第 十九 章 大統治、大統一理論
ニュースは世界を廻った。
国際的な大きな動きが起こる。
シルヴィエが大アカデミア連邦の一部になったことに伴い、北大陸にあるそれ以外の国も、大アカデミア連邦への編入を希望した。
シルヴィエ帝国は北大陸の四分の三(北東部・南東部・北西部)を占めていたが、それ以外の地域、スパルタクスを始めとするロードやフロレンッチェなどの西南諸国が生き残りのために、自ら連邦への編入を申し出たのである。
大使節団が編成され、金銀や翡翠やエメラルド、瑠璃や赤いダイヤモンドや象牙や龍涎香、麝香などの高価な物や、珍重される美術、書籍など、さまざまなものが遠路を使節団の乗った応龍や大鷲に運ばれ、アカデミアの学長にして、皇帝神なるアスラ神の御前に奉納された。
さて、他の大陸の超大国の動きはと言えば、スール(南大陸)のマーロ帝国では皇帝ラハン(羅范)が海軍工廠を増設し、大急ぎで海軍の人員を増やす。無敵の騎馬隊を乗せ、超大型砲を搭載する軍艦数千隻が造り上げられた。
オエステ(東大陸)のリョンリャンリューゼン(龍梁劉禅、又は大華厳龍國)帝国の龍皇帝ファンロンチャンジングルー(黄龍麒麟)は、直ちにアカデミア連邦に使節を派遣し、平和条約の締結について協議することの利を大いに説き、是非、交渉に入りたい旨を申し入れてきた。それは一見、成功するかのようであったが、帝国内のさまざまな思惑と、由緒ある階級と、古い既得の利権が絡んで、強硬な反対派を抑え切れず、破綻する。
この期に及んでも、私利私欲に走る、愚かな、近視眼的な、生きる価値も意味もない、生ごみ同然の人間がこのIE世界にすらもいるのだ。
アスラは言った。
「季節が来る。仮借ない、過酷な季節だ。恐るべき荒野では、執著のない者しか生き残れない」
贅沢なお世辞でも言ったかのように、豪奢に微笑む。
東大陸のドタバタ騒ぎを聞くまでもなく、そういった民の癡かさを熟知しているエステ(西大陸)のヴォード帝国のユナイ皇帝も又、スールのマーロに倣って、海軍大増強を図った。
同時に空軍の創設ができないものか検討するため、事実上、崩壊したシルヴィエ帝国からの技術の流出を探ったが、結果は虚しいものに終り、神々の皇帝アスラの無限の力を痛感することとなる。
さて、神聖シルヴィエは各王国に分裂したが、連合自治州(この場合、いくつもの王国が結びついて、一つの自治州を構成することを意味する)として再編すると、自治州代表と称し、神聖皇帝復活の嘆願をする者たちが現れた。彼らは大枢機卿らによる互選の復活をも希望したが、曙光のごときアスラにあっさり却下された。
「何の必要があろうか。古き良き時代など、幻想に過ぎない。恋々とするなかれ。聖者イヰの初期の衝動に戻れ。それこそが神聖シルヴィエの真のアイデンティティであり、大義であろうぞ」
レコンキ伯爵は窓ガラスの外の激しい雨を眺めていた。エジンバール川が増水している。川沿いの町ストラングラーの安宿の部屋に坐っていた。雨雲は暗く、濁流は凄まじい。
「さあ、どうでしょうか。そろそろ、お出でになっては」
彼がそう言うと、闇からすうっと現れる、光る煙のような存在。やがて輪郭を作りなし、人の形となった。
薄墨の没骨のごときモルグの亡霊である。
伯爵のかつての主君であった。
淡い灰色となって、半ば透ける沈鬱なモルグは表情を変えずに、
「伯爵か、久しぶりだな」
「さようですな、陛下」
「ふふ。おまえらしい。怖じもせずか。さればこそ、おまえの図ったとおりとなった」
「陛下の画策のとおりです。私がこのように計らうであろうことを知って、わざと私を放置されていました」
「ふむ、死して今さら、どうでもよいことだ。ふ。死んでしまうなら、世の言う価値など、空疎なこと、この上もない。
いつから気づいておったか」
「イカヅチ・マカが生まれる前から」
「残酷よのう。エリイが知れば、激怒するであろうぞ」
「四神相応が招き寄せたこと。さようなればこそ、さようなるものを、いかにもしようがありません。大自然のなせる御業を」
「衆人の怒りを買う言葉だな」
「いかようにも。さて、突き詰めれば、人は祈ることしか為せないのです。さよう申される陛下にても」
「余の目的は世界の革命である。シルヴィエの滅亡はその枝葉に過ぎない。四神が相応じて、真理の永遠を保証し、世界に変革をもたらした」
「陛下のお考えになる真理とは」
「あるものかは。
人は祈ることしか為せず。
いかな想いも、インパルスに若かず。化学的な現象、物理、物的現象にしかず。何のことがあろうか。無機質でしかない。まさしく無以上に無空であり、空をすらも絶する非空、絶空。
空という〝かたち〟すらもなき無色透明、ただ、ただ、只管、現実でしかない無味乾燥。
されども、人は無明の闇を生く。それ丈しか為し得ず。かくして、ゾヴィルのごとくに封ぜらる。いたし方もなし」




