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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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ルールを破ると、記憶は消える

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/01/24

 タオルで顔をふく。

 水滴が残る手でスマホを見ると、朝は必ずきてる彼女からのメッセージがない。

 何かあったか?


 昨日のことを思い出そうとするが思い出せない。

 昨日は、ルールを破ってしまったようだ。


 ルールを破った日は記憶が消える。

 それが俺のルールだ。


【ルール1、朝起きたら顔を洗う】


 彼女とケンカでもしたのか?


 朝のルールを破ったなら、その日の記憶が消える事は分かって過ごす。

 だから、何か覚えておく事があれば細かく手帳に残す。


 手帳には何も書いてなかった。


 じゃあ、夜のルールを破ったのか……。


【ルール2、深夜0時は必ず寝ている事】


 記憶が消えると分かっている朝のルールを破った日ほど細かくはないが、何か忘れてはいけない事があれば手帳にメモがあるはずだ。


 0時直前に何かあって眠れなかった時は最悪だ。

 メモする間もなく、直前の出来事は忘れる。


 何か、深夜に彼女とケンカして忘れていたりはしないよな。


 手帳にメモがないのにケンカしている場合もある。

 一方的に彼女が怒っていて、俺が気づいていない時だ。


 この場合は、ルールを守って記憶があったとしても、俺自身が大事な事だと思ってないんだから、忘れてる。

 記憶があっても無くても話を合わせるしかない。


 でも——、


 もし、忘れたい嫌なことがあったなら?

 自分の意思で0時まで起きていたんだとしたら?


 例えば、俺の方が彼女に怒っていて、原因を忘れたいと思っていた場合だ。


 忘れたら許せる事。

 忘れなければ許せない事。


 ——なんだ?


 ただ、昨日の俺は許したいと思ったんだろう。

 だったら深く考えない。


 ピロロ。


『おはよう。寝坊しちゃったよ。急ぐからまたね』


 彼女からだ。


 なんでもないメッセージ、いつも通りだ。

 俺は返信して会社に行く。


「こんにちは、また店に来てください」


 駅で、知らない男性に声をかけられる。

 覚えがない顔だ。


 昨日か、他の忘れてる日に会ったのだろう。

 俺は、曖昧に返事する。


 それにしては親しげだ。



 昼休み。


 ピロロ。


『娘は、亡くなりました——』


 彼女からのメッセージだ。


 亡くなった?


 ——どう言う事だ!?



 俺は彼女の家に行く。


 本当に彼女は死んでいた。


 葬式も済んで、ただ遺影だけがある。


「何が、あったんですか!?」


 俺が聞くと、彼女の母親がスラスラと話しなれた様子で説明してくれた。


 自殺——。


 そんな、まさか。


 今朝もメッセージが届いたのに。


「娘が予約投稿していたみたいね。昨日もそれであなたにメッセージが行って、ここに来たんですよ。その前も、その前も」


 覚えていない。

 

 記憶が消えたんだ。


 彼女の死を忘れたくて、俺が自分で消した?


「あなたが私に記憶が消えるルールを話してくれたんですよ。ずっと昔に倒れて、極度のストレスで脳に負荷が掛からないように、ルールを作って暗示をかけたって」


 ほとんど誰にもした事がない、俺の欠落の話だ。


「最初は驚きましたけど。こうして毎日のように忘れて来ていただけると、娘がどれだけ愛されて幸せだったのか分かります……」


 涙声になる。


 俺も、この秘密を話してまで、彼女の行方を探していた俺自身に驚く。


 そんなに彼女が好きだったのか?

 心にぽっかり穴が空いたようなこの気持ちが、愛——。


「また、来てください……」


 彼女の家を出て、手帳にも何も残さず、0時のルールを破る。

 そうすれば、まだ、彼女は生きている。


 明日も俺は彼女を探す……。


 たぶん、そう言う事なんだ。


 そう言えば、一昨日の記憶もない。


 その前も、その前も……。


 俺はいつから忘れてる——?


 記憶の欠落は愛の重さだ。

 俺は静かに涙を流しながら、家に帰る。


 0時まで時間がある。

 この悲しみを忘れられるまで、あと4時間。


 なんで、彼女は自殺なんてしたんだ?


 俺はスマホのメッセージを見た。

 彼女とのメッセージの往復。


 その時に読まなければ意味のわからない短文のやり取り。

 懐かしくすべて思い出せる。


 ——だんだん、意味のある言葉が続くようになる。


 『おはよう。寝坊しちゃったよ。急ぐからまたね』


 見えないのに、彼女の事情だけが浮かぶようなメッセージ。


“娘が予約投稿していたみたいね”


 なぜ、彼女は俺へのメッセージを予約する必要があったんだ?


 ドクッ、鼓動が早くなる。


 手帳を見る。

 緊張で紙が上手くめくれない。


 今月じゃないもっと前だ、もっと——。


『彼女が浮気している』


 ——メモがあった。


 腕から力が抜けていく。


 力なくにぎった手で開かれたページに、住所らしきメモ。

 店の名前と電話番号。


 検索する。

 覚えがない。


 店長の写真があった……。

 今朝会った男性だ。


 俺はこの店に行ったのか?


 鼓動が更に早くなる。


 ——思い出してはいけない。


 何があった!?


 手帳を見る。


 『彼女と水族館』


 このメモは覚えている。


 行こうと約束して、でも、行った記憶がない。


 そのメモの後に、『彼女が浮気している』とある。


 もしかして、俺はこの日から、ずっと記憶がないのか?


 ……。


 彼女の最期 の  かお    。



 ルールは絶対じゃない、ただの暗示だ——。


 暗示が解ければ思い出す。


 冷や汗が全身から吹き出す。

 身体が自分のモノでないように重く、汚れている。


 だから、俺は時計の針が0時を指すのを見た。



読んでいただきありがとうございます。応援していただけると、次の話も書く力になります。気に入っていただけたら、評価・ブックマークお願いします!

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