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第  十四 章  都市計画

 初めて砦を見た時のイラフはその奇観に感嘆した。まだまだ完成ではないが、構想は見て取れた。巨大なT字型である。



 T字の頭部、横棒に当たる部分は、聖イヴァント山の嶺だ。稜線に沿って、石を積み始めている。あたかも、龍の背にかぶさるように横に広がる頂上の砦。

 中腹には、神象の聖堂を中心とする、円形をなす、最初の砦。



 この二つを結ぼうと、上下の双方から延長工事がなされている。軌道が敷かれ、石壁がそれに沿って建てられ、防護壁となる。

 また、峻険なる渓谷へも、砦を延ばそうとしていて、船で物資を輸入しようという計画であった。



 物資の運搬のため、既にケーブルカー丈は渓谷から頂上までできていて、巨牛が数十頭、大きな歯車を回し、巻き上げていた。歯車は数十か所、ポイントごとに設置されている。



「歯のついた軌道を護る壁がそのまま砦か。奇抜なことを考えたね」 

 イラフの言葉に、マコトヤは笑いもせず、

「天才の発想さ。で、小生らに協力する気はあるのか」

「事情はわかった。龍肯の聖なる剣か。これは重要な問題だ。東の壁に、これがあるということは。

 シルヴィエは敢えて東の壁から攻めて来るという説がある。陰陽五行十干十二支に照らし、神霊の託宣やら、伝承された預言などによれば、難攻不落、人が越えられないどころか、ジェット戦闘機も超えられないこの東の壁を越えて来るという。  

 ともかくも、イミリヤのイースには手紙を送った」

 マコトヤはうなずく。

「イース殿ならば、必ず最良の選択をするであろう。

 ところで、国の名前は変えないのか」

「それは考えていた。シヴィリアン・コンテロールの一族の名であるワイロー家の名を冠した国名など、見るも汚らわしいよ。

 マガダはどうかな」

「いいね。そいつは最高だ。イユやイリューシュも反対しないだろう」

 実際、二人は大いに喜んだ。



 イラフは真面目な顔で言った。

「この国の統治は君らに任せよう。しかし、マコトヤは長くはいられないよ」

「なぜ?」

「彼は四神のうちに一人だからさ。北を護る玄武だ。眞神山に住み、永遠の真理で武器も道具もなく、アカデミアを護っている。

 四神が相応すれば、アカデミアは永遠に栄光に包まれるだろう」

「眞神山の! 世界最高の真理の究竟者ってこと?」

「知らなかった。そりゃあ、引き留められないな。くそっ、寂しいぜ」

 そう言って黙ったが、しばらくして、イリューシュは訊いた。

「他の四神は」

「東はね、まあ、君らだろうね。イユの真理と龍肯の聖剣だ。東は青龍が護るものだからな」

「うっ、そんな大変なことになるのか」

「仕方ない。運命は選べない。

 貧乏な家に生まれた者は好き好んでそこに生まれたのではない。しかし、その運命を背負わないという選択肢はない。理不尽であっても、背負う以外がない。そこに丈しか現実はない」

「まあな。そのぐらいはガキの頃から承知してるよ。

 で、南と西は」

「今はいない。

 だが、西の白虎については、小生に心当たりはある。今はスール(南大陸)にいるイレツ・イノ(〆裂彝之)だ。事実上、彼は世界最強だ」

「イースよりも強いってことか」

「今、世界で二番はジン・メタルハートだ。奴は生まれ変わるたびに強くなる。あっと言う間に進化して、次々と新しい型を生むウイルスみたいな存在だ。生命体を、常に滅亡へと追いやろうとする。生命の永遠の敵だ」 

「三番目がイースか」 

「いや、スールの超大国マーロの膂力皇帝、ラハン(羅范)だろう。奴は腕力丈で超大国の皇帝になった。尋常じゃない圧倒的な強さだ。マッハ2で飛ぶ戦闘機を投石器で墜としたという伝説じみた逸話もある。動体視力も並みじゃない」 

「げっ、イースやイラフは四番か」

「戦いは正義が滾る方が勝つ。燃える正義の怒りだ。イースやイラフがジンを斃せたのは、それに尽きる」

「で、イレツとやらは、アカデミアに来るのか」

「彼がスールにいる理由はラハンだ。強い敵を求めている。闘うチャンスを狙っているのさ。一対一でね。

 自分より強い奴と闘うのが男ってもんさ。弱い奴と闘う野郎なんざ、ママがいないと何もできないマザコンの坊やさね」

「無理だろ。いくら膂力って言ったって、相手は曲りなりにも皇帝だろ。そうそう会えるものか。ましてや、タイマンなんて。狂気の沙汰だ」

「彼もおまえに丈は言われたくないだろうな。

 彼は来るさ」

「何でだ」

「龍肯の聖剣があるから。最強との戦いを求めている」

 イリューシュはぽかあんとしたが、

「迷惑な話だ。

 で、南、朱雀は」

「まったく心当たりがない。ま、どうにかなるだろ」

「四神相応したら、永遠の栄光、って言ったな。具体的にはどうなるんだ」

「現実になる」

「は?」

「現実さ」

「今でも、現実だぜ」

「そうさ」

「何も変わらないってことか」

「全肯定だからな。それは言葉にする必要もないものさ。平常道よ」

「え?」

「茶飯事が究竟ってことだ」

「あゝ、来たか。何だか、そんなこと、言いそうな気がしていたよ」

「ふ。なぜ、ユリイカがアカデミアの学長になったかわかるかな」

「知るか」

「ただのお転婆娘だからだ」

「なるほど。腹減ったんで、飯食わないか」

「いいとも」

 

 

 ガリオレは熱心に作図する。一心不乱でった。まるで何かに憑りつかれているようだ。

 実際、憑りつかれていた。

 それはマコトヤの友人で、ユリアスという高貴な庶子が古王国コプトエジャから来た日からである。

 世界最古の王国であるコプトエジャの王家の庶子であった彼は世界で最も古く深く精密な叡智を閲覧することができる立場と、身分的に気楽で自由であることを利用し、世界を自在に渉って、さまざまな知識人と交流し、眼に見えぬ影響を世界に与えていた。

 ガリオレも影響を受けた一人と言えよう。世界の真なる奥に潜む燠のような智慧を彼は知った。大いに目覚める。そして、一瞬の時も置かず、仕事に着手した。

 時に、城砦の建設が国家事業へと変わった時期である。



 拍車が掛かり、すべてが予想よりも早く進む。彼の壮大な構想は急に具体的な現実として眼前に実在した。

 工事が急ピッチで進められる。

 ガリオレ自身が直截的に各所に立ち会うことができないので、精密な工事図面を作り、これを以て遺憾なく、彼の意図が実現されるよう、腐心した。

 旧ワイロー国は仕事の少ない国で、ほぼ自給自足、現金収入のない人々は急斜面の難工事に喜んで参加した。歓んで参加したと言っても、決して安易ではない。急斜面での一切の作業は困難を極めた。

 それでも参加希望者が減らないのは、聖剣への崇拝が影響している。言わば、信仰であった。

 具体的に進めるうちに、ガリオレは最下部の峡谷の河岸部分を広げる必要を感じ、

「今すぐという訳ではないが、いずれ商業の発展を見越し、T字型の下部にも一を足して、Iの字の上と下の横の直線が長い、漢字の『工』が縦長になったようなかたちになるであろう」

 そう独りごちた。彼はこれを奇跡と感じる。

 なぜならば、聖なる言語では究竟の真義を『ゐい』と言うからである。つまり、Iの文字は『い』に通ずるからであった。

 ちなみに、『ゐ』は龍を表し、『い』は言語によって睿らかにされる意味を持たたぬが、一般に『ゐい』という時は『龍肯』を表す。

「奥義書に遵い、俺は作成する。そのうちに意味がわかるさ。コプトエジャの石工の聖書『イーシスの預言書』を俺は昔から信じている。

 シュリーマンがイーリアスを信じたようにな。

 ユリアスと会って、俺の信念が真実であることを悟った」

 ガリオレはそう言った。

 

 

 エリイは湯治のたびに、左の二の腕の家紋が赤く彪やかに、明晰に、美しくなっていることを感じていた。光を放つようになっている。

 また同時に、繰り返し同じ夢を見るようになっていた。飛翔する夢である。炎のようになって、彼女は天を駈けた。鮮やかに、艶やかに、麗々しく。

 翼があるので、飛翔は不可思議ではない。しかし、それは飛ぶというよりも、迸るよう、燃える弾丸のよう、彗星のようであった。

「あゝ、気持ちいい」

 全身の細胞が甦る。

 しかも、エクスタシスを感じた。魂が抜けて昇華するような快感、脱自、自分を超え、自分から解放され、因果律から解き放たれ、自らに由って、自らが在る、一切が如意である不死の悦び。一切からの解放。

 阻むものも、滞らせるものも、縛られることも、抑えられることも、殻もなく、かたちも名もなく、何ものもない、解放奔放。

 超弩級の快楽だ。

 人の忘れた古代の真咒を唱えた。脳髄の海馬の奥から、それが甦ったのである。

 

 

 汗をぬぐった。リヨンは大型の弩のみならず、大砲も備え始めた。かなり大きなものも備え、

「戦闘機対策さ」

 そう言う。

 リカオンは眼を丸くした。

「音速で飛ぶジェット戦闘機がこんなもので撃ち落とせるものか。狙っても追いつかない。外れるよ」

「予測迎撃の訓練をするのさ。予知能力を高めてな」

 それとは別に、イリューシュは労働者の賃金を可能な限り上げるように指示した。

「俺らは王侯貴族みたいに飾らない。会議も元老院も要らない。よいと思ったことは、どんどんやっていく」

 それについても、リカオンが批判的に言った。

「そういうやり方で上手くいくのは稀だ。誰もがトップに立つと、眼が眩む。口先丈は「同志よ」と言いながら、自分は皇帝のようにふるまう。大概、そういうふうになってしまうのさ。

 今は聖剣を背景に、圧倒的権力があるから、万事進むが、大概はさまざまなパワーウォーズがあって、物事は本意を遂げられない。気を抜かれてしまう。折衷の結果、骨抜きにされてしまう。必ず妥協で歪んでしまう。

 時には、性急な怒りや嫉妬で矯激な行動を起こす。そういうもんさ。

 どこまで続くかわからないけど、今の好調さは国家の青春期丈に、稀に見られる現象に過ぎない」

 彼は革命の初期のスターリンのような手腕があった。揺籃期に必要な、荒っぽい手腕があり、何よりも経験知的な現実派であった。

 イリューシュは敢えて黙った。己の無知を知っていたせいもある。

「体制を整えよう、普通にな」

 マコトヤが言った。

 それは経営についてだ。収支の運用についてだ。今までは収入と言えば、狩りの獲物や木の実や塩や木製の工作物であったが、国家となって、税収が生じることとなった。



 ガリオレ、リカオン、マコトヤが中心となって、国家の基礎を検討した。

「税制を大いに改革しよう。

 歳入の計画に当たっては、歳出を研究しなければなるまい。当然、王侯貴族や高官の私腹肥やしはなし、役人たちの予算の分捕り合いもなしだ。実務担当者の眼で歳出を精査しよう。

 政治家や法律家は実務・実態を知らない。

 立派な色刷りのチラシを大量に刷る必要もない。題目丈が立派で、実効性や実態の伴わない事業は廃止だ。政治家が人気取りのために役人に積み上げさせた予算、そして、それを消化するため丈に無理やり作られたくだらない補助金もなし。

 さまざまな人々の思惑を禁ず。純粋な動機のみとせよ。化粧で飾って辻褄を合わせた提案、欲望を隠した施策に対しては、全部廃止と厳罰とで臨む。

 平和は経済のためにも大事だ。交通機関を安定させ、治安を維持し、流通を盛んにする。産業を興し、雇用を創る」 

 

 

 城砦は都市化した。

 都市化にあたって、大きな建物が増えることが予測され、急斜面にそのまま建てるのでは、不便なことが明らかなので、岩盤を削って(所によっては石を積んで)段上をなすように造られていた。段の数は最終的には八千を超えた。すべての建物は、ほぼ繋がっている。



 その狭間、麓の峡谷から嶺までをケーブルカーのような鉄道が日々何十便も往復した。初めて乗った時にイユは感嘆する。

「凄いわ、素敵。こんな急斜面を。何て楽で便利なの! 楽しいわ」

 まるでテーマパークのアトラクションのように楽しむ。



 商業の最初は市場だった。通貨が流通し、屋台の商人が増える。すぐに店を構え始め、数日で、多種多様な店ができた。街の様相を呈する。

 服飾店や料理屋がイユの眼を惹いた。

「凄い、信じられない、このイヴァント山に」

 しかし、イリューシュが贅沢を厭うので、なかなか行けない。

 ところが、沙門人狼の館で、キュイジーヌという男がコック長となり、大食堂の指揮及び監督を行い、メニューを作り、料理人を采配するようになった。

 イユはよくそこへ出かけるようになる。

 行ってみて驚いた。新鮮なオマールエビやムール貝、鱈やヒラメなどの魚介類があるのである。

「こんな山奥に新鮮な……どうして?」

「応龍ですよ。翼のある龍です。



 龍馬は一日四千里、龍隼は一時間で千里、応龍は一時間で四千里です。世界一周は八万㎞ですが、その五分の一を一時間で行けるのです。

 北のクロウミー海や南のマル・メディテラーノからでも、一時間とはかかりません」

 本来、沙門人狼の館の大食堂は人狼沙門にはタダで食事を提供するが、イユはタダでは食べられない。そういう決まりだった。しかし、周囲からは頑固な職人と呼ばれるキュイジーヌも、イユを特別に気に入っていて、

「内緒だよ」

 そう言って、何でも出してくれた。イユも調子に乗って、

「鴨肉のオレンジソース添えをお願い」「白身魚のポワレを」「今日はペスカトーレよ」「去勢鶏の香草焼き」「寒いわね、濃厚なクラムチャウダーがいいわ」

 などと言うのであった。大満足で、コーヒーをゆっくり飲む。窓の外の雪降るを見ながらも。

 あまりにも激しい変化だ。

 

 

 カフェ・ド・ランジェもイユのお気に入りであった。マスターはマーロイという男で、丁寧だが、ニヒルなダンディだった。

 蝶ネクタイ、白いシルクのシャツ、黒いチョッキが常だが、時折着るクラシカルなツイードがしゃれている。

「カフェ・オレで?」

「うん、ミルク多めでね」

 カウンターで本を読んだ。チャンドラーの時もあるし、阿部公房の時もあるし、ドストエフスキーの時もあった。

 コーヒーカップをしげしげと眺める。

「素敵な陶磁器ね。とてもきれいな発色。鳥と薔薇とオリーブの葉とイルカの絵も繊細だわ。金の細いラインがエレガントね」

 マーロイは細い指で煙草の箱から葉を取り出して器用に巻いた。

「オエステ(東大陸)の職人を招いてね、ワイロー王シヴィリアンがこの国に窯を作ったんです。そこで作られたもんですよ。

 人間、一つくらいはよいことをするものです」

 イユは溜息する。

「何だか、あまりにも何もかもが変わり過ぎて」

 

 

 館も増改築された。

 イリューシュは最上階のテラスから急斜面の絶景を見渡す。

 そこには大きな湯船も作られていた。お風呂好きにイユのためだ。

 又テラスには武芸稽古場もあった。リンレイが鍛錬を怠らない。アヴァはベンチで防寒具に包まって、飽きることなく、西を見つめていた。

 わずか二週間に足らない。短期間に、それほど変わった。



 イユもイリューシュもリンレイもアヴァも、相変わらずマガダの傍で寝食したが、聖堂を囲む建築は二重三重四重五重になり、壮麗な館となった。

 税の無駄遣いだという思いがイリューシュにはあったが、マガダのためと言われ、承知している。だが、召使や料理人を連れて来られた時は激しく拒絶した。

「布団は自分で用意し、片づける。飯も自分で作って皿は洗う。俺やイユにとっては、皿がある丈でも充分に贅沢だ」

 リカオンは笑いを噛み殺し、わざと渋面を作った。

「食べ物をお布施したい人々がたくさんいます。それは受けてくださいよ」

「俺は沙門じゃない」

「信仰とは、そういうものですよ。人は運命が気紛れで、予測し難いものであることを知っています。

 だからこそ、奇蹟、稀有なもの、人知を超えた力に縋りたいのです」

「批判精神の感覚をマヒさせるためか」

「肉体も魂も本当に苦しんで、逃れようのない人々に対しては、モルヒネも認めなければならないでしょう」

「ふん」

 

 

 しなやかな細い腰、六つに割れた腹筋に息を込め、臍下丹田に気を凝らす。

 夜明け前の稽古を終えて、部屋に戻ったエリイは枕の位置が変わっていることに気がついた。

「気のせいか。最近、自分でもよくわからない、魂が飛ぶような感覚に襲われることがある。何か現実を生きながらも、二重露出のように、二つの世界を同時に生きている。忘我の中にあるような不可思議な感覚」

 神の前でトランス状態になるのに似ている。彼女はそう思っていた。

「なぜだろう、山籠もりの時に、山の自然の神と一体になる訓練をしたが、体に染みついて、慢性的に神懸かりの状態になるようになってしまったのか」

 家に継がれた祭祀が彼女の感覚に脈々と生きていて、深山幽谷で行われた山籠もりの修行の際にも、山の何かに感応し、自ずとトランス状態になることがあった。それがここに来てさらに深くなったか…………半神懸かり状態のままか……

 だから、枕が動いたように見えるのもそのせいか。

 いや。

 意志の強い彼女は否定した。そんなはずはない、これは現実だ、あきらかに物的に動かされている、と。

「ショルロック・エルメを呼べ」

 探偵を呼んだ。事情を説明し、使用人の履歴を調べさせた。一時間もかからず、ショルロックは報告した。

「偽装の紹介状を持って来た者がいます。リュパンと名乗っていますが、偽名ですね。ファイロ男爵の紹介状を持って来ましたが、これも偽物です」

「なぜ、わかる」

「一年前、ファイロ男爵はシヴィリアン王の下へ王命を拝受するために赴いたところ、何者かに襲われました。その時、所持していた印鑑を奪われているのです。

 紹介状に押された印は、この日付では押せないはずです」

「知らなかったな」

「男爵の名誉のため、このことは秘密でした」

「なぜ、知っている」

「その捜査を依頼されましたから」

「なるほど。聴いてみれば、何でもないことだ」

「そのとおり。種を明かしてしまえば、つまらないことなのです。シャーロック・ホームズがワトソン博士によく言ってましたね、種を明かすべきじゃないと。

 矮小な自尊心の話ですが」

「いや、失礼した。気がつくかどうかの差が大きいのだ。

 そのリュパンとやらは、今、どこで働いている?」

「鍛冶職人スミス(栖巳酢)のところですが、今日は非番です。大部屋住まいですが、いれば、そこで押さえられます。出かけるとしても、高が知れてます。この急勾配の雪しかない山中ですから」

「なるほどな。いつ刃物を研いでいても怪しまれない職だ。考えたな。組織的な感じがしてきた。さまざまな手がこの中に紛れている可能性があるということだ」

「さしてセキュリティは高くないですからね、まだ今のところは」

「そうだな。構築中だ。マコトヤは考えている。彼も大変だ。考えることだらけだ。ともかく、大部屋に行ってみよう」

 だが、行くと一人の男が寝ていた丈で、

「リュパン? 奴なら荷物を以てどこかへ出かけましたが。何であんなに一切合財持って出たのやら……」

「しまった。勘づかれたか。誰か情報提供者がいるのかもしれない」

「可能性はありますね。それも調査しておきましょう。人相はわかってます。

 野獣のような眼と、艶の濃い黒髪、こけた頬、鞣革のような皮膚、こんな感じです」

「捜索隊を組んでもらおう。あたしに対する恨みのようだが、組織的な暗躍が見られるので、イユやイリューシュも絡んでもらう方がよい」



 イリューシュは鍛冶屋スミスのところで鎧をあつらえていた。エリイが来る。

「やあ、エリイ、傷は癒えたようだな。まさか出立で、お別れの挨拶じゃあるまいね。寂しいぜ」

「イリューシュ、本来なら出立だが、しばらく延期だ。どうも不穏な動きがある」

「何だと」

 エリイは手短に説明する。

「由々しきことだ。

 ところで、そいつがイカヅチ・マカの可能性は?」

「マカ? 何だと? 考えてもみなかったな。あたしが追う仇が飛んで火にいる夏の虫みたいに、あたしの下に来たってことか?」 

「やられる前に、やってしまおうという考えかもしれない。先手必勝というからな。それ丈じゃない。

 おまえのようなストレートで単純明快な性格の者にはわからないだろうが、奴のような歪んだ性格の人間は、おまえの姉に逆恨みをしていたように、おまえに逆恨みを抱いている可能性もある。

 気をつけろ」

 そう言いながら、外套をつかんでいた。

「そして、俺たちは全力で捜査する。おまえは身の安全を計れ。おまえの方が強くても、狡い奴の計略は侮れない」

「おまえに単純明快とか言われたくないが、まあ、わかった。

 と言いたいところだが、恨みはこっちの方が強い。あたしも奴を探す。見つけて殺す」

 その時だ、リカオンが飛び込んでくる。

「大変だ」

「来たか、イカヅチ・マカか」

「何を言ってるんで? そんなことじゃありません」

「では、何だ」

「大変です」

「だから、何だ。結論から言え」

 リカオンは喉を動かす。

「どえらいことです。

 アカデミアの学長ユリイカ様が応龍に乗ってやって来られました!」

「何だって!」

 山の斜面に沿って登るような、細長い砦の中でも、神象の聖堂がある地域丈は円形の広場を持っていた。ちょうど、T字の縦の棒の真中に、小さな円があるような感じだ。

 翼ある龍はそこに降りた。

 ユリイカは十五歳の小さなギャルふうの女の子である。どこにでもいるような、普通の。だが、双眸の光丈は皓々とし、強かった。

 何千人もが囲む中、つかつかと歩み寄って、

「あなたがエリイね」

 前に止まって、そう言った。

「そうだよ、あたしがエリイ」

「あなたも今回の大きなキーワードのうちの一つね」

「え? どういうこと」

 それには応えず、一同を見回し、

「あなた方を正式に認めます。イヴァント山脈系を統治してください。

 イラフ」

「はい、ここに」

「ありがとう。あなたの暫定統治は終わりだわ。彼らに任せる。お疲れさま」

「あはは、未だ来たばかりだし、何もしてません」

「それが何よりよ。

 さあ、イユ、東の青龍として、アカデミアを護ってください。イリューシュ、ワイロー王国の後をあなたたちが統治することを祝福します。

 弥栄(いやさか)あれ、スヴァーハー」

 マコトヤが進み出る。

「つまり、奴らが来るってことだね、ユリイカ」

 燦然たる笑みで応えた、

「そうよ。

 シルヴィエの艦隊が流氷を砕いてクロウミー海を覆い、スパルタクスの軍隊がクラウド・レオンドラゴ連邦の軍と剣を交えるわ」

 最後にアヴァを見遣る。

「ここに生まれ落ちたのね。観自在菩薩」

 アヴァは眼を伏せたが、

「ええ、あなたがこんなに成長するなんてね」

 初めて口を利いた。

 イユもイリューシュも驚く。

「何だって!」

「知り合い?」

 ユリイカは笑った。

「彼女は何千億年も前から生きていて、しかも、観ること自在なのよ。何もかもを観ているわ。そうじゃなきゃ、色即是空なんて言う資格はない」

 イリューシュが肩を竦めた。

「なるほどね。そりゃ、そうだ」 

 

 


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