第8話:帝国の皇帝、お茶菓子を持って挨拶に来る
「はざま村」の入り口に、かつてないほど巨大な魔導浮遊船が着陸した。
降りてきたのは、黄金の刺繍が施された深紅のローブを纏う初老の男性。大陸の半分を支配するアトラス帝国の主、皇帝ルシウスその人である。
先日、自国の騎士団が「ふんどし」にされた報告を受け、彼は確信した。
この村の主は、怒らせれば国が滅ぶレベルの『超越者』であると。ゆえに、彼は全財産に近い献上物を用意し、自ら頭を下げに来たのだ。
「……ここが、神域『ハザマ』か。……ん? 門の前で、凶々しい三つの首を持つ巨犬が、腹を見せて昼寝をしている……。しかも、その横では……禍々しいオーラを放つ巨漢が、鼻歌のような音を漏らしながら、雑巾を絞っている……だと?」
皇帝の背筋に、冷たい汗が流れた。彼にはそれらが、神話に語られる『冥界の番犬』や『魔界の主』にしか見えない。だが、それほどの存在が、まるで「飼い犬」と「掃除番」のようにこの地に馴染んでいる。
(……この村の主は、一体どれほどの力でこれらを従えているのだ……!)
そんな彼の前に、麦わら帽子を被ったソラがひょっこりと現れた。
「あ、こんにちは。……おや? 随分と立派な船で。遠くからわざわざ、お疲れ様です」
ソラは、皇帝が抱えている「世界に三つしかない魔力増幅石の詰まった箱」をチラリと見た。
(おや? あの箱、有名な老舗のお菓子屋さんの包みに似てますね。……あぁ、なるほど。この前の騎士団の人たちの親戚かな? 騒がしくしたお詫びに来てくれたんだ。律儀な人だなぁ)
ソラの『解析眼』が、一国の皇帝を「礼儀正しい近所のおじさん」として上書き保存した。
「あ、中へどうぞ。ちょうどお茶が入ったところなんです。あ、その重そうな箱、玄関に置いといてくださいね」
「えっ……? あ、あぁ……(こ、これが『超越者』の余裕か。私の献上物を、まるで近所の煎餅のように扱いおった……!)」
皇帝ルシウスは、生まれて初めて「玄関で靴を脱ぐ」という経験をしながら、ソラの居間へと通された。
居間では、勇者アレンと女神ユウナが、お茶菓子を囲んでいた。
そこへ、皇帝が「借りてきた猫」のような顔をして座る。
「……っ!? こ、皇帝陛下!? なぜあなたがここに……!?」
アレンが椅子から転げ落ちた。勇者にとって、皇帝は雲の上の存在である。
「あ、アレンさん、知り合いですか? 良かった。このおじさん、わざわざお菓子を持ってきてくれたんですよ」
ソラは、皇帝が持ってきた「国宝級の魔石」の箱をパカリと開けた。
中には、まばゆい光を放つ宝石がぎっしり詰まっている。
「わぁ、キラキラしてて綺麗ですね。最近のお菓子は凝ってるなぁ。……でも、これちょっと硬そうですね。ユウナさん、これ食べられます?」
「ちょっとソラくん!! それお菓子じゃないわよ! 飲むだけで魔力回路が焼き切れる『賢者の遺産』よぉぉぉ!! 皇帝、あなた何持ってきてるのよぉぉ!!」
ユウナの絶叫が響く。だが、ソラは「あぁ、飾りですか。お洒落ですね」と、その魔石を『コースター(コップ敷き)』としてテーブルに並べ始めた。
「……(絶句)……」
皇帝は、自国の国宝が冷たいお茶の滴を受け止める台座にされているのを見て、泡を吹きそうになった。しかし、ソラが淹れたお茶を一口飲んだ瞬間、すべてが吹き飛んだ。
「……っ!? なんという芳醇な香り……! 体内の魔力が、まるで春の小川のように浄化されていく……。これこそ、伝説の『エリクサー』の原液か!?」
「あ、それ、裏山で摘んだただの野草ですよ。ま、口に合ったなら良かったです」
ソラは、皇帝の反応を「お茶が美味しかったんだな」と好意的に解釈し、ニコニコとおかわりを注いだ。
お茶会の最中、縁側の窓を「コンコン」と硬い爪で叩く音がした。
振り返ると、そこには元魔王ゼノンが立っていた。
浄化されたとはいえ、その巨躯から漏れ出る魔力の残滓は、常人にとっては「死の宣告」に等しい威圧感を放っている。
「(……チチチ、チチチチッ……!)」
「ヒッ……!? あ、あれは門の前にいた……!? 殺気が、殺気が凄まじすぎる……!!」
皇帝ルシウスは、ゼノンの「ただの挨拶」を「魂を削る咆哮」だと勘違いし、腰を抜かした。
だが、アレンの脳内では、かつての宿敵ゼノンの不気味な怪音が、勇者のギフトによって『ベテラン農家の切実な相談』として爽やかに翻訳されていた。
「(……おい、ゼノン。肥料なら物置の奥にあるだろ。……あんまり窓を叩くなって。陛下が腰を抜かしてるじゃないか……!)」
アレンは、震える皇帝を背中で庇いながら、魔王に向かって小声で(しかし鋭く)釘を刺した。
「あ、チッチさん。肥料のおねだりですか?」
ソラがのんきに立ち上がり、窓を開ける。
(……チ、チッチさん……。ソラさん、こいつ、元魔王なんだぞ……。世界を滅ぼそうとした相手に、なんて可愛い名前つけてるんだ……)
アレンは、ソラの圧倒的なネーミングセンスの暴力に、こめかみを押さえていた。
「ちょうど良かった。チッチさん、このおじさんを紹介しますね。この前のボランティアの人たちの親戚なんです。仲良くしてくださいね」
ソラが笑顔で紹介すると、ゼノンは一瞬、皇帝をギロリと黄金の瞳で睨みつけた。
「……チチチッ。(ほう、あの無礼な集団の親玉か。……まぁ、ソラ殿の客なら手は出さん。しっかりとお茶を楽しんでいくがいい、人間よ)」
「……っ!?(い、いま、この怪物が私を見て何かを……!?)」
皇帝がガタガタと震えていると、アレンがすかさず「通訳」を入れた。
「……あ、陛下。今の鳴き声は、『遠路はるばるようこそ。ソラ殿の淹れた茶をゆっくり楽しんでいかれよ』……という、この地の守護精霊(?)からの歓迎の挨拶です」
「な、なんと……! この恐ろしげな怪物が、私を歓迎しているというのか……!?(……そうか、この少年は、言葉の通じぬ凶悪な魔獣ですら、慈悲の心で教化し、客人をもてなす『忠実な僕』に変えてしまったのか……!)」
皇帝の脳内では、アレンの必死な嘘(通訳)と、ソラの屈託のない笑顔が合わさり、「ソラは神を超えた聖域の主である」という結論が、鋼のように固まったのだった。
数時間後、皇帝ルシウスは、魂が抜けかけたような顔で村の入り口に立っていた。
手には、ソラから渡された「お返し」の品——『はざま村特製の浅漬け(聖剣漬け)』の入ったビニール袋が握られている。
「……私は、何をしに来たのだったか。……そうだ、謝罪だ。だが、気づけばお茶を飲み、守護精霊から挨拶され、お返し(聖なる漬物)を貰ってしまった……」
「おじさん、またいつでも遊びに来てくださいね! 次はもっと普通のお菓子でいいですから!」
ソラが手を振る。
皇帝は、お返しに貰った漬物の袋から、宇宙の理すら書き換えるような凄まじい神聖魔力が溢れているのを感じ、震える声で答えた。
「……あぁ。また、来させてもらおう。次は……もっと『口に合う』茶菓子を持参しよう……」
皇帝は、帰路の浮遊船の中で、家臣たちにこう宣言した。
「アトラス帝国は、本日をもって『はざま村』の保護下に入る! 異論は認めん! ……あと、この漬物を一切れずつ、重臣たちに配れ。死人が生き返るかもしれんぞ」
こうして、ソラの「親戚付き合い」の輪に、なぜか一国の皇帝が加わった。
当の本人は、今日も縁側でお茶を啜りながら、のんびりと呟く。
「あのおじさん、いい人でしたね。……さて、貰った飾り(魔石)をどう飾ろうかな。……ま、いっか。なんとかなるでしょ」
ソラの鼻歌に合わせて、村の結界がまた一つ、星の運行を捻じ曲げるほど強固になっていくのだった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。




