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恋人の体の中の爆弾

作者: 後谷戸隆

 恋人が別れ話の最中になにやらスイッチを渡してきて、


「これは僕の体の中の爆弾の起爆スイッチなんだけど、もし僕のことを心底許せなくなったら押すといいよ」


「そんなわけのわからんものを渡すぐらいだったら別れ話なんてするんじゃないよ」


「すまない。でもどうしても僕たちは一緒にいてはいけないんだと思う」と抜かす恋人。


「うるせー、今すぐ押しちまうぞ」と恫喝すると、


「せめて遠く離れてからにしてほしい。これは君が爆発に巻き込まれないようにするためのスイッチなんだから」と念を押してくる。


 どういうこと?


「僕は先の大戦時に、敵に突っ込んで自爆するための高性能爆弾を埋め込まれたサイボーグなんだ。戦争が終わって自由の身になったのだけれども、爆弾を取り除くのを忘れられてしまったせいで、こんなふうになっているという始末さ」


「ふん。お涙ちょうだいってわけか」


「きみに言いたいのは、もしスイッチを押すんだったら、僕から十キロは離れたところで押してほしいということ。それから押す前に一言言って、僕が海上で周りに迷惑がかからない所まで離れてからにしてほしいということなんだ」


 と何やら言ってくる。なにが十キロ離れたところで押してくれだ、そんなに加害者になりたくないのか、と怒りが頂点に達する私。


 酔いが回っていたのとたまたまちょうど飲んでいたのが海のそばの居酒屋だったので、


「もう海じゃないの、そば! そこ!」と言って、


「もうとさかに来たぞ!」と私はスイッチを押してしまった。


 へん! こんなことで爆発するっていうんだったら、さっさと爆発してみろってんだと仁王立ちで見下ろしていると、恋人はさーっと顔を青くして、


「聞こえる?」と言った。


 すると恋人の胸のあたりからピッピピッピという「時限爆弾」みたいな音がして、体の表面のモニタに「起爆シーケンス進行中、十キロは離れてください」というような警告文が出てきたではないか。


 さーっと顔を青くしたのは今度は私のほうだった。


「これでわかったろう。さあ、僕から離れるんだ!」


 だが一旦状況が飲み込めてくると、酔いが回っていたのも手伝って一周回って腹が立ってきてしまう。


 それで恋人を押さえ付け、「なにをするんだ」という声を無視して、ドライバーで恋人の胸のあたりのビスをどんどん回していってしまうことにした。


「危ない! DIYに取り組むお父さんじゃないんだから、そんな100均で買えるようなドライバーでビスを外そうとしてはいけないよ!」


「うるさい! 爆弾がここにあるっていうんだったら、取りだしちまえばいいんだろうが!」


「当然取ろうと思ったさ! でも、爆弾が小型だからどこにあるのかわかんないんだよ!」


「今このピッピピッピいう音がしてるんだから、それを探せばいいだろうが!」と言い返すと、恋人ははっとしたような顔になって、


「確かに……これまで「爆弾のスイッチを押してから」手術しようなんて医者はいなかったから……一理あるのか……?」


 何か閃いたような顔になる。そんな当たり前のことをなんで気がつかなかったんだこのお馬鹿さんは、と思いながら恋人の胸のビスをどんどんどんどん開けていくと、とうとう爆弾らしいものが顔を覗かせた。


「ほい爆弾! これ! 捨ててくるよ!」と言いながら海に向かって飛び出した。


「ボート呼んできてボート!」と叫んだけれども、


「僕が捨ててくるよ! 僕にはジェットエンジンが付いてるから、これで十キロ離れたところまで飛んでって捨ててくる!」と言うのだった。


「だめ! 私も連れてけ。お前は一人で死ぬつもりでしょう」と暴れる私。


「私はいま最高にロマンチックな気持ちなんだ。あんたの爆弾と一緒にあんたと一緒に死ねるんだったら、それでも構わないという気持ちが溢れ出しているんだよ!」と伝えると、恋人はちょっとうれしそうな顔をしたけれども(ちょっとうれしそうな顔をするな)、急いで首を振って、


「だめなんだ、僕のジェットエンジンは人を運べるほど強力じゃないので、だから一人で行ってくるよ!」と私を振りほどいて一人で行ってしまった。


「ばーーーかこのやろう! ふざけんなバカ野郎」と海に向かって叫ぶ私。悲しい。


 恋人のジェットエンジンがぼぼぼぼぼと夜空に柘榴色の炎を引いてどんどん遠ざかっていくのを泣きながら見送っていたのだけれども、離れた恋人から着信があって、


「思い出すよね。君と海に行ったことを」とか言い出した。


 そういう「走馬灯」みたいな話を話すんじゃない、さっさと捨てて戻ってきてよと思ったのだけれども、


「サイボーグだから海に沈むと自力では浮上できないことや、でも数時間は生きていられるからその間にボートで持ってきて僕を引き上げてくれないかという話をすると、君は「なんだってそんな面倒臭いことしないといけないんだ」みたいな顔をしたっけね」


 そんな顔はしてない。


「でも今回は……そんなことはしてくれなくてもいいよ!」と恋人が言った。


 次の瞬間、空の彼方がオレンジ色に光った。立ち込めていた雲が一瞬で吹き飛んで、海面に届いた光が海水を蒸発させて次々と水蒸気を作っていく。衝撃。私は目を開けていられなくて顔を覆った。


 恋人はどうなったのだろう。今の爆発に巻き込まれてしまったのではないだろうかと顔を上げると、恋人の噴き上げるジェットエンジンの光が夜空に見えた。


 無事だったんだ! と顔をほころばせる。でも燃料が足りないのか、恋人は陸にたどり着く手前のところで落下してしまった。


 慌てて海に入って落下した恋人を引き上げようとする。とても重い。サイボーグだからやたらに重いのだ。


 それでも何とか頑張って波打ち際まで引っ張ってきてそこで力尽きて、恋人の横に倒れて動けなくなっていると、


「ありがとう」と息も切れ切れに恋人は言うのだった。


 私はそんなことの前に言うことがあるだろうと思って、


「これでもう別れるとか言い出さないだろうね?」と尋ねると、


「そうだね、うん」と言った。


 こんなことなら最初から素直に私に相談しとけばよかっただろうと思っていると、巨大な爆発があったせいか、夜空にはサイレンが轟いており、あちこちから消防車やパトカーが近づいてくる音がしていた。


 この分ではきっと長いこと事情聴取などされてしまうだろうなあと思ったけれども、でも恋人のためだったら、それぐらいの骨を折ってはやらないでもないよ、と私は思うのだった。

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