第1話
時は十九世紀の初頭。
霧に包まれた街から少し離れた、瀟洒な女子貴族学校。俗にパブリックスクールと呼ばれる、私立である。
その隣に建つ黒い鐘楼が重厚な鐘の音を響かせている。
その前を歩く、ひときわ目立つ少女がひとり。
すらりと伸びる長い足と、細い腕。いたずらに駆け抜けた風が真紅のスカートを揺らす。地に舞うさまは妖精のようだった。
それを見た女生徒たちは興奮したように口々にささやいた。
「クロエ様だわ」
「なんてすてきなたたずまい……」
「髪にかざられているアカシアの花も、あの方が丹精込めて育てられたものらしいわ。まるでクロエ様の清廉さが形となったよう」
「ウワサでは、優秀さを認められたから二年の寮監候補らしくてよ」
その乙女は彼女たちからの羨望と、
「彼女、成金貴族の娘でしょう?」
「品のない生まれ……金で入学したから、なんだというのかしら」
「私たち上流階級と同じ空気を吸おうなんて、いやらしい」
嫉妬を一身に受ける。
それでも彼女は揺らぐことなく、花びらの上で輝く朝露のような瞳を、女生徒たちに向けて微笑んだ。
「ごきげんよう」
バラノワール家の令嬢、クロエ。
十五歳。
燃えるようにきらめくブラウンヘアーをしており、髪を結ってハーフアップシニヨンとお団子にしている。流れているロングヘア部分は巻きおろしで、これだけで相当に時間をかけていることがうかがえる。
柔和な雰囲気のある薄い化粧でも隠し切れない、意志の強さを感じさせる目元。瞳は薄い翡翠色をしている。
立ち振る舞いにいっさいの隙はなく、大人ですら彼女に軽率に近づこうとは思わないだろう。
貴族だけが通うことを許されるリステリア女学院の一年生にして、教職員から文武両道のお墨付きをいただいた才媛である。
だからといって、下民の血であるという誹りを免れることはできない。幼いころにプレップスクールに通わなかった令嬢の扱いというのは、どの時代においても冷たいものだからだ。
だが――
「オルヴェーム家のマコット様」
凛としたクロエの声に、さきほど彼女に陰口を叩いていた少女たちがビクッと肩を震わせる。
その場にいた誰もが息を呑んだ。
特にマコット。同年代とはいえ、ほとんどカオも知らない相手に名前を知られていたのだ。虚を突かれた思いだろう。
「そのかわいらしいお口を使うには、ふさわしくない言葉ですわね」
クロエが微笑みかけると、少女たちはバツが悪そうにうつむいた。
名前とカオを知られているというだけで、彼女たちのような小心者は二の句が継げなくなるものだ。
そもそも、このクロエにとって、このていどの面罵はたわいないことだった。
もっとひどい罵詈雑言も聞き慣れている。
そして、それを言った人間たちのことごとくが、クロエの前に泣いてひざまずくことになった。
「クロエお嬢様。馬車を準備してございます」
そう声をかけたのは、体躯にして二メートルはあろうかという長身でありながら筋肉質の大男だった。
着ている執事服は筋肉のせいで、やや張りつめてしまっている。さらには彼を縛るかのように腕や足にベルトが巻かれており、威圧感があった。
だが、それよりももっと奇妙なのは、その姿にある。
クロエを目で追っていた少女のひとりが目を丸くした。
「獣人……?」
そう。
この付き人は、オオカミのようなカオを持ち、濃い体毛に覆われた獣人であった。金色に輝く体毛と、するどいキバ。そして、ルビーのように輝く瞳には、人ならざる鋭さがある。
人狼という名の種である。
「く、クロエ様、その付き人は……?」
少女の恐る恐るといった質問に、クロエは堂々と答えた。
「彼はウルフィン。わたしの――」
ヒュウゥゥゥーッ。
急な突風が吹く。
ウルフィンはクロエをかばうために一瞬で彼女の風上に立った。その巨体ゆえか、彼女の体が彼の影にすっぽりとおさまってしまった。
彼の金の体毛が激しくなびくのに対して、クロエはまるで揺らがない。
葉が舞い、誰もが風に煽られる中で、彼女だけが不変であるさまは凛々しく、そして美しく見えた。
ウルフィンを背にしたクロエは優雅に言った。
「――従古精霊ですわ」
リリアンティーカ。
それはまだ未知の部分が多い、奇妙な生き物たちの総称である。
人狼、吸血鬼、妖精、人魚、怪獣、エトセトラエトセトラ……。種類は多く、まだ全種見つかっていないという話だ。
古来から彼らは存在しており、時に争い、時に助け合った。やがて、人間は彼らを従者として扱い、リリアンティーカたちもそれを受け入れてきた。
彼らを従わせるにはリリアンオーダーと呼ばれる魔法の本が必要だ。
リリアンティーカ側が相手のことを主人と認めた際、本に名が書き込まれて、契約がなされる。
認められる方法はさまざまだ。闘って勝利する、交渉する、気に入られるなど。
基本的に交渉によるものが多く、衣食住の提供だったり、金銭的やりとりだったりする。
しかし、クロエがウルフィンを従わせた方法は、おそらく誰も想像などできないであろう選択。
闘って勝利する、だった。
◇
五年前。
まだ幼かった頃のクロエは乳母も手も焼くお転婆だった。
木に登っては落ちて死にかけ、馬に乗ろうとして危うく蹴られそうになった。村や町にでかけては子供同士で殴り合いをしてきたことも毎日のようにあった。
その日もまた、事件は起きた。
だだっ広い野原のまんなかで、ふたつの小さな人影が対峙する。
「おまえが町から食べ物を盗んでいるっていうリリアンティーカか?」
「なんだ、テメェ」
腕組みをして尊大な態度で見下すクロエ。
そして、盗んだ食料の入った袋を抱えながら、睨みつけるウルフィン。
これは常識的なことであるが、リリアンティーカの膂力は人間のそれをはるかに超えている。
小さな子供オオカミであるウルフィンですら、人間の大人を倒してしまえるほどのパワーを持っているのだ。
「高貴なる者の務めとして、おまえと成敗をしに来た。即刻、盗みをやめろ」
「くだらねえ。ケガしないうちに帰ってママにでも甘えてろ。チッ、なにがノブレスオブリージュだ。働かずに飯を食ってるような貴族。しかもガキで女じゃねえか。二度は言わねえぞ。帰れ」
「逃げるのか? その“ガキ”で“女”の“貴族”から!」
「アァ?!」
ウルフィンは袋を落とすと、肩を震わせた。袋からパンが転がり落ちた。
彼の全身の毛が逆立ち、ツメが割れんばかりにこぶしを握る。
怒りだ。
彼がこらえようとしていた怒りの栓が外れて、猛烈に噴き出していた。
「クソ女!! ぶん殴ってやる!!」
「よーやくやる気になったか! さぁ、ケンカだ!」
それから、小時間。
日がかたむいて、赤々とした夕日が山の向こうに消えようとしている頃。
話を聞きつけた乳母が駆けつけたとき、すでにふたりのケンカは終わりを迎えようとしていた。
クロエのドレスはズタボロで泥まみれ。擦り傷であちこちに血が滲み、白かったドレスはまだら模様と化していた。
それでも、彼女はファイティングポーズをとったまま、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
対するウルフィンは同様にボロボロになりながら、息を荒げている。なんとかこぶしを握っているが、立つのもやっとという状態だった。
乳母は血の気が引くような衝撃を覚えながらも、そもそも目の前の光景が理解できていなかった。
「う、嘘でしょう……リリアンティーカと互角に殴りあってる……」
クロエが他の子供たちと殴り合いのケンカをして帰ってくることはよくあったが、まさかここまでとは乳母自身も想定していなかった。
ヒトがクマに素手で挑むようなものだ。ふつうは勝負になるわけがない。
ウルフィンは口端についた血を拭うと、足腰をバネのように使って突進した。
「お、オレはまだ捕まるわけにはいかねえんだ……オレがいないと、みんなが……だから……!!」
「来い!!」
お互いのストレートパンチが交差する。
「クロエ様!!」
乳母の悲鳴と同時に、
「がはっ……」
クロエのこぶしが、ウルフィンの頬を直撃していた。
彼は芝生のうえを転がりながら、手足を伸ばして倒れ伏す。指一本動かすことすらできない彼に、クロエが近づく。
「……テメェの勝ちだ。まさか人間に負けるなんてな。さあ、もうどうにでもしてくれ。これだけ強いヤツに負けたんなら、死んでも悔いはねえ」
「死ぬ必要はない」
「……なんだと?」
「話ならすべて知っている。おまえは食べ物を余らせているような家から盗んで、貧しいヒトたちに分け与えていたんだろう?」
クロエはウルフィンに手を伸ばし、屈託のない笑顔を浮かべた。
「おまえに助けられた村に友達がいるからな。わたしもこの格差をどうすべきか考えていたところだ」
「なんだよ……じゃあ、テメェがあいつらの言っていた“姉御”か……どうりで勝てねえわけだ……」
ウルフィンは手を握り返し、立ち上がった。
「貴族だ女だと偏見ばかり言ってすまなかった。名前を教えてくれないか?」
「クロエ・バラノワール。おまえは?」
「オレは……ウルフィン。さあ、どこにでも突き出せよ。盗みを働くと決めたときから、捕まったら死ぬ準備はできている」
「だから、その必要はないと言っている。わたしと契約しろ、ウルフィン」
リリアンオーダーの本を取り出したクロエに、ウルフィンは呆気に取られていた。
「この広がっていく格差を止めるためには、きっとおまえの力が必要だ」
ウルフィンは思った。
かつて、ここまで爽やかな人間がいただろうか。
いままで彼が出会ってきた貴族は陰からヒトを陥れ、私腹を肥やすことばかり考えていた。
貧する者たちも強者に逆らえず、顔色をうかがい、時には自分が得をするために仲間を売った。
目の前にいる少女はどちらでもない。
ウルフィンは従古精霊としてクロエを自分の主であると認めながらも、その生きざまに惹かれていた。
その胸に芽生えたのは、リリアンティーカとしてあるまじき感情だった。
「わたしと共に行こう。ウルフィン。おまえが欲しい」
「……ったく、なんでテメェ……いや」
ウルフィンは言葉をグッと飲み込むと、少し恥ずかしい気持ちで言いなおした。
「“アンタ”はそんなかっこいいセリフが言えるんだ……?」
クロエが荒くれ者のリリアンティーカと契約してしまったことを知った乳母は、大慌てで彼女の両親に報告した。
貴族にとって、契約する相手とは重要な存在である。品があり、美麗で、貴族にふさわしくなければならない。
もしもこれが息子ならば、リリアンティーカを腕力で倒した功績として受け取られるかもしれない。
しかし、娘となれば話は別だった。
「こんなどこの馬の骨とも知れぬリリアンティーカと契約するだと? しかも、生傷までつけて……これでは、おまえの嫁の貰い手もいなくなるぞ!?」
父はクロエをそう怒鳴りつけた。
貴族社会において、結婚できなかった娘の末路は悲惨だ。少額の小遣いだけ持たされて、別荘で隠居同然の生活を余儀なくされる。
それは貴族生まれにとって紛れもない恐怖であり、生き地獄のはずだ。
しかし、クロエにとってはどうでもいいことだった。彼女は貴族のルールなどに従わないし、またそれによる庇護すら必要ない。
「父上、取り消してください。彼は馬の骨なんかじゃない」
「貧民街の、小汚い毛並みの獣人。他人から見たら、どう思われるか……」
「ダァァァァアァァァァ!!」
ゴッ――――!!
瞬間、クロエは右腕を振りぬいて父の頬を殴り飛ばしていた。
父の体は後方に吹っ飛び、本棚に激突した。
「ちょ……!?」
ウルフィンと乳母は慌ててクロエを押さえつけた。
「なにやってんだ、クロエお嬢さん!?」
「離せウルフィン! 父はいま、おまえを愚弄した!! よく知りもしないであんなことを言うのは、とてもひどい話だろうが!!」
「従者のオレのことはいいから、自分の心配をしてくれ!!」
父はぶつけた頭を押さえながら、ふらふらと立ち上がった。その眼にはふつふつと湧きあがる怒りがあった。
「こ、この……親を殴るとは……! その性根は叩き折らねばならん! 即刻、そのリリアンティーカとの契約を破棄しろ!」
「まだ言うか!!」
一触即発の爆弾のような空気が部屋に充満していく。
そこに、
「ご、ご主人様! タイヘンです!」
「なんだ?」
執事長が大慌てで部屋に飛び込んできた。
「お、お嬢様と、そっちのリリアンティーカとのシンクロ率の結果が出ました……」
ウルフィンには聞き慣れない言葉だった。彼はクロエに「シンクロ率ってなんなんだ?」とたずねた。
「人間とリリアンティーカの相性の良さを示した数値。この値が高いほど、リリアンティーカは持っている以上の力を発揮できるんだ。貴族社会でも、この数値が高いほどに得られる立場もよくなる……らしい。父も、わたしとシンクロ率の高いリリアンティーカを何年もずっと探しているほどだ」
「じゃあ、お嬢さんとオレの数値が高かったら、あの父親も考えを改めるのか?」
「まさか。わたしはおまえを気に入って契約しただけだ。求められる数値は八十パーセント以上。だが、いままで父が連れてきたリリアンティーカはほとんどが四十か、三十。よくても五十に届くかどうかというところ。なのに、おまえとのシンクロ率が偶然にも高いハズがない」
「もし、万が一にも高かったら神の思し召しだな」
「運命にしてはできすぎている。明日には財宝の雨が降るか?」
「そりゃいい」
「「ハハハハハハハハハっ!」」
ふたりは息ぴったりに笑いあっているが、彼女たち以外はひりつくように剣呑な雰囲気だった。
執事長が持ってきた手紙を開いた父親は、内容を何度も読み返し、そのたびに絶望の表情を浮かべた。
「そんな……」
「ご主人様……お気を確かに」
「あんな……あんなケダモノが、娘とのシンクロ率……九十九パーセントだと……」
「「ハハハ……は?」」
ふたりしてクチをぽかーんと開けて呆けていたが、すぐに我に返った。
「お嬢さん、九十九って……?」
「そう……だな。これ以上は望めないほどのシンクロ率だ」
「ってことは……」
「あぁ!」
両手でハイタッチして、ふたりは喜びに舞い上がった。
対照的に、父親はどんどんと気分が沈んでいき、背中が丸くなってきた。一代で財を築き、貴族にまでなった男とは思えないほどだ。
このまま傴僂になろうかというところまで丸くなって、ようやくカオを上げた。
「わかった……認めよう。彼をおまえのリリアンティーカとして」
「感謝します。お父様。なに、九十九パーセントともなると貴族階級の上澄みにも存在しないレベルです。彼の出身など、些細な問題となるでしょう。それでも不安なら、よい考えがあります」
「考え?」
「彼が貴族のリリアンティーカにふさわしくないというのなら、ふさわしいように仕立ててしまえばよいのです」
「なに?」
父は娘のことが怖くなってきた。
けんかっ早く、強く、それでいて頭の回る聡明な子。兄たちとは明らかに出来の良さが違う。ただ、女の身に生まれてさえいなければ……。
貴族の女は、夫の政治活動などのサポートに徹することを求められる。しかし、クロエがそんな役割に収まるとは父親はまったく思っていなかった。
女傑。
齢にしてまだ十の頃でしかない少女に、父はその印象を持っていた。
「従者としてのふるまいをカンペキに覚えさせましょう」
「できるものか。野良犬の分際で……」
「彼が従者として努力するならば、わたしもおとなしく淑女の教育を受けます」
「父と交渉するか。つくづく、貴族の娘の立ち居振る舞いではないな。いいだろう。ただ、こちらからも条件を出す」
「それは?」
「その人狼がクロエに触れることは許さん。一度でもクロエに触れれば、自動的に契約が解除されるように設定する」
「……理由を教えてもらいましょう」
グッとこぶしを握ったクロエに、父親はギョッとした。
「り、理由は単純明快だ。おまえと、その野良犬がまた殴り合いをしないようにするのだ。そして、けがらわしい野良犬が貴族に触れるなど……」
「その傲慢さが……!!」
また殴りかかろうとしたクロエを、ウルフィンはまたまた羽交い絞めにした。
「だから、殴りかかるなっての!」
「所詮は父の代で築いた貴族でしょうが! そんな血に上下なんてあるものか!」
「オレにはわかんねえけど……そういうふうにしなきゃなんねえんだろ、貴族ってのはよ! 見栄を張らないと生きていけないんじゃないのか!?」
貴族には見栄が必要だという。見栄のために生きて、見栄のために死ぬ。
その最たる例が、労働をしないというルールだ。
土地の貸し出しなどで資産を運用するだけ。汗水流して働く労働はいやしいものだとしている。
ほとんど時間が空くので、見栄を張るためにゲームをする。競馬をして、社交界に出て、政治活動をする。
クロエはそれを良いことだとは思っていなかった。
「ハァ……ハァ……」
カンゼンに頭に血が上っていたクロエだったが、ウルフィンの説得で少しは我を取り戻した。
「わかりました。では、そうしましょう」
それから、乳母と講師のもとでウルフィンは従者たるにふさわしい者のとしての教育を受けた。
言葉遣い、ふるまい、知識、教育を叩き込み、根付いている貧民街での作法や常識などを排除する。
それは魂の皮を剥ぎ、新たに縫い付けるがごとき苦痛を伴った。
「違う! 背筋を伸ばすのです。腰を逸らすのではありません。胸を張り、あごを水平に保ちなさい」
「ぐっ……」
ミスをすればムチが飛び、犬のようにしつけられる。肉体と精神に刻み付けられる痛みは時に涙さえこぼれるほどだった。
けれど、これもクロエのためと思えば、ウルフィンは耐えられた。
当のクロエはというと、
「さすがです、クロエお嬢様。最初からこのようにしてくださればよかったのに」
乳母に褒められながら、あらゆるものを驚異的なスピードでマスターしていった。
勉強などは当然のようにできたクロエだったが、いままで作法などは最低限のことしか習わなかった。
彼女にとって、重要とは思えなかったからだ。
だから、以前に罰として乳母にクローゼットに閉じ込められたときも、
「ここでしばらく反省していなさい」
「断る!!」
バタンと閉まったクローゼットの扉を、
バコッ
……と、内側から破壊したことがあった。
木製とはいえ、大人でも脱出には時間がかかるであろうクローゼットをこぶしだけで破壊し、数秒で出てきたクロエに、乳母は血の気が引く思いだった。
そのこともあり、クロエが素直に作法などを学んで、乳母は一安心だった。
「ウルフィンががんばっているの。わたしが彼以上に努力しなければ、主人たりえないでしょう」
その五年後、ふたりは立派な紳士淑女となって、学園の門をくぐることになる。
◇
時は戻る。
クロエたちはしばらく学園の寮に泊まることになるから、村の友人たちに別れのあいさつをしに来ていた。
「わたしがいなくなっても、平気?」
「もちろん! いつまでも姉御に迷惑かけるわけにはいかねえよ!」
心配するクロエに、男の子たちが弾けるように笑ってみせた。
彼らの周りには、小さいリリアンティーカたちがいる。丸い妖精、犬のようなもの、鳥に似たもの、と奇妙だが可愛い生き物ばかりだ。
「まだ幼体だけど、こいつらも進化すれば一緒に村を守ってくれるさ」
「進化……リリアンティーカがさまざまな要因によって姿を変えることよね。さらに強くもなるとか」
「そうそう。といっても、進化の条件は未だによくわかっていないらしいけど」
クロエはウルフィンを一瞥した。
彼も進化するのだろうか、と彼女は考えていたが、雑念を振り払った。
ウルフィンのほうも会えない時間の分、友人たちと会話しようとしていたようだが、空気が奇妙だった。
「みなさまがお変わりなく過ごされることを祈っています」
「ウルフィン、やっぱおまえがそうやってバカ丁寧に話すとむずがゆいな~。もっと乱暴な感じだったのを知ってるからよ」
「申し訳ございません。お嬢様のリリアンティーカとして、誰に対しても無礼な態度をとることは禁じられております。ご友人としてカジュアルな対応をお望みであることは重々承知ですが、どうかご容赦を」
「ここは俺たちだけだぜ? 姉御だって気にしゃしねーって」
「お心遣いに感謝いたします。ですが、これはわたくしが決めたことでもありますので」
「そうかよ。でも、あんま気負いすぎるなよ。姉御もけっこう肩ひじ張って生きてるタイプだからな」
「お嬢様が……?」
ウルフィンと旧い友人たちが会話を終えたのを確認してから、クロエは馬車に振り返った。
「さあ、行きましょうウルフィン」
と、クロエが馬車に乗りこんでから、続けてウルフィンが足をかけた。
「なぁ、こういうときって従者が主人の手を引いて馬車に乗るもんじゃないのか?」
友人のひとりが素朴な疑問をこぼすと、ウルフィンは少し困ったように眉を下げて、言った。
「わたくしはお嬢様に触れることを許されておりませんので」




