第 二十 章 南と東と西が合従し、北を囲めども、虚し。シャンパーニュの泡。
「世界の意志の統合、大協議、大連合が必要だ。世界の総和だ」
古代のローマ帝国のように軍事と建築に優れ、経済を大いに発展させた黄金の皇帝がかように宣言する。
エステのヴォード帝国のユナイ皇帝であった。
かくして、ユナイ皇帝と、スールのマーロ帝国の羅范と、龍梁劉禪、すなわち大華厳龍國のファンロンチャンジングルー龍皇帝との三帝が結束し、究竟の皇帝アスラ神の率いるアカデミア大連邦に対抗しようとする。その主要な戦略が合従策であった。
三大超大国が結束し、ノルテのアカデミアを囲い込み作戦を開始する。史上最初で最後、空前絶後の大世界大戦であった。
だが、アスラによって速やかに挫かれる。
スールの砂漠には、霹靂とともに大豪雨が襲来し、大洪水が起こった。
エステでは、噴火と地震で経済が壊滅。
オエステでは、四千もの大竜巻が起こり、帝都は崩壊した。
いずれも一般庶民の犠牲者がないという奇跡が起こっている。衣食住については、アカデミア大連邦からの救援で、一日と措かず、平常な生活が戻ったこと、貧窮者は、むしろ、生活が向上した。物資や人道的支援に当たっては、龍やガルーダ数十万に拠る世界同時大輸送が大いに効を奏した。
最初に和睦したのはヴォードであった。
首都メタルピシュカインペラスチュートのマテリアル宮殿において、ユナイ皇帝が無条件降伏に調印する用意があると伝えて来る。
次にマーロのゴルバディ大草原の首都ゴーラ・ゴジュダスのノーマシー(絶非空)宮殿に於いては、皇帝ラハンが降伏を申し出る親書を、応龍に乗った密勅使に託して送って来た。
リョンリャンリューゼンの大元汎都では、ファンロンチャンジングルー皇帝が最後まで和睦に踏み切れずにいた。
国内の旧勢力のほとんどが新時代を認識できず、降伏に絶対反対で、和睦すらも認めず、それを抑え切れなかったからである。亡国の徒よ。
国難を招く結果となってしまった。
かつてのシルヴィエ空軍とマーロ帝国海軍、ヴォード帝国海軍が東大陸に攻め込み、大元汎都は、いとも簡単に陥落してしまった。
「IE世界完全制覇、全統治、及び勝利宣言。
我が支配はあらゆる大陸に及ぶ」
世界中の軍備は解体された。
もはや、外国は存在しない。
アスラは黄金の杯にシャンパーニュをなみなみと次ぎ、祝杯を挙げた。
「この立ち昇る泡のようなものだな。ふ」
独神アスラは言った。
「私はいつ消えるとも知れない。
なぜなら、生まれたこともなく、滅することもないからだ。そのようなものが存在と言えるであろうか。
もっとも、パルメニデス(Παρμενίδης紀元前四百年代の古代ギリシャの哲学者)そういうものこそ存在であると言ったが」
パルメニデスは存在(ある=eon)とは不生不滅で、他者を持つ部分ではなく、全体であって、唯一であり、従って、異動も移動も異同もなく、終わりも始まりもなく、未来にあるであろうこともないと言った(らしい)。在るものが無いものになることや、無いものが在るものになることは理性に基づいて考えれば、あり得ないこととしたのである。
「私が消えた後は……、いや、滅することはないが。
無と化することはあるやもしれぬ、心の赴くまま、気の向くままに、大自然のように人には計り難く。
だから、敢えて言おう、聖剣を以て、暗夜を行く燈明とせよ、荒野を逝く道標とせよ、と。
畏敬を以て聖剣を荘厳せよ」
かくして、アカデミアの東を護る青龍である聖イヴァント山の城砦は、聖剣の設置所に相応しい宮殿へと、大改造することが第二位の聖務として優先された。第一位とされたのは、帝国解体に伴う財産の庶民への分配分與、又は(比較的富裕な者への)分割譲渡であり、その売り上げを、さらに貧窮者へ配ることであるのは言うまでもない。
城砦は豪奢と絢爛と強靭と壮大を以て大拡張した。
城砦というよりは尖塔が壮麗に列する白亜の大宮殿となり、その建築は聖イヴァント山脈すべてを覆う、空前の規模であった。
建物丈で周囲四百㎞、敷地も含めた総面積は四万㎢、世界の富が集まり、大いなる寺院・聖堂・神殿の大集合建築で、中央大祭壇の巨大さは千メートルを超えた。その中枢にマガダの聖堂があり、聖剣をその懐に託す。
又、龍肯の象徴である、巨大な『ゐい』と読む文字(文末参照)を、眞神山の頂の磐代に設置し、真義で全世界を荘厳し、未来永劫に於いて、世界一切を真の真なる真として輝かしめる。
さて、龍肯城砦の一室にて。
マコトヤは世界を統治する方法について、リカオンと議論していた。奥深い秘密の書斎である。
無理もなかった。議論のテーマは『アスラの去った後の統治について』である。大憲法が必要であるという結論に達した。




