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第  十六 章 西の〆裂 スパルタクス陸軍とシルヴィエ海軍


……イリューシュの告白は意外なモノだった。

 ぐい飲みを傾け、喉を動かし、居酒屋でグイっと酒を呷る男。



 砂漠の国に似合わぬ、よれよれ皺皺の紺絣に袴の幕末脱藩浪士のような蓬髪。

 腰に下げたるは鞘もなく、剥き出しの木刀。

「神木から削った神剣さ」



 と嘯くが、路傍で拾った棒切れでしかない。

「さて、逝くか」

「おや、お早いですね、どちらへ、イレツの旦那」

 イレツ(〆裂)と呼ばれた男はにやりと笑い、

「ノーマーシー(絶非空)宮殿だ。ラハン(羅范)皇帝とタイマンを張る。何度、果たし状を出しても返事がねえから、こっちから赴いてやるのさ」

「あはっは、ご冗談を」

 冗談ではなかった。

 

 

 窓の少ない、厳めしい巨大城砦、ノーマーシー(絶非空)宮殿は宮殿という豪華絢爛な名にまったく相応しくない。

 城門は開いていて、役人や武人や商人など、人の出入りがあるが、衛兵が厳重に警戒していた。



「待て、そこの奴、どこへ行く」

「ラハンとタイマンだ」

「何だと、狂ってるのか」

 木刀の一振りで起こった旋風に、数十の衛兵が倒れる。皆昏倒していた。



 傲然と進む。次々門を通過し、庭を横切り、建物の入り口に向かった。その鬼神の凄まじさに何千もの兵も塵に等しい。

 宮殿の前まで来ると、正面入口へ上がる階段の上に、まさに膂力皇帝が立っていた。数千の兵士が階段の上下、周囲に整然と武装し、殺気立って構えている。



 ラハンは切歯扼腕していた。彼はかつて独りで敵の弓も砲撃も躱し、巨大な鉄門を素手で破り、城内で大暴れし、王宮まで昇って、家臣らの前で王を惨殺した男である。そのラハンが今は逆に攻められる立場となっている。



 イレツの挑戦を断り続けていた。一対一の果し合いなど、端武者の闘いは皇帝の沽券にかかわるし、無限の強さと呼ばれるイレツへの畏怖とも言える懸念があった。

 見よ、イレツはただの木刀を下げてやって来る。



「無礼者め」

 ラハンの一喝は天地に轟いたが、イレツは微動だにしなかった。

「ぅるせえなあ、耳が痛くなるぜ」

「貴様あ」

「いいのか、逝くぜ」

 飛ぶ。一撃、ラハンは抵抗の暇もなく、斃れる。あまりのことに誰も声が出ない。そして、一秒後に大騒ぎとなった。イレツを囲むも、襲い掛かれない。

「おい、命を無駄にするな」

 その時である。マコトヤからの(とり)が来た。暢気に手紙を開く。



『アカデミアの真義に資せよ。 追伸 聖剣甦る  マコトヤ・アマヤス』と書いてあった。

「仕方ねえなあ、逝くか」

 あ然とするマーロの兵たちを後に、ひらりと舞い降りて来た応龍に跨って去る。

 ラハンは普段は嫌っていた医師団の努力によって、辛うじて一命を取り留めた。

 

 

 シルヴィエの航空母艦。最大級はサンクト・イヰ。聳える艦橋と広大な離発着の甲板、その威容は動く岩島であった。ジェット戦闘機搭載五百七十機。排水量七十万トン超。全長二㎞。流氷を越えてクロウミー海に姿を現す。聖イヴァント山を目指す。戦闘機が次々と離陸する。



 スパルタクス陸軍はゴルガストでクラウド軍と激突。撃破し、峻険なる峡谷を遡航する。

 その動きはクラウド連邦との共同で構築した斥候部隊が把捉していた。彼らは応龍に乗り、空から俯瞰して確認する。しかし、時にシルヴィエのジェット戦闘機に撃墜された。

 知らせを聞くたびに、イリューシュは死を覚悟した。



 次第に思い詰めるようになり、まるで削るように鎧を磨く。明日はシルヴィエ空軍が襲撃するかもしれない。イユが来た。今、言わなければ永遠に言う日がないかもしれない。それでもいいのか、いや。

 イユが、

「夜食作ったわ」

 イリューシュは悲しいまなざし。そっぽを向く。

「どうしたの。わたしのこと」

 そう言いかけてやめる。闘いの前の日に、そんなことですねて心配させては。だが。

「イユ、おまえに言わなければならないことがある」

「え」

 期待に満ちたイユのまなざし、はにかむような怯えるような。イリューシュにはそれが悲しかった。

「おまえの兄が死んだのは、ジャミング・ストリートか」

 イユは面食らったようであった。イリューシュは悲しい期待を込める、そうでないことを祈り。

「そうよ、何で今更。ていうか、なぜ、知っているの? 新聞には出たけど」

 眉間を深めた。

「あゝ、そうか、やはり、そうか。そうでないことを希って祈ったが」

 そう言って、手で顔を覆った。



「どういうこと、何なの、どうしたの」

 予感に駈られ、イユは必死に食い下がるように訊いた。微かに兆し始めた疑惑の狭霧が間違いであって欲しい、と。



「明晰判明だ。おまえの兄を殺したのは俺だ」

「まさか。何を、そんな冗談はやめて、怒るわよ、不謹慎な……」

「冗談なはずがない、こんなことを」

「嘘よ、信じられない、絶対嘘! 信じられない、何で」

「俺は追われていた。待ち伏せしていたギャングに囲まれた。相手は五人いた。二人を斃し、もう一人からナイフを奪い、刺そうとした時、たまたま通り掛ったおまえの兄が正義感の強い性格だったのだろう、普通なら近づかぬと思うが、「やめろ」と言って俺を後ろから羽交い絞めにし、制止しようとした。

 俺はギャングの一味と思い、刺し殺した。他の奴らは逃げた」



 理解できないことを徐々に理解しつつも、イユはあまりのことに唯、あ然として口を開いている。ものを言うことができなかった。音が途絶え、すべてが止まって見える。

「すまない、イユ。俺を殺せ」

 その一言で、時の止まる烈しい衝撃から、自己をどうにか取り戻し、イユは震え出した。あふれる涙とともに、どうしてよいのか、怒り、裏切られたような想い、哀しみ、いずれの感情も、今の彼女のそれではないような、それらすべてが混ざって、どうにも名状できないような、そんな感情であった。存在を根底から崩壊させる喪失。

 激しい逆上が熾った。

「兄を殺した、あの優しい兄さんを、あゝ、あなたを見損なったわ、いいえ、そうじゃない、わたしを裏切った、わたし、あなたを、あなたを」

 怒り、憎しみ、悲しみ、衝撃、混乱、牽き裂かれる魂であった。

 イユは部屋を飛び出した。嶺の砦に移った。イリューシュは死を決意する。

「究竟まで燃え燦めき、その命の炸裂を天に捧げ、イユの兄への鎮魂とする」 

 

 

 イータは祈祷する。シルヴィエ聖教の真咒を唱える。

 聖なる教祖イヰの象徴、原理なる真言、日常の聖句、偉大なる聖典、神聖帝国経綸の法典、神聖なる紋、聖具、聖図、祭壇、炎壇。

 迦楼羅の曼陀羅究竟の太極図。

「人は祈ることしか為せず…………あゝ、……祈ることしか為せず、……すべては不可知な、いやいや、非知にもならず、ならずと言うとても、ならずともならずと、かくても言えれば、とてもかくても」



 シルヴィエに於いて神聖皇帝は最高位の宗教者、法皇でもある。

 迦楼羅太極図は燃えるように赫く。

 ヒムロを裂くような怪鳥音。光の塊が飛び出し、空で広がった。

 巨大な迦楼羅天が飛翔している。左右の翼は各々百㎞以上、アカデミアを目指して飛ぶ。

 彗星が天空を走るかのようであった。

 

 

 峻厳な峡谷をクラウド・レオンドラゴの軍とたたかいながら、いくつかの辛勝を経て遂にスパルタコス軍はアカデミア天領の境を越え、侵入、雪深い峡に分け入りし頃、目前に立つ一人の男を見た。



 蓬髪を靡かせ、紺絣によれた袴姿の若者だ。

「おう、待ってたぜ。アカデミアへの手土産に、てめえらを壊滅させてやらあ」

「何だと?」

「正気か」

「構うな、進め」

 しかし、男は木刀を振るった。

「しかも、木刀? 相手にするな、狂人だ」



 だが、弓や大剣や、移動式大砲を備えた軍は死者こそ出さなかったもの、手足を折る怪我で、当面は再起の見込みのない状態にまでぶちのめされた。



 ロンヴァルは雪上に倒れ、呻いた。

「こんな、バカな、貴様は、いったい」

 男は洟を啜って言った。

「イレツ・イノだ。覚えておけ」

 そう言って、去る。



 韋駄天のごとく、聖都アカデミアの聖ウパニシャッド大聖堂で、イレツはユリイカと会見した。

「イレツさん、ありがとう」

「おう、来てやったぜ、ユリイカ。ところで」

「わかってるわ、聖剣は聖イヴァント山よ」

 イレツはまたも去る。

 

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