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1.負けヒロイン、追放される

「――聖女アンジェリカを貶め、不当な婚約破棄を企んだ罪は重い。王太子ヴィンセントは、その身分の一切を剥奪する。新たな王太子には第二王子ジュリアンを立て、聖女アンジェリカとの婚約を命ずる。

廃王子ヴィンセント、および騒動に加担した子爵家のフェリシア・アルダムは、郊外へ追放とする」


 静まり返った広間に朗々と声を響かせる、偉大な王様。お互いに顔を見合わせて、目を輝かせるジュリアン王子とアンジェリカ様。ガックリと項垂れて地面に膝をつくヴィンセント様。

 他人事のようにそれらを眺めながら、最後に名前を呼ばれた私――フェリシア・アルダムは、無言で頭を下げた。王様の合図で駆け寄ってきた兵士に腕を掴まれ、しずしずとその場から退く。


(あーあ。やっぱりこうなるわよね……)


 込み上げてくる涙がこぼれ落ちないよう、あえて顔は上げたまま、冷たい視線の中を堂々と歩いた。







「――ほら、あの人。聖女様を陥れようとしたっていう」

「ただの子爵令嬢のクセに。――ああ、『元』令嬢だったわね」


 副院長に連れられて修道女たちに挨拶をして回っていると、遠くからわざと聞かせるようなヒソヒソ声が響いてきた。少し前を歩く副院長の顔も、冷ややかに強ばっている。溜め息が出そうになるけれど、私はグッと両拳に力を込めて堪えた。




 私の追放先として選ばれたのは、王国の北東の果て、聖ジョアン修道院だった。信仰の場というよりは、「問題を起こした女性の更生施設」として扱われてきた、厳しい環境にあることで知られる場所だ。


 何気なく窓の外に目をやった私に、老年の副院長が険しい声で告げる。


「……ここから出られるとは思わないことです。貴女の罪は重い」


 私は正面に向き直り、神妙に頷いた。それでも副院長は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 やがて辿り着いた、薄暗い廊下の端。六月なのに真冬のような寒さと、雨季のせいだけではなさそうなカビ臭さが充満するその場所で、副院長は顎をしゃくった。


「ここが貴女の部屋です。夜課の祈りは四時です、遅れずに参加すること。

明日からは仕事を与えますが、今日はこの部屋で、自分の罪と向き合いなさい。食事も必要ないでしょう」


 副院長は部屋の扉を開け、思わず目を見開いた私の身体を突き飛ばした。冷たい床に倒れ込んだ直後、勢いよく部屋の扉が閉まり、重い施錠の音が響く。


(明日には、鍵は開くのかしら? ……いいえ、きっとこのままね。そして遅刻して、怒られる)


 今度は隠さずに溜め息をつくと、私は立ち上がって室内を見回した。わずかな着替えだけを詰めたカバンは、床に投げ出され、中身がこぼれ出している。それらを片付けながら、私は暮れ始めた窓の外に目をやった。








 ヴィンセント様と出会ったのは、本当に偶然だった。

 学園の庭園で足を(くじ)いてしまった私を、通りがかったヴィンセント様が介抱してくださったのだ。恐れ多さで頭が真っ白になり、要領を得ない言葉を口走る私に、ヴィンセント様は優しく笑ってくださった。

 お互いに打ち解けるまで、そう時間は掛からなかった。


 私たちは時折、学園の庭園の隅で会話を交わすようになった。とは言っても、私のような呑気な下級貴族との会話を、ヴィンセント様はただ肩の力を抜いて楽しまれていただけだ。一学年上の王太子様に私と同い年の婚約者がいることは、私だって知っていた。


 その方の名は、アンジェリカ・ベルフォード様といった。

 名門侯爵家のご令嬢で、才色兼備で慈悲深い、淑女の(かがみ)。代々王太子の婚約者が担う象徴的役割の「聖女」の名が、こんなにふさわしい方はいないだろう。


 ヴィンセント様も優秀だけれど、決して器用ではないのは、短い付き合いの中でも感じた。完璧な令嬢であるアンジェリカ様と比較され続け、ヴィンセント様はずっと密かに傷付いておられた。

 ある日、悲しげに俯いたヴィンセント様の姿に、思わず胸がざわついた。無意識のうちに、私はヴィンセント様の腕に触れていた。ヴィンセント様も、振り払わなかった。


 

(アンジェリカ様のベルフォード家は、名家だからこそ敵も多かった。そしてその『敵』も『味方』も、ヴィンセント様の取り巻きの中にいた……)



 賢明なヴィンセント様が初めて見せた隙が、私という下級貴族だったのだ。




 

 当時のことを思い返しながら、私は硬く冷たいベッドの上で、膝を抱く腕に力を込めた。室内だというのに、吐く息がうっすらと白い。肩を震わせ、私は膝に顔を埋めた。






 腹に一物抱えた取り巻きたちに(そそのか)され、ヴィンセント様は次第におかしくなっていった。アンジェリカ様に汚名を着せ、婚約を破棄しようと、本気で考えるようになってしまった。

 そして、その後釜に、私を据えようだなんて無茶なことも。

 


(もちろん、私はヴィンセント様を止めた。アンジェリカ様のお立場を危うくすることなんて、望んでなかった……)



 でも、その言葉は取り巻きたちによって捻じ曲げられ、ヴィンセント様に正しく伝わらなかった。

 その頃には、ヴィンセント様に、淡い憧れの気持ちを抱いていたのも事実だった。

 そして私は知らないうちに、「王太子様に横恋慕し、聖女様を陥れようとした悪女」にされていた。


 その結果が、先日のあの広間での騒動だ。


 ヴィンセント様とアンジェリカ様の婚約は、王命だった。弟王子のジュリアン様に企みを暴かれたヴィンセント様は、王様の逆鱗に触れ、全てを失ってしまった。あの時の様子を見るに、同い年のジュリアン様とアンジェリカ様が、幼い頃から密かに思い合っていたという噂も、真実なのかもしれない。

 腹を立てても、誰かを責めても、どうにもならない。下級でも貴族の端くれ。弱みを見せれば利用されたり、足元をすくわれるのは、避けられない宿命だ。

 私が、愚かだったのだ。


(……だからもう、誰とも関わらず、交わらない。ここでひっそりと生きて、死んでいくの)


 王命で追放された娘と、両親は早々に縁を切った。私はもう、ただの「フェリシア」で、帰る場所なんてどこにもない。


 だから、涙を流すのも、今日で最後だ。

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