第10話:古龍、庭の「トカゲ」になる
「はざま村」の午後は、突如として夜のような闇に包まれた。
空を覆い尽くしたのは、数千年の眠りから目覚めた終焉龍『イグニール・ヴォルガ』。その巨大な翼が一煽りするだけで、山々が震え、大気が悲鳴を上げる。
『……オォォォ……。我が眠りを妨げた不届きな人間どもよ……。この地の魔力の揺らぎ、不愉快なり……。すべてを灰燼と化してくれようぞ!』
その咆哮は、本来なら世界を滅ぼす「滅びの言葉」である。
しかし、地上で池の泥をさらっていたソラは、空を見上げてのんびりと呟いた。
「おや、急に暗くなりましたね。……あぁ、なるほど。今日は『夕立』の予報でしたっけ。大きな雷(古龍の咆哮)だなぁ」
ソラの『全知全能の解析眼』は、伝説の古龍を「少し重たそうな雨雲と、迷い込んだ野鳥」として処理していた。
「(……っ!? バ、バカな……! 空を覆っているのは、神話時代の終焉龍だぞ! )ソラさん、あれは雷じゃない!!」
勇者アレンは、膝をガクガクと震わせながら叫んだ。彼の『万能翻訳』は、龍の言葉を『近所の頑固な地主の怒鳴り声』として脳内に響かせていた。
『……ひれ伏せ! 我が劫火ですべてを焼き尽くし——』
「(……ひえぇぇ、めちゃくちゃ怒鳴ってる……! 土地の境界線で揉めてるのか!?)」
アレンがパニックに陥る中、隣で池の縁を黙々と磨いていた元魔王ゼノン(チッチさん)が、面倒そうに空を見上げた。
「チチチ、チチチチッ……!!」
「(……相変わらず騒々しいトカゲだな。眠っていたなら、そのまま永遠に寝ていればいいものを……)」
アレンの脳内に「近所の毒舌な隠居」のような声が届く。
すると、ソラがゼノンの方を向いて、親しげに頷いた。
「あ、チッチさん。やっぱりそう思います? 最近の雷は騒がしいですよね。……え? 『放っておくと苗が焦げる』? あぁ、確かに。せっかく植えたトマトがダメになったら大変だ」
「(……えっ……!?)」
アレンは固まった。ソラは今、ゼノンの「チチチ」という怪音を、長年連れ添った夫婦のような「あうんの呼吸」で完璧に理解したのだ。
「……ソ、ソラさん、今ので分かったのか!?」
「ええ。長く一緒にいると、なんとなくニュアンスで分かりますよ。チッチさんはいつも的確なアドバイスをくれますからね。……よし、じゃあちょっと静かにしてもらいましょうか」
ソラは、物置から一本の『古びた虫取り網』を取り出した。
それは以前に、ソラが「高いところの果実を採るため」に自作した、魔導金属を適当に編み込んだだけの(ソラ基準の)日用品である。
「ちょっと、静かにしててくださいねー」
ソラは、空に向かってひょいと網を振った。
スキル【万象創造】——の、空間圧縮発動。
『……なっ……!? が、はっ……身体が……収縮……ぐわぁぁぁ!?』
イグニールの絶叫。
数千メートルの上空を舞っていた巨躯が、ソラの網に吸い込まれるように収束し、みるみるうちに手のひらサイズの「赤いトカゲ」にまで圧縮されてしまった。
「よし、捕まえた。……おや、綺麗な赤いトカゲですね。珍しいなぁ」
ソラは、網の中でバタバタと暴れる「元・終焉龍」を指でつまみ上げた。
「ポポポ! ポポポポォッ!!」
『……や、やめろ人間! 我をこのような矮小な姿に……! 焼き殺して——』
アレンの耳には「虐げられた王の叫び」が届くが、ソラはトカゲの顔をじっと見て微笑んだ。
「あ、今『ポポポ』って言いましたね。お腹空いたって意味でしょ? わかりました、ちょっと待っててくださいね」
「(……えぇぇ……。今のは『焼き殺す』だろ……。ポポポってなんだよ……!)」
アレンが戦慄する中、ソラは最近作ったばかりの『邪神のぬか漬け(キュウリ)』の端切れをトカゲの口に放り込んだ。
「ポ、ポポッ……。ポポポォ……」
『……ムグッ!? ……な、なんだこの芳醇な……!? 全身の魔力が、強制的に再構築されていく……。う、美味すぎる……。我、もう戦うの面倒くさくなってきた……』
伝説の古龍は、あまりの「食の衝撃」に、あっさりと戦意を喪失した。
「(……嘘だろ。古龍がキュウリ一本で懐いたぞ……)」
アレンは、ソラの掌で大人しくなったトカゲを見て、乾いた笑いを漏らした。
「……チチチ、チチチッ。(案外、物分かりがいいではないか。ソラ殿、そいつは火を吹くから、冬場の暖房代わりにちょうどいいぞ)」
「あ、チッチさん。いいアイディアですね! 冬のストーブ代わりかぁ。……じゃあ、今日から君は『アカさん』ね。よろしく」
ソラは、古龍の誇りを木っ端微塵にするような安直な名前をつけた。
『(……ポポポ、ポポポッ。(……ア、アカ……? 我が……アカ……? ……まぁ、いいか。あの緑色の棒を毎日くれるなら、私はアカでもなんでも構わん……)』
アレンの脳内では、龍のプライドが「食欲」に敗北した瞬間が克明に翻訳されていた。
「あ、今『ポポッ』って言ったのは『ありがとう』ですね。礼儀正しいなぁ、チッチさんとも仲良くしてくださいね」
「チチチッ(……ふん、よろしくな、トカゲ)」
「ポポポッ(……あぁ、よろしく頼む、掃除番)」
アレンは、ゼノンの「チチチ」とアカさんの「ポポポ」が飛び交い、それをソラが「言葉が通じないはずなのに、なぜか会話を回している」という神業的(無自覚)なコミュニケーションを見せられ、ついに膝から崩れ落ちた。
その日の夕方。
「はざま村」の縁側では、あまりにも情報量の多い光景が広がっていた。
ソラが淹れたお茶を啜る横で、元魔王が庭を掃き、新入りの古龍がソラの膝の上でマシュマロを食べている。
「(……なぁ、ゼノン。俺のギフト(万能翻訳)、もうこの村じゃゴミ同然なんだけど……)」
アレンが虚空を見つめながら呟く。
「……チチチッ。(アレンよ、案ずるな。お前には『ソラの無自覚を解説する』という、世界で唯一の仕事が残されているではないか……)」
「あ、アレンさん、何をボソボソ言ってるんですか? ほら、アカさんも『ポポポ(アレンさんも食べなよ)』って言ってますよ」
「……あぁ、そうか。……ありがとうよ、アカさん(……今のは絶対に『もっとマシュマロ寄こせ』だった気がするけど、もういいや……)」
アレンは、ソラの「超解釈」に合わせることを選んだ。それが、この村で正気を保つ唯一の方法だと悟ったからだ。
「さて、今日は新しい家族の歓迎会ですからね! 豪華にいきますよ!」
ソラの呼ぶ声に、魔王と龍が、尻尾と箒を揺らしながらキッチンへと向かっていく。
「ま、なんとかなるもんですねぇ」
ソラの「ま、いっか」の魔法にかかれば、どんな伝説の脅威も、ただの「賑やかな家族」の一部になってしまう。
はざま村に、また一匹(柱)、騒がしくも強力な住人が増えた一日だった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。
本作の世界観をイメージした楽曲『ま、いっかの魔法 〜はざま村の日常〜』をYouTubeで公開しています!
https://youtu.be/NC5ZRXHX7eQ
活動報告にて、ソラとユウナのキャラビジュを公開しました!ユウナ様がめちゃくちゃ美少女なので、ぜひ見てみてください!
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3030454/blogkey/3599284/




