くっころ落語
えー、異世界なんてものがございまして。
この世界、人間のほかにも色んな連中がおりまして。その中にオークなんてのがおりますな。
これがまあ、乱暴者でございまして。
村に降りてきては暴れるわ、奪うわ、さらうわでね。
だからって、人間のほうも黙っちゃいない、冒険者だ騎士団だと、やり返す。
で、この騎士団ってのがまた立派なもんでございまして。強くて曲がったことが大嫌い。清廉潔白! 村人からも羨望の眼差しで見られております。
まあ、中でも女騎士ってのが人気でございましてね。
なにが人気かってぇと――捕まった時の台詞がいい。
「くっ……殺せ!」
これがね、たまらない。
もうね、様式美ってやつで。
捕まるとだいたい言うんですな、「くっ殺せ」。
中には気合い入りすぎて三回ぐらい言うのもいる。
「くっ! 殺せ! くっ……殺せ!!」
誰に言ってんだって話でございますが。
ところが最近、この「くっ殺せ」を、どうにも妙な楽しみ方をしている連中がおりまして。
はい……若いオークたちでございます。
森の奥深く、昼なお薄暗い所にオークの村がありまして。その長屋の隠居の所に、これまたオークのハチがやってきました。
「こんちはす!」
「おぅ、ハチじゃないか。ご苦労だったねえ。どうだったい? 川向こうの捕虜は?」
「いや、ご隠居。どうもこうもありませんや。たまんなかったですよ!」
「なにがたまんないだよ、攫った騎士に言うセリフじゃないだろう」
「えへへ」
「えへへじゃないよ。……で、どうなんだい、吐いたかのかい?」
「へい! い〜い『くっ殺せ』を頂きやした!」
「……」
「それだけかい?」
「へい、それだけですが」
「何やってんだい、騎士団の数とかあるだろう、もっと聞くことが」
「いやご隠居。女騎士に乱暴なんてきょうび流行りませんや」
「どういうことだい?」
「今はね、『くっ殺せ』って言わせるのがトレンドなんですぜ」
「おいおい、また変な遊びが流行ったね。騎士なんてもんは害にしかならないんだから、とっ捕まえたら情報を吐かせて始末するもんだよ」
「かー、わかってないねえ! 良いですかい、ご隠居。『くっ殺せ』は女騎士しか出せない、芸ですぜ!」
「芸?」
「ええ、芸でさ。あれはただの言葉じゃない」
「ただの言葉じゃない?」
「『くっ』と『殺せ』のあいだにね、覚悟が入ってるんで」
「まあ、覚悟はあるだろう……」
「こう、自分の身にこれから起こる事を想像してね、『くっ』と歯ァ食いしばったあとにね、死を覚悟して『……殺せ』と続くんですわ。これがたまらない! もうそれだけで、ご飯三杯はいけますね」
「おいおい、捕虜はお漬物じゃないんだよ?」
「ご隠居も一度聞いてみるといいですよ」
「なんだい、わたしに川向こうまで行けって言うのかい?」
「実はね、隣村でも女騎士が捕まって、これが大層良いと評判なんですよ」
「隣村なら近いねえ」
「善は急げって言うじゃないっすか、行きましょう!」
「仕方ないねぇ。そこまで言うなら行ってみるかい」
「そう来なくっちゃ! 行きましょう!」
ご隠居とハチが長屋を出ると、向いから大工のクマがやって参りました。
「お、ご隠居とハチじゃねえか。どっか行くのかい?」
「おう、クマじゃねえか! これからご隠居と隣村まで女騎士を見に行くんだ」
「ほう、隣村かい?」
「クマはなにしてたんだい?」
「ご隠居。あっしもね、丁度隣村に行こうと思っていた所でさぁ」
「ほう、こいつはおあつらいむきだね。お前さんも一緒に来るかい?」
「へい、ご一緒させていただきやす」
「お前さんも好きだねえ」
「あっしはね、『くっ』の後の搾り出すような『殺せ』がたまらねえんですわ」
クマがくっころ評論すると、ハチが食ってかかります。
「なんでぇクマ、わかってねえなぁ。ありゃあな、最初の『くっ』って食いしばる所が良いんだよ」
「おめえこそ、わかってねえな。『殺せ』で諦めと覚悟が滲み出るところが味なんじゃねえか。このトーシローめ」
「あー、にわかはこれだからイヤだね。『くっ』のところに女騎士の人生が見えて一人前だってんだよ!」
「なんだとにわかたぁ聞き捨てなんねえ! やんのか! てめえ!」
「おう! 望むところよ」
二人が緑の顔を真っ赤にして殴り合おうとした瞬間。ご隠居が両手でハチとクマの耳をハシッとつまむと、ぎゅうううっとつねり上げました。
これにはたまらず二人とも悲鳴を上げてしまいます。
「いてててて! ご隠居! いたい! 勘弁してください」
「す、すみません! いたい! いたいですご隠居ぉ!」
「ほらほら、二人とも喧嘩はおよし。仲良く行こうじゃないか」
「……へ、へい」
二人ともしゅんとおとなしくなって、とぼとぼ歩いていると、隣村に近づいて参ります。
隣村に近づくにつれてオークの数が増えていきまして、女騎士が繋がれている洞窟に近づきますと、もう黒山のオークだかりが出来ておりました。道ばたには屋台まで並んでいる始末でございます。
ご隠居が目を白黒させて、ハチに話しかけます。
「なんだい、このお祭り騒ぎは」
「ご隠居、『元祖くっころだんご』食べますかい?」
「そんなものいつの間に買ったんだい」
「このね、『くっ』の甘だれに『ころ』のごまだれがいいんでさ」
ハチが美味そうにだんごを食べていると、クマが屋台の看板を見て感心しています。
「ご隠居、凄いですぜ、創業100年ってありますぜ」
「全く、お前さんまで騙されてるんじゃないよ」
三人でだんごを食べながら、洞窟の前にきますとオークが呼び込みをしています。
「さあさあ、お立ち合い! こちらは、人間の騎士団を率いていた正真正銘の女騎士だ! 本物の『くっ、殺せ』はここでしか聞けないよ! オーク人生で一度聞けるか聞けないかの名文句! 今聞かないと一生の後悔になるよ!」
「おい、呼び込みまでいるよ」
ご隠居たちが入ろうとすると、呼び込みが声を掛けてきます。
「お、三名さまですかい? へへへ、おひとり20ゴールドになります」
「なんだい、木戸銭を取るのかい?」
「旦那、他所で聞けない『くっころ』ですぜ、20ゴールドで聴けるなんて安いもんでさ」
「仕方ないね、ここは私が払おうかい、ほい三人分……」
「あーい! ありがとうございます! 三名さまごあんなーい!」
洞窟の奥に案内されますと、薄暗い地面にゴザが敷いてあって、中にオークたちが仲良く並んで座っておりました。
クマがオーク達の中に入っていきます。
「おっと、ごめんよ。ちょいと詰めてくれねえか? おう、ありがとよ――ご隠居ぉー! ここ空きましたぜ!」
「おお、クマすまないね。ほれ、ハチもここに座りなさい」
「へいっ」
てなもんで、前を見ると奥には垂れ幕がかけられて、中が見えないようになっておりました。
そのうちに、不気味な笛の音が『ヒュ〜』とどこからともなく聞こえてきまして、次に粘つくような太鼓の音が小刻みに『ドロドロドロ』と。
「おいおい、お化けの前座じゃあるまいし」
バッと垂れ幕が落ちますと、青い光に照らされた女騎士が両手を鎖に繋がれて、洞窟の壁に張り付いています。
しんと静まり返った観客が固唾を飲んでいると、女騎士は真っ白い顔を上げて気怠そうに、右から左にゆ〜っくりと見渡します。
その鬼気迫る目つきにどこからか、ゴクリと喉を鳴らす音が漏れ聞こえてきます。
オークを見渡した女騎士は、嫌悪と恥辱に顔を歪ませると、歯を食い縛って『くっ……』と声にならない息を漏らしてから、腹の底から搾り出すように『殺せ……』と言いました。
オークたちは「おおーっ」と感心とも歓声ともつかない声を一斉に上げました。
幕が降りた後も、ご隠居一行は、まだ興奮冷めやらぬ感じでございます。
「いや、凄い迫力だねこれは。なるほど芸だ!」
「やしょう? もう一度聞いたら病みつきでさあ」
「おい、あそこの横穴、楽屋じゃないか?」
見ると、客席の横に小さな横穴があって、中に灯りが見えたのでした。
ご隠居がつかつかと横穴に入っていこうとすると、ハチが止めようとします。
「良いんですかい? 勝手に入って」
「なに、挨拶をしに行くだけだ、構わないだろう」
奥のカーテンの隙間から覗くと、あの女騎士が鎧を脱いで、椅子にふんぞり返って茶を啜りながら、座長らしいオークに言っているのでした。
「座長、明日は『殺せ』の前に『はっ……』って色気のある吐息を入れるからな。木戸銭はあと10ゴールド値上げしな。客はもっと来るよ」
ご隠居、ハチ、クマ、三人揃って固っていると、女騎士はニヤリと笑いました。
「次は三連発でいくか……」
ご隠居は目を白黒させて、ぽつりと一言。
「ありゃあ……殺しても死なねえな」
お後がよろしいようで。
(了)




