表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三千界戦:起源  作者: 天上天下天地無双刀
1章 無極城編
27/35

第27話 黒山軍②

 帳の外。


 冷たい風が、低く地を撫でていく。

 乾いた土の匂いが、わずかに混じっていた。


 麻袋が、高く積まれていた。


 一袋、また一袋。


 ――百五十石。


 黒山軍の兵たちが、行き来しながら運び、数を確かめていた。


 袋を叩く者。

 しゃがみ込んで重さを量る者。


「……数は合ってる」


 最後の一袋が、どさりと地面に置かれた。


 振り返り、声が飛ぶ。


ぎゅうかく兄、確認を頼む!」


 ぎゅうかくは、ゆっくりと前へ出る。


 視線を、一袋ずつ丁寧に巡らせた。


「……この袋は、東の畑の分だったな?」


 傍らの兵が、きょとんとした。


「は、はい……あそこは一番作りにくい土地で……」


 ぎゅうかくは、別の袋へと視線を移す。


「こっちは……先月の収穫分か?」


「ええ……あのときは、あと少しで食い詰めるところでした」


 風が吹き抜け、

 積まれた麻袋が、かすかに揺れる。


 ぎゅうかくは、舌打ちをひとつ。


「……チッ」


 その眼差しが、ゆっくりと冷え込んでいった。


「この食糧はな……」


「俺たち黒山軍が、一鍬一鍬、土を掘り返して手に入れたもんだ」


「それを、あのクソどもに差し出すってのか?」


 ――誰も、口を開けなかった。


 ぎゅうかくが、ふいに低く問う。


「……納得できるか?」


 周囲の者たちの顔色が、わずかに変わる。

 そして、目を伏せた。


「……で、できません」


「ですが、頭がすでに――」


 言い終えるより早く――


「――シュッ!」


 一閃。


 刃が横薙ぎに走る。


 ――次の瞬間。


 麻袋が、真っ二つに裂けた。


「ザァッ――!」


 中身の穀物が、一気に地面へと溢れ出した。


ぎゅうかく兄!?」


「な、何してるんですか――!」


 兵たちは一気に動揺し、

 反射的に止めに入ろうとする。


 だがぎゅうかくは、その場から一歩も動かなかった。


 こぼれ落ちる穀物を、じっと見下ろしている。


 声は、低く冷え切っていた。


「……おい、お前ら」


「袋ごとに、少しずつ抜け」


 一瞬、言葉を切る。


 口元に、わずかな歪みが浮かんだ。


「その分――砂を詰めろ」


 その一言が落ちた瞬間。


 周囲は、凍りついたように静まり返る。


 兵たちは、顔を見合わせた。


 ――誰も、動かない。


 無意識に、帳の方へ目を向ける者。

 刀の柄を握り締める者。


「そ、それは……まずいんじゃ……」


 誰かが、小さく呟く。


「もし、バレたら……」


 言葉は、尻すぼみに消えていった。


 ぎゅうかくは、鼻で笑った。


「……あのクソどもが」


 ぺっと、地面に唾を吐き捨てる。


「中に糞を混ぜたってな」


「奴らは黙って飲み込むしかねえんだよ」


 口元が、ゆっくりと歪む。


「どうした?」


「まさか、本気であいつらをまともだと思ってるわけじゃねえだろ?」


「この食糧だって、あいつらは何の疑いもなく平然と持っていく」


「それを、俺たちが少し細工しただけで――」


「生きていけなくなるってのか?」


 ぎゅうかくは、いきなり足を振り下ろした。


「ドンッ!」


 踏みつけられた穀物が、ばらばらに飛び散る。


「奴らが見てるのは“数”だけだ」


 声は、徐々に低く落ちていく。


 だが、その分だけ重く沈んでいった。


「……俺たちが欲しいのは」


「生き延びるための道だ」


 空気が、ぴたりと固まる。


 やがて――


 誰も何も言わなくなった。


 兵たちは、黙って短刀を抜き放つ。


 次の瞬間、

 人の流れが一斉に動き出した。


 袋を裂く者。

 砂を運ぶ者。

 周囲を警戒しながら、小声で急かす者。


 営地全体が、鼠の群れみたいに動き出す。

 せわしなく物資を動かし始める。


 遠くから風が吹き込み、

 細かな砂の音を運んできた。


 ぎゅうかくは、その場に立ったまま。


 不機嫌そうに顔をしかめる。


「おい、そこのやつ」


「俺と来い。武器庫で装備を整えるぞ」


 ――その夜。


 抑え込まれていたざわめきは、

 確かに、営地の中で広がり始めていた。


 ——————————翌日————————————


 夜明け前。


 営地は、まだ薄い霧に包まれていた。


 遠くの山影がぼんやりと浮かび、

 空気はひどく冷たい。


 帳と帳の間では、すでに兵たちが動き始めていた。


 足音は、極力抑えられている。


 昨日積み上げられた食糧袋は、

 営地の外に整然と並べられていた。


 外見からは、何の異変も感じられない。


 やがて――


 遠くから、馬の蹄の音が響いてきた。


 ゆっくりと、だが確かな圧を伴って近づいてくる。


 霧が踏み散らされ、

 人影が次第に浮かび上がった。


 先頭に立つのは、数騎の騎馬。


 甲冑が鈍く光り、威圧感を放っている。


 次の瞬間――


 鋭い声が、谷間に響き渡った。


「朝廷軍、到着――!!」


 その声が、山々に反響する。


「天子の勅を奉じ――黒山寨へ食糧徴発に参った!」


「準備は整っているか――!?」


 声の波が、営地をなめるように走り抜けた。


 帳の内外が、一瞬で静まり返る。


 多くの者が、思わず手を止めた。


 縄を握る手に、力がこもる者。

 俯いたまま動かない者。


 空気が、ぴんとちょうり詰める。


 営門の前で、人垣がわずかに割れた。


 その間から、ちょうじょうが姿を現す。


 衣は簡素で、甲冑は身に着けていない。


 門前に歩み出て、足を止める。


 視線はまっすぐに、相手の官吏へと向けられた。


 その男は、白く整った顔立ちをしていた。

 だがその眼差しには、露骨な見下しが宿っている。


 背後には――


 精鋭の甲冑に身を固めた兵が、隙なく隊列を組んでいた。

 ざっと百はいる。


 空気が、さらに重く沈む。


 ――こいつ、本当に取りに来ただけか……それとも、最初から斬る気で来てるのか。


 ちょうじょうは、淡々と口を開いた。


「朝廷のご所望とあらば――」


「我らとて、怠るわけには参りません」


 官吏は、整然と積まれた食糧袋を一瞥した。


「――検めよ」


 一声が落ちる。


 数名の兵が前へ出て、袋を開き、重さを量り、数を取る。

 動きに一切の無駄はない。


 時間が、じわじわと流れていく。


 やがて、兵の一人が振り返り、拳を合わせて報告した。


「ご報告いたします――」


「総計、百五十石」


 その瞬間。営地の空気が、少しだけ緩んだ。


 官吏の眉が、ぴくりと動く。


 視線が、ちょうじょうへと突き刺さる。


「……二百石ではなかったか?」


 ちょうじょうは、目を逸らさなかった。

 ただ、わずかに頭を下げる。


「残り五十石は、まだ用意が整っておりません」


「今年は収穫が芳しくなく、我らもどうにか命を繋いでいる有様で……」


「これ以上差し出せば、この寨の者は飢え死にしかねません」


 営地は、静まり返っていた。


 多くの者が俯き、

 指先に力を込めている。


 官吏の表情が、徐々に険しさを増していく。


 声は、冷えきっていた。


「……値を吊り上げるつもりか?」


「それとも――天子の勅命を、軽んじているのか?」


 空気が、一気にちょうり詰める。


 ちょうじょうは、すぐに片膝をつき、手を組んだ。


「そのような意図は、決してございません」


「ただ、三ヶ月の猶予を賜りたく存じます」


「残り五十石は、必ずや補ってお納めいたします」


 一息置き、

 さらに続ける。


「もしご不満であれば――」


「この身、自ら朝廷へ赴き、直に申し開きをいたします」


 官吏は、一瞬きょとんとした。


 だが次の瞬間、表情が一気に冷え込む。


「……お前が?」


 その声音には、露骨な嘲りが滲んでいた。


「朝廷に入る、だと?」


 鼻で笑う。

 そして、声を一段とちょうり上げた。


「朝廷がどのような場所か――分かっておるのか!?」


「天子の御座す、至高無上の地だぞ!」


 その視線が、黒山軍の面々を舐めるように巡る。


「貴様らごときが、朝廷を口にするなど――身の程を知れ!」


「この天下、すべては天子のもの」


「貴様らは、その上に群がる虫けらにすぎぬ!」


「その身で踏み入るなど、思い上がりも甚だしいわ!」


 ――空気が、ちょうり詰める。


 黒山軍の面々の顔色が、瞬時に変わった。


 歯を食いしばる者。

 指先が白くなるほど拳を握る者。

 無意識に刀の柄へ手をかける者。


 その侮辱は、火のように人々の中へと広がっていく。


「……向こうが奪いに来てるくせに……」


「なんで、俺たちが責められなきゃならねぇ……」


 兵の一人が、押し殺した声で呟いた。


 そのとき、官吏の目が、わずかに揺れた。


 ちょうじょうを見据えながら、内心で素早く計算を巡らせる。


 ――朝廷の指示は、本来五十石のみ。


 もしこの男が本当に訴え出れば……

 事が大きくなれば、こちらも面倒になる。


 思考が、一瞬で巡る。


 やがて、静かに息を吐いた。


 瞳に宿っていた怒りが、ゆっくりと引いていく。


「……ふん」


「よかろう」


「辺境ゆえ、今回に限り見逃してやる」


「だが三ヶ月後――」


「再び不足があれば、その責はすべて貴様らが負うことになる」


 その言葉が落ちた瞬間、

 営地のどこかで、ちょうり詰めていた空気がふっと緩んだ。


 ――だが。


 次の瞬間。


 官吏が、ふいに手を上げる。


「待て」


 場が、ぴたりと止まった。


 兵の一人が、後方から細長い鉄棒を持ってくる。


 先端は鋭く、冷たい光を放っていた。


 それを、袋へと軽く突き立て――

 引き抜く。


 掌に広げた中身。


 砕けた穀粒の中に――


 灰色の異物が混じっていた。


 ――砂。


 一瞬で、空気が凍りついた。


 官吏の顔色が、一気に沈んだ。

 声は低い。だが、底冷えするような冷たさを帯びている。


「……これは、何だ?」


 ちょうじょうの瞳が、わずかに揺れる。

 明らかに動揺し、思わずその袋へと視線を落とした。


「……これは……なぜ……」


 言葉が、途切れる。


 そして、ゆっくりと横へ視線を移した。


 ぎゅうかくが、そこに立っている。


 微動だにせず。

 表情は変わらない。


 むしろ、押し殺した殺気を滲ませたまま、

 官吏を冷ややかに睨みつけていた。


 弁解も、回避もない。

 隠すつもりなど、最初からないと言わんばかりに。


 ちょうじょうの眼が、わずかに変わる。


 ――理解した。


 だが、口を開くより早く――


 官吏の顔が、さらに歪んだ。


「この無礼者どもがッ!!」


 怒声が、叩きつけられる。


「朝廷を欺き、砂を混ぜて誤魔化すとは――!」


「貴様らの居る地も、食らう糧も、すべて朝廷の恩恵だ!」


「寄生する獣風情が、命に背き、上を欺くなど――身の程を知れッ!!」


 その言葉が終わるより早く。


 ちょうじょうが、勢いよく顔を上げた。


 押し殺していた怒りが、ついに弾ける。


「――ふざけるなッ!!」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ