表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/7

7.負けヒロイン、前を向く

 日が落ちる前に修道院に帰り着いた私たちを迎えたのは、瞳いっぱいに涙を溜めた看護係の修道女、ペネロープ様だった。

 彼女は事情を聞こうとする院長と副院長を押しのけ、私たちを医務室に引っ張り込んだ。目立つ切り傷を負った私だけではなく、ヴィンセント様も生い茂る枝葉にあちこちを引っ掛け、傷だらけだったのだ。

 テキパキと手当をしながら、老修道女は涙声で何度も謝ってくれた。


「悪かったわね、フェリシア修道女。こんなことになってしまって……」


 瞬きを繰り返す私の肩を、ヴィンセント様が優しく叩く。

 私は目を伏せ、「手当てをありがとうございます」とだけ告げた。







 その後、院長室に呼ばれた私たちは、改めて今日起きたことについて詳細を聞かれた。私が斜面けら転げ落ちた経緯を話すと、院長は頭痛を堪えるように頭を押さえていた。騎士団に私の捜索を依頼したのも、ペネロープ様の独断だったようで、院長は盛大に溜め息をつく。


「……事情はよく分かりました」


 そして表情を切り替え、院長はすっと背筋を伸ばした。


「――まずは、騎士様にお礼を。当院のフェリシア修道女を助けていただき、ありがとうございました。

フェリシア修道女、私の管理が行き届かず、申し訳ないことをしました。怪我が癒えるまで、ゆっくり身体を休めなさい」


 沈痛な表情を浮かべた院長の言葉に、私は無言で頷いた。ヴィンセント様は私に一度目を向けたあと、おもむろに院長に向き直る。

 怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる院長に、ヴィンセント様は緊張した様子で言った。


「院長。……私は、フェリシアと添い遂げたいと考えています。彼女の還俗(げんぞく)を、お許しいただけませんか」


 唐突なヴィンセント様の言葉に、院長は目を白黒させた。

 いたたまれない思いで俯く私をよそに、ヴィンセント様は真剣な目で院長を見つめている。

 しばらくヴィンセント様と私の顔を交互に見ていた院長は、やがて苦笑しながら答えた。


「フェリシア修道女がこちらに来ることになった事情を考えると、即答が難しいことはお分かりいただけますね?」

「……はい」


 神妙な顔つきで、ヴィンセント様は答える。私も隣で頷き、院長はふうっと息を吐いて続けた。


「時間はかかるかも知れませんが、上と相談してみます。――結論が出るまでは、騎士と修道女として、常識と節度を持って接すること。良いですね」


 二人揃ってお礼を述べて、私たちは頭を下げる。院長はふと目を細めて、ゆっくりと窓の外に視線を向けた。


「――フェリシア修道女。言うべきか迷ったのですが……。あなたに危害を加えた、あの二人についてです」


 ヴィンセント様は顔を(しか)め、私はギュッと拳を握り込んだ。何を言われるのかと警戒する私たちに苦笑して、院長はこちらに顔を戻す。


「あの二人にはかつて、いわれのない罪を着せられ、婚約を一方的に破棄された過去があります。無実を誰にも信じてもらえず、自暴自棄になり、騒ぎを起こしてここに送られてきました」


 私たちは、驚きに目を見開いた。院長は言葉にしなかったが、きっと、言いたかったのはこういうことだ。


(ヴィンセント様が、アンジェリカ様にしてしまったように。……私が、止めきれなかったように)


 アンジェリカ様と違うのは、彼女たちは身の潔白を示す証拠も、それを集めて助けてくれる周囲も、手にすることが出来なかったということ。

 息を飲む私に、院長はどこか悲しそうな笑顔を浮かべた。


「……だから彼女たちを許せと、そんなことを言うつもりはありません。ただ、ここは『女性たちの更生施設』などと呼ばれていますが……。皆、多かれ少なかれ、事情があって問題を起こしたのです。

過去を受け入れ、罪を悔い、神と共に生きる。その道は容易なものではないことも、知っておいてください」


 その言葉は重く、深い悲しみに満ちていた。

 きっとこの方にも、誰にも言えない過去の苦しみがあったのだろう。ヴィンセント様と私は、黙って頭を下げた。







 私たちは連れ立って、修道院の門まで歩いていた。

 日は暮れかけ、ヴィンセント様は右手に小さなランタンを提げている。院長が貸し出しを許可してくれたものだ。

 門の手前で私が立ち止まると、ヴィンセント様は名残惜しそうな表情を浮かべた。私は苦笑して、ヴィンセント様に丁寧に頭を下げてみせた。



「今日は本当にありがとうございました、騎士様。お気をつけてお帰りください」

「……そんな他人行儀にしなくても良いだろう」


 拗ねたように呟くヴィンセント様はどこか子どもっぽく、私の胸は密かにときめいてしまう。慌ててしかめっ面を作ってみせ、私は両手を腰に当てて胸を逸らした。



「――院長にも釘を刺されたでしょう。『騎士と修道女として、常識と節度を持ちなさい』と」


 私の言葉にシュンと肩を落とし、ヴィンセント様はとぼとぼと歩き出す。そんな姿が愛しくて、私は離れ行く背中に駆け寄って(ささや)いた。



「おやすみなさい、ヴィンセント様。……良い夢を」



 驚いたように振り返ったヴィンセント様が、満面の笑顔を浮かべる。





 還俗(げんぞく)の許しがいつ出るのか、そもそも許されるのか。不安なことも多いけれど、二人ならきっと、乗り越えていける。

 そう確信して、私たちは微笑みを交わした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ