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潜入計画

花壇に座る直哉と、スマホ越しに会話する幽霊・結衣。

道行く人々は、誰もいない空間に視線を向け話しかける直哉という奇妙な光景を横目に見ながら通り過ぎる。




「ちょっと……」


直哉はポケットからイヤホンを取り出し、耳にセットした。

すると、いくらか通行人の視線が和らいだように思える。


――ト……トトト……


《なるほど、そうすればビデオ通話してるみたいに見えるわね》


結衣が感心したように言う。幽霊に褒められるのも少し照れくさい直哉。


「それにしても、お前の家ってどこなんだよ? 忍び込むとか、尋常じゃないだろ」


――ト……トト……


《大丈夫、私に作戦があるの》


「作戦だぁ……?」


――ト……ト……


《私はここから動けないから、直哉が行くの! 住所は……》


勝手に話を進める結衣。


スマホの画面に表示されたのは、このあたりではちょっと高級な住宅街の地図。


「へぇ、いい所に住んでたんだな」


――ト……ト……


《今はホームレスだけどね!ハッハッハー!》


結衣はピースサインを横にして顔に当て、強がるように笑う。

だが、幽霊なのでそのジェスチャーは直哉には全く伝わらない。


少しガックリしている結衣を尻目に直哉はスマホ越しに、幽霊の無邪気な一面と、どこか切ない事情の両方を感じ取っていた。




(女の子だしな、スマホがないのは寂しいよな)


そう思いつつも、直哉は眉をひそめる。


「スマホ持ってきたとしてどうするんだ? 支払いとかあるだろ」


――トトトトト……トトト


《そんなの何とかなるわ! あそこにスタバの看板あるから、電波何とかなるかもしれないし》


女子高生なりの知恵――いや、生存本能と言うべきか。

結衣は、どこに行けばWi-Fiスポットがあるかを熟知していた。


「どれどれ……お」


直哉がスマホを取り出してWi-Fi接続を試すと、わずかに at_STARBUCKS_Wi2 が表示される。


――ト……トトト……


《やった! さすがスタバ! 偉い!》


「この場所」でWi-Fiがつながったことに、幽霊の結衣は目に見えぬ体で小さく跳ねて喜ぶ。


「テラス席あるからな……何とかギリギリって感じだけどアンテナ1本」


――ト……ト……


《私だって退屈なのよ! それに連絡とりたい人だっているし!》


「お前、幽霊だろ……向こうも死んだ人からライン来たら『えーーー』ってなるからやめとけよ」


しばしの沈黙。


――トトトト……トト……


《でも……ママだけには……元気でねって……死んじゃって…ごめんねって》


「フゥ……」


直哉は小さく息を吐く。


(……それ聞いちゃぁな、しゃーねーか)



こうして、彼は結衣の家に忍び込むことを、心の中で静かに決めた。




「わーかった、とりあえずちょっと待ってろ」


「……?」


直哉はそう言い残すと、スタバへ駆け込む。

先日出たばかりのストロベリーフラペチーノを手に取り、カウンターで注文を済ませる。


「タダでWi-fi使わせろっていうのもな……心苦しいから」


そう言いながら、ストローを取り出し――


「ん」


結衣がいると思われる方向にそっと突き出す。


(……え!)


顔を真っ赤にする幽霊。

これまでの人生で、男性から飲み物をこんな風に差し出してもらうなんて経験は一度もなかった。


あわててスマホに手を伸ばす。


――トト……トト……


《ちょ! いいの!? アタシ幽霊だよ!》


「お前が飲みたいって言ったんだろ?」


少しバツが悪そうに笑う直哉。


(覚えててくれたんだ…)少し赤面する結衣。そして


――トトト……トトト……


《うん!》


満面の笑顔でストローに口をつける結衣。

当然、フラペチーノ自体に変化はないが、彼女の心は確かに満たされる。


――トトトトト……トト……


《美味しかったよ直哉! あとは直哉が飲んで!》


「……ああ」


ふと、二人の心が小さく交差した瞬間だった。


ストローからフラペチーノを吸い出す直哉の表情が曇る。


「うっわ! あっま! お前らいつもこんなの飲んでんのか! ほとんど砂糖水じゃねえか!」


――トトトト……トトト……


《えーーー! 美味しいじゃん!》


「甘すぎだっちゅーの! それに俺コーヒーブラックじゃないとダメなんだよ。

そもそもコーヒーですらないじゃないか、なんだよこの生クリーム!」


――ト……トト……


《かき混ぜて飲むんだよ! ほらストロー使って!》


ぐるぐるとかき混ぜられる白と赤い液体は直哉にとって未知の世界。


「何か余計甘そうに見えてきたぞ……飲むのマジ怖いんだけど」


《それが美味しいんじゃん! 解って無いなぁ! 残したらフードロスなんだからね!》




幽霊にフードロスを指摘される日が来るとは、直哉も思っていなかった。


「わーった! 気合で全部飲むけど、もう買わないからな!」




――トトトト……


《えー、ヤダ! 新作出たら全部飲みたいもん!》



二人のやり取りは、どこか日常的で、どこか非現実的――

幽霊と生きている人間の間に生まれる、奇妙だけど愛おしい空間が広がる。





笑いあう二人。

姿が見えていれば、まるで大学生と高校生のカップルが仲良くはしゃいでいる――そんな光景に見えただろう。




何とか直哉の気合でカラになったフラペチーノを脇に置くと結衣はスマホ奪還作戦を語り始めた。


――トト……トトト……


《ちょっと、アプリDLしてよ》


そう言われて、直哉は仕方なくお絵描きメモアプリをインストールする。

指でなぞると、画面上にゆっくり線が描かれていく。


その異様な光景に


(うわーマジだー幽霊なんだよなぁコイツ)


直哉の内心をおもんばかる事無くお絵描きは進み、アプリがラインに切り替わる。


――トトトトト……トトトト


《これがね、私の家》


スマホの画面には、簡単に描かれた結衣の家の間取り図が表示される。

1Fには1部屋とLDK、2Fには4部屋――わりと大きな作りだ。


「デカい家だな」


――トトト……トトト……


《うん、小さい頃に建て替えたんだ。2Fの真ん中の部屋が私の部屋》



画面に〇がぽつりと記される。




――トトト……ト……


《裏口にはカメラないから、ここから入って。》


(表口にはカメラあんのかよ……)


直哉は心の中でツッコミつつも、結衣の指示には一応従う体制に入った。


《日曜日はパパはよくゴルフに行くの。妹も一緒に行くこともあるけど、その時は近くの打ちっぱなしに二人で行ってるわ》


「妹いるの?」


――トトト……トトト


《うん、一個下》


妹の部屋、結衣の隣の部屋に三角の印がつけられる。


「じゃあ、日曜日に行けば家族いないんだな? ママはどうしてるんだ?」


――ト……ト……


《わからない。お使いに行くこともあるし、スーパー銭湯に行くこともあるし……》


「わからないじゃ困るだろ! 見つかったらどうするんだよ!」


――トトトト……トトトト


《それは……出たとこ勝負で!》


(おいおい大丈夫か?)


直哉は思わず心の中でため息をつく。


《で、裏口から入ったら階段を上って、私の部屋に入って……スマホゲットしたら即撤収!》


元気に絵文字のビックリマークを連打する結衣。


「全然作戦になってないだろうが!」


結衣は特異のテヘペロのポーズを取るが直哉にはまったく伝わらない。




「大体、裏口から入れって鍵とかついてないのかよ?」


――ト……トトト……


《あ! 鍵はナンバーロックだからCの5963Aで三角ボタンで入れるよ》


「ゴクローサンね……ずいぶん適当な数字だな」


――トトト……ト……


《私が……決めたの》


何かを思い出した結衣のテンションが少し下がった気がする。



絵文字の全くない返事に直哉は


「わかったから、とりあえず日曜はバイトも何も入れないから」


この行き当たりばったりの作戦を、次の日曜に決行することを決めた。


「とりあえず、朝から家の前見張ってて、パパママ妹が家を出ればいいんだろ。」


直哉は結衣を元気づけるように笑顔で言う。


――トトト……トトト……


《うん!》



その返事の後には、Vサインの絵文字がいくつも並んでいた。

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