表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/25

邂逅

後日――

父がすべてを語ったことで、事件の全容は明らかになった。


――結衣を殺したのは、父だった。




その事実は、あまりにも重く、逃れようのないものだった。


捜査の過程で、一時的になつみの名も共犯として浮上する。

だが、調べが進むにつれて、彼女が関与したとされる言動は、ただ一つだけだった。


あの料亭旅館に入る、直前。


「……お姉ちゃんに、見られたかも。どうしよう……」


それは、計画でも、共謀でもない。

ただの――動揺だった。




直接的な殺害行為への関与は認められず、

なつみは、最終的に無罪と判断される。


父は、自らの身を守るために。

借金と破綻の恐怖から逃れるために薬を使用した




――そして最愛であるはずの娘――結衣を、その手にかけたのだった。



事件当時、父は普段よりも多量の薬物を摂取していたという。

理性は鈍り、恐怖と自己保身だけが、判断を支配していた。




なつみが探偵を使い、俺の部屋にまで辿り着いた理由も、すべて明らかになった。


彼女の目的は、完全犯罪を成立させることだったらしい。


まさか父が、実の娘――姉を手にかけるとは、心の底では信じきれなかった。

現場を見たわけでもない。


けれど、なつみはもともと勘の鋭い子だった。

違和感は、確かに感じ取っていたのだろう。




もし――

姉のスマホに、何か“決定的なもの”が残っていたなら。


いっそ、ハンマーで叩き壊してしまうか。

それとも、誰にも見つからないよう、海に沈めてしまうか。


そんなことを、本気で考えていた。


すべては――

今の家族関係を、壊さずにいたいという、

なつみの、あまりにも切実な願いからだった。




自分が傷つくことも。

真実を歪めることも。


そのすべてを受け入れてでも、

残った“家族”という形を、守りたかったのだ。


(……守りたかったんだな)



歪んだ形でも。

間違った選択だったとしても。




取締役として名を連ねていた父の会社の株式は――

そのすべてを、結衣の母が保有していた。


父は“入り婿”という立場で、表向きには家族の一員として振る舞っていた。

だが実際には、会社も生活も、すべての基盤は妻の手の中にあったのだ。


事件が明るみに出たことで、父は即座に取締役を解任された。



会社からも、家庭からも、完全に切り離される。


ほどなくして、正式な離婚が成立。



戸籍から父の名前は消え、

残ったのは――逮捕歴と、誰にも語られることのない過去だけだった。


娘に対する重大な加害行為と殺人。

さらに意に反して薬物を投与した罪は重く、

情状の余地は一切認められなかった。



こうして――

藤本結衣殺害事件の謎は、すべて解き明かされた。






薬物を投与されていたなつみも、幸い依存症はまだ軽度だった。

医師の継続的な診断と治療を受け、彼女は少しずつ日常を取り戻していく。


そして――

再び、学校へ通い始めた。


制服に袖を通し、

深呼吸ひとつして、教室の扉に手をかける。


軋む音とともに開いたその先にあるのは、

過去を知らない日常と、これから積み重ねていく時間。


彼女の背中には、重いものが残っていた。

失った姉、壊れた家族、消えない記憶。




それでも――

一歩、また一歩と前へ進むその姿は、



過去を抱えながらも未来へと歩き出す、

ただひとりの少女だった。








――あの事件のあと。


母は、なつみに結衣のことを語った。

もう隠す理由はなかったし、逃げる必要もなかった。




「お姉ちゃんの……幽霊? そんなの、信じられない」


そう口では否定しながらも、

なつみは母に連れられ、結衣の花壇へと足を運んだ。


手入れの行き届いた花々が、静かに咲いている。

そこに、風がそっと吹き抜けた。


二人が花壇の前で立ち止まった、その瞬間――

ポケットの中で、スマホが震えた。




画面を覗き込む。


表示されていたのは、たった一行。


『ママ……なつみ……』


それだけだった。

説明も、理由も、声もない。




けれど、その短い文字列から、結衣の感情が溢れるほど伝わってくる。


言葉は少ない。

声は聞こえない。



――それでも、届いた。




スマホは、途切れることなく震え続けた。

次々と表示されるメッセージ――

それは、他人には決して知り得ない記憶。


幼い頃に交わした秘密。

二人で隠した失敗。

家族だけが共有していた、何気ない日常。


なつみは、震える指で画面をなぞりながら、ぽつりと呟く。




「本当に……お姉ちゃんなの?

……ホント、なの?」


その問いに応えるように、スマホがまた震えた。


画面には、にこっと笑うスタンプ。

そして、短い言葉。


『うん! ちょっと見えにくいけどね!

結衣お姉ちゃんだよ!』


その瞬間――

なつみの喉が、ひくりと鳴った。


「……ぐす……」


次の瞬間、堰を切ったように声が溢れ出す。


「うわああああああああ!

お姉ちゃん! ごめんね!私のせいで!!」




崩れ落ちるように、なつみは母へと抱きついた。

そこに結衣の身体はない。

だからこそ、今は母の腕にすがるしかなかった。


母は何も言わず、ただ強く抱きしめる。

小さな背中を、何度も、何度も。



その腕の中で、なつみは声が枯れるまで泣き続けた。




そのふたりを、結衣は――

見えない腕で、そっと外側から包み込んだ。


風が、ふわりと揺れる。

花壇の花々が、静かに揺れた。


それはまるで、

結衣の「ありがとう」が、形になったかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ