第17話:聖女エルナの『一日村長』体験記【ギルド・アフターケア編】
「はざま村」の朝。ソラは玄関先で、いつも以上にビシッと背筋を伸ばしたエルナに向き合っていた。
「エルナさん、今日一日、村の管理をお願いしてもいいですか? 先日、隣町『カザル』のギルドを急ぎで建て直したじゃないですか。その後、不具合が出ていないか様子を見に行ってこようと思いまして。ほら、扉が勝手に喋ったり、ちょっと元気すぎた気がするんです」
「……っ! は、はい……! あの『聖なる意思を持つギルド』の定期点検ですね! 承知いたしました、ソラ様! お留守の間、この聖域……いえ、村を完璧に統治してみせますわ!」
エルナは、愛用の巨大メイスを握りしめ、瞳に不退転の決意を宿した。
「(……いや、エルナ。村長っていうか、それだと『防衛長官』だよ。あとソラさん、あのギルドの不具合って……存在自体が不具合みたいな性能だったけど、大丈夫か?)」
アレンがいつものように脳内で突っ込む中、ソラは「ま、なんとかなりますかね」と笑顔で、伝説の金槌を腰にぶら下げて町へと出かけていった。
ソラがいなくなって数時間。エルナは「村長代行」として、まずは庭の平和を確認することにした。
「……さて。ソラ様がいない間も、規律は守らねばなりません。チッチ殿(魔王)、アカ殿(古龍)、ピピ殿(海竜)、そしてポチ殿! 皆さん、持ち場についてください!」
「チチチッ(……ふん。小娘が村長気取りか。私は洗濯で忙しいのだ)」
「ポポポ、ポポッ!(……我は日向ぼっこの時間だ。邪魔をするな)」
「(……おい、エルナ。あいつら、完璧に君を舐めてるぞ……)」
アレンの『万能翻訳』が、絶望的な関係性を伝えてくる。しかし、エルナは怯まない。
「聞きなさい! 秩序が乱れることは、ソラ様のお心を曇らせることに繋がります! 言うことを聞かないのであれば、私の『聖なる鉄槌』で、皆さんのカルマを強制的に浄化(物理)いたしますわよ!!」
エルナの背後に、巨大な女神の幻影が立ち上がった。その凄まじい神聖魔圧に、さすがの魔王や古龍も「……っ!?(こいつ、ソラ(殿)がいないと性格が変わるタイプか!?)」と戦慄し、渋々それぞれの作業(という名の日常)に戻っていった。
そこへ、村の入り口から大きな騒ぎが聞こえてきた。
先日設置された『10円自動販売機』に、自販機を「神体」として崇める狂信的な巡礼者たちが、押し寄せてきたのである。
「あぁ、尊きかな! 10円で病を治す聖水を授けてくださる神の箱よ! さあ、我らにさらなる奇跡を……!」
「いけません! そこはソラ様が設置された『休憩所』です! むやみに騒ぎ立ててソラ様の安息を妨げるのは、大罪ですわ!!」
エルナが入り口に駆けつけ、巡礼者たちを神聖な障壁で押し戻す。
しかし、巡礼者たちはエルナの姿を見るなり、「あぁ、聖女様だ! 本物の聖女様が、自販機の守護をしておられるぞ!!」と、さらに熱狂してしまった。
「……あ、あわわ……! 違うのです! 私はただの『村長代理』で……! 落ち着きなさい、秩序を乱す者は、たとえ信徒であっても……!」
エルナが困惑していると、庭の池からピピさんが顔を出した。
「ピピピッ!(……エルナ様、あいつら、うるさいから『リヴァイアサン・ブレス』で山まで吹き飛ばしていいですか?)」
「いけません、ピピ殿! 殺生は禁じられています! ……あ、そうだ! ソラ様ならこういう時、どうされるかしら……?」
エルナは思い出した。ソラがいつも言っている言葉。
『みんなで仲良く、楽しいのが一番ですから』
「……わかりました。皆さん、静かにしてください! ソラ様の教えに従い、この村では『ボランティア活動』をした者にのみ、自販機の利用を許可いたします! さあ、全員で村の周囲の草むしりから始めなさい!!」
夕方、ソラが隣町からホクホク顔で帰ってきた。
「ただいま戻りました! いやぁ、ギルドの皆さん、すごく喜んでくれましたよ。建物が『掃除のしすぎで冒険者を追い出しちゃう』って言ってたので、少しだけ性格を穏やかに調整しておきました」
「(……それ、調整っていうか『再・創造』だろ……)」
アレンが遠い目をする中、ソラは村の入り口の光景に目を丸くした。
村の入り口から続く街道が、見事なまでにピカピカに掃き清められ、屈強な冒険者や賢者たちが、涙を流しながら「ソラ様……! エルナ様……!」と呟きながら、一心不乱に雑草を抜いている。
「おや、エルナさん、皆さんであの『草むしりイベント』をやってくれたんですか?」
「……あ、ソラ様! お帰りなさいませ……!」
エルナは、汗を拭いながら、どこかやり切ったような表情で駆け寄ってきた。
「はい。ソラ様の教え通り、皆さんの『奉仕の心』を育てておきましたわ。……ただ、少しだけ、私の信仰心が別の方向に進化してしまった気がいたします……」
エルナの背後では、三首のポチが巡礼者たちを見張り、魔王ゼノン(チッチ)が「チチチ」と掃除の指導をしていた。
「そうですか。エルナさんが村長だと、村がどんどん綺麗になりますね! さすがです。……お礼に、町で買ってきた『特製のおはぎ』をみんなで食べましょう」
「……っ!! ソラ様からのお下がり……! は、はい、ありがたく頂戴いたします……!」
エルナの「一日村長」は、結果として村の防衛力と清掃レベルを爆発的に引き上げ、同時に彼女のソラに対する盲信を、もう一歩先の「戻れない領域」へと進めてしまったようだった。
「ま、なんとかなるもんですね」
ソラののんびりした声が響く中、今日も「はざま村」の平和(と異常事態)は、聖女の手によって固く守られたのである。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。
エルナ村長、頑張りすぎた結果、いろいろと手遅れになりましたが……
はざま村は今日も平和です(たぶん)
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