婚約破棄された令嬢の逆襲に巻き込まれたモブ令息、脇フェチで人生詰んだと思ったらご褒美だった件
「レイチェル・フォン・シュタインベルグ嬢。君との婚約を、ここに破棄させてもらう!」
「おぉ~~」
王太子の力強い宣言に、俺は思わず声を上げてしまった。
今日は学園の卒業パーティー。
俺はこの日を待っていた。
と言っても俺は、モブ令息として転生した、ただの観客だ。
王太子とは話したことすらなかったし、婚約破棄された令嬢にも、王太子にくっついている性格の悪そうな令嬢にも関係がない。
ただ、どうも観客としてのスキルとして用意されたっぽい、〈存在透明化〉のスキルで、色んなシーンに足を運び、覗き見できた。
なので、この後どうなるのかも多少は予想できていた。
「そうですか……残念ですわ。では私からは、あなたの罪を糾弾させていただきます!」
婚約破棄された令嬢──レイチェルの、威勢の良い反撃。
俺は手に汗握って、間近で眺めている。4D映画を見ている気分だ。
観客たちは、王太子の婚約破棄宣言よりもさらにざわついた。
しかし、俺は実際に見たので知っていた。
たとえば──
学園の運用費の一部が「王太子の安全管理費」として計上されているが、それが王太子の個人的な趣味や、レイチェルではない女性との秘密旅行に使われていること。
特殊な魔術具を用いて、テストの解答を何度も盗み見ていたこと。
生徒やその両親、または教員などの情報を、金や貴金属と引き換えに他国のスパイに横流ししていたこと。
「……以上の罪の疑いが、貴方様にはございます。何か弁明はございまして?」
一部ふわっとしていたり間違っていたりしたが、だいたい俺が把握しているのと同じことを言って、勝ち誇るようにレイチェルは胸を張った。
レイチェルの主張は、事実かどうかで言えば全く正しい。
しかしこれで勝ち確定となるには、明らかに問題があった。
「な──何を根拠にそんな戯言を! 無礼甚だしい! 証拠はあるの証拠は!」
そう、証拠だ。
証拠がなければ説得力が薄れる。最悪、王族に対する虚偽告発の罪で投獄、処刑されることもありえるだろう。
「証拠なら──無論、ございますわ」
「「な、なんだとっ?」」
王太子は驚いた。
そして俺も驚いた。
俺は学園での3年間、王太子だけでなく、レイチェルのこともしっかり見物していた。
レイチェルは気高く勤勉で、多少の腹黒さや言葉のキツさはあるものの、誰とでも分け隔てなく接していた。
成績が振るわない生徒や、身分の低い生徒、素行に難のある生徒、とにかく誰とでもだ。むしろ積極的に交流し、繋がりを作っていった。
そのためある種の学園のカリスマ的存在になっていて、しかも美人でスタイルも抜群だった。
なので、正直王太子にはもったいない女性だと思っていた。
……それはさておき。
レイチェルは中盤から王太子を疑ってはいたものの、確たる証拠は掴めていないはずだった。王太子は悪事のガードは固く、決して侵入者は(俺以外)許さず、裏切り者は早々に処分していた。
つまりレイチェルは今、一世一代のハッタリをかましているわけだ。
これは面白くなってきた。この後マジでどうなるんだ。
実は王太子の味方の内、誰かが内通者だったとかか。でもレイチェルがそんな相手と連絡を取っていた様子はなかったし、日記にもそれらしいことは書いてなかったはずだが……?
「そんな筈はあるか! 証拠があるなら、今すぐ見せてるがいい! あるのならな! ハッハッハ!」
ハッタリだと気付いたのか、王太子は元気を取り戻している。
王太子の取り巻きたちも、慌てて嘲笑に参加する。
レイチェルは何かの感情を抑えるように唇を噛んでから、くるっと王太子に背を向けた。
「なんだ、逃げるのか! 嘘つきの卑怯者め! やはりお前と婚約破棄をして正解だったな!」
「いえ。お望みならただいま、お持ちいたしますわ」
レイチェルはゆっくりと、何かを探すように首を動かした。
その視線の動きが、俺のところで止まる。
レイチェルはカツカツカツ、と足早に歩き──「えっ」俺の襟を掴んで、引き寄せた。
「あなた。出番ですわよ」
「はぁっ……!?」
俺は驚きを隠せなかった。
確かに、今俺は〈存在透明化〉のスキルを使っていなかった。俺も学園の卒業生なので、この場にいることに不自然さはないからだ。
しかしなんでバレてる!?
一度たりとも見つかったこともないし、バレたら終わりのスキルだから、証拠隠滅にも気をつけてたっていうのに。
「私の従者の中に、記憶を覗ける者がおりますの」
レイチェルは俺の耳元で、囁くように言った。
なんだそのチートスキル!?
聞いたことないぞ! ズルだろ!!
「観念して下さいませ。いえ、しなくても構いませんが──その時は、道連れにいたしますわ」
怖すぎる。
泣きそうだ。
3年見てきた俺にはわかる。こいつは、やると言ったらやるヤツだ。
「わ、わかった、わかった!」
俺は両手を挙げて、大人しく降参した。
「よろしい」
レイチェルの明らかに作った微笑み。
レイチェルは俺の手を掴むと、王太子の元へ引っ張っていく。
──その手は凍るように冷たく、わずかに震えが感じられた。
……思えばずっと見てきたが、こうして触れ合ったのははじめてだ。
俺のスキルでも、内心までは覗けない。外から見ただけじゃわからないことも、まだまだあるようだ。
「これがその証拠ですわ」
「ハッ……誰だそいつは? 制服を着ている以上、学園の生徒なのだろうが……見たこともないぞ」
……一応出席は普通にしてたから、見たことぐらいはありそうなもんだが。
まあ、地味に生活してたしな。
「エディ。挨拶と、証拠をお願いしますわ」
おお、こっちは俺の名前を知っていた。
まあ、俺が覗き見犯だと確信するまでに調べただけだろうけど、なんだかちょっと嬉しい。
「あー、エディ・バルドーっす。証拠としては、そうっすね……『学園地下倉庫の1/1戦車模型。今年の春季テストの、不完全な問題への完全回答。学園が紛失した個人情報記録の、王子の指紋つき15ページ目』……一旦こんなもんでどうでしょ?」
「なぁっ……何故それをっ……いや、まさかお前がっ……!?」
王太子はあからさまに動揺し、失言した。
しかし失言してもしなくても、こっちは3年分しっかり目撃している。俺を証拠として用意した時点で、レイチェルの勝ちは決まっていた。
「どうやらこれは……詳しく話を聞く必要があるようだ」
王太子や新婚約者、お付きの者たちが、学園の偉い人たちに連れられて行く。
連行する、というより保護する意味合いもあるだろう。
ただ、この場でこうも多くの人間に聞かれてしまった以上、隠蔽は不可能だろうけど。
「くそっ! 覚えていろよ、レイチェル! それに……ええい、お前の名前はなんだ!!」
いやさっき言ったのに……。
怒るよりちょっと悲しくなってきた。
王太子たちは大広間からいなくなった。
大広間のざわめきはだいぶ落ち着き、観客たちは遠巻きに俺たちを眺めている。
「エディ。私たちも参りましょう」
「あ、ああ……」
レイチェルに引っ張られ、俺たちも大広間を後にした。
そのまま引っ張られ続け、いつのまにかレイチェルの大きな部屋のレイチェルの居室に到着した。
繋いでいた手は一度も離してくれなかった。最初はドキドキしていたが、どうも逃がさないようにしているらしいことに気付いてからは、別の意味でドキドキしていた。
レイチェルは俺が部屋に入ったのを確認すると、鍵を閉めて、鍵穴とドアに魔術的な防護をかけた。それからようやく俺から手を離して、
「はぁっ……よかったぁ……」
高そうな椅子に座ると、深く息を吐いた。
「まあ……お疲れさん」
俺は適当にねぎらった。
俺は観客気分だったが、レイチェルにとっては人生が懸かった大一番だったのだ。大変だったろう。
「どうも。ですがまだ、大事な交渉が残っています」
「そうなんだ。頑張れよ」
俺は心から応援した。
バレてしまった以上、俺は処分されることになるだろう。
それでも、レイチェルにはこれから、どうか幸せな人生を歩んでほしい。まあ心配することもないだろうけど。
するとレイチェルは、何故か俺を睨んでから、言った。
「いえ、相手はあなたです」
「ん……? ああ、俺は単独犯だぞ。背後に組織がいるわけじゃない。俺を処分したらそれで終わりだ。……出来れば痛くしないで欲しいんだが……」
「そうですか。それは何よりです。ですが私は、あなたを有効活用したいと考えています」
「あー……そういう」
確かに俺の力は、有効に使えば諜報戦とかでは最強だろう。
いかにもレイチェルらしい発想だ。
でも、記憶を読める従者がいるなら必要ない気もするが……。
ん……?
記憶を読める従者がいるなら、そもそも俺の記憶を元に自力で証拠を集められてたんじゃないか?
さらにそもそも、王太子の記憶を読めば、俺を使わなくてもなんとでもなったんじゃないか?
……まさか……。
「ところで、あなた」
「ん?」
「見ましたね?」
これまでとは別種類の威圧感。
俺は思わず冷や汗を流した。
「な……何を?」
レイチェルは答えず、ふかふかのカーペットが敷いてある床を指さした。
俺は素直に従って、カーペットの上に正座した。断れる雰囲気ではなかった。
「その内気付くと思いますから、先に言います。『記憶を覗ける従者がいる』というのは嘘です」
「やっぱりかっ!」
ハッタリにハッタリを重ねてたのか。
大した度胸だ。改めて惚れそうだ。
「あなたの証拠隠滅技術は大したものです。そこはスキルではないでしょうから。しかし──視線だけは誤魔化せていませんでしたよ」
「視線……?」
「特に、湯浴みの時は。あれではさすがに気付かれます。他の女性も覗いていたなら、今すぐ止めたほうがいいですわよ」
「いっいや、そんな見てねーし! っつーか、誰かが見てることには気付けたとしても、俺だって特定は出来ないだろ!?」
半分自白だが、まあもうバレてるのでそこは開き直っている。
「そうですわね。視線をいつでも感じられるわけではありませんし。監視に気付いていることすらあなたに悟られず犯人を特定するのは、さすがに大変でしたわ」
「ああ。そこが一番知りたい」
魔術を使うとか誰かを頼るとか、俺が知る限り何もやっていなかったはずだが。
レイチェルはコホン、とわざとらしく咳払いをした。
「では、証拠をお見せしますが、感想としては。──あなたが変態で、助かりましたわ」
レイチェルはおもむろに服を脱いで、下着姿になると──右腕を上げて、こちらに向けて脇を見せた。
「なっ……」
俺は思わず凝視する。
よく手入れされた、毛ひとつ見えない脇。
魅惑的な窪みだ。わずかに汗ばんでいるのがまた──
「えい」
「ぐわあっ!」
頭に痛み。
チョップされたらしい。
俺はカーペット上を転がり回る。
「……ということです。視線が胸や他の部分でなく、脇に集中していることに気付いてからは簡単でしたわ。学園内にいたのは僥倖でした」
そうか……二年目の後半ぐらいから、やけに俺的サービスシーンが多いなと思ってたら……罠だったのか……。
レイチェルがあらゆる生徒と、分け隔てなく積極的に交流していたことにも合点がいった。
「いやでも、脇フェチぐらい他にもいるだろう!」
「いませんでしたわ。あなたほど変態的な目で見る方は」
いそいそと服を着直すレイチェル。少し顔が赤くなっているようにも見える。
「くそっ、そんなんでバレたのか……」
「そんなん、ですって?」
レイチェルは椅子に座ったまま、俺の尻を靴で踏みつける。普通に痛い。ちょっと刺さっている。
「乙女の裸を見たのです。見られているのがわかりながら、堂々とするしかなかった私の気持ち、わかりますか? どうせ日記も見ているのでしょう?
……当然、責任は取って貰います。よろしいですわね?」
「……頑張らせていただきます……」
もはや従うしかなかったので、俺は床に転がりながらしぶしぶ頷いたのだった。
その後、俺は生涯を通してレイチェルの活動を裏から支えることになった。
特技を活かし、情報屋や影の諜報員として。
あるいはレイチェルが、その胸の内を隠さずさらけ出せる相手として。
レイチェルは大変人使いが荒かったが──時々ご褒美をもらえたので、正直悪い人生ではなかった。
めでたしめでたし。