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天啓

3人の前で再生された動画。 画面に映っているのは、3人の女の子――結衣の友人たちだろう。 撮影しているのが結衣だとすれば、映っているのは“よっちゃん”と“まこちゃん”、そして時折チラチラと映り込む結衣自身。


ここまでは、本人が言っているので間違いない。 妙に記憶力だけは良い幽霊である。


背景は郊外の道。 俺なんかはまず通らないような、ロードサイドとも言えない地味な道路。


「ここに見覚えは? 結衣さん」


武雄が静かに問いかける。 その声は、まるで記憶の奥をノックするようだった。




『この日は……よっちゃん、まこちゃんと確かカラオケに行って……』


「こんな遠くに? 歩いて1時間くらいかからないか? あそこ」


結衣は、ポツリポツリと記憶を辿るように言葉を紡ぐ。 その声は、どこか不安げで、どこか懐かしそうだった。


『確か……あのカラオケ屋さん、すごく遠いんだけど、月末は2時間300円でドリンク飲み放題とかあって……みんなで行ったのは覚えてる』




結衣の声は、どこか懐かしげで、どこか不安げだった。


「それで……何か気になるものは写り込んでいますか?」


武雄の問いに、スマホが震える。


『ううん……何も……わからない。どうして犯人がこんな動画、消したのかも』


その言葉に、俺たちは一瞬だけ沈黙する。


動画はただひたすら3人の女の子が変顔をしたり冗談を言い合ったりしているだけのものでしかなかった。


「これで、終わりか」


「だな、次だ」




そして、二本目の動画が再生された。


今度も同じように、女の子3人がはしゃぎながら歩いている。 笑い声。冗談。肩を寄せ合う仕草。 結衣の記憶には、特に引っかかるものはない。


不意にぐらりと画面が大きく揺れる、どうやら結衣が前を向いて歩いておらず電柱に背中がぶつかったようで「大丈夫?」と友人二人が寄ってくる。


「あーー!これ覚えてる!すっごく後頭部痛かったんだから!」


(だったら前向いて歩けよ…)と口には出さなかった。




動画の中には、すれ違うお年寄り。 後ろから抜かしていく自転車。 道路を走る車。 そして、冗談を言いながら笑い合う結衣たちと、その背景。


ただそれだけの動画だった。




けれど―― “ただそれだけ”の映像を、犯人はわざわざ削除した。


結衣の命を奪ってまでも。




この日は、結局これ以上の情報を得ることはできなかった。 武雄の提案で結衣が見てわからないなら――と、一旦「持ち帰り」という結論に落ち着いた。


ゴミ箱からサルベージした動画をラインで送って貰うと自分のスマホに保存する。


二人は「なんだろうな」「なんだろうね」と首をかしげるだけだった。


けれど、俺だけは違った。




(絶対、何かある)


結衣本人ですら気づいていない、たった一つの盲点。


それが、動画のどこかに潜んでいる気がしてならなかった。




「何か変なんだよ……早く気づけよ俺!ちゃんと見ろ!頭を使え!」


自分に言い聞かせるように、何度も何度も動画を再生する。 再生、停止、巻き戻し、スロー再生。 画面の隅、音の奥、背景の動き――すべてを疑ってかかる。




時間の感覚は、とうに失われていた。


気がつけば、空が白みはじめていた。 窓の外、夜の闇が少しずつ薄れていく。 鳥の声が遠くで鳴き始め、世界が目を覚まそうとしている。


けれど、俺の中ではまだ“夜”が続いていた。


何かがある。 何かが、確実にこの映像の中に。


それを見つけるまで、俺は眠れなかった。




ジリリリリ―― 目覚ましが鳴る。 スマホを手に取ると、LINEがすでに騒がしい。


『おっはよー諸君!今日はいい天気だよ!』


結衣の能天気なモーニングコール。 幽霊とは思えないほど元気なテンションに、朝から画面が眩しい。


「おはようございます、結衣さん」


武雄が律儀に返す。 その一言で、結衣のテンションはさらに加速する。


『直哉返事遅ーい!遅い遅い遅い遅いおそーい!』


催促スタンプが、俺の通知を埋め尽くす。


「はいはい、おはようさん」


眠いので適当に返すと、さらにスタンプの嵐が襲ってくる。


『ぶっきらぼう!雑!やる気なし!』




「普段は俺よりも返事早いのに、どうしたんだ?直哉。もしかして寝てないとか?」


武雄から個人LINEが届く。 ……ビンゴだ。


本当に、こいつと付き合ってると、何もかも見透かされてるような錯覚に陥る。 言葉にしなくても、表情に出さなくても―― 武雄には、俺の“空気”が伝わってしまう。


そして結衣は、そんな空気すらスタンプでぶち壊してくる。




今日も、いつも通りの朝。 でも、俺の中ではまだ昨日の“違和感”がくすぶっていた。




「武雄、今日は俺休むわ~」


LINEにそう送ると、すぐに返事が返ってきた。




『ま、どうせずっと動画見てたんだろ。出席大丈夫か?』


「うーむ、今日民法IIの講義だろ。あれだけ教授緩いから宏に代返頼んでおくわ」


『またたかられるんじゃないか?』


「駅前のガスト連れてけば気済むから、あいつ」


『簡単にメシで買収されるよな、彼』


「ま、持ちつ持たれつだから……」


そんなやり取りを終えて、俺はようやく布団に沈み込む。 目の奥がじんじんする。 昨日の動画を何度も見返したせいで、脳がまだ回っている気がする。


スマホの通知がまた震える。




俺が返事を返さない事に端を発する結衣のスタンプが、LINEを埋め尽くしていく。 騒がしい。うるさい。


でも――


今の俺には、もう届かない。


まぶたが重くなり、意識がゆっくりと沈んでいく。 結衣の声も、武雄の言葉も、スマホの震えも。 全部、遠くなっていく。


眠りの世界に、俺は落ちていった。




その5時間後――俺はハッと目を覚ました。


夢の中で、ずっとスマホが震えていたような感覚が残っている。 枕元のスマホを手に取ると、画面は“怒り”のスタンプで埋め尽くされていた。 数メートル分スクロールしても終わらない、結衣の怒涛のスタンプ攻撃。




「すまん、寝不足で寝てた」


そう返すと、既読は一つだけ。 武雄のものだった。


結衣本人は――幽霊のくせに昼寝していたらしい。




俺はスマホをポケットに突っ込み、バイトもキャンセルして、頭の中を空っぽにしながら町を歩き始めた。


目的地なんてなかった。 ただ、足が勝手に動いていた。


向かった先は、いつもの結衣の花壇――のはずだった。 けれど、気づけば少し遠回りをしていて、俺の足は別の方向へ向かっていた。




結衣の実家。




俺の足は、確かにそこへ向かっていた。


何かが、俺を引っ張っていた。


それが“直感”なのか、“結衣”なのか――




そしてそれがあの動画の秘密を解く決定打になるとは誰も予想し得なかったのである。










あの日、結衣のスマホを盗み出すために身を潜めた電信柱の前に、俺は立っていた。 静かな住宅街。風が少しだけ冷たい。


「結衣……ここで育ったんだよな……あのお母さん、また泣いてるのかな……」


ふと、結衣の実家を見上げる。 都内にしては大きめの家。 庭も広く、門構えも立派だ。


「こんな場所にこんな家があれば……もうちょっと違うんだろうな」


何が“違う”のかは、うまく言葉にできなかった。


ただ、結衣の人生が、少しでも穏やかだったら――そんなことを思った。


その場を立ち去ろうとした、その時。


「……結衣?」


正面の道から、紛れもない“結衣”が歩いてきた。 いや、違う。あれは――妹だ。


結衣と同じ顔。 1歳違いの妹、藤本なつみ。


どういうわけか、心臓が跳ねた。 先日偶然見かけた時と同じ制服。スカートはこれでもかというほど短い。 髪型まで似ていたら、きっと俺は“生き返った”と錯覚していたかもしれない。


「ただいまー」


なつみは、俺の存在に気づくこともなく、家の玄関をくぐっていった。




俺は、ただその背中を見送るしかなかった。


面影に、心が揺れる。


そんな中、もう一人の“俺”が目を覚ました。 心の奥底――違和感アンテナをビンビンに立てた、もう一人の直哉が叫んでいる。


「気づけ!俺!直哉!」


それは直感というより、もはや天啓だった。


「ちょっと待てよ……」


そう呟いた瞬間、俺の身体は勝手に動き出していた。 見つかるかもしれないという危険も、監視カメラの存在も、すべて無視して―― 裏口へと、躊躇なく走る。


そして、表口の前を駆け抜ける。 カメラがあると言われている場所。 だが、そんなことはどうでもよかった。


俺の目に飛び込んできた“それ”は――


「これだ……間違いない……結衣!」


声が漏れた。 確信だった。 ずっと探していた“何か”が、そこにあった。


俺はすぐに踵を返し、走り出す。 向かう先は、あの花壇。


結衣が“いる”場所。 俺たちの“交差点”。


心臓が跳ねる。 息が荒れる。 でも、足は止まらない。


今度こそ―― 真実に、触れられる気がした。

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