第3話:伝説の聖剣、キッチン雑貨にジョブチェンジする
今回ものんびりお届けします!
ソラの「村」に、また一人、賑やかな訪問者が現れた。
それは、まばゆい白銀の鎧に身を包み、いかにも「正義の味方」といった風貌の青年——勇者アレンである。
彼は今、ソラの家の玄関前で、かつてない絶望に打ちひしがれていた。
「……ありえない。魔界の門番ケルベロスが、なぜ庭の掃除番(元魔王)の横で腹を出して寝ているんだ……?」
勇者アレンは、目の前の光景に絶望していた。
アレンは、魔王を討伐するために旅をしていた。だが、肝心の魔王の気配を追って辿り着いたのは、のどかな鼻歌が聞こえてくるログハウスだったのだ。
「あ、すみませーん。そこのキラキラした人。ちょうど良かった、ちょっと手伝ってもらえませんか?」
「……えっ? あ、はい!?」
呼びかけられ、アレンは反射的に返事をしてしまった。そこには、一人の青年が、大きな木樽を抱えて困り顔で立っていた。
「いやぁ、漬物を仕込んだんですけど、ちょうどいい重石がなくて。あ、その腰にぶら下げている鉄板、ちょっと貸してもらえませんか? 重さが手頃そうだし」
ソラが指さしたのは、アレンが命がけの試練を乗り越え、聖なる泉の乙女から授かった『伝説の聖剣エクスカリバー』であった。
「な、何を言っているんだ君は! これは聖剣だぞ!? 選ばれし者にしか抜くことも許されない、世界を救うための——」
「まぁまぁ、堅いこと言わずに。ちょっとの間だけですから。ま、いっか。なんとかなるでしょ」
ソラはアレンの返事を待たず、ひょい、と聖剣を抜き取った。
本来、邪悪な者が触れれば消滅し、勇者以外には持ち上げることすら不可能なはずの聖剣が、ソラの手の中では「ただの漬物石」のように軽々と扱われている。
「お、いい重さだ。これをこうして……よいしょっと」
ソラは、白菜が詰まった樽の上に、無造作に聖剣を置いた。
その瞬間、聖剣が放つ神聖なオーラが樽全体を包み込み、中の白菜が「神の祝福を受けた究極の漬物」へと超進化を遂げていく。
「(……せ、聖剣が……!? 万物を切り裂く我が相棒が、白菜の水分を絞り出すために使われている……!?)」
アレンは、目の前の光景が信じられず、泡を吹いて倒れそうになった。しかし、ソラの暴挙(?)はそれだけでは終わらない。
「あ、そうだ。ユウナさんに頼まれてた瓶の蓋、全然開かないんですよね。ちょっとこれ、角を使って……」
ソラは樽の上の聖剣を再び手に取ると、その切っ先を瓶の蓋の隙間に差し込み、テコの原理で「ポンッ!」と軽快な音を立てて蓋を開けた。
「よし、開いた。やっぱり、いい道具は使い道が多くて助かるなぁ。ま、なんとかなるもんですね」
「……せ、聖剣で瓶の蓋を開けた……だと!? かつて邪神の首を跳ね飛ばした刃を、栓抜き代わりに……!?」
アレンの価値観は、音を立てて崩壊していった。
そんなアレンの背後に、ぬらりと「黒い影」が忍び寄る。
「(……ククク。勇者アレンよ、案ずるな。我も最初はそうだった……)」
「うわあああぁぁ!? ま、魔王ゼノン! さっきの掃除番はお前だったのか! そもそも、なぜそんな穏やかな顔で、しかも標準語で語りかけてくるんだ!?」
アレンは腰を抜かした。
勇者にのみ与えられた『万能翻訳』のスキルが、魔王の禍々しい「魔言」を、なぜか「近所の世話焼きなオジサン」のような流暢な日本語に変換して脳内に響かせていた。
「(……標準語なのは、ソラ殿に浴びせられたスプレーで我の『毒気』が消滅したからだ。今や我の心は、この庭の芝生のように青々と澄み渡っている。……さぁ、お前も剣を振るうより、大根を洗う方が性に合っているのではないか?)」
「な、何を言っているんだ……! 俺は勇者だぞ! 魔王、お前を討ち取るために——」
「あ、アレンさんも虫(魔王)の声が聞こえるんですか? 凄いですね」
アレンの必死な叫びを、ソラがのんきな声で遮った。
「え……? 虫の声……?」
「いやぁ、その虫、さっきから『チチチ……』って風流な音で鳴いてるでしょ? アレンさんは都会の人っぽいですけど、案外、自然の声が理解できるタイプなんですね。」
ソラには、魔王の言葉が「心地よい秋の虫の音」程度にしか聞こえていなかった。
神話級の解析スキルを持ちながら、ソラの脳が「魔王の脅威」を完全に「背景音」としてシャットアウトしているのだ。
「ち、ちがう! こいつは虫じゃない、魔王が念話で……!」
「(……無駄だぞ、アレン。ソラ殿には『都合の悪い音』は一切届かないのだ。……それより、樽の端を持つのを手伝え。これから、漬物の熟成に入るのだからな)」
「…………」
アレンは、キラキラ輝く聖剣(重石)が乗った漬物樽を、魔王と一緒に運ぶ羽目になった。
伝説の勇者と魔王が、村人の青年の鼻歌に合わせて、仲良く白菜を運んでいる。
「……もう、どうにでもなれ……」
アレンは、自らの『万能翻訳』スキルが、世界で最も無駄な能力に思えて仕方がなかった。
「あー! またソラくん、変なことしてるー!」
ログハウスの中から、エプロン姿のユウナが飛び出してきた。その後ろには、手に「雑巾」を持った元魔王ゼノンが控えている。
「ユウナさん、見てくださいよ。この借りた鉄板、すごく便利ですよ。漬物も美味しくなりそうだし」
「鉄板じゃないわよ、聖剣よ! 勇者の魂よ! ……っていうか、そこに倒れてるの、アレンじゃない! ワタシが去年の勇者選抜試験で合格させた、期待のルーキーじゃないのよぉぉぉ!!」
ユウナは、地面に手をついて絶望している勇者を見て、本日何度目か分からない絶叫を上げた。
「あ、ユウナさん。この人も住民希望ですかね? 鎧がキラキラしてて、村の防犯に良さそうですね。まぁ、部屋は余ってるし、なんとかなるか」
「なるわけないでしょ! 勇者と魔王を同じ屋根の下に住まわせる村人がどこにいるのよぉぉぉ!!」
こうして、ソラの村には三人目の住民(という名の警備員・勇者)が加わった。
世界を救うはずの聖剣が、キッチンの「便利グッズ」として定着していく様子を眺めながら、勇者アレンは「……ま、いっか」と呟き、ソラから差し出された『聖剣漬けの白菜』を一口、幸せそうに頬張るのだった。
徐々に住人が増えてきました(笑)
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