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武雄

「……武雄?」

スマホに浮かんだメッセージを見て、直哉の目が大きく見開かれた。


『おい直哉、武雄だ。話がある……さっきの花壇まで戻って来い』


心臓が一瞬で跳ね上がる。

――見つかった? いや、どうして……!?




「結衣っ、まずい……!」

声を荒げながら、直哉はスマホを握りしめ立ち上がる。



夜の静けさを切り裂くように、花壇へ向かって駆け出した。

靴底がアスファルトを叩くたび、鼓動が耳の奥で反響する。

息が乱れるのも構わず、ただ必死に足を速めた。




直哉が駆け込むように花壇へ戻ったとき――そこには武雄が腰かけていた。

まるで直哉の“指定席”を奪うかのように、無言で闇に溶け込む姿。


「結衣! いるのか!?」

直哉は真っ先に、そこにいない少女の名を呼んだ。


慌てて自分のスマホを取り出し、画面を開く。


ト……トト……。

微かにノイズが走ったのち、声が響く。


「大丈夫だよ直哉! この人が私のスマホ見つけちゃった! 取り返してよ!」



切羽詰まった結衣の訴え。




武雄は腕を組んだまま、その一部始終を冷静に見つめる。

友人が“誰もいない空間”に向かって叫び、スマホ越しに何かと会話をしている――異様な光景。


やがて、重苦しい沈黙を破るように低く声を発した。


「……お前。どういうことか、わかるように説明しろよ」



その声音は、氷のように冷たかった。




直哉の喉が詰まり、言葉が何度も途切れた。 心臓が耳の奥で暴れ回り、呼吸は浅く、荒くなる。


(信じてもらえなくてもいい……でも、嘘はつけない。こいつには、全部話すしかない)


震える声を押し殺しながら、直哉はスマホに向かって語りかけた。


「なぁ、結衣。こいつは俺の親友だ。今日のことも、俺を心配しての行動だと思う」


「……」


武雄は無言のまま、鋭い視線で直哉を見つめていた。


「結衣のことを話そうと思う。構わないか?」


数秒の沈黙。空気が張り詰める。


そして――


トトト……トト……


スマホの画面に、メッセージが表示された。




『うん、直哉を信じる』




その瞬間、誰も触っていないはずの直哉のスマホから武雄のスマホに通知が届いた。


『信じられないかもしれないけど、直哉を信じて』




「マジかよ……どうなってんだ?」


目を見開いた武雄に、直哉は静かに口を開いた。


「武雄……俺、全部話すよ。結衣のことも、今日のことも。信じてくれとは言わない。でも、聞いてほしい」


直哉の声は、風に溶けるように静かだった。 けれど、その瞳は真っ直ぐに武雄を射抜いていた。


「武雄……マジで信じられないかもしれないけどさ」


言葉は途切れ途切れ。 それでも、直哉の視線は揺るがない。


「結衣は……そこに、いるんだ……ずっと、俺のそばに……」


武雄は、思わず周囲を見渡す。 誰もいない。 何も聞こえない。


「……直哉、お前……」


その言葉の続きを、武雄は飲み込んだ。


「笑って……怒って……スマホを触ったり……俺に話しかけたりもする……」


直哉は拳を握り締め、歯を食いしばる。 言葉にするたび、胸の奥が軋む。 それでも、言わずにはいられなかった。




「でも……お前には見えない。俺にだって、ちゃんと見えるわけじゃない……」




夜の空気が、じわりと冷たく肌を刺す。 直哉の声は、その闇に吸い込まれていく。


「それでも確かに、ここに……いるんだ」


武雄は黙っていた。 その視線は冷たく、重く、まるで直哉の全身を押し潰すようだった。


「……直哉」


ようやく絞り出された声は、感情を押し殺していた。 信じたい。でも、信じられない。 そんな葛藤が、武雄の瞳に揺れていた。


「お前……本気で言ってるのか?」


直哉は、ただ頷いた。 その瞳には、迷いも狂気もなかった。 ただ――結衣への想いだけが、静かに燃えていた。




沈黙を破ったのは、武雄だった。


「つまり……アレか? お前、幽霊とずっと彼氏彼女ごっこしてたってことか?」


その言葉に、直哉は思わず目を見開いた。


「……は?」


スマホが震える。 画面には、怒りの一撃。


『ごっこじゃないもん!!!!』


スタバのWi-Fiが落ちているため、現在は直哉のテザリングで電波供給中。 そのせいか、結衣のメッセージは妙に即レスで、妙に鋭い。


まるで、怒った恋人のツッコミ。


(え……そうだったのか!?)


直哉はようやく気づく。 自分も結衣も“ごっこ”なんかじゃなく、ずっと本気で向き合っていたことに。


その表情を、武雄は氷のような視線でじっと見つめていた。




「いくつか試していいか、直哉」


「……ああ。好きなだけ、何でもやってくれ」


もう逃げるつもりはなかった。


まな板の鯉――信じてもらうためなら、どんなことでも協力する覚悟だった。




「で、だ。幽霊がLINE使ってコンタクト取れるって言うんだな?」


武雄が眉をひそめながら問いかける。


「ああ。一応、うっすらとだけど……写真も撮れるぞ」


その一言に、武雄は「ほほう」と低く唸った。


興味と疑念が入り混じった表情で、スマホを操作する。




「それじゃ、俺のスマホから直哉に何か送ってもらえるかな? 幽霊さん」


武雄は直哉とのトーク画面を開きながら、冷静に言った。 彼の疑念はこうだ――幽霊がLINEを使っているように見せかけて、実はどこかから遠隔操作しているのではないか?


「ああ、わかった。やってくれ、結衣」


直哉がそう言った瞬間――


ピコン。


武雄のスマホに、「OK!」のスタンプが届いた。 しかも、それは武雄が自分で購入したスタンプだった。


「おいおい……マジでマジの話か?」


武雄が呟いたその直後――


トトト……トト……


『マジのマジのマジの話なんだから!』


結衣からのメッセージが届く。 そのテンポとノリは、まるで生きている人間のようだった。


武雄はしばらく言葉を失った。 目の前で起きた“異変”は、彼自身のスマホで、誰にも触れられていない状態で起きたもの。


「信じてくれたか?」


直哉の問いに、武雄はゆっくりと頷いた。


「あ、ああ……不思議なこともあるもんだな」


それは、否定しようのない“事実”だった。




「座れよ、武雄」


街灯の淡い光が、花壇の縁をぼんやり照らしていた。 直哉の言葉に、武雄は黙って腰を下ろす。


「結衣、真ん中に入ってくれ」


『はーい』


スマホの画面に、結衣からのメッセージが届く。




「写真撮るけどさ、何かリクエストあるか?武雄?」


直哉がスマホを構えながら言う。 いつの間にか、場の空気はいつの間にか直哉のペースになっていた。


「あ、ああ……そしたら、指3本で裏ピースしてくれ。あと片目、瞑ってくれないか……幽霊さん」


『私は結衣って名前があるの! 幽霊なんて呼ばないで!』


スマホが震え、結衣からの怒りのメッセージが届く。


「あ、ああ……すまん。結衣……さん」


武雄は思わず敬語になる。


直哉がシャッターを切る。


――パシャ。


スマホの画面に映った自撮り写真には、確かに結衣がいた。 武雄と直哉の間で、指3本の裏ピースをしながら片目を瞑っている。 その姿は、夜の闇に溶け込むように、本当にうっすらとした半透明ながらもはっきりと存在していた。


「な、いるんだよ」


直哉が静かに言う。


「……本当、だな。正直、驚きを禁じ得ない」


武雄が納得せざるを得なかったのも当然だった。


この写真を撮ったスマホは、他でもない――武雄自身のスマホだったのだから。




それから一時間以上、直哉は語り続けた。 結衣との出会い。彼女がこの世を去った理由。




そして、今もなお彼女を殺した犯人を探していること。 さらに、結衣のスマホには、彼女自身も気づいていない“画面のヒビ”が入っていること――それが、何かを示しているような気がしてならなかった。


武雄は黙って聞いていた。 夜の公園。虫の声と遠くの車の音だけが、静寂を破っていた。


「ちょっと良いか?誘うぞ」


直哉がスマホを操作し、ライングループを作成する。 メンバーは、直哉、武雄、そして結衣。 三人が“会話できる空間”が、デジタルの中に生まれた。


『ほんとびっくりしたよ!いきなり私のスマホ見つけるんだもん!』


結衣からのメッセージが届く。 その文面は、まるで生きている人間のように、感情に満ちていた。




「それはすまなかった結衣さん。直哉が何やってるのか心配でさ、ずっと寝不足っぽかったし」


武雄が素直に謝る。 その言葉には、疑念よりも、今は理解と共感が滲んでいた。




「ま、俺が話してなかったってのもあるし……心配してくれてたんだろ?ありがとな」


直哉が手を差し出す。 武雄も、少し照れくさそうにその手を握り返した。

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