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第3話

 その後も、マコットは珍しいものを女学院に持ってきては、新たな取り巻きをどんどん増やしていった。

 これが何か月、何年となれば納得はできるだろう。

 しかし、彼女は一ヶ月もたたないうちに、三十人あまりの女生徒たちに囲まれていたのだ。

 まるで学院の女王にでもなったかのように。


「そうですの。これはさる王族がとても大切にしていたペンダントでして。あぁ、これは東洋の――」


 取り巻きたちに自慢話を続けるマコットを、クロエたちは離れて眺めている。


「ウルフィン、おまえは過去に言ったな。貴族とは見栄を張らないと生きていけない者なのだと」


「えぇ。あのときは偏見から出た恥ずかしい言葉でした。訂正いたします」


「いいや、訂正しなくていい。むしろ、それこそが真実なのだろうな。ここに来てからは強く思うようになった。貴族である以上、見栄からは逃れられない」


「お気を悪くしないでいただきたいのですが、お嬢様は見栄とは無縁に思います」


「わたしに見栄、か……」


「ん? どうされまし――」


 とウルフィンが言いかけたところで、メガネをかけた教員がクロエたちのところに歩いてきた。


「クロエさん、少しお話をする時間をいただけますか?」


「あら、どのようなご用件でしょうか、先生」


「最近、女生徒の私物がなくなっているという報告が上がっているのです」


「あぁ……」


「我々教師だけでは、その犯人を特定するのは困難でして。もちろん、生徒のみなさんを疑っているわけではありません。ですが……」


 ちら、と教師はマコットを一瞥(いちべつ)した。


「えぇ、わかっています。ご安心ください。お話は得意ですから」


 クロエがくすっと笑うと、教師はホッと安堵のため息をついた。


「あなたのような生徒がいると、私どもも安心できます」


「未熟なわたしにはもったいないお言葉ですわ」


 被害者たちの名前が書かれた紙を受け取り、クロエはサッと読んだ。

 なかなかの人数だ。盗られたものも高価というだけでなく、希少性もある。まさしく、貴族の見栄に必要なものばかり。


「学生寮で被害者たちの聞き込みに行く。ウルフィン、同行しろ」


「かしこまりました」



 学生寮は瀟洒な雰囲気を漂わせながらも、ふだんは女生徒たちの活気に満ちている場所だ。

 しかし、ここ最近はピリピリとした空気を肌身に感じる。

 誰もが他人の手の動きを疑い、足を睨んでいる。


「なくなってる……お母さまからもらったネックレスなのに」


 廊下を歩いているだけで、そんな嘆きの声が聞こえてきた。

 それだけではない。

 私物が盗まれているという話が数多く広がっていながら、女生徒たちは誰ひとりとして犯人を捜そうとしていないのだ。


「どこに行ってしまったの……」


 しかも、妙なことに明らかに怪しいマコットが視界に入ってもいないらしい。

 クロエはじれったくなって直球で話を聞いてみた。


「マコット様がその品を盗まれた可能性は?」


 明らかに敬意を欠いた言い回しで、相手の女生徒は驚いた様子だったが、すぐに口元に手をあてて微笑んだ。


「マコット様が? フフフ、それはありませんわよ。あの方に限って」


「それはどうしてでしょう」


「だって、マコット様ですもの。盗む必要がありませんわ」


 誰にどう聞き出しても、同じ回答。

 マコットだから盗まない。

 そんな理由にもなってない信仰のような言葉ばかりが返ってくる。その奥にある真実に触れさせないよう、虚飾の布で覆われているかのようだ。


「お嬢様、これは……不自然な状況でございますね」


「おまえもそう思うか」


「はい。彼女たちが口裏を合わせているとも思えません。何者かによる認識の阻害を受けている可能性もあり得ます。犯人もあまり頭が足りていないようですね。これではマコット様が犯人であると喧伝するようなもの」


「別の質問をすれば、なにか出てくるか」


 あえて確信から遠ざかるのが正解だったのかもしれない。

 クロエは「品物を盗まれる前後で異変はなかったか」をたずねてまわった。

 すると、


「そういえば、羽ばたくような音を聞いた気が……」


 気になる言葉が出てきた。


「鳥?」


「はい。それが聞こえたと思ったら、大事にしていた指輪が消えてしまって……」


 寮の廊下を幾度も往復して、いままで話を聞いた生徒たちにふたたび問いただす。

 やはりというべきか、誰もかれも一様にして「羽ばたく音を聞いた」と証言していた。

 

「ウルフィン、あの鳥について調べられるか?」


「外見は見ておりますので、図鑑などで確認できると考えられます」


「見つからなかったらそれでいい」


「かしこまりました。必ず、吉報をお持ちいたします」


 探りを入れている最中に護衛と離れることは愚策だろうが、このままではラチが明かない。二手に分かれるべきだ。とクロエは考えた。

 そもそも寮内で騒ぎを起こすなどという愚を犯す者などいるだろうか。


「……あのヒト、マコット様の周りを嗅ぎまわってるらしいわよ」


「……きっと嫉妬ですわ」


「……いままでの言い争いも、あのヒトからしかけたんじゃないの?」


 ヒソヒソと話す生徒の横を通るたびに、そんな陰口が聞こえてくる。

 クロエは注意しようと思ったが、構っていてはムダに時間を浪費してしまう。

 気にしている場合ではない……クロエは頭から声を締め出した。


『あなたの生き方は貴族ではないわ。王よ。それも、孤独の道を行く王……』


 かつて母に言われた言葉がリフレインして、こびりついた焦げ跡のように鼓膜に残った。


「違う……わたしにはウルフィンがいる」


 外の声も、内の声も、クロエを責め立てる。


「わたしは自分のしたい生き方をする」


 速足で立ち去ろうとすると、


「……あ、あなたたち、おやめなさい!」


 震え声が陰口に割って入った。

 普段のクロエらしからぬ動揺とともに、背後を振り返る。そこには背の小さな女生徒が、陰口を叩いていた者たちに抗議している姿があった。

 彼女が怖がっているであろうこと、そして必死に勇気を出しているであろうことは、その揺れる瞳が雄弁に語っている。


「クロエ様は大切なものを盗まれた方々のために奔走してらっしゃるのです! そ、それを、卑怯な――」


「なに? あれに媚びを売っておこぼれでもあずかりたいのかしら?」


 言葉を遮られ、小さな女生徒はうろたえた。


「え!? い、いえ、私は……」


「あらあらあら! 下品な考えをお持ちですのね。商売人上がりのエセ貴族に媚びないといけないほど低級な貴族が、私たちやマコット様の名誉に泥を塗るおつもりなのかしら?」


「いや、ち、違う……」


「ち・が・う!? なにが? どう違うというのかしら答えてくださるかしらアナタのおっしゃったことはそういうことでしょうねえ説明してくださらないかしらなにがどう――」


「おやめなさい」


 早口で責め立てる声に、クロエは飛び込んだ。

 きつく睨みつけると、先ほどまで優勢だった女生徒がひるんだ。


「な、なにかご用でも…? 私たちは少し立ち話をしていただけで……」


「急に舌が錆びついたようですけれど、先ほどまでの多弁はどこに行かれたのかしら」


「いえ、あ、あの……」


「あら、失礼。そうですわね。内緒話に割り込むなど貴族のふるまいではありませんでした。申し訳ありません。どうぞ、その耳障りな、わたしに対する陰口と彼女に対する陰湿な物言いをお続けください。どうぞ。さあ、どうぞ」


 眼前まで距離を詰めて恫喝すると、女生徒は顔をサーッと青ざめさせて早足に去って行った。

 

 ……らしくなかったか。とクロエは後悔を覚えた。

 もっとスマートに追い返すつもりだったが、思ったよりもストレスが溜まっていたようだ。憂さ晴らしでもするかのように詰問しては品性を疑われてしまう。


「あ、あの……」


 助けた女子がおずおずといった調子で声をかけてきた。


「ありがとうございました……クロエ様の助力になるつもりだったはずが、逆に助けられてしまって……」


「いいえ、心から感謝いたします。勇気ある行動でしたわ」


「ご迷惑でなかったのなら、安心です。私、どうしても許せなくて……あの方たちはクロエ様に対してひどい中傷を、あんな平然と……」


 女子は耐えていたのだろう涙腺が決壊して、必死に手の甲で涙を拭いながら拙い言葉を繋げた。


「クロエ様はっ……誰の目にも映らないところでもたくさん頑張っておられますからっ……あんな、あんな、クロエ様の頑張りを……まるでパフォーマンスだったかのような言い方……」


「あなたのように優しい人がそんなに胸を痛めてまで悲しむ必要はございませんわ。わたくしは平気ですから」


「そんなはずありませんっ」


 強く否定され、クロエはたじろいだ。

 そんなはずはありません、その言葉が頭の中で反響する。


「どんなにお強い人であっても、ひどい中傷を受ければ心は傷つきます! だから、クロエ様が悲しまないのであれば、クロエ様から見えるように代わりに私が悲しみます!」


「お言葉ですけれど、あなたのそれは、わたしの気持ちを決めつけているにすぎませんわ」


「ですが、私には傷ついているように確かに思えましたっ」


 なんだこの子。強いぞ。

 押し負けるという経験はクロエにとって初めてのことだった。

 だが、その気になればいくらでも押し返すことはできただろう。どういうわけか、いまのクロエにはそれができなかった。


「どうか、忘れないでください。あなたの心の傷を自分のことのように悲しむ者がいることを。クロエ様は決して独りではございません」


 そんなことはわかっている。冷静に言い返そうとして、自分が苛立っていることに気づいた。

 先ほどの中傷に感じていたものとは違う。

 奥底にある、目を逸らしてきたものを深く刺されたような感覚……。



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