第4話:エルフの聖女、伝説の杖を『薪』にされて咽び泣く
今回ものんびりお届けします!
エルフの聖女、エルナは、森の中を必死に走っていた。
背後から迫るのは、彼女の持つ強大な魔力を狙う帝国軍の追っ手だ。
「はぁ、はぁ……。もう、魔力が底を突きそう……。精霊様、どうか、どうかお導きを……!」
エルナが祈るような気持ちで鬱蒼とした茂みを抜けると、そこには突如として、あり得ない光景が広がっていた。
不気味な紫色の空が広がる魔境のど真ん中に、そこだけ陽だまりのような暖かさに包まれた、美しすぎる村。
伝説の『世界樹』をそのまま削り出したかのようなログハウスから、何やら香ばしい、お腹の空くような匂いが漂ってくる。
「……な、何ここ? 精霊様の気配が濃すぎて……というか、濃すぎて呼吸するだけで魔力が全回復していくんですけど!?」
あまりの神聖な空気感にエルナが呆然としていると、ログハウスの裏から、一人の青年がひょっこりと顔を出した。
「あ、こんにちは。お客さん? 珍しいですね。……お、ちょうどよかった。これからお風呂沸かそうと思ってたんです」
ソラは、手近にある「枯れ枝」を抱えてニコニコと笑っていた。
「あ、あの! 私はエルナと申します! ここは一体……?」
「あぁ、ここはただの村です。僕は村人のソラ。……あ、エルナさん、服が汚れちゃってますね。今からお風呂を沸かすので、よかったら入っていきませんか? この『薪』、すごく火力が強くて、すぐお風呂が沸くんですよ」
ソラが「薪」として足元の焚き火台に放り込もうとしたのは、エルナが思わず悲鳴を上げるような代物だった。
「待って! 待ってくださいソラさん!! その手に持っている、七色に輝く宝石が埋め込まれた木の枝……それ、もしかして『精霊王の神杖』じゃないですかぁぁぁ!?」
それは、五百年前に失われ、たった一振りで枯れた大地を森に変えると言われる、エルフ族の至宝中の至宝。
「え? これですか? いや、さっき庭を片付けてたら落ちてたんですよ。乾燥しててよく燃えるんです。」
「燃やしちゃダメよぉぉぉ!! 燃やしちゃダメ! それ、一本で国が三つ買えるレベルのアーティファクトですよ!? 精霊様が、精霊様が泣いてますぅぅぅ!!」
エルナは涙目でソラの手首を掴んで止めた。だが、ソラは「まぁ、枝は他にもありますから」と、あっさりとその『神杖』を焚き火台の種火の中に突っ込んだ。
ボォォォォォォンッ!!
「あ、いい火力」
「ひぎぃっ!? 聖なる炎が……精霊王の力が、贅沢にお湯を沸かすためだけに消費されているぅぅぅ!!」
エルナはその場にへたり込み、パチパチと神々しく燃える薪を眺めていた。
「……あ、エルナさん、これ、どうぞ」
ソラが差し出したのは、キンキンに冷えた麦茶だ。
聖女がこの世の終わりみたいな顔をしている横で、ソラは「やっぱりお風呂は、薪で沸かしたのが一番気持ちいいですよね」と、爽やかな秋の空を見上げて目を細めた。
彼の世界には、最初から「悲劇」など一ミリも存在していなかった。
「あー、またソラくんが被害者を増やしてるわ……」
ログハウスから、洗濯物を抱えたユウナが呆れた顔で出てきた。その横には、銀色に磨き上げられた聖剣(栓抜き兼用)を腰に差した勇者アレンもいる。
「……おぉ、エルフの聖女か。災難だったな。俺も、今朝は聖剣を肩叩きに使われたところだ。……ま、慣れるとこのお湯、最高だぞ」
「(……ククク。聖女よ、案ずるな。神の杖で沸かした湯に浸かれば、お前の悩みなど塵も同然だ。さぁ、湯上がりにはソラ殿特製のイチゴ牛乳が待っているぞ)」
庭の掃除をしていた元魔王ゼノンまでもが、穏やかな口調(標準語)でエルナにバスタオルを差し出した。
「な、なんで勇者様と魔王様が仲良くお風呂の準備を……。私、死んだの? ここは天界の介護施設なの……?」
エルナの「聖女としての常識」は、薪と一緒に綺麗に燃え尽きていった。
「あ、エルナさん。お湯、ちょうどいい温度ですよ。ゆっくり休んでください。」
ソラの屈託のない笑顔と、世界樹の香りが漂うお風呂。
追っ手の帝国軍のことなど、もはやどうでもよくなってしまったエルナは、フラフラと脱衣所へ吸い込まれていった。
「……決めたわ。私、この村の『洗濯係』として余生を過ごします……」
こうして、ソラの村には四人目の住民(という名の洗濯担当・聖女)が加わった。
世界を救うべき存在たちが、今日も元気に家事に勤しんでいる。そんな光景を眺めながら、ソラは「賑やかになってきたなぁ…」と、満足げに鼻歌を歌うのだった。
国が3つ買える杖で沸かしたお湯の温度、気になりますね(笑)
エルナさん、強く生きて……!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今日もソラくんの「ま、いっか」のせいで、世界の常識と伝説のアイテムが一つ犠牲(?)になりました……。
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