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第  十七 章 龍と迦楼羅 エリイの変容 レコンキ伯爵の陰謀 究竟曼荼羅太極図四神相応

 何かが近づいて来る。

 龍肯の城砦では、誰もがそう感じていた。



「何だろう、この不安感は」

「シルヴィエの戦闘機が近づいている可能性は高い」

「いや、この生存の根底から上がってくるような畏怖は、シルヴィエ空軍だの、スパルタクス陸軍などということじゃないような気がする」


 風が起こった。


「珍しいな、イヴァント山のこちら側で風が起こるなんて」

「珍しいどころか、俺は初めてだぜ」

「西側は暴風だらけだがな」



 突如、世界が黄昏のように翳った。気温が上がったように感じる。風はさらに強く、立っていられない。雪が噴き上げられ、舞い上がった。



「おい、何だ」

「見ろよ、何となく空が暗くなってないか」

「ああ、山がせり上がって頭上を覆うから西の空は見えないけど、何だか西の光が途絶えているようにみえるぜ」



 鳴り響くような、凄まじく大きな音。ゆっくりと鷹揚だが、途方もない大きさを感じさせた。

「何だこれは」

「まるで」

「鳥か」

「ばかな、山が揺れそうな風圧だぜ」

「うわ、堪んねえ、あちこち雪崩だぜ、地震みたいだ」



 風圧で山脈が揺れるようであった。砦は実際、ぐらぐらする。雪崩は山全体に広がった。凄い轟音だ。

 雪の怒涛の中、砦丈が激流の中の巌のように堪えていた。頂上から続く細い構造のせいで圧を受けずに済んでいるのだ。



「いや、だが、そうだぜ。こりゃ、翼だ」

「あゝ、まるで空全体が翼になって、羽搏いているみたいだ」 

 ガリオレは歯噛みする。

「見ろよ、遂に越えやがったぜ」

「え、あのライトは」

「ジェット戦闘機だ」

「なぜだ、戦闘機は越えられないはずだぜ」

 急降下し、爆撃が始まった。マシンガン、ミサイル発射、爆弾投下。



「やばいぜ」

「砲撃準備だ」

 しかし、風と爆撃の衝撃で揺れ、狙いが定まらない。

「ちくしょう、ダメだ」

「何だか、熱くないか」

「激しく戦っているせいさ」

「それよりも、応龍を出せ、麒麟もだ。天馬も」

 たちまち数十騎が飛翔し、迎え撃とうとするも、音速に追いつけない。上空に行くと激しい熱風を感じた。 

「この熱、何なんだ。ぅわっ、風の凄さ。飛び続けられない」

「それにしても、ジェット戦闘機が」

「百機はいるぜ」

「百機どころじゃねえ、数千機はいるぜ」

「ダメだ、戦わずして戻るのは無念だが、已むを得まい」



 その頃、砦では大変なことが起こっていた。

 恐怖の叫びが空気を裂く。

「ジンだ、ジン・メタルハートだ」

 その叫びを聞いて、一番近くにいたエリイが真紅の三叉戟『海神』を持って、飛び出して来た。

 確かに妖魔のような巨魁な怪物が立っている。妖剣リャーマ・ネーグロが黒く燃えていた。



「おのれ、懲りもせずまた来たか、ジン」

 殺戮女神は嘲り笑い、

「ふ、イユとイリューシュがともにいなければ、おまえらなどクズ同然だ」



 だが、エリイは既に尋常ではなかった。何かに憑かれている。神懸っていた。炎の翼を以て神速で飛躍し、移動し、動き廻って、三叉戟の威力も数百倍に上がっている。神のように強かった。

「ぅぬぬ、ぅぐっ」



 信じられないものを見るように瞠目する。さすがのジンもてこずった。そこへアガメムノンやマハールーシャが来たのである。リンレイやリカオンも。



 イミリヤから派遣されたジヴィーノという野蛮な兵も、アガメムノンやマハールーシャに劣らぬ超弩級の巨漢で、二の腕の太さは馬の胴ほどもあった。

「うぬ、貴様、ジヴィーノ」

「そうともさ、ジン、覚悟せい」

 優勢かと思いきや、突如、エリイがトランス状態に陥る。

「あゝ、熱い、明るい、眩しい」

 エクスタシスだ。いかなる時よりも、強く烈しいものが来つつあった。

「あゝ来る」

 何かを予感していた。



「どうした、大丈夫か、しっかりしろ」

「何とかしなくっちゃ」

 イユが心配そうにそう言うも、リンレイは、

「今は何もできません。砦の中に連れて行って上げて、寝かせる丈です」

 この好機をジンが逃すはずもない。大暴れで、巨漢たちを薙ぎ斃す。

「ぅわあっ」

「ぅぐ、こりゃあ、堪らん」

 (ひる)む彼らを見て、

「うら、うらあ、うらああああっ」

 さらに駈られるかのよう、血に飢えて叫ぶジン・メタルハート、暴風も彼女には何の関係もないようだ。



「猶予はない、選択肢は一つ、一刻も早く勝つしかない」

 リカオンが言った。蒼褪めていたリンレイはイユを振り返り、

「イユ、イリューシュはどこ? なぜ、一緒ではないの? 聖剣に真咒を」

「ダメ、できないわ」

 アヴァが黙ったまま、イユを見つめる。ガリオレが問う、

「なぜ」

「だめなの」

 それを聞いて、ジンは気味悪く笑む。

「イユとイリューシュが離れている時を狙えと言われたが、まさにそのチャンスが来ているようだ。陛下の智慧は神懸っている」

 その陛下とは、イータのことであった。



 その頃、イリューシュは嶺の砦にいて、ガリオレの作った大弩を撃つ。大砲も撃つ。訓練の成果が出ていた。ジェット戦闘機が墜落する。だが、数千もある戦闘機の爆撃が止むことはなかった。砦のあちこちで爆発が起こり、石積みが爆ぜる。大弩も大砲も次々破壊された。

「ダメだ、無理だぜ、勝てやしない」

 一瞬、風が数倍に強くなって、真っ暗になった。

「わ、わわわ、と、飛ばされる」

「この砦ごと飛びそうだぜ」

「しっかりしがみつけ」

「しがみつくのが精一杯だ、何もできない、呼吸さえ」

「あ、熱い、焼けそうだ」

「おい、あれは、ぅわあっ、ぅぷっ、ぅぷっ、おい、いったい、何だ、あれは」

「ぅわ、な、何だよ、ど、どうしたんだよ」

「え?」



 漆黒の天はすぐに変じた。

 天のすべてが真っ赤な炎を滾らせる。なおかつ物凄い暴風で、大岩でも宙を舞いそうだった。熱で雪が溶け始める。蒸発した。巨岩の砦さえ熱を帯びる。戦闘機はいつの間にか見えなくなっていた。聖都アカデミアへ向かったのである。

「なぜだ」

「ぅわあ、熱い、こりゃ地獄だ」

「おい、あれは」

 辛うじて、空を見上げて叫ぶ。

「わかった」

「これはガルーダ(迦楼羅)だ、龍神の天敵だ」

「龍神の力を殺いでいたんだ」

「だから、戦闘機がイヴァントの嶺を越せたのか」

「考えたな」

「暢気に言っている場合か」

「イリューシュ、イユのところへ行け。龍肯の力が必要だ」

「いいんだ、このまま闘う」

「不可能だ」

「いや、負けない。絶対に負けない。負けてたまるもんか、麒麟よ」



 イリューシュは麒麟に跨って飛ぶ。

「彼丈に逝かせるな、続け」

 応龍や麒麟に乗る者が次々と飛び立つ。

「最後は体当たりで滅ぼせ」

 兵どもは口々に叫ぶ。

「イリューシュと死ぬぜ」

「おお、死ぬぜ、死んでやらあ、大したことじゃねえや」

「逝くぜ、ぅらああ」

「やったるわあ」



 激烈な風、灼熱に射られる。炎で前も見えなかった。息ができない、焼け焦げそうだ。麒麟の手綱も、燃えて切れそうだった。

「自分を超えろ、こなくそ、聖剣、聖剣よ、俺の躬躯も魂魄も剣とせよ、剣となって、突っ込め、斬り裂きばらせ、奴を斃せっ」

 だが、隕石のような炎の塊が雨霰と襲い、

「ぅわっ、ちくしょー」

 炎の弾に撃たれ、墜落するイリューシュと麒麟。イカルスのように、燃え墜ちて。

 イユにはそれが見えた。

「あ、イリューシュ、あゝ!」

 激しい絶望が襲ったが、もはやそれを感じる暇すらない。



 だが、まさにその時は、ジンがアガメムノン、マハールーシャ、ジヴィーノ、そして、アカデミアの巨魁な三騎士ソンタグ、バロイ、カノンを薙ぎ斃し、イユに迫ろうと体勢を変えた瞬間であった。

「死んじゃダメ、お願い!」

 イユは自分が既に走っていることに気がつく。

 まったくの偶然であったが、間一髪で、ジンの攻撃を躱す結果となった。

「おのれっ」

 悪鬼羅刹の表情。

 イユは気づいてすらおらず、夢中で叫ぶ、

「龍馬を出して」

「どちらへ」

「決まってるわ、嶺よ」

「危険です」

「でも、行くわ。逝くのよ。誰も止められない、止めた人は魂ごと未来永劫に全世界から消え果てるわよ」

 その語気の凄まじさに誰もが凍りつく。ムジョーが出るか、と。ジン・メタルハートでさえ、刹那、足が止まった。

 

 

 エリイは病院に運ばれていたが、その病院をマカが襲った。妖剣を振るって、医者も看護師も薙ぎ斃し、エリイの病室を探しながら器具も設備も破壊し、大暴れ、ついにエリイの部屋へ到達すると、

「見つけたああぞおおお、ぅふわあふあふわ、ふ、ふ、復讐だ」

 エリイは意識朦朧で気がつかない。哄笑するマカ、

「ぅわあああおおおおお、竟に、終に、遂に宿願がかなった、復讐、復讐、復讐、復讐ぅーううううううっ!」 

 

 

 イユは嶺に着く。煙と炎で何も見えない。

「イリューシュ!」 

 しかし、見えていなくとも、彼女には何もかもが見え、すべてを把握していた。一度も迷うことなく、倒れているイリューシュのところへ。神懸っていた。実際、イユは青い炎を帯びていた。



「イリューシュ」

 その手を取るも、彼の意識がない。

「死んじゃダメ、死なないで、ダメ、お願い、イリューシュ! 死ぬな」



 イユは冷静になろうと努めた。心を澄まさなければ、真実の機らきは見えない。

 間違えてはいけない。過ちを犯せばイリューシュが死ぬ。

 静かに、いえ、もっと静かに鎮めて閑かに、しずかに…………



 深い闇へと下りて逝く。苦しみのない、暗い穴へ。深く深く沈む。叡智を以て探した。

 生命の根源を探る。生命の来た場所を。魂の大海の、奥の奥にある古生代からの叡智の書庫の扉を開ける。神秘の書を探り当てた。「これだわ」



 だが、その時、龍鷹虎に跨ったジン・メタルハートが追いつき、崩壊寸前のような嶺の砦をさらに揺るがして、どぅんと着地する。

「うぬれえええ、逃れられると思うな、今こそ千載一遇のチャンスよ」

 猛烈な勢いでイユに向かって走る、猪突のごとくに。



 リヨンが慌てて弩を射て、リカオンとガリオレが投げ槍を擲つも、虚し。ほんの一刹那、動きを止めさせた丈。

 だが、俊敏なるリンレイ、そのわずかの隙にイユを運ぶ。

「うぬああ、待てええい」

 ジンは既に動けぬイリューシュを顧みず、リャーマ・ネーグロを頭上に振り被って、瞋りに任せ、悪鬼のごとし、燃え滾る眼で、ずいずい追い迫る。イユ目掛けて振り下ろさんとす。

「ぅらあ、喰らえええええええ!」

 砦の組石が砕け飛ぶ。間一髪で転げ遁れるリンレイ。

「イユ、今だ。唱えて」

 言われるまでもなく、それしか考えていなかった。

『イリューシュ!』

 見つけていた、甦りの咒。禁じられた真咒であった。

「でも、たとえ滅びようとも、止められない」

 心で咒を唱えた。ジンが眼を剥く。

「そうはさせるか」

 甦る前に殺さんとし、イリューシュが倒れる場所へと身を翻した。



 わずかの差、ジンの足下で、イリューシュが息を吹き返す。イユは惧れもなく、リンレイの手を振り解き、飛び込んでイリューシュの顔を抱いた。滂沱の涙あふれる頬を彼の頬へと擦り合わせる。

「イリューシュ、愛してるわ、イリューシュ」

 彼の瞼が半ば開く。唇が動く。

「イユ・イヒルメ(彝兪・彝日霎)」

 朦朧たる意識で、しかし、はっきりそう言った。

「なぜ、それを」

 しかし、イユは覚った。彼の魂は今、本質に達しているのだと、イデアの世界にいるのだと。

 あまりの命知らずに、呆気に取られていたジンも、

「ぅぬあ、舐めおって」



 大剣を振り被ったが、五つの巨漢が同時に猛猪な体当たり、ジンもさすがに体勢を崩す。アガメムノン、マハールーシャ、バロイ、カノン、ソンタグが遅ればせながらも、急斜面を龍に跨って駈け上がって来たのであった。

「うぬああああ」



 憤りが火焔のごとく全身を貫くも、冷厳な百戦錬磨の戦士としての計算が脳裏を廻る。この崩れた体勢をいかに直し、いかに攻めるか、聖剣がどのようにこちらに向かって来るか、それをどう処するか、戦士の本能的な、半ば無意識の計算であったが、瞬時の遅れ。



 この虚を逃さず、ガリオレが叫ぼうとする、

『イユ、真咒を聖剣に』

 と。

 しかし、光よりも速くガリオレの思考は、

『いや、待って』

 一億分の一秒の逡巡であった。

『金剛界系の力は迦楼羅にも力を与える。少なくとも相乗的に影響するはずだ。……いや、しかし』

 眼球がくるくる廻り、光の千倍の速さで考えが疾駈する。その結果、

「イユ、真咒を聖剣に」

 最初の思いのとおりに叫んだ。

「イユ、真咒を」

 もう一人、同時に言うものがあった。



 アヴァだ。アヴァが来ていた。信じ難い光景に誰もが止まる。

 いつの間に来ていたものか、誰も連れて来ていないのに。

「のふまくすわまんだばざらだんかあん」

 真咒が唱えられた。

 アヴァが増幅する。

 聖剣が強く烈しく光輝き、人々の眼を眩ませた。

 メタルハートが振り下ろす妖剣は、凄絶な轟音とともに、龍肯の聖剣に受け止められる。

「ち、しくじったあああ! 瞬時の躊躇が災いしたか、生涯悔やまれるわ、ぅぬああ、間に合わなかった!」

「そうだ。おまえの最後だ、ジン・メタルハート」

 下から叛上がるよう、縦断ち裂きに逆裂く。真っ二つ。

 

 

 だが、一難去ってまた一難か、イリューシュたちの前に立ち塞がる男が。

「よう、ちょうど良いタイミングだったようだな、いざ、勝負だ、聖剣の主」

 イレツであった。

「おまえは誰だ」

「イレツ・イノさ」

「スールにいたのでは」

「そうともさ。ラハンの野郎と闘いたくてな。だが、ユリイカに呼ばれた。嫌だったが、この勝負が楽しみで承諾したのさ」

「状況を考えてください」

 リンレイがそう言い、イリューシュも、

「敵か、味方か」

 イレツは微笑した。

「小せぇことを言うな」

 だが、その言葉は止まった。

 山の中腹から巨大な炎の柱が立ったからである。それは力を溜め込めてあふれ返るように飛翔し、彗星のごとくに、山の嶺に衝突した。

 イリューシュたちのいる場所からも遠くはない。

「ぅわあっ!」

 炎で視界が閉ざされる。嶺が大きく揺らぐ。

 

 

 少し前に遡る。

 その頃、日常的な意識状態以外の意識状態の陶酔から、放心的な精神状態にあったエリイが、突如、起き上がった。剣を振り下ろそうとしていたマカは弾き飛ばされて窓から墜落する。昏倒した。

「あ、あああああ、あ、あああ」

 迦楼羅が発する金剛界系の力に激しく感応していた。

 髪を振り乱し狂瀾、爛爛と滾る炎、数倍に翼が広がり、九重になる。左右各々に九枚の翼で十八枚であった。

 三叉戟の刃は三重になり、九つの刃へと変ず。九は最高の陽数であると知られていた。巫女としてのトランス状態がいつもの数百倍にも激しくなって、彼女を襲う。

「XXXXXYYVVHHWWZZZZ」

 それは未知なる古代の真咒であった。誰もが忘れた、もはや、神しか憶える者のない真咒。彼女の本質の真奥は神の言葉を預かっていた。そのような意味に於いては、人は書物である。

「IYEVHWHIHXXZZZ」

 炎の性を持つ彼女は迦楼羅の影響を強く受け、放心状態から、深層心理の最奥部、爬虫類や魚類であった時代にまで遡る、激烈な興奮陶酔狂乱に陥り、さなぎが蝶になるように彪やかになっていった。

 すなわち、体が内側から明るくなり、光が膨れ上がり、全身から炎の柱が立ち上った。大陸間弾道ミサイルのように、聖イヴァント山の嶺に照射される。

 

  

 その崇高で偉大な光景、炎の柱と炎の彗星は、砦のどこからでも見えた。

「これは、いったい、どうしたことか」

 ユリアスが驚くも、

「エリイだ。彼女は炎の巫女だ。その血が究竟の陽神迦楼羅天に感応したんだ、まさかレコンキは、これを」

 マコトヤがそう気がつくも、

「と言っても、結果は同じだ」

 ユリアスも理解し、

「なるほど」

 

 

 胎児が母胎の中で進化の過程を繰り返すように、エリイは変化する。

 すなわちそれはよく知られるように、人が単細胞から始まって、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類、最後に人間となっていく過程に似ていた。カンブリア紀以来5億年の生命の歴史を、かたちの変化を以て人は母胎内で再現するが、それと似ていた。

 黒から始めり、白い無空となり、碧い静寂となり、赤い熱となり、黄色い叡智となった。叡智は廻り、炎へと変じ、水が生じ、龍神となり、渦巻き状に回転し、熱を帯びて禽神へ変ず。

 エリイは炸裂し、一度は迦楼羅天となる。叢焔に包まれ、心神を喪失し、解脱し、真っ赤な孔雀に、いや、朱雀となった。その壮大な出来事も、誰からも見えていた。

 マコトヤは微笑む。

「これで南の守りも完成だ。玄武白虎朱雀青龍がそろった。これで龍肯の義は、宇宙開闢以来、史上空前絶後に膨れ上がる。(いや)が上にも究竟となる。

 されば」 

 

 

 エリイの炎が聖イヴァント山の嶺に照射され、陰陽が太極を成し、龍肯の力が籠もれ上がる。鳴動し、山が揺れる。

 そうでなくとも迦楼羅の暴風と炎に包まれ、混乱状態になった城砦は、大パニックとなったが、ガリオレ丈がしがみつきながらも驚嘆し、感嘆した。

「なるほど、そういうことか」

「どういうことだ」

「龍肯の義が起こり、聖イヴァント山の龍神の陰の力として現出する」

「って、いったい、どういうことになるんだ」

「え」

「おい、見ろよ」

 さらに大きな揺れとともに、ゴォォッという地鳴りだ。

「ぅわ、じ、地震か! 砦が崩れる」

「あゝ、石積みが」

「う、ぅわ、うわっ、うわああああ」

 嶺がバラバラに動き出し、崩れそうになる。だが、崩れない。

 このことを予測していたガリオレが嶺の砦の建設に当たっては、縦横奥の各々が十mの正立方体に岩を刳り抜き出し、それを集め、数珠のように、極太の数万条の鎖で何重にも繋ぎ、構築していた。

「おお、こ、これは。城砦に、こんな仕掛けが」

「地震だと? だが、山がこんなに動くものか、地震なんてもんじゃない、嶺が生きてうねって、いや、跳ね躍るかのようだ、信じられない」

「まるで、龍神の背のように……」

「おお、つかまっている丈で、精一杯だ、堪らん、こりゃ、比喩じゃない、驚天動地だ、まさに」

「おい、見ろ、おい、おい、こんなことがあり得るのか」

 驚くのも無理はない。蛇のような動き、イヴァントの嶺は、龍の背のようであった。城砦はあたかも背鰭にも似ている。龍神の背に、特に頭部から頚部に靡く鬣のようであった。

「動いてる、揺れじゃない、この動きは、意志を持って、複雑に動いている」

「そんなはずが、ばかな、あり得ない、それじゃ、まるで」

「ぅわっ、何だ、これはっ! 凄いっ」



 天を割らんばかりの大咆哮であった。大地にあるものすべてをびりびりと震わせ、今や炎の大穹窿と化した天空に、幾重にも木魂する。

 嶺が、熱でも溶けずに残った氷雪を崩し落とし、岩を壊して、山から離れようとした。悲愴なまでに、壮大な光景である。



「あり得ない! なんと、何ということだっ!」

 これもガリオレの準備が功を奏した。

 嶺の上の砦と、斜面の砦とが、離れやすいように、敢えて接合させずに造っていたせいである。『イーシスの預言書』は偉大な書物だったのである。



「龍だ、見てみよ、信じられない、龍だ、龍神だ、途方もなく巨大な!」

 嶺は龍脈であり、龍神そのものであった。龍神が起き上がる。飛ぶ。龍神の背にある砦を乗せたまま。

 龍神はアカデミアへ向かった。数百㎞先の上空を飛行中のジェット戦闘機を追撃する。巨魁な龍にとっては、数百㎞など、首を廻す丈の距離でしかないのである。

 戦闘機が次々と墜落した。龍肯城砦の兵たちも、龍の背の上=城砦の胸壁から、大砲や大弩を迦楼羅に向かって撃つ。



 たちまち、迦楼羅が龍神に迫る。太極の陽にして(けん)(易経で言うところの乾坤の乾。陽の極致)である炎の迦楼羅天が叫びを上げて、龍神を襲った。その火焔は成層圏をも凌駕する。迎え撃つ龍神。

 巴となった。超巨大な渦となる。陽の力と陰の力とが相乗的に累乗し、日常茶飯の平常となって、無際限に強烈な龍肯の義が湧き起こる。



 突如、龍肯の聖剣が激しく感応し、堪え難いほどの美しさで、燦然と燃え光り輝き、胎動のように明滅するも、それは兆しでしかなかった。

 迦楼羅と龍神の中枢で凄まじい光爆が孕みつつある。

 

 

 狂裂な光燦が裂炸した。ビッグバンのような巨大な光で、一切の宇宙がゴールドアウトする。仏陀は喉の渇きを訴え、水を渇望し、終には斃れ、死す。

 

  

 光ですら四百億年かかる大宇宙の規模を遙かに超え、その数倍、いや、数千倍、いや、数百倍の百乗、いやいや、数億倍の数億乗、いやいやいや、数千阿僧祇の数千那由他乗の九千九百九十九無量大数乗をも遙かの遙かに超えた。圧倒的な龍肯の義がすべての存在者を襲う。



 何も変わらない。人々はこの時、知ることもなく、それを知る、平常すらも、最も凄まじく強烈で、最も濃く鮮烈鮮麗で、彪やかな、晰らかに睿らかなる真のリアル、最大最高最狂裂な無際限の自由奔放なのだ、と。あゝ、霓の稲妻、天衣無縫の荒御魂、身も裂き砕き天翔け躍るよ。

 

 

 大地が謳って鳴動し、大海は波瀾を以て狂操乱舞し、聖句を叫ぶ。天は真咒の雷霆に牽き千切られ、火山は祝砲のように跳ねて大噴火する。



 首都ヒムロの水盤に光の柱が立った。

 イータはその勢いに押され、部屋の隅まで飛ばされる。

 摩訶不思議の立体曼荼羅が空間に輝く。

 アスラの召喚が成功したのである。



 生まれたばかりのような初々しい、柔らかな、儚い、生命にあふれた、滑らかな美しい肌をした少年、痩せて未熟な、青い林檎のように硬い、繊細な細さの、震えるような少女でもある。

 双眸の燦めきの美しさは喩えもない。



 青く蒼く碧く、藍や紺や瑠璃の色をモザイクのようにブリリアントカットのように煌めかせ、重層的に深く、紺碧や浅黄やチュニジアン・ブルーやコバルト・ブルーや、地中海の色やインド洋の色やカリブ海の色を湛え、深さの奥行きによるモザイクをも做る。

 髪はさらさらと柔らかく靡き、紫磨黄金とも濃い蜜色の黄金とも、白金のような明るい輝かしい金とも、眩い太陽のような黄金色とも、金泥のような鈍き底光りとも言える、捉え難い細密複雑微妙精緻の色彩と輝きとをなす。


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