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6.負けヒロイン、本心を知る

 上へと戻る道は、ほんの少し先、ヴィンセント様がかき分けて出て来た茂みの向こうにあった。木々をかき分け、私の通り道を確保してくれたヴィンセント様に頭を下げ、私はそっと木の根を乗り越える。

 たくし上げた修道服の裾から足がのぞき、ヴィンセント様は顔を真っ赤にして、勢いよく目線を逸らした。その様子がなんだかおかしくて、私は笑ってしまう。

 笑い声を零す私に、ヴィンセント様はホッとしたように微笑んだ。


「この道を登れば、じきに元の場所に戻れる。そこからは視界の開けたなだらかな道が続くから、あと少し頑張ろう」


 励ますようにそう言ってくれたヴィンセント様に頷き、私はそっと右手を差し出した。ヴィンセント様はまじまじと私の手を見つめて、やがて壊れ物にでも触れるように恐る恐る、この手を取る。先ほどまで当たり前のように手を引いてくれてたのに、と思うと、少しおかしかった。


 私たちは無言のまま、ゆっくりと斜面を登っていった。上まで辿り着いた時、ヴィンセント様が大きく息をついたのが、背中越しに見てとれた。


「……詫びて、それからどうするのかと、かつて君に聞かれたな」


 ドキッと心臓が音を立てる。真夏のあの日、ヴィンセント様に突っかかった私が発した言葉だ。周囲の嫌がらせにも耐えられず、またヴィンセント様の思惑が分からずに、声を荒らげてしまった。

 気まずさに視線を泳がせる私に苦笑し、ヴィンセント様は繋いだ手に微かに力を込めた。


「……詫びて、それから。――私の本心を、伝えたかった」


 私は思わず息を飲んだ。ヴィンセント様は振り返らない。けれど、骨ばった大きな手の指が、わずかに震えていた。





「――君が好きだ。フェリシア」





 真っ直ぐな言葉に、目を見開く。


 ヴィンセント様はやっぱり振り返らないまま、ポツポツと言葉を紡いだ。


「完璧なアンジェリカと一緒にいるのが苦しくて、君に逃げようとしたことも、事実だと思う。君も、そんな風に思っていたのだろう。だから、私がここに来た時、君はあんなに怒った」


 その言葉は鈍く、私の胸を突き刺した。

 その通りだと思う。私はヴィンセント様のことが、本当に好きだった。でも、ヴィンセント様のことは、信じていなかった。

 それなのに、こんなところで再会してしまって。複雑な感情に翻弄されて、つい辛く当たってしまった。


(また会えて、本当に嬉しかった。煮え切らない彼の言葉が、ただ悲しかった。期待を持たせないでほしかった……)

 

 不意に、ヴィンセント様が立ち止まる。背中に突っ込みそうになり、慌てて立ち止まった私に振り返り、ヴィンセント様は真剣な表情で口を開いた。

 

「……全てを失って、城の外に放り出された時。思い出すのは、君と交わした他愛ない会話だった。騎士としての修行中、ふとした時に考えるのは、君のことばかりだった。

はじまりは確かに、『アンジェリカから逃げたい』一心だったかも知れない。でも、いつの間にか、『君が大切だから一緒にいたい』と思っていた。

同じ地域の騎士団に配属が決まった時には、本当に嬉しかった。いつか会える日を、心待ちにしていた」


 ヴィンセント様の瞳に映っている私は、不安げな表情を浮かべていた。

 その言葉を、信じて良いのだろうか。

 無言で見上げることしか出来ない私の頬に両手で触れ、ヴィンセント様は悲しげに目を細めた。


「再会した君は、本当に疲れ切っていて。自分のせいでこんな目に遭わせたのに、『今さら何を』と拒まれるのが怖くて、何も言えなくなってしまった。

君のせいじゃない。我が身可愛さにためらった、私自身の弱さのせいだ」

「そんなこと――」


 咄嗟に口を挟んでしまい、私は目線を泳がせた。

 確かにそう思ってしまったことは、事実だった。

 言葉を続けられない私に、ヴィンセント様は力強く笑いかけた。


「でも、君がこんな危ない目に遭わされて、もう黙っていられない。私は今はただの騎士で、君を守る権力は確かにない。……だが、それが何だと言うんだ? 私が心から大切に思う存在を傷付けるものは、許さない」

 


(私、夢を見ているのかな……)



 ずっと聞きたかった言葉を真っ直ぐに届けられて、私は不意に恐ろしくなる。先ほど斜面から落ちた時、頭でも打っていたのだろうか。自分に都合のいい夢を見ているのではないだろうか。

 信じられない思いで目を見開いている私に、額を合わせて、ヴィンセント様は告げた。



「誰に何を言われても、声を大にして返そう。私はフィーを愛していると。

アンジェリカの名誉を傷付けたのは、私自身の浅慮によるもので、決して言い訳はしない。でも、君を思う気持ちは真実だと」



 だから、と続けたヴィンセント様の声は、一瞬揺れていた。一度グッと目を瞑り、そして再び力を込めた瞳で私を見つめる。




「――私と共に、生きてくれないか」




 その言葉が終わるのも待たず、私はヴィンセント様の胸の中に飛び込んで行った。


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