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第  十二 章 領主バロン・ゴリラテ 初夜権について 

 アカデミア天領はアカデミアの領地であるが、管理運営のために複数の王が統治し、緩やかな連邦的な体制を築いている。



 それら王の下には封建貴族がいて、それぞれ領主として一定の権限を持ち、自治していた。

 龍肯砦の所在地は一応、男爵ゴリラテの管轄となっている。なぜ、一応、などと言うかと言えば、ほとんど住む人もいない丈でなく、ほぼ人の手が入らない、広大な野生の土地のうちの一つだからである。森や湖畔、高原や小さな渓谷、そういうところばかりを巡回した。羊牧牛飼いしか産業のないところである。人も疎らであった。



 そんな中であっても、ゴリラテが立派な龍馬(龍と馬の間に生まれた種族。一日、又は一夜で四千里を走る。なお、日本の里程で、一里は四㎞。

 ゴリラテは先祖代々この育成に努め、長い年月をかけて数百頭を飼育していた)に跨って領内を廻ると、誰もが姿を消す。暴君として知られていた。最近、初夜権を復活させて、さらに悪名を高めている。



 初夜権とは、その字のとおり、初夜をともに過ごす権利を(結婚相手よりも優先して)持つことであるが、主として男性領主が花嫁と初夜を過ごす権利を言う。

 結婚した娘が処女であるかどうかを確かめるという名目と、終わった後に贈り物をするなど、結婚をお祝いする名目もあったようであるが、あからさまに怪しい制度で、近代化とともに廃れていったが、ゴリラテは敢えて復活させたのである。



 だが、怪力で乱暴狼藉など屁とも思わぬこの暴君に物申す者などおらず、彼は何らの罪科も思うことなく、悠々と領地の、馬を進めやすい場所のみを、楽しく巡回した。

 しかし、さすがに先週、興奮のあまり乱暴し過ぎて、娘を死なせてしまったときは、村人たちも黙っていなかった。激しく抗議したが、軍隊の出動に死傷者まで出す大事件となった。



 軌道建設のために調査していた一隊から、その報告を受けたイリューシュは青ざめた顔になり、静かに立ち上がった。

「どこ行くの」

 イユの問い掛けにも、

「わからない。少し頭を冷やす」

 そう言い残し、速足で姿を消した。

「ふうん」

 イユがそれで納得するはずもなく、リンレイに声をかけて、ともに後をつけた。案の定である。イリューシュが厩の前にいた。

「龍馬を出せ」

 山賊に命じて颯爽と跨る。

「わたしたちも行くのよ」

「しかし、僕は龍馬に乗れませんが」

「わたしもよ。バカね、あそこにリカオンがいるわ」

 リカオンはおかしそうににやっと笑い、

「とんだじゃじゃ馬娘たちだわい」

 彼にはイリューシュの向かう方向の見当がついているようで、姿が見えなくなっても、迷うことなく進む。

 高原と山との境にある森に着陸し、リカオンは、

「気をつけて、静かに。進むぜ、そっとね」

 木陰に隠れつつ行くと、百mくらい先に、イリューシュと龍馬が。彼は何かを拾っていた。遠くて判然としないが、イリューシュがギラギラ滾っているように、イユは感じる。

 

 

 さて、領主の館では、事件の後、巡回に出るべきかどうかを迷っていたゴリラテが出掛けなければ、臆したと思われると考え、一人勝手に憤って興奮し、颯爽と甲冑を整え、龍馬を出させた。

 しばらく村落や牧地を廻ると、高地を廻りたくなった。

「噂の砦を遠望したい」

 護衛の騎士アクムは言った、

「殿下、御意のままに」

「いずれ成敗せねばならん」

「ええ、昨晩、偵察兵がやられました。軽傷丈ですが」

「ふ。韋駄天の異名を取るイスカンデール少尉がいながら、何たること。しかも、自慢の龍馬を奪われるとは」

「しかしながら、軽傷でした。つまり、噂ほどではないのです。噂なんて膨れ上がりますから。龍馬を奪われたのは残念でしたが」

 その時、声が。

「やい、ゴリラテ、変態野郎、色魔、好色漢。虐殺野郎、おい、こっちを見ろ!」

 見れば、既にイスカンデールの龍馬を乗りこなしているイリューシュ、何かを投げつけ、

「これでも喰らえ、強姦野郎」

 びゅっと飛んで、ゴリラテの顔にぶちゃっと当たって、どろっと垂れたのは、トナカイの大糞。

「ぶっ、ぶわっはっ、何じゃ、こりゃ」

「あはは、ざまあ見やがれ、クソだ、クソ! おまえにお似合いだよ」

「何たる無礼者、何奴か知らんが、殺せ」

 憤怒炸裂の男爵。だが、イリューシュも剣を抜き、

「見やがれ、これが龍肯の聖なる剣だ。悪辣を断つ!」

 男爵ら、眼を丸くし、

「何とあれが」

「殿下、奪いましょう」

「応ともよ、言うまでもない、あれな小僧っ子など、屁でもないわ」

 それを見ていたイユは焦った。

 眼に手を当てて、リカオンも、

「あちゃ~、独りで何をする気か、イユなくして軍隊に勝てるものか」

 イユなくして聖剣の絶大な力は発揮できない。確かに神護の武器で普通に戦っても、使い手に依れば相当の力を出せるはずであったが。

 イリューシュは未熟だし、敵は武装して多勢だ。

 だが、怯むことなき聖剣の主は龍馬にぐいっと踏ん張り、

「罪もなき乙女を姦し殺すなど、貴族の名にも武人の名にも恥ずかしき者、いやさ、男にも相応しくなく、人にすらあらぬかな」

「あゝ、イリューシュのバカ、無茶よ」

 そう言って、イユは堪らず真咒を唱え、

「のふまくさむあんだゔわざらだんかあん」

 龍肯剣に光が照射し、イリューシュの怒りが憑依したかのよう、威光が亢龍のごとく天へとまっしぐらに奔り、光裂く。

「おお」

 人間どもが驚愕するを、顧みもせず、霹靂が轟き、雷霆は男爵を襲う。

「ああああああ、あぎゃああああ」

 絶叫とともにゴリラテが電光に射られて消失す。骨すら残らず。

「見よ、これが天罰だ。文句ある奴は同じくする」

 イリューシュはちょっと吃驚しながらも、傍にイユがいるだろうと察し、動揺を抑えた。騎士アクムはどうかと言えば、身が怖れで震えている。しかし、見栄で引き下がる訳にもいかず、

「うらあ、仇だ」

 恐るべき眼でにらむイリューシュ、

「愚か。善悪も定かならぬか。肉体の死の前に、魂が死ぬぞ。さすれば、何のための(ヴィー)か。真の死を希うか」

 騎士もまた灰となって散る。

 誰しもが畏れ跪いた。騎乗の者は馬をおりて額で地を押す。

「お赦しを、どうかお赦しを」

 イリューシュは睥睨し、

「赦してやらあ、おまえらの多くは無罪だ。領主に罪があっても民衆に罪はない。将に罪があっても、兵に罪はない。民や兵が、どうして王や将に逆らえようか。そんなこともわからぬわからずやを、俺は許せん。

 おまえらは皆、俺たちの仲間になれ。この領地は俺たちが運営する。

 文句あるか、色情狂の強姦魔の下にいるのと、どっちがましか、考えろや」

 皆さらに平伏する。

「へへい、何の異存がありましょうや。心から」

 イユたちは気がつかれないように退散する。



 かくして、龍肯の城砦は約八百人の集団から、約一万八千人を擁する集団となり、なおかつ広大な土地を手に入れ、同時に、ほぼ零であった女こどもを一万人以上も抱えることとなった。

 むろん、旧家臣団やら恩顧の騎士たちの反逆は多々あったが、聖なる剣の絶対的な神威を実際に眼の前にすると、あまりの神々しさと荘厳と厳粛と甚深さを畏れ、抗う者は絶無となった。この頃には、聖剣はそれほどの神威を帯びるようになっていたのである。



 風のように領内を見て廻ろうとしたイリューシュの龍馬に同乗したイユは上イヴァント村から下イヴァント村へ、さらに峡谷の岸まで降りて川を下り、平野部に近い場所まで行った時、驚いた。

「何てことなの、まるで夏だわ」

 同行していたマコトヤは呆れた顔をしたが、

「そうか、まあ、あそこに、ずうっといれば、冬だと勘違いしても、不思議はないな。今は初夏だ。

 君らの住む場所は、季節なんて関係ない。標高八千m以上は万年冬だ。それでも、イヴァントは未だ標高一万八千ぐらいだからましだよ。眞神は四万四千以上だからな」

「眞神山にいたことがあるの?」

「まあね」



 全体を俯瞰して深慮したマコトヤは税制を改め、庶民の暮らしに余裕を与えた。雇用が少ない地方だったので、築城などの公共建築工事を起こし、たくさんの人間を雇用した。

「学校を作ろう。アカデミア天領にありながら、学校もないなんて。ここの領主は最低だな。

 建築工事があれば、雇用も生まれる。義務教育を制度化しよう」

 イリューシュは笑って、半ば冗談的に軽い反対をした。

「環境を作ってもやらない奴はやらないぜ。俺は勉強ができない奴を莫迦だとは思わないが、勉強の機会があるのにやらない奴は生きる努力をしない莫迦だと思う。俺の言う勉強っていうのは、当然、学校の勉強も含むけど、それ丈じゃないぜ。

 智慧は生きるためにアイテムだ、知識は生き残るためのウェポンだ」



 廃坑だった塩坑は新たな鉱脈が発見され、大量の塩が採取できるようになった。その塩を売る。市場よりも遥かに安く。

 肉の保存には塩が不可欠だ。市場よりも安いので、大いに売れたが、これが王の逆鱗に触れる。

 マコトヤがくすくす笑いながら、言う。

「塩は王が専売しているからね」

「専売?」

「王が専ら売っているのさ。独占だ。塩の販売をできるのは王のみ、とすることだ。国家の大事な歳入だ。ふふ、眼に見えるようだ、シヴィリアンの怒りが」

「塩は肉の保存に不可欠だ。誰でも必ず買う。自分丈儲けるってことか」

「しかも、家の経済状況などに応じて、各家庭が買うべき量を決めている。決められた量を毎度必ず買わされる。義務だ。何て楽な商売か!

 かくして、国庫には毎年定額の安定収入ができるという訳さ」

「税のみならず、そんなことでも稼ぐか。いろいろ考えるもんだ。

 思えば、酷いもんだな。さまざまに搾取するが、公共サービスも福祉もないからな。ただ、国家という呈が社会を安定させ、民衆のまとまりを何となく形成し、治安を守っている丈だ。守ってやるからと言って、徴収するヤクザの見ヶ〆(みかじめ)料と大差ない。

 しかも、いざ、戦争となれば、民衆は多大な犠牲を強いられる」



 マコトヤは言う、

「まあ、ともかくも、計算どおりさ。これで国も我らが統治下になる。近々アカデミアに正式な統治許可をもらおう」

「勝つ前提だな」

「当然だ、正義は小生らにある」

「そういう手があるなら、奴らの罪状を訴えて、戦わずして統治許可をもらった方が平和的で」

「罪状の証明に時間がかかり過ぎる。

 実効支配していた方が話も早い」

 

 

 オエステ(東大陸)は広大な大陸だが、それでもノルテ(北大陸)ほど広大ではない。

 大華厳龍國(龍梁劉禅=リョンリャンリューゼン)の首都、大元汎都ダイゲンハントは華やかな国際都市であった。


 北極圏にある神聖シルヴィエ帝国の首都ヒムロとは対照的だ。シルヴィエには外国人というものがほぼおらず、外交官すらいない。

 リョンリャンリューゼンの龍皇帝であるフアンロン・チャンジングルー(黄龍麒麟)の諮問機関『聖剣研究会』の顧問を務めるラヲタヲ(老道)師は、皇帝の勅命を畏み拝受するも、時間稼ぎのような言い訳をした。

 ラヲタヲは、勅使として来た旧知の友人、コツウェン(忽焉)師へ言う、

「叡智を人は思考の成果と思う。果たしてそうだろうか。

 思考とは華の咲くようなものである。花は生ある者を惹き寄せる。雄蕊の花粉は蜂や蝶の体に着いて、他の花の雌蕊に附着し、種を育む。

 動物が雌雄に分かれて交尾するのと同じだ。

 雌と雄とが分かれるのは、ウイルスに対抗し、遺伝子を混ぜ合わせて、さまざまな組み合わせを作るためである。

 もし、皆同じ遺伝子の組み合わせであれば、型の合ってしまったウイルスが出現した時、一気に全滅してしまうであろう。それを避けるために、雌雄は分かれた。かつて単純な生命体は雌雄が分かれていなかったが、生き残るために生命の原理が智慧を絞って工夫をしたのである。

 雌雄を分けること、それは大いなる発明であった。

 しかし、どうやって思いついたのか。誰が思いついたのか。自然にそうなったと考えられるだろうか。もし、そうなら、『自然にそうなる』と言うときの『自然』とは大いなる叡智だ。

 考えてもみたまえ、君が零の状態から思考を出発させた場合、そんな工夫をなかなか思いつけるものではない。

 いったい、華は考えたのであろうか。漠然と存在していた丈で何万年何十万年と歳月をかければ自然に、そんなふうに形態や方法を選り分けて行くものなのであろうか。

 自然の、生命への意志、それは偶然だろうか。もし、偶然ならば、偶然は叡智だ。

 さよう、私はそれを叡智と呼ぶ。人の叡智も同じようなものだ。そもそも、言語とは何だ、諸概念とは何だ、どうやってそれを選んだのか。

 しかも、雌雄を分けて、さまざまな遺伝子の組み合わせのパターンを作るのみならず、蜂に花粉を付着させて、他の花へ運ばせるなどという方法も工夫されている。これもまた零の状態から考えて、思いつけるかどうかすら、覚束ないのに、何もなくて、自然に存在していた丈で構築されるのか。

 そうかもしれない。わたしはそれを叡智と呼ぶ」

「それでは」

「勅命は畏み畏み拝受いたすも、実りの時機は人の浅知恵ではどうにもなりませぬ。時節を少々お待ちくださいとお伝えいただきたい。

 これ臣ラヲタヲの怠慢に非ず。天然自然の理なるを、叡明なる陛下ならば、必ずやご理解いただけるものと、臣、ここに固く信じております」



 その応えを運んで来たコツウェンに、細い口髭を垂らし、顎の先にまばらな鬚を尖らせる皇帝ファンロン(黄龍)は苦い顔をし、

「わかっておる。

 それを知る尊師なればこそ、摩訶不思議の願いを依頼するのだから。

 しかし、使う方にも時節があるのだ。急がれよと伝えよ。

 そして、ラヲタヲ師に、もう一度、繰り返せ。

 ガルーダの本質を徴にせよ。火の鳥のイデアを象れ。究竟究極の陽の陽たる炎の隹よ、火禽よ、火焔の孔雀よ、朱雀のロゴスを解析し、聖句となせ、と。

 鳳凰を鳳凰ならしめる〝法(ダンマ=達磨)〟をつかみ取り、その意味本質を具象とせよ、と」

 承知しましたと言うしかなく、コツウェンは再び友の許を訪れた。



 ラヲタヲは嘆いて言う、

「あゝ、何たる情けないことか。

 皇帝陛下はイータに騙されていることにお気づきにならない。

 彼の企みに気づいておられない」

「そう言うな、友よ。

 そんな言葉がもし皇帝の龍耳に入ろうものなら、たちまち、九族までもが殺されようぞ」

 ラヲタヲは深く嘆息し、

「そして、皇帝の依頼を断っても、同じ憂き目に遭うであろうな」

「それ以上だ。君の家族ばかりではない、友も知人、近隣者までも九族虐殺の罰を受けようぞ」

「是非もない」

 ラヲタヲは筆を執った。

「しかし、それにしても、お日にちを。

 少なくとも、三十日ばかりはいただきたいとお伝え願いたい」

 コツウェンはうなずく。

「承知した」 



 その夜、ラヲタヲは一人、部屋に入った。いにしへの奥義書の積まれた部屋だ。香炉から煙が幽かに昇る。

 太極図を書く。咒を唱える。薬草を噛む。印契を結ぶ。坐して瞑想に沈む。

 太極図の中央に、鳳凰を観想した。ありありと、想い泛べる。鳳凰は秘宝をつかんでいた。秘宝の奥の奥の燠火を透視する。火を永劫に錬成する。濃縮され、煎じ詰められ、朱雀の妙薬ができる。妙薬を墨に溶かす。墨は真紅になり、真紅の墨で火の鳥の文字を書く。火の鳥の文字を組み合わせて、ガルーダ(迦楼羅)の曼陀羅を作る。

 完成の日、眼に見えぬ不可思議な輝きの気が大きく図面からせり上がって大空に拡散し、世界に散らばった。各地でさまざまな感応が起こる。異変が起こっていた。

 諦めのまなざしでそれを観取しながら、ラヲタヲは制作を始めてから二十日が過ぎていることに気がつく。

「キヨアキを呼べ」

 弟子を呼ぶ。

「コツウェン殿に告げるのじゃ。完成したとな」

 

 

 エリイは布団を跳ね除けて、飛び起きた。

「あ、熱い」

 全身が熱い。特に左の二の腕が熱かった。あの家紋のところだ。

「え」

 見れば家紋は灼熱の光で輝いていた。

 

 


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