表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

 第八章 水面に炎が燃える夜 

 その後の紅獅子号は順調に航海をつづけた。一週間すると全員のマヒはきれいに取れた。

 レイクガルド王国の首都レイクシティに行く前に港町のポルトミラに寄った。よぶんに取ったユーソニアの樹皮を売りさばくためにだ。

 薬屋にコニカールと七つ子で樹皮を十タルはこびこむ。アリエとオヨネもついて行った。オヨネの肩にはサル吉が乗っている。カシムの推察を聞いてツタは船に残した。

 薬屋はユーソニアの樹皮十タルを五百万ガルで買い取った。王さまにわたす値段の十分の一だ。

 薬屋を出たオヨネがコニカールに口をとがらせた。

「なんであんなに安いんだよ? 王さまは五千万ガルだって言ってたぞ?」

 コニカールがオヨネをなだめる。

「王さまの五千万ガルには危険手当がこみだからさ。薬屋はあの樹皮を各地の薬屋に売るんだ。少量ずつね。そのときの売値は二倍だ。次に各地の薬屋が一般の人たちに売る。さらに五倍の値をつけてね。さあいくらになる?」

 オヨネが計算してみた。五百万ガルの二倍で一千万ガル。一千万ガルの五倍で五千万ガル。

「ほんとだ。五千万ガルになるや」

「王さまは利益を求めないから五千万ガルくれるんだ。王さまが商売をする気なら五百万ガルしかくれないよ。売値の十分の一ていどで仕入れないと商売にはならないんだ」

「なるほどねえ。そういうことか」

 ポルトミラで食べ物を買いこみレイクシティを目ざした。レイクシティが見えたのは夕暮れだった。太陽が湖の西に顔を半分かくしている。追い風にあおられて予定より早く着いた。

 レイクシティ入口の水門で王からもらった通行証を示す。鉄格子の水門がギギギとひらく。

 湖にはいるとレイクガルド王国の船に取りかこまれた。軍船が六隻と商船が一隻だ。

 軍船の旗艦が紅獅子号に停船を求めた。甲板に立つのは近衛師団長のヨーゼフではない。見知らぬ軍人だ。胸をかざる勲章から推測すると王都防衛師団の師団長らしい。水門につめる兵士たちの親玉だろう。とうぜんお姫さまのローラも旗艦に乗っていない。

 リオン船長が思い出した。王はこう言っていたはず。海賊と直接の取引はしない。一度レイクガルド王国の商人の手を通して国庫に納入すると。

 船長が七つ子たちに指示を出した。帆をたたませる。イカリをおろした。

 紅獅子号がとまると商船から商人が乗りこんできた。

「約束の五千万ガルは用意した。そちらはユーソニアの樹皮をタルに十用意できたかな?」

 船長が七つ子たちにあごをしゃくった。七つ子たちが倉庫からタルづめにしたユーソニアの樹皮を甲板にあげる。商人が中身をたしかめた。

 商人がうなずいて商船に声を投げおろす。

「よろしい。おーい。五千万ガルをこの船にあげろ。交換にタルをそっちにつみこめ」

 商船の水夫たちが木箱を紅獅子号にあげはじめた。商人が船長に中身をたしかめろとうながす。船長が木箱をあける。一万ガル金貨が底までぎっしりつまっていた。木箱は全部で五つだ。全員で手わけして金貨を数える。五千枚たしかにあった。

 取引が完了して商船が王宮へと進路を向けた。旗艦から指示が飛ぶ。

「当レイクガルド王国が海賊と取引をしたと疑われてはこまる。きょうのところはこのまま帰ってもらいたい」

 船長が首をかしげた。王さまはまたきてくれと言っていた。かならず寄ってくれと。どういうことだろう? 王の意志とは関係なく王宮の大臣たちの判断なのだろうか? 頭のかたい大臣が頭から湯気でもあげたのかもしれない。海賊が王さまと酒をくみかわすのはまずいと。

 そう思いながら船長が回頭を指示した。取引のあいだに太陽は完全に落ちてあたりはまっ暗だ。水門とレイクガルド王国の軍船にともる炎が湖面に反射している。

 紅獅子号が正反対を向く。帆はたたんだままだ。湖から水門へと流れがある。鉄格子の水門を素通りして川へとくだる流れだ。その流れに紅獅子号を乗せた。風は向かい風だった。船は流れに押されてさっき通ったばかりの水門を目ざす。

 リオン船長がふと思う。なんのために水門をぬけたのやら? こんなことなら湖の外で取引をしてもよかったはずだが? リオンは疑問を抱いたものの不審には感じなかった。

 軍船が追い出すようについてくる。紅獅子号を取りかこみながら。前回とおなじように。

 水門がせまった。旗艦が門をあける指示をしない。門はとじたままだ。前回とちがう。

 船長とコニカールが眉を寄せる。ふたりが顔を見あわせたときそれは起こった。

 旗艦から水門に命令が飛ぶ。旗艦の甲板上でランタンが大きくまわされた。

「撃てぇ!」

 ランタンの合図で水門の兵士たちが投石機を操作した。石が紅獅子号に飛んでくる。弓隊が火矢をはなつ。炎の矢が紅獅子号に向かってきた。濃い紺色の夜空に光のすじが尾を引く。強い追い風に乗って。

 紅獅子号の甲板でリオン船長が怒鳴った。

「船の足をとめろ! 降ってくる火矢を落とすんだ! 水を用意しとけ! こっちも応戦するぞ!」 

 リオンは油断をしていた。まさか取引が完了した時点で襲ってくるとは。通常はカネを払うのがおしいからつみ荷だけうばおうと襲ってくる。カネを払ったあとで襲われるのは盲点だ。カネが支払われる前はリオンも用心をしていた。王さまとは旧知の仲だ。しかしあいだにはいる商人の腹は黒いかもしれないと。それがこんな形で襲ってくるとは予想だにしなかった。カネを取り返すためではないのだろう。紅獅子海賊団を殲滅しようとしているとしか考えられない。王が海賊と取引すると国民が暴動でも起こすのだろうか?

 そのときリオンは先ほど抱いた疑問の答えを唐突にさとった。わざわざ湖に紅獅子号を引きいれたのは水門と軍船ではさみ撃ちにする計画だったからだ。それだと逃げ場がない。もっと深く考えるべきだった。

 リオンが悔やむ間にエスエスが剣をぬく。船べりに足をかけた。飛んでくる火矢の頭を剣のみねで斬る。火矢が次々と湖に落ちた。

 しかしエスエスの頭上をはるかに越えた火矢は落とせない。甲板に火矢が立つ。七つ子がアリエとオヨネとツタにバケツをわたす。せっせとバケツをリレーして炎に水をかけた。

 サル吉が火をこわがってエスエスの腰にしがみついた。エスエスの近くに火は落ちないと。

 ナツメグとハンマーも船べりに立って棒っきれで火矢をたたき返す。

 リオン船長も剣をぬく。火矢を落とそうとした。しかしあたらない。リオンの獣王剣は力まかせの剣だ。小技は苦手だった。ひたすらまっぷたつにたたき斬るだけだ。小さい的を切るには不向きな流派だった。

 コニカールは必死で舵を切る。火矢を打ちつづける水門から紅獅子号を遠ざけようと。

 そのころにはうしろの軍船からも火矢と石がはなたれはじめた。しかし軍船の火矢は向かい風にはばまれて紅獅子号までとどかない。だが石はとどく。甲板に人間の頭ほどある石が落下した。甲板に穴があいて船がズシンとゆれた。あたりはもう暗い。でも紅獅子号の甲板や船腹に突き立った火矢が目印となっている。

 火矢を落とすのをあきらめたリオン船長が紅獅子号からも旗艦に石を投じた。けどあたらない。あたったところで焼け石に水だろう。敵は紅獅子号より大きい軍船六隻だ。水門にも一個大隊がつめている。レイクガルド王国の一個大隊は五百人だ。紅獅子号は総員十五人とサル一匹だった。勝ち目があるとは思えない。

 海賊船の船べりは客船より低い。客が落ちるそなえをする必要がないためだ。船べりに足をかけて火矢を斬り落とすエスエスの胸に矢が立った。

「うぐっ!」

 火矢に混ぜて通常の矢も打ちはじめたらしい。エスエスのところに打ちこんだ火矢が次々と湖に落とされるのを見てだろう。

 サル吉がエスエスの前にまわった。エスエスの胸に刺さった矢をぬく。エスエスに火矢が向かってきた。エスエスが痛みをこらえて斬り落とす。火矢に混じってまた矢があったらしい。エスエスの肩に矢が立つ。そのときエスエスの足もとに石が落ちてきた。エスエスのバランスがくずれる。エスエスが船べりから湖に落ちた。サル吉とともに。

 リオン船長が舌打ちをした。

「チッ!」

 リオンがエスエスを追って湖に飛びこむ。紅獅子号の甲板に燃える炎が湖面を照らす。

 リオンがエスエスを見つけた。気をうしなっているらしい。あお向けに浮いている。胸にへばりついたサル吉がエスエスの肩の矢をぬこうと努力していた。リオンは流されかけるエスエスを腕にかかえる。六隻の軍船に向かってぬき手をきった。流れの上流へだ。サル吉がエスエスの矢をぬき終えた。リオンが片手でクロールをする。エスエスとサル吉を左腕に。

 そのころ紅獅子号はまきあげてある帆に火矢が刺さった。向かい風にあおられて帆が一気に燃えあがる。帆柱が両手を広げた炎の大木に見えはじめた。炎の木がひとつまたひとつとふえて行く。甲板の火は消すより刺さる数が多い。紅獅子号全体が炎につつまれはじめた。舵をにぎるコニカールの舵にも火がつく。もはやバケツリレーで消せる火ではない。

 コニカールが決断をくだす。

「全員湖に飛びこめ! 船をすてるぞ! 紅獅子号はもう助からねえ! 敵が近づいてきても抵抗するな! 殺されるよりつかまることをえらべ!」

 コニカールがためらう船員たちの尻をけりに走った。ハンマー。ナツメグ。七つ子。ツタ。オヨネ。アリエ。全員を湖にけり落とす。甲板に人影がないのを確認して自分も湖に身を投げる。そのすぐあと紅獅子号の甲板全体が炎に包まれた。船腹までゆっくり火がなめはじめる。パチパチと紅獅子号の船体を形作る木材がはぜた。泳ぐコニカールの目に紅獅子号の全身が大きな光のかたまりになって行くのが映る。

 けり落とされた船員たちは上流へと泳ぎはじめた。ここは湖だ。しかし水門から川へと流れ落ちている。そのせいで湖なのに流れがある。流れの先は言うまでもなく鉄格子でできた水門だ。下流に流れた場合はかならず水門で引っかかる。つまり水門で待ちぶせをしていれば湖に落ちた罪人を一網打尽にできる。飛んで火にいる夏の虫にならないためには上流に逃げるしかない。だが上流には軍船六隻がいる。敵のまっただ中に飛びこむのは勇気が必要だ。軍船の船べりから矢を射かけられればまず助からない。

 リオン船長たち古くからの海賊は修羅場をかいくぐった経験が豊富だ。最強の兵力の足もとがあんがい死角だと経験から知っている。六隻の軍船の船体につかまればこの暗さだ。軍船の上からは見えない。水死した死体はいったん水底にしずむ。そののち体内に発生した腐敗ガスにより水面に浮く。水門で待ち伏せをしている兵たちのアミに海賊たちがかからなければ溺死してしずんだと判断するだろう。その間に六隻の軍船の船体につかまってレイクシティまでつれて行ってもらおう。それがリオン船長はじめ海賊たちの思惑だった。だから上流の軍船を目ざして泳いだ。季節は夏だ。寒さで死ぬことはない。

 一方アリエとオヨネとツタは海賊の経験などない。一般人の常識で流れの下流へと泳いだ。そのほうが楽だからだ。とうぜんと言うべきか水門で待ちぶせをしていた兵士たちの投網にからめ取られた。兵士十人がかりで投網ごとカギ竿を使ってアリエたちを岸に持ちあげる。アミの中では抵抗できるはずがない。あっさりアリエとオヨネとツタは縄をかけられた。次に船に乗せられる。レイクシティで投獄されるようだ。

 そのころローラはアリエたちに会おうと船で水門に向かっていた。一本帆柱の船だ。五人乗りを想定して作られた快速船だった。一国の姫さまにふさわしい高級素材がふんだんに使われている。アリエとオヨネにこのローラ号を見せびらかそう。ローラはそう意気ごんでローラ号を流れに乗せた。小さなランプを手もとに。

 ところが水門近くにきておどろいた。レイクガルド王国の軍船がどこかの船に火矢を射かけている。最初はどこの船かわからなかった。甲板に燃えあがる炎で紅獅子号だと知った。ローラは混乱した。どうして紅獅子号を攻撃してるの? リオン船長はユーソニアの樹皮を手にいれるのにしくじったのかしら? それでおカネだけうばおうとして軍船たちと戦闘に?

 そう考えてローラは思い出した。ポルトミラからの手旗信号はこう報告していたはずだ。紅獅子海賊団はポルトミラで十タルの樹皮を売りさばいたと。薬屋の買い値が五千万ガル以上だと高いほうに売りつけたと考えるべきだ。しかし薬屋の買い値は五百万ガルだった。レイクシティに持ってくれば五千万ガルもらえる品を五百万ガルで売るはずはない。よぶんに取ったぶんを売りさばいたんだわ。たしかコニカールがそういうことを言っていた。でもそれならどうして軍船と戦闘に?

 悩んでいるうちにローラ号は流れに押された。六隻の軍船のすぐ近くまでせまる。六隻の軍船たちは下流で燃える紅獅子号にだけ目をそそいでいた。上流からくるローラ号には気づかない。気づいたとしても一般船なら停止させられるだけだろう。

 ローラは軍船のすこし手前でイカリをおろした。どういう事態が進行しているのかはわからない。けど紅獅子号はもうもたない。まもなく火は船全体にまわるだろう。このまま進むとローラ号にまで火矢が打ちこまれそうだ。アリエやオヨネはどうなったのだろう?

 ローラは王宮に帰るべきかここで様子を見るべきか悩んだ。

 そのローラ号の船べりでコツンと音がした。ローラは音に目をやる。手だ。大きい毛むくじゃらの手だった。きっと湖の妖怪の湖坊みずうみぼうだわ。ローラは叫びかけた。

 そこに声がかかった。男の声だ。

「ローラ。おれだ。紅獅子号の船長リオンだ。助けてくれないか。エスエスが矢にやられた」

 ローラはハッとした。たしかにリオン船長の声だ。燃える紅獅子号を背おってリオンの頭とエスエスらしい人影が黒い湖面に見える。エスエスの胸がひときわ大きく思えた。なぜ大きいのかと考えずローラはリオンに手を貸す。リオンがローラ号にあがった。エスエスの胸だと思っていた物体がローラ号に飛びうつる。

 ローラが悲鳴をあげた。

「キャア!」

「ローラ。おどろくんじゃねえ。そいつは今度の航海でひろったサルだ。サル吉ってんだ」

 サル吉がリオンの言葉に文句をつける。

「おいらはサルでもサル吉でもねえ。ピペルネキャラコ三世だ」

 ローラの口がまん丸にひらく。目もガラス玉みたいだ。

「サ? サルがしゃべった?」

 船長がエスエスをローラ号に引きあげた。

「おどろいてる場合じゃねえんだって。たぶんうちの連中もすぐにやってくる。ローラ。おれたちをかくまってくれるか? それとも海軍に突き出すか? どちらか決めてくれ。おまえが迷惑だと思ったらおれたちは自力で逃げる。軍に通報するのもおまえの自由だ。おれはどうして軍がおれたちを攻撃したのかその理由が知りてえ。おまえの親父がこんなまねをするはずねえからな」

 ローラは返事につまった。考えながら口をひらく。

「ううん。うちのパパかもしれない」

 リオンが目をひんむく。

「なんだそりゃ! どういうこった!」

「落ち着いてよリオン船長。話せば長いの。船長たちがレイクシティを去ったあと旅の占い師がきたのよ。よくあたる占い師だってレイクシティじゅうの評判になったの。それでうちのパパも王国の未来を占ってもらおうって出かけたわけよ。たしかによくあたるみたいなの。麦は夏じゅう値あがりをつづけるだろうとか今年の米の出来は平年なみだとかね。うちのパパの聞きたいことはなんでも知ってたみたい。パパだけじゃなくママまでいりびたりになっちゃってね。この一週間ほどかな? パパとママが特におかしくなったのは。ふたりとも話しかけても返事をしてくれないの。心ここにあらずって感じ? そのくせパパは妙な命令ばかり出しはじめたわ」

「妙な命令?」

「そう。税金をあげよだとか近衛師団長のヨーゼフをクビにせよだとか。理由もなにも言わないでとつぜん命令だけを出したの。ヨーゼフなんかいつもどおりわたしの面倒を見てただけなのよ?」

「じゃおれの船を攻撃したのも?」

「パパかもしれない。海賊船はすべてしずめろとか。まあわたしが聞いたわけじゃないのよ。けどいまのパパならそんな命令を出しそう。ヨーゼフはかわいそうにあまりのショックに実家で寝こんじゃったわ。次に近衛師団長に昇進した人もびくびくしてる。パパがどんなむちゃな命令を出すかもしれないって。どうしてそんなことになったのかしら? 占い師になにか吹きこまれても他人の意見に耳を貸すパパじゃないのに?」

 サル吉に傷をしばられているエスエスが薄目をあけた。弱々しい声をしぼり出す。

「クグツ草だ。クグツ草じゃないか?」

 ローラが眉を寄せてエスエスを見た。不意に思いあたる。

「クグツ草? あっ! 燃やした煙を一週間すうとなにも考えられなくなる? 煙をかがされながら耳もとでささやかれるとその言葉のとおりに行動する? たしかそうだったわね。けどエスエス。クグツ草はもうどこにもない草よ?」

「いや。ある。ローラ。きみが言ってた。ミッドナイト皇国のミッドピアにあると」

 ローラは思い出した。

「そっか! 皇都ミッドピアの皇立博物館! そういえばパパもママも鼻の頭が薄紫だった気がする。あれがクグツ草の煙をすうと紫に染まるってやつかしら? もっと毒々しい紫だと思ってた。けど誰がクグツ草を?」

「ミッドクロス皇帝は大陸の統一が悲願だ。もしクグツ草を用いたとすればミッドクロス皇帝の手の者にちがいない」

 そこでエスエスがまた気をうしなった。矢傷があんがい深い。血がとまらない。

 そのときサル吉が湖面に身を乗り出した。湖に忍び声をかける。

「おーい。こっちだぜ。この船まで来ーい」

 サル吉の声にみちびかれて七つ子を先頭にハンマーとナツメグとコニカールがローラ号にたどり着いた。定員五人のローラ号に十三人と一匹が乗る。いまにもあふれそうだ。

 船長がコニカールに顔を向けた。

「アリエとオヨネとツタは?」

 コニカールが顔をしかめた。

「おれが湖にけり落としました。あいつら素人ですから水門まで流れて兵隊たちにつかまったみたいですぜ」

「ふむ。三人は殺されたのか?」

「生け捕りにされたみたいでした。すみません船長。あいつらにも上流に泳げって指示をすべきでした」

「いや。その指示をあたえてもあいつらの体力じゃこの流れをさかのぼるのはむずかしかろ。おまえは全員をぶじに逃がしたんだ。よくやったコニカール」

 船長が紅獅子号に目を流した。紅獅子号は全体に火がまわっている。紅獅子海賊団全員が見た。紅獅子号が炎とともに静かに湖にしずむのを。

 船長がローラに目をすえた。さっきの質問の答えを求めるために。

「で。ローラよ。おれたちをどうする? かくまってくれるか? それとも軍隊に突き出すか? 会わなかったことにしてここでおれたち全員を湖にほうり出すか?」

 ローラは考えた。すぐに覚悟が決まる。船のランプを吹き消した。リオンたちを軍船に見られないように。

「かくまったげる。でもわたしのたのみも聞いて」

「なんだ? たのみって?」

「もしパパとママにクグツ草が使われたのならパパとママの命があぶないの。クグツ草の煙を一ヶ月すいつづけると死んじゃうのよ。今回の異変がもしもミッドナイト皇国の陰謀だったらその陰謀を阻止する手助けをしてちょうだい」

「そいつはねがってもねえこった。おれも紅獅子号がしずめられた理由が知りてえ。もしもミッドナイト皇国の陰謀ならとことん邪魔しまくってやるぜ」

 ローラは手のひらを持ちあげた。レイクシティの街の灯が背後からローラを映す。ローラの影絵だ。船長も手を持ちあげる。影と影の手のひらがたたきあわされた。

「約束成立! うちのパパを正気にもどすのよ!」

 ローラは帆をあげた。コニカールが舵を担当する。ナツメグとハンマーがエスエスの傷の手あてをした。暗闇で目のきくサル吉が見張りを買って出る。七つ子はすることがない。ローラ号はレイクシティを目ざして走りはじめた。

 ふと船長がローラに訊く。

「ところでおれたちをどこへ?」

「近衛師団長のヨーゼフの実家はどうかしら? あそこって広いのに母親とヨーゼフのふたり暮らしなの。使用人もいないわ。クビにされたヨーゼフを気づかって部下たちも近寄らないの。もし今回のがミッドナイト皇国の陰謀だとすればヨーゼフも船長たちを受けいれてくれるはずよ。パパが正気にもどったらまた近衛師団長にもどれるでしょうから」

「なるほど。いい案だ」

 ローラ号はローラと紅獅子海賊団の十二人プラス一匹を乗せてレイクシティの街の灯を目ざした。本来快速のはずのローラ号がヨタヨタと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ