第2話
リステリア女学院での生活は、クロエにはなかなか退屈しないものだった。
貴族たちは誰もがリリアンティーカを連れ歩き、それがどれだけ高貴な種族であるのか、どれだけ美しいのか、シンクロ率の高さはいかほどなのかを自慢しあっていた。
そして、そこでおこなわれる競争によってカーストが決まる。
たとえ高い位の貴族の娘であろうと、リリアンティーカの種が低ければ貶され、シンクロ率が低ければ「妥協した」と謗られる。
そんな中で、唯我独尊の道を行くクロエは、彼女たちのとって最高の話の種であった。
「クロエ様、失礼を承知でおたずねしたいのですが、そちらのリリアンティーカはどのように高貴な種でございますの?」
オルヴェーム家のマコットが、品定めのように体を曲げて、下からクロエのカオをのぞき込んだ。
彼女は明らかにわかっていて話しかけている。隙があればカーストから叩き落してやろうというのだろう。
「ライカンスロープです」
クロエは何事でもないように答えた。
心から「なにを恥じる必要があるだろうか?」と思っている、まっすぐな瞳だ。
マコットはプッと噴き出すと「失礼」と口元を押さえた。
「ご冗談を。ライカンスロープというと、山にこもってヒトを襲う、あの野蛮な種でございましょう? 女性を好んで襲うとかいう話もあるとか。そんなもの、貴族の従えるリリアンティーカにふさわしくありませんわ」
「貴族にふさわしい言葉を使ってから口を開いてくださいますかしら。アナタはリリアンティーカ以前に、ヒトとして貴族にふさわしくありません」
「なっ……!」
「だいたい、自分で言っててヒドイとは思わないのかしら。女性を好んで襲うとか、臭いとか汚いとか野蛮そうとか爪きったねえとか人のドレスに爪立てて引き裂きやがってとか」
「いやそこまでは言ってませんわよ!? っていうか最後はただのクロエ様の私怨ですわよね!? 私よりよっぽどひどいこと言ってますわ!」
「とにかく、以前にも忠告しましたけれど、他人に口出しをする前に我が身を顧みることをオススメいたします」
クロエの手のひらの上で踊らされたことに気づいたのだろうマコットは、怒りでカオを赤く染めつつも、なんとか笑みを保っていた。
「ふ、フンッ……では、私のリリアンティーカを見て自分がどれだけ恥ずかしいことをしているか知りなさい」
「アナタのリリアンティーカ?」
「そう。世界一の美しさを兼ね備えた鳥のリリアンティーカですわ」
マコットが取り出した本――リリアンオーダーに埋め込まれた宝石から、光とともに一匹の鳥が飛び出した。それは七色に光る翼を羽ばたかせながら、彼女の肩にゆっくりととまった。
「重っ……こ、これが私のリリアンティーカ。名は|ヴェインジャックダー《vain jackdaw》ですわ。美しいカラスでしょう?
ある地方にしか生息しない稀な種で、手なずけた者には幸運が訪れると言われていますの。お父様はわざわざ私のために捕まえてくださったのよ。そして毎日のように家来たちが翼をキレイにつくろって、エサも高級なものを与えています。もし売りに出せば、貴族の一生を賄えるほどの大金になるらしいですわ。
どう? 少しは自分の選択の過ちに気づきましたかしら? みすぼらしいライカンスロープなどを選んでしまった、その過ちに」
「さっきから他人の話ばかりですわね」
「……なんですって?」
クロエはマコットの脇を通り過ぎると、肩越しに言った。
「借り物の話ばかりしていては、自分の中身の無さを喧伝しているようなものですわよ」
「ぐっ……こ、この……!」
その場を立ち去るクロエたちの背中に、マコットは罵声を叩きつけた。
「みすぼらしいリリアンティーカしか選べなかった底辺貴族が、他人に説教をするなんてどういうつもりですの!? オホホホっ、成金貴族は礼儀すら知らないようですわね! 穢れた生まれと穢れた種族同士でお似合いですわ!」
なんとか嗤ってやろうとしているようだが、怒りがにじみ出ていて声が裏がっている。言っていることも支離滅裂だ。
クロエはそれを涼しいカオで聞き流しながら、校舎へと入っていった。
「僭越ながら」
と、ウルフィンが言った。
「私共のシンクロ率を公表すれば、あのようなやっかみを沈黙させることもできるのではないでしょうか」
「ヒトは自分で見つけた情報を重要に思うものよ、ウルフィン」
「は……というと?」
「わたしの情報を探れば、シンクロ率を見つけることは簡単ですわ。彼女はきっと、自分の優位を証明するためにわたしたちのシンクロ率を確認するでしょう。すると、どうなるでしょうね」
「なるほど。他人に情報を押し付けられても反感を覚えるだけですが、自分で探して得た情報ならば反感を抱きにくい。関わらなければ彼女はかってに敵対心を萎えさせていく、ということですね」
「といっても、わたしも根回しはしておくけれど」
クロエはひとけのないところまで来ると、
「でも、やっぱり……」
ドンッ! と壁を殴りつけると、ちいさくひび割れた。
「腹が立つぞウルフィン! なぜ、おまえがあのような者にあんなことを言われなければならない! キ~!」
「よくここまで我慢なさいました、お嬢様」
クロエが貴族らしからぬ怒りをぶちまけている隣で、ウルフィンはすこしうれしそうに微笑んでいた。
◇
その日の深夜。
クロエの予想どおり、マコットは教職員室から生徒の名簿をこっそりと盗み出して、クロエのシンクロ率を読んでいた。
「き、九十九……!? あ、あ、あの女とケダモノが……!?」
震える手で名簿をテーブルに叩きつける。
そこに、ヴェインジャックダーが飛んできた。
「キケン! キケン! マコット様ヨリ、シンクロ率高イ! カースト、ズット上ニ行ク! キケン!」
「私より……あ、あ、あの女が……商人上がりの偽貴族なんかにぃ……!」
嫉妬、焦り、怒り。
それらを煮詰めた混沌のるつぼがマコットの胸でうずを巻く。
こんな数字はウソだと決めつけられれば、どれだけよかっただろう。
しかし、クロエの示したとおりに、マコットは自ら見つけたこの情報の価値から目を背けることはできなくなっていた。
ヒトは他人を欺くことはできても、自らを欺くことは決してできない。
「もっと……もっとすごいものを手に入れないと……! でないと、私はあの女に負けてしまう……!」
マコットはヴェインジャックダーの首をつかんで揺さぶった。苦しみにあえぐカラスの声が部屋に響き、抜けた羽根が宙を舞う。
「なんでもいい……ヴェインジャックダー……取ってきなさい! あの女に負けないぐらいのものを……!」
◇
数日後。
廊下を歩いていたクロエは、校舎のロビーで人だかりにぶつかった。
「マコット様、すごくきれいな宝石ですわね! これはなんという宝石ですの?」
「この世で持っている者は十といない、希少な宝石。名はアレキサンドライトですわ。お父様のお知り合いが大富豪でして、その方から譲り受けたの」
「そのようなものを持っているなんて……さすがマコット様ですわ」
どうやらマコットがまた他人の功績で自慢話でもしているようだ。
「あら、クロエ様。まだそのようなリリアンティーカを従えていらっしゃるのね」
そう言って人垣を割って出てきたマコットを見て、クロエは怒るではなく困惑を覚えた。
「マコット様……顔色がすぐれないように見受けられますが」
目の下にうっすらとクマがある。
それに、どことなく疲労を感じさせる立ち振る舞いだった。声にも以前より覇気がない。
「なにをおっしゃるのかしら。私はむしろ絶好調でしてよ。それに、見てごらんなさい。私のリリアンティーカを」
そう言って彼女がリリアンオーダーから呼び出したのは、あのヴェインジャックダーだった。
だが、その姿は以前とは違う。
七色に輝く羽はそのままに、体の各所に宝石がくっついている。そして、図体の大きさも倍以上になっていた。
「どうかしら。進化したのよ」
「進化ですって……?」
「リリアンティーカはさまざまな要因で進化……新たな姿へと変わる。リリアンオーダーで契約を結べば、一時的に進化を促すことも可能。常識でしょう? けれど、これは一時的な進化などではありませんわ。それに、シンクロ率もどんどん上がっているのよ」
「…………」
クロエは胸騒ぎがしていた。
ヴェインジャックダーが進化した理由。それがマコットの体調不良となにか関係があるのではないか……。
「さあ、みなさん。そろそろ授業の時間ですわ」
マコットが言うと、周りの女生徒たちは彼女に付き従うように歩いていった。彼女たちの瞳はどこか呆けているようでもあった。
「……どう思う? ウルフィン」
「わたくしからはなんとも……」
ウルフィンもマコットの様子が怪しいことに気づいていた。けれど、従者の身でありながら、よその貴族に軽率な発言はできない。
「わたしの思い過ごしだといいがな……」
「マコット様がいままでのようにお嬢様に噛みついてこなくなったことは喜ばしいことです。あの方だけでなく、噛みつかれるお嬢様の品性までも、他の皆さまから疑われてしまいますから」
「おまえもなかなか言うな、ウルフィン」
「恐縮です」




