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第9話:呪いの壺を『ぬか床』にする


「はざま村」に秋の気配が忍び寄る頃、ソラは納屋の整理をしていた。

冬に備えて、保存食を作るための容器を探していたのだ。

「うーん、大きなかめはどこだったかな……。あ、これなんてちょうど良さそう」

ソラが埃を被った棚の奥から引きずり出したのは、禍々しい黒光りをする、鎖でぐるぐる巻きにされた不気味な壺だった。

その表面には、見る者の精神を蝕むような血の刻印が刻まれ、中からは「ドロドロ……ドロドロ……」という、この世の終わりを予感させる這いずる音が響いている。

「……っ!? ソ、ソラさん、待て! その壺に触るなっ!!」

背後から、勇者アレンが悲鳴のような声を上げた。

アレンの『万能翻訳』スキルは、今、人生最大の警報を鳴らしていた。壺の中から漏れ出る怪音が、脳内で『最悪の呪詛』として再生されたからだ。

『……開けろ……開けろぉ……。世界を……ドロドロに……溶かして……腐らせてやる……。全人類を……汚泥の底へ……沈めて……』

「(……う、うわああああ!? なんだこの禍々しい声は! 耳が、耳が腐る……!!)」

アレンは耳を押さえてうずくまった。だが、ソラは「ドロドロ」という音を聞いて、パッと表情を明るくした。

「あ、アレンさんも聞こえます? 凄いですよね、この壺。中で微生物が『ドロドロ』になるくらい活発に動いて、熟成が進んでる音ですよ。これなら、最高の『ぬか床』が作れそうです!」

「……は? ぬか……床……?」

アレンは白目を剥いた。

世界を溶かそうとする邪神の執念を、ソラは「発酵のやる気」だと180度ポジティブに解釈したのだ。


「よし。まずはこの邪魔な鎖を外して……っと」

ソラが軽く指先をかけると、神話級の封印呪具であった鎖が、まるで百円ショップのビニール紐のように呆気なく弾け飛んだ。

『……ク、ククク……。愚かな人間め、ついに封印を……。さぁ、世界を闇と腐敗の——』

「はい、まずは米ぬかと、たっぷりのお塩を入れますね。あと、隠し味に昆布と唐辛子も」

ソラは、邪神が這い出そうとした瞬間に、大量の「粗塩」と「米ぬか」を勢いよく壺の中にぶち込んだ。

『ぎゃあああああぁぁぁ!? しょ、しょっぱい! 目が、目がぁぁぁ!! 腐敗の王である我に、浄化の象徴である塩を、こんな直接的にぃぃぃ!!』

邪神の絶叫が、アレンの脳内に響き渡る。

さらにソラは、右手を壺の中に突っ込むと、力強く中身をかき混ぜ始めた。

「……おい、ソラさん! それ、素手で混ぜるものじゃないだろ! 呪いで腕が溶けるぞ!!」

アレンが止めようとしたが、時すでに遅し。

ソラの『万象創造』の右手が、邪神のドロドロとした魔力を「最高品質の乳酸菌」へと強制的に書き換えていく。

「……チチチ、チチチチッ……! (ソラ殿、その壺、少し塩分が強すぎるのではないか? 旨味が足りんぞ)」

そこへ、庭掃除を終えた元魔王チッチさんがやってきた。

アレンの脳内では、その声が『近所の漬物名人』のような渋いアドバイスとして翻訳される。

「(……あ、ゼノン……。お前、いつの間に漬物の配合まで詳しくなったんだよ……)」

「あ、チッチさん。やっぱり塩、入れすぎました? 『チチッ』って鳴き方が、ちょっと心配そうですね。じゃあ、少しお砂糖とリンゴの皮を足しましょうか」

ソラは、元魔王の「魔力の安定を図る忠告」を「味の微調整」として受け取り、次々と材料を追加した。

『……ひ、冷たい……。リンゴが……フルーティーな香りが我の闇を侵食していく……。やめろ……世界を呪わせてくれ……。幸せな朝食のお供になりたくないぃぃ……』

邪神の抵抗は、ソラの「愛情込めたかき混ぜ」の前に、虚しく霧散していった。


数日後。

「はざま村」の食卓には、ツヤツヤと輝くキュウリとナスのぬか漬けが並んでいた。

「あ、美味しい。このぬか床、すごく深みがありますね。ま、なんとかなるもんですね」

ソラが幸せそうにポリポリと音を立てる。

その横で、聖女エルナが震える手で箸を動かしていた。

「ソラ様……。このキュウリ、一口食べただけで、私の全魔力が極限まで浄化され、心の中に『感謝の祈り』以外の感情が消えていくのですが……。これ、天界の供物ですよね?」

「ただの漬物ですよ。あ、エルナさん、お代わりありますからね」

アレンは、隣で無言で漬物を頬張る元魔王ゼノンを見ながら、一人で冷や汗を拭った。

彼の脳内には、今も壺の底から微かに聞こえる、邪神の力ない呟きが届いている。

『……明日も……しっかり……混ぜて……。空気に……触れさせて……。あ、お塩は……少なめで……お願い……』

「(……完全に飼い慣らされてやがる……)」

かつて世界を腐らせようとした邪神は、今やソラの家で「美味しい漬物を作るための、ちょっと意識高い系の乳酸菌」として、健気にその使命を果たしていた。

「さて、次は白菜も漬けてみようかな。ま、なんとかなるか。楽しいのが一番ですよね」

ソラの鼻歌が響く中、今日も「はざま村」の平和(と胃袋の健康)は、圧倒的な勘違いによって守られていくのだった。


読んでいただきありがとうございます!


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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。

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