7.負けヒロイン、前を向く
日が落ちる前に修道院に帰り着いた私たちを迎えたのは、瞳いっぱいに涙を溜めた看護係の修道女、ペネロープ様だった。
彼女は事情を聞こうとする院長と副院長を押しのけ、私たちを医務室に引っ張り込んだ。目立つ切り傷を負った私だけではなく、ヴィンセント様も生い茂る枝葉にあちこちを引っ掛け、傷だらけだったのだ。
テキパキと手当をしながら、老修道女は涙声で何度も謝ってくれた。
「悪かったわね、フェリシア修道女。こんなことになってしまって……」
瞬きを繰り返す私の肩を、ヴィンセント様が優しく叩く。
私は目を伏せ、「手当てをありがとうございます」とだけ告げた。
その後、院長室に呼ばれた私たちは、改めて今日起きたことについて詳細を聞かれた。私が斜面けら転げ落ちた経緯を話すと、院長は頭痛を堪えるように頭を押さえていた。騎士団に私の捜索を依頼したのも、ペネロープ様の独断だったようで、院長は盛大に溜め息をつく。
「……事情はよく分かりました」
そして表情を切り替え、院長はすっと背筋を伸ばした。
「――まずは、騎士様にお礼を。当院のフェリシア修道女を助けていただき、ありがとうございました。
フェリシア修道女、私の管理が行き届かず、申し訳ないことをしました。怪我が癒えるまで、ゆっくり身体を休めなさい」
沈痛な表情を浮かべた院長の言葉に、私は無言で頷いた。ヴィンセント様は私に一度目を向けたあと、おもむろに院長に向き直る。
怪訝そうな表情を浮かべる院長に、ヴィンセント様は緊張した様子で言った。
「院長。……私は、フェリシアと添い遂げたいと考えています。彼女の還俗を、お許しいただけませんか」
唐突なヴィンセント様の言葉に、院長は目を白黒させた。
いたたまれない思いで俯く私をよそに、ヴィンセント様は真剣な目で院長を見つめている。
しばらくヴィンセント様と私の顔を交互に見ていた院長は、やがて苦笑しながら答えた。
「フェリシア修道女がこちらに来ることになった事情を考えると、即答が難しいことはお分かりいただけますね?」
「……はい」
神妙な顔つきで、ヴィンセント様は答える。私も隣で頷き、院長はふうっと息を吐いて続けた。
「時間はかかるかも知れませんが、上と相談してみます。――結論が出るまでは、騎士と修道女として、常識と節度を持って接すること。良いですね」
二人揃ってお礼を述べて、私たちは頭を下げる。院長はふと目を細めて、ゆっくりと窓の外に視線を向けた。
「――フェリシア修道女。言うべきか迷ったのですが……。あなたに危害を加えた、あの二人についてです」
ヴィンセント様は顔を顰め、私はギュッと拳を握り込んだ。何を言われるのかと警戒する私たちに苦笑して、院長はこちらに顔を戻す。
「あの二人にはかつて、いわれのない罪を着せられ、婚約を一方的に破棄された過去があります。無実を誰にも信じてもらえず、自暴自棄になり、騒ぎを起こしてここに送られてきました」
私たちは、驚きに目を見開いた。院長は言葉にしなかったが、きっと、言いたかったのはこういうことだ。
(ヴィンセント様が、アンジェリカ様にしてしまったように。……私が、止めきれなかったように)
アンジェリカ様と違うのは、彼女たちは身の潔白を示す証拠も、それを集めて助けてくれる周囲も、手にすることが出来なかったということ。
息を飲む私に、院長はどこか悲しそうな笑顔を浮かべた。
「……だから彼女たちを許せと、そんなことを言うつもりはありません。ただ、ここは『女性たちの更生施設』などと呼ばれていますが……。皆、多かれ少なかれ、事情があって問題を起こしたのです。
過去を受け入れ、罪を悔い、神と共に生きる。その道は容易なものではないことも、知っておいてください」
その言葉は重く、深い悲しみに満ちていた。
きっとこの方にも、誰にも言えない過去の苦しみがあったのだろう。ヴィンセント様と私は、黙って頭を下げた。
私たちは連れ立って、修道院の門まで歩いていた。
日は暮れかけ、ヴィンセント様は右手に小さなランタンを提げている。院長が貸し出しを許可してくれたものだ。
門の手前で私が立ち止まると、ヴィンセント様は名残惜しそうな表情を浮かべた。私は苦笑して、ヴィンセント様に丁寧に頭を下げてみせた。
「今日は本当にありがとうございました、騎士様。お気をつけてお帰りください」
「……そんな他人行儀にしなくても良いだろう」
拗ねたように呟くヴィンセント様はどこか子どもっぽく、私の胸は密かにときめいてしまう。慌ててしかめっ面を作ってみせ、私は両手を腰に当てて胸を逸らした。
「――院長にも釘を刺されたでしょう。『騎士と修道女として、常識と節度を持ちなさい』と」
私の言葉にシュンと肩を落とし、ヴィンセント様はとぼとぼと歩き出す。そんな姿が愛しくて、私は離れ行く背中に駆け寄って囁いた。
「おやすみなさい、ヴィンセント様。……良い夢を」
驚いたように振り返ったヴィンセント様が、満面の笑顔を浮かべる。
還俗の許しがいつ出るのか、そもそも許されるのか。不安なことも多いけれど、二人ならきっと、乗り越えていける。
そう確信して、私たちは微笑みを交わした。




