それをきちんと考えてください。
〇〇〇
貴族学院から戻ってきた僕にオルニスは笑いかけてくれる。
今でも寝たきりである彼女は僕のことをあまりちゃんと認識できていない。
当然だ。あんなことがあって、その間接的な原因が僕なのだから。
それでも、いつか彼女があの頃のように笑えるように。
僕は今日も彼女とともに過ごすのだ。
いじめられた令嬢に寄り添う話を書きたかったはずが、いつの間にやらこんなことに……




