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くっころ落語

作者: 田柄 満
掲載日:2026/04/27

 えー、異世界なんてものがございまして。

 この世界、人間のほかにも色んな連中がおりまして。その中にオークなんてのがおりますな。


 これがまあ、乱暴者でございまして。

 村に降りてきては暴れるわ、奪うわ、さらうわでね。

 だからって、人間のほうも黙っちゃいない、冒険者だ騎士団だと、やり返す。


 で、この騎士団ってのがまた立派なもんでございまして。強くて曲がったことが大嫌い。清廉潔白! 村人からも羨望の眼差しで見られております。

 まあ、中でも女騎士ってのが人気でございましてね。


 なにが人気かってぇと――捕まった時の台詞がいい。


「くっ……殺せ!」


 これがね、たまらない。

 もうね、様式美ってやつで。

 捕まるとだいたい言うんですな、「くっ殺せ」。


 中には気合い入りすぎて三回ぐらい言うのもいる。


「くっ! 殺せ! くっ……殺せ!!」


 誰に言ってんだって話でございますが。


 ところが最近、この「くっ殺せ」を、どうにも妙な楽しみ方をしている連中がおりまして。


 はい……若いオークたちでございます。


 森の奥深く、昼なお薄暗い所にオークの村がありまして。その長屋の隠居の所に、これまたオークのハチがやってきました。


「こんちはす!」

「おぅ、ハチじゃないか。ご苦労だったねえ。どうだったい? 川向こうの捕虜は?」

「いや、ご隠居。どうもこうもありませんや。たまんなかったですよ!」

「なにがたまんないだよ、攫った騎士に言うセリフじゃないだろう」

「えへへ」

「えへへじゃないよ。……で、どうなんだい、吐いたかのかい?」

「へい! い〜い『くっ殺せ』を頂きやした!」


「……」


「それだけかい?」


「へい、それだけですが」

「何やってんだい、騎士団の数とかあるだろう、もっと聞くことが」

「いやご隠居。女騎士に乱暴なんてきょうび流行りませんや」

「どういうことだい?」

「今はね、『くっ殺せ』って言わせるのがトレンドなんですぜ」

「おいおい、また変な遊びが流行ったね。騎士なんてもんは害にしかならないんだから、とっ捕まえたら情報を吐かせて始末するもんだよ」

「かー、わかってないねえ! 良いですかい、ご隠居。『くっ殺せ』は女騎士しか出せない、芸ですぜ!」


「芸?」


「ええ、芸でさ。あれはただの言葉じゃない」

「ただの言葉じゃない?」

「『くっ』と『殺せ』のあいだにね、覚悟が入ってるんで」

「まあ、覚悟はあるだろう……」

「こう、自分の身にこれから起こる事を想像してね、『くっ』と歯ァ食いしばったあとにね、死を覚悟して『……殺せ』と続くんですわ。これがたまらない! もうそれだけで、ご飯三杯はいけますね」

「おいおい、捕虜はお漬物じゃないんだよ?」

「ご隠居も一度聞いてみるといいですよ」

「なんだい、わたしに川向こうまで行けって言うのかい?」

「実はね、隣村でも女騎士が捕まって、これが大層良いと評判なんですよ」

「隣村なら近いねえ」

「善は急げって言うじゃないっすか、行きましょう!」

「仕方ないねぇ。そこまで言うなら行ってみるかい」

「そう来なくっちゃ! 行きましょう!」


 ご隠居とハチが長屋を出ると、向いから大工のクマがやって参りました。


「お、ご隠居とハチじゃねえか。どっか行くのかい?」

「おう、クマじゃねえか! これからご隠居と隣村まで女騎士を見に行くんだ」

「ほう、隣村かい?」

「クマはなにしてたんだい?」

「ご隠居。あっしもね、丁度隣村に行こうと思っていた所でさぁ」

「ほう、こいつはおあつらいむきだね。お前さんも一緒に来るかい?」

「へい、ご一緒させていただきやす」

「お前さんも好きだねえ」

「あっしはね、『くっ』の後の搾り出すような『殺せ』がたまらねえんですわ」


 クマがくっころ評論すると、ハチが食ってかかります。


「なんでぇクマ、わかってねえなぁ。ありゃあな、最初の『くっ』って食いしばる所が良いんだよ」

「おめえこそ、わかってねえな。『殺せ』で諦めと覚悟が滲み出るところが味なんじゃねえか。このトーシローめ」

「あー、にわかはこれだからイヤだね。『くっ』のところに女騎士の人生が見えて一人前だってんだよ!」

「なんだとにわかたぁ聞き捨てなんねえ! やんのか! てめえ!」

「おう! 望むところよ」


 二人が緑の顔を真っ赤にして殴り合おうとした瞬間。ご隠居が両手でハチとクマの耳をハシッとつまむと、ぎゅうううっとつねり上げました。

 これにはたまらず二人とも悲鳴を上げてしまいます。

「いてててて! ご隠居! いたい! 勘弁してください」

「す、すみません! いたい! いたいですご隠居ぉ!」

「ほらほら、二人とも喧嘩はおよし。仲良く行こうじゃないか」


「……へ、へい」


 二人ともしゅんとおとなしくなって、とぼとぼ歩いていると、隣村に近づいて参ります。

 隣村に近づくにつれてオークの数が増えていきまして、女騎士が繋がれている洞窟に近づきますと、もう黒山のオークだかりが出来ておりました。道ばたには屋台まで並んでいる始末でございます。


 ご隠居が目を白黒させて、ハチに話しかけます。


「なんだい、このお祭り騒ぎは」

「ご隠居、『元祖くっころだんご』食べますかい?」

「そんなものいつの間に買ったんだい」

「このね、『くっ』の甘だれに『ころ』のごまだれがいいんでさ」

 ハチが美味そうにだんごを食べていると、クマが屋台の看板を見て感心しています。

「ご隠居、凄いですぜ、創業100年ってありますぜ」

「全く、お前さんまで騙されてるんじゃないよ」


 三人でだんごを食べながら、洞窟の前にきますとオークが呼び込みをしています。


「さあさあ、お立ち合い! こちらは、人間の騎士団を率いていた正真正銘の女騎士だ! 本物の『くっ、殺せ』はここでしか聞けないよ! オーク人生で一度聞けるか聞けないかの名文句! 今聞かないと一生の後悔になるよ!」

「おい、呼び込みまでいるよ」


 ご隠居たちが入ろうとすると、呼び込みが声を掛けてきます。


「お、三名さまですかい? へへへ、おひとり20ゴールドになります」

「なんだい、木戸銭を取るのかい?」

「旦那、他所で聞けない『くっころ』ですぜ、20ゴールドで聴けるなんて安いもんでさ」

「仕方ないね、ここは私が払おうかい、ほい三人分……」


「あーい! ありがとうございます! 三名さまごあんなーい!」


 洞窟の奥に案内されますと、薄暗い地面にゴザが敷いてあって、中にオークたちが仲良く並んで座っておりました。

 クマがオーク達の中に入っていきます。


「おっと、ごめんよ。ちょいと詰めてくれねえか? おう、ありがとよ――ご隠居ぉー! ここ空きましたぜ!」

「おお、クマすまないね。ほれ、ハチもここに座りなさい」

「へいっ」


 てなもんで、前を見ると奥には垂れ幕がかけられて、中が見えないようになっておりました。

 そのうちに、不気味な笛の音が『ヒュ〜』とどこからともなく聞こえてきまして、次に粘つくような太鼓の音が小刻みに『ドロドロドロ』と。

「おいおい、お化けの前座じゃあるまいし」


 バッと垂れ幕が落ちますと、青い光に照らされた女騎士が両手を鎖に繋がれて、洞窟の壁に張り付いています。

 しんと静まり返った観客が固唾を飲んでいると、女騎士は真っ白い顔を上げて気怠そうに、右から左にゆ〜っくりと見渡します。

 その鬼気迫る目つきにどこからか、ゴクリと喉を鳴らす音が漏れ聞こえてきます。

 オークを見渡した女騎士は、嫌悪と恥辱に顔を歪ませると、歯を食い縛って『くっ……』と声にならない息を漏らしてから、腹の底から搾り出すように『殺せ……』と言いました。

 オークたちは「おおーっ」と感心とも歓声ともつかない声を一斉に上げました。


 幕が降りた後も、ご隠居一行は、まだ興奮冷めやらぬ感じでございます。

「いや、凄い迫力だねこれは。なるほど芸だ!」

「やしょう? もう一度聞いたら病みつきでさあ」

「おい、あそこの横穴、楽屋じゃないか?」


 見ると、客席の横に小さな横穴があって、中に灯りが見えたのでした。

 ご隠居がつかつかと横穴に入っていこうとすると、ハチが止めようとします。

「良いんですかい? 勝手に入って」

「なに、挨拶をしに行くだけだ、構わないだろう」


 奥のカーテンの隙間から覗くと、あの女騎士が鎧を脱いで、椅子にふんぞり返って茶を啜りながら、座長らしいオークに言っているのでした。


「座長、明日は『殺せ』の前に『はっ……』って色気のある吐息を入れるからな。木戸銭はあと10ゴールド値上げしな。客はもっと来るよ」


 ご隠居、ハチ、クマ、三人揃って固っていると、女騎士はニヤリと笑いました。


「次は三連発でいくか……」


 ご隠居は目を白黒させて、ぽつりと一言。


「ありゃあ……殺しても死なねえな」


 お後がよろしいようで。


(了)

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