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 第六章 モガイナ島は亡霊のすみか

 船は無人島群のあいだをぬって航行した。無人島四十五号をはなれて二日後だ。モガイナ島の見える地点にきた。

 無人島と無人島のあいだが船二隻分あいている。その海峡の向こうにモガイナ島が浮いていた。モガイナ島のまん中には高い山がそびえている。てっぺんに霧がかかってモガイナ島の頂上が見えない。モガイナ島全体も薄ぼんやりとかすんで見える。モガイナ島は緑の濃い島で無人島四十五号の三倍は大きい。モガイナ島には砂浜がなかった。ゴツゴツした岩だらけだ。しかし岩を洗う波はおだやかだった。モガイナ島のすぐ近くは湖のようなさざ波が鏡みたいにモガイナ島を映すのみだ。

 海峡からモガイナ島まではなんのへんてつもない一本道に見えた。すこし波が高いだけの平凡な水道だ。向かい風と正面からたたきつける潮流に船がゆっくりとしか進まないていどの困難でしかない。

 オヨネが疑問を口にした。

「あれのどこが危険なわけ?」

 コニカールが七つ子に指示してイカリをおろさせた。船がとまる。コニカールが遠メガネをオヨネにわたした。

「よく見てろよオヨネ。もうすぐ干潮の底になる」

 オヨネが遠メガネを目にじっと待つ。ほどなくモガイナ島の前の海に変化があらわれた。海面に黒い点がいくつも見えはじめる。さらに潮が引くと黒い点はキバ状の岩となって波間に姿をさらした。百本ではきかないかもしれない。一本一本がジグザグに乱立している。縦にも横にも広範囲に分布していた。竜のあぎとと呼ぶだけあって三日月状に岩の柱がならんでいる。ちょうど生き物の下あごにならぶ歯のようにだ。船であのキバのあいだをぬけるのはたしかに無理そうだった。

「あれが竜のあぎと?」

「そう。モガイナ島の周囲はついたて状の岩が壁となって一周してる。いうなればツイタテ岩だな。大昔の火山の噴火口らしい。火口のふちだけが波にけずられて水面上に残ったようだ。だからモガイナ島に行くにはそのツイタテ岩が切れた一カ所しかない」

「つまり目の前にある竜のあぎとを越えるルートだけ?」

「そういうこと。おっとまずい! 七つ子イカリをあげろ! 全速回頭だ! 帆も横帆にかえるんだ!」

 コニカールが七つ子に指示を飛ばして舵にすがりついた。さっきまで正面からたたきつけるように流れていた潮流がとまっている。

 ハンマーとナツメグでイカリをあげて七つ子が帆を張りかえた。船がモガイナ島に背中を向けたとき潮の流れが逆になった。モガイナ島に向かって波頭が立つ勢いで潮が飛ぶ。

 紅獅子号がうしろに引きもどされた。コニカールがうしろからの風に対して帆が直角にあたるように舵を切った。引きもどす潮の力と風の押す力がつな引きをはじめる。もどされては押された。押されてはもどされる。やきもきしたときうしろから強く風が吹いた。前進する力がまさってかろうじて潮の流れに飲まれずにすんだ。

 船が海峡を大きくはなれるとコニカールがひたいの汗を手の甲でぬぐった。

「ふう。判断が一瞬おくれれば危ないところだったな」

 オヨネが船のうしろをふり返った。遠メガネをのばす。潮流が竜のキバのあいだをしぶきを立てて流れているのが見える。あの勢いで竜のキバにたたきつけられれば船はこっぱみじんだ。大破をのがれても船は座礁する。海のもくずにならなくても押し流された無人島のモガイナ島で死を待つのみだろう。

「竜のあぎとってほんとに越えられるの?」

 コニカールが首をかしげた。

「わからない。だがここまできたら行くしかないだろう。きょうは下見だ。本番はあした。満潮は朝の六時と夕方の六時だ。朝の六時の潮でモガイナ島に乗りこむ。夕方六時の潮で島を脱出する予定だ。あしたは早起きだぜオヨネ」

「ええっ? けどまあボクはそれでもいいや。いつもそのくらいに目がさめてる。みんなこそ大丈夫なの? ずっと遅起きだけど?」

「仕事になれば朝も夜もないんだよ海賊ってやつは」

 アリエはオヨネから遠メガネを取りあげた。モガイナ島を見ながら疑問を口に出す。

「なあコニカール。この潮の流れはモガイナ島に向かって流れてるよね? モガイナ島の周囲を大昔の火口が一周してるわけだろ? そのツイタテ岩に切れ目は一カ所しかない? つまりモガイナ島に流れるってことは口がひとつしかない袋の中に流れこむのといっしょだぜ? おかしかないかい?」

 コニカールが首をひねった。

「たしかにそうだ。切れ目が二カ所あれば問題はないが一カ所しかないぞ? 流れこんだ海流はどこに消えるんだ? ツイタテ岩の内がわで潮位はあがってないぞ?」

 ハンマーが酒ビンをラッパ飲みした。

「んなの簡単じゃねえか。ツイタテ岩の海中部分にもうひとつの穴があるのよ。ちょうどモガイナ島のうしろにあたる部分にその穴があるんだろう。それで潮の干満にあわせて潮流が飛ぶように流れる」

 おおとみんなが手を打った。なるほどだ。円状のツイタテ岩の前とうしろに口がひらいていれば海流はそのふたつの口から行き来する。口がせまいせいで潮の流れが急なのだろう。

 リオン船長が酒ビンから手をはなした。

「ならよ。そっちからはいれねえかな? ここから流れてく潮の出口は竜のあぎとのちょうど反対側だろ? いまは干潮の底だ。うまくやりゃ穴が水面に出てるかもしれねえ」

 それもなるほどだ。コニカールが船を大きく迂回させてモガイナ島の背後に向けた。

 モガイナ島周辺は小さな無人島や岩礁でいっぱいだ。海中から泡が噴いてもいる。

 コニカールが遠メガネで海面を見た。

「火山が活動中なんだな。あの泡は海底で温泉がわいてるんだろう。モガイナ島がかすんで見えたのも島の近くの海水温が高いからじゃないか?」

 前方に立ちはだかる無人島をさけてモガイナ島をかこむツイタテ岩の背後に出た。ツイタテ岩に船を進める。

 遠メガネで見るツイタテ岩は真上に切り立った絶壁だった。高さは紅獅子号の帆柱ほどもある。ツイタテ岩の頭越しに霧がかかったモガイナ島の頂上が見えた。遠メガネで見るかぎりツイタテ岩に穴はない。手がかりがほとんどないツルツルの黒い岩だ。

 コニカールが船をツイタテ岩の近くに寄せようとした。しかしツイタテ岩から潮流が押し寄せる。風より流れの力が強い。船がツイタテ岩に近づけない。

 コニカールが波間に目を落とす。ツイタテ岩の壁面に沿って渦がいくつも見えた。

「たしかにツイタテ岩の下から潮流が湧いてるらしい。穴は海面下にあるようだな。流れが逆になってもこれじゃ通れないぞ?」

 ツイタテ岩そのものに切れ目はなかった。侵入口はやはり竜のあぎとだけらしい。

 その夜は宴会もせず全員が早く寝た。アリエたちが船に乗って酒盛りをしなかった夜は初めてだ。

 翌朝は夜明けから全員が気合いをいれた。ひょっとすると人生最後の朝になるかもしれない日だ。おちおち眠っていられない。仕事になれば朝も夜もないと言ったコニカールの言葉どおり船長までがシラフだった。

 天気は曇りだ。雨が落ちそうな空模様だった。

 前日に船を引き返した地点が目前までせまった。そこから先は潮が急流のように走って行く。流れに船をいれたらあともどりはきかない。のるかそるか。大バクチだ。命をかけた賭けになる。

 いま竜のキバは水面下だ。しかし見えないだけでたしかにある。波が大きく上下すれば船底にかみつくかもしれない。満潮の頭まであと十五分もない。満潮の頭をすぎれば潮は逆に流れる。逆向きの潮では押し返されるだけだろう。夕方の満潮で竜のあぎとを越えるのは危険すぎる。やるとすればいましかない。

 全員が顔を見あわせた。ツタなど顔色がまっ青だ。こわいに決まっている。しかしオヨネのわがままに命がけでつきあう覚悟らしい。

 コニカールが船長と舵を交代する。ここいちばんの舵取りはやはり船長だと。

 舵をにぎったリオン船長が吠えた。 

「さあ行くぜ野郎ども! しっかりつかまってお祈りをとなえるんだ! 紅獅子海賊団の出陣だあ!」

 船が潮に乗りいれた。急流くだりの速さで船が波に乗る。身体がうしろに追いてきぼりを食いそうになった。風がほほに突き刺さる。アリエの眼帯が風にふるえた。風は向かい風だった。風向きは一定だ。モガイナ島から吹きつける。

 無人島と無人島のあいだをぬけた。竜のあぎとが眼前にせまる。

 船が波に上下した。竜のあぎとに近づく。せまるにつれて船の上下が大きくなる。

 船が一段グンとモガイナ島に引き寄せられた。波に乗りあげて船首が浮く。次に船首がしずんだ。浮く。しずむ。浮く。しずむ。船の甲板は乱高下だ。全員が手近なものにしがみつく。立っているのがやっとだった。船室にいれば天井で頭を打つだろう。風で吹きあげられたしぶきが顔にかかりはじめた。

 竜のあぎとにさしかかる。船首がまず浮いた。竜のあぎとに乗りいれる。船首がしずみはじめた。全員が手に力をこめる。手近なものにすがりつく手が力をこめすぎてまっ白だ。

 船首が海水をわけた。深く船全体が波間にしずむ。

 船に竜のキバは立たない。第一歩はぶじだった。

 船首が持ちあがる。波のしぶきが強く全員の顔を打つ。向かい風が強くなりはじめた。

 緊張と興奮が誰も顔にもある。しかし目がとじられない。目をとじるとこの世の終わりがきそうだ。まっすぐ前を見る。霧にかすむモガイナ島を。

 流れに乗って船首がしずんだ。予期した衝撃は来ない。もうすぐ竜のあぎとをぬける。成功するぞ。

 そう思ったときだ。また船首が持ちあがった。風が大きく正面から吹いた。船首が落ちる。大きく落ちた。

 ガツン!

 船底から衝撃がきた。つづいてゴンゴンゴン。連続して音がひびく。船底を竜のキバがかむ音だった。船が右にかたむきはじめた。

 船長が叫ぶ。

「みんな落ちないようにしっかりつかまれ!」

 言われるまでもない。アリエたちは必死でマストロープにしがみつく。

 水面がゆっくりあがってきた。船がしずみはじめたらしい。水面が高くなったのではなく船の高さが落ちたようだ。

 今度はハンマーが叫ぶ。

「船底から浸水したぞ! 七つ子おれについて来い!」

 ハンマーと七つ子が船底への階段に駆けこんだ。

 船がさらにかたむきながらガガガと竜のキバをこすって進む。

 ツタがふっと気をうしなった。船長がツタを抱きとめる。舵はコニカールがかわった。しかし舵が役に立つ流れではない。ただじっとささえるので精一杯だ。

 オヨネが泣きそうな顔をアリエを向けた。アリエはオヨネの手をにぎる。

「大丈夫だオヨネ。もうすぐ竜のあぎとをぬける。ぬければモガイナ島だ。しずみゃしない」

 うんとオヨネが無言でうなずいた。顔色はまっ青だった。ブルブルふるえている。アリエは力をこめた。オヨネの手をつかむ右手に。オヨネの手は思ったより柔らかだった。

 ガシガシガシと竜のキバが船底をかじる音が永遠にも思えた。流れが紅獅子号をモガイナ島に押しやる。船底から伝わる竜のキバの振動がふいにとだえた。紅獅子号がななめにかしいだまま竜のあぎとをぬけた。

 アリエとオヨネは目をあわす。やったと。

 紅獅子号はしずみつつモガイナ島に流し寄せられた。モガイナ島に近づくにつれて速度が落ちた。モガイナ島の正面はモガイナ島が邪魔をして海流がとまるらしい。

 船のしずみがとまった。伝声管がハンマーの声を伝える。

「おーいみんな! 船底まできてくれ! 穴はいちおうふさいだ! 水をかき出す手伝いをたのむ!」

 イカリをおろして船を停泊させた。モガイナ島は目の前だ。海はおだやかのひと言だった。さっきまでの急流がウソのようだ。

 アリエたち全員が船底におりた。目を覚ましたツタもいっしょだ。

 船底は右の腹に修理の痕跡が見えた。水がかなりたまっている。船の安定をたもつためのバラストオモリが水で見えない。アリエたちはバケツやタルで水をくみ出す。その間にも水はしみてきた。

 一時間ほど必死で水をすてた。やっと船のかたむきがもとにもどる。

 ハンマーがため息を吐いた。

「ふう。これでなんとかなるだろさ。さあおまえたちはユーソニアの木を探しに行け。おれとナツメグで船の修理を完全にするから」

 ナツメグが食べ物をカバンにつめてわたしてくれた。

 小舟をおろす段になってオヨネがツタの顔を見た。ツタはいったん起きて水のくみ出しを手伝った。しかし顔色はまっ青なままだ。

 コニカールもツタの顔色をうかがう。

「ツタは船に残るべきだ。ハンマーとナツメグの助手をつとめてくれ」

「いえ。わたしも行きます。オヨネになにかあったらわたし」

 オヨネがツタをかるく押した。ツタがよろける。

「だめだよツタ。フラフラじゃないか。ボクなら大丈夫。エスエスもアリエも船長もいる。だからツタはハンマーたちの手伝いをしてやって」

 ツタがエスエスを見た。エスエスが剣に手をかける。まかせとけとばかりに。

「じゃたのみましたよエスエス。くれぐれもオヨネをよろしく」

 ユーソニアの樹皮をいれる袋を小舟につんで紅獅子号をはなれた。

 モガイナ島の岩場に小舟をつける。ここまでくれば波はほぼない。海流もない。

 七つ子が先に上陸してアリエたちの手を引く。岩場のすぐ先はジャングルだ。ただでさえ暗い密林に曇り空だった。雨が落ちて来ないのが救いと言えた。

 全員が島に足をつけた。船長が第一声をはなつ。

「さてどうしよう?」

 オヨネが肩を落とす。

「船長。第一声がそれかい?」

「まずかったか? そうだな。取りあえず全員で島の奥にふみこむか。みんなユーソニアの木の絵と樹皮をよく見とけ。おれたちはいま北を向いてる。はぐれたら南にもどるんだぞ。そうすればこの上陸地点にもどれる」

 コニカールが小さな袋から笛を十二個取り出した。形がバラバラな笛だった。きっと音もすべてちがうだろう。

「ユーソニアを見つけたらこの笛を吹け。なにか起きても吹くんだぞ。それからノロシをあげるための木クズを用意した。はぐれたときの用心に各自が持て」

 オーとみんなが声をあげた。船長。コニカール。七つ子。アリエ。オヨネ。エスエス。全員で十二人だ。

 船長を先頭に密林に足をいれた。木からツルがたれさがっている。先端がラッパ状にひらいたツルだった。木々は密集したかと思うとまばらになった。道はまったくない。下草をかきわけて落ちた木の葉にすべりながら歩いた。先端が霧にかくれて見えない大木が多い。気のせいか霧がすこしずつおりてきている気がする。

 オヨネが木の枝からさがるツルにふと思いあたった。

「ねえ船長。これってラッパヅルじゃないの?」

 先頭を進む船長が足をとめた。オヨネの手にするツルに目をやる。

「ああそうだ。よくわかったなオヨネ」

 見るとそこいら中にラッパヅルがさがっていた。モガイナ島はラッパヅルの宝庫らしい。

 七つ子の長男ケヤキがラッパヅルのさがる木をのぼりはじめた。なにをする気かと見ているとケヤキがラッパヅルを切り落とす。おりてきたケヤキが三メートルほどに切られたラッパヅルを手にした。オヨネにラッパヅルをわたす。ケヤキがアリエを目で示した。

 オヨネがケヤキの言いたいことに気づいた。ラッパヅルのはしをアリエに持たせる。耳にあてろとしぐさで教えた。オヨネがラッパヅルのもう一方のはしに口をつけた。思いきり叫ぶ。

「アリエのオタンコナスぅ!」

 アリエは飛びあがった。ラッパヅルの先端をあてていた耳がキーンと痛い。

「バカ野郎! なんてことすんだよ!」

 オヨネがラッパヅルから手をはなして逃げた。アリエは追うが木やツルが邪魔で追いつけない。

 船長が注意を投げた。

「こらこら。あそんでないでユーソニアの木を探さんか」

 博物館でもらったユーソニアの樹皮は灰色をしていた。ツルリとした木肌だ。明らかに周囲にはえている木と種類がちがう。

 ジャングルの奥に入るにつれて霧が顔までおりてきた。空はますます鉛色だ。目の前を行く者の服がぼんやり見えるていどに霧が深い。

 先頭の船長のあとにつづくコニカールが声を張りあげた。

「みんな。まよったら南にもどるんだぞ」

 コニカールの次をあるくのはエスエスだ。エスエスのうしろにオヨネがつづく。

 そのオヨネがふり向いた。アリエの右手をつかむ。

「ごめんアリエ。しばらく手をつないでて」

 オヨネの顔が緊張でこわばっている。不安を感じているらしい。アリエはオヨネの右手をにぎり返した。力をこめてつかむ。柔らかな手を。

「なにか感じるのかオヨネ?」

「いやな雰囲気なんだ。悪いことが起きるんじゃないかな?」

 アリエもオヨネも忘れていた。モガイナ島のうわさを。モガイナ島は亡霊のすみかだと。

「帰れ」

 アリエはふり向いた。うしろから声が聞こえた気がする。帰れと。最後尾は七つ子だ。七つ子の先頭のケヤキが自分を呼んだのかと思った。

「どこに帰るわけケヤキ?」

 ケヤキがポカンと口をあけた。

「帰りたいのかアリエ? こわくなったのか?」

「はい? ケヤキが帰れって言ったんじゃないか。おれはこわくないぞ」

 アリエは口をとがらせた。

 ケヤキも口を突き出す。

「いや。おれは帰れなんて言ってないぞ?」

「帰れ」

「えっ?」

 口から同時に疑問符を出したアリエとケヤキが顔を見あわせる。ケヤキが口を切った。

「おまえいま帰れって言ったかアリエ?」 

「ううん。言ってない。ケヤキが言ったんじゃ?」

「帰れ」

 アリエとケヤキとオヨネがおたがいの顔を見た。たしかに帰れと聞こえた。なのに誰も口を動かしてない。どういうことだ? 

 ケヤキ以外の六人も足をとめてアリエたちを見ている。

「帰れ」

 また聞こえた。今度は横からだ。その場にいるアリエたち九人の声じゃない。船長とコニカールとエスエス。その三人は前に進んでいる。うしろや横から声がくるなんておかしい。

 そのとき前から悲鳴が飛んできた。

 まず船長の声がひびいた。

「うわあっ!」

 次はコニカールだ。

「ふぎゃあ!」

 その次はエスエスだった。

「キャーッ!」

 三人とも出たぁと叫びながら駆けもどってきた。声をかける間もなく三人がアリエたちを通りすぎる。

 アリエは首をかしげた。

「なにが出たんだ?」

 この時点においても亡霊のうわさは忘れている。

 ケヤキが身体をふるわせた。

「おれたちも逃げるか?」

 オヨネが逃げ腰になる。しかし逃げる間はなかった。

「帰れ」

 えっとみんなが声の方角に顔を向けた。けどすぐに逆方向からまた声がきた。帰れ。帰れ。帰れ。こだまのように四方八方から声がひびく。

 アリエは混乱した。

「ど! どうなってるんだ!」

 そこに前方から音がきた。船長たちが逃げ出してきた方角からだ。カシャンと聞こえた。妙な音だった。かわいた骨と骨が接触するような音。

 前方の音が連続した。カシャンカシャンカシャン。近づいてくる。骨の音みたいなのが。

 アリエもオヨネも身体を硬直させた。おそるおそる音源に目玉だけを向ける。

 霧の中に白いドクロが浮いていた。人間一体分のガイコツだ。踊るように進んでくる。足の先が地面についてない。空中を歩いている。

 ケヤキが大声をあげた。いちばんに逃げ出す。

「わほえぇ! 出たあ! 亡霊だあ!」

 七つ子の残る六人もケヤキのあとを追う。全員がやっと亡霊のすみかだと思い出した。

 オヨネがアリエの手をつかむ。逃げはじめる。

「やーん! ガイコツこわーい!」

 手で近くの木をつかみながら一目散に密林を駆けた。足をすべらせながらひたすら逃げる。走って走りガイコツからかなり遠ざかった。

 必死で走ったオヨネの息が切れた。オヨネが足をとめる。もう走れない。そんな顔だ。肩でぜーぜー息をしている。アリエもとまってオヨネの背中をさすった。船長たちや七つ子はもっと先まで逃げたらしい。近くにいる気配はない。エスエスまでが悲鳴をあげて逃げたのがアリエには意外だった。エスエスはお化けなんかこわがらないと思っていた。

 オヨネがうつむいて息をととのえる。ガイコツは追ってきていない。

 霧は頭の上まで上昇していた。島の奥にふみこむと霧が深くなるらしい。

 オヨネの足元に切られたラッパヅルが落ちていた。さっきケヤキが切り落としたラッパヅルだ。アリエの耳にオタンコナスと叫んだやつだった。

 思い出してオヨネがふふふと笑った。そしてふと気づいた。

「アリエ。こういうのはどうだろう? このあたりってラッパヅルが多いよね?」

 アリエはオヨネがなにを言い出したのかわからない。わからないまま相づちを打つ。

「ああ。多いな。それが?」

「ラッパヅルのはしをさ。四方八方に配置するわけよ。もう片方のはしは一カ所に集めとく。それで声をひとつひとつのラッパヅルに吹きこむとどうなる? 帰れって声を?」

 あっとアリエは気づいた。

「四方八方から帰れと聞こえる?」

「ボクはそう思う」

「じゃあのガイコツはなんだよ? 宙に浮いてたぜ? ありゃ亡霊だろ?」

「あのガイコツはねえ。わけがわかんない。けどさ。亡霊が音を出すのかな? 音を立ててた以上あのガイコツって実体なんじゃない? なぐればバラバラになりそうだけど?」

 アリエは身ぶるいした。

「あの。それ。おれにガイコツをなぐれ。そう言ってるわけ?」

 オヨネがひひひと笑った。

「ボクはこわいからなぐりたくない。アリエは強いもんねえ。ガイコツなんかこわくないよねえ。亡霊にびびった海賊なんて一生笑われたくないよねえ?」

 アリエはカチンときた。

「亡霊がどうした! 一発くらわせてやろうじゃねえか!」

「いよ! 男前! アリエくんかっこいい!」

 オヨネがアリエをのせた。アリエの背中を押す。

 アリエを先頭にふたたび密林の奥に足をはこんだ。ふたりともビクビクしながら。

 さっきの地点にさしかかった。

「帰れ」

 声がしはじめた。さらにふみこむと声は四方八方から聞こえた。

 オヨネが次にくる声の出所にあたりをつけた。予想どおりの場所にラッパヅルの口がひらいている。次の帰れはそのラッパヅルの口から聞こえた。オヨネの推測どおりらしい。オヨネがアリエのわき腹をつついてラッパヅルの口を示す。アリエもうなずいた。

 カシャン。

 骨と骨のふれあう音が聞こえた。霧が肩までおりてくる。

 霧の中からガイコツが姿をあらわした。踊るように宙を飛んでいる。

 アリエがふんぎりをつけた。ダッと駆け出す。ガイコツをつかんだ。思いきり背負い投げをかけた。

「あわわわわ!」

 変な声が木の上から聞こえた。そう思ったとたんドサッと音を立ててなにかが落ちてきた。そんなに重くはないものだ。人間よりははるかに軽い。子どもより軽そうだ。

 アリエはガイコツに妙な手ごたえをおぼえた。つかんで地面にたたきつけたとき上に糸がついているような感覚を感じた。誰かが上からガイコツを糸で引っ張っているような力を。

 オヨネが木の上から落下したものに近づく。下草の上に落ちた生き物は毛だらけだった。その毛だらけが声を出した。

「なんてことをすんだよぉ! さっさと逃げるのがすじだろ!」

 オヨネとアリエで声を出した生き物を見た。オヨネとアリエの口がおなじ動きをした。

「サルだ。サルがしゃべってる」

 目の前にいるのはサルだ。明るい茶色い毛が全身をおおっている。身長はオヨネの腰くらいしかない。体重は軽そうだ。手足がとても細い。

 サルが口をひらいた。口の中もサルだ。人間の子どもが着ぐるみを着ているのではない。

「おいらはサルじゃねえ。ピペルネキャラコ三世だ。正体を見られちゃしかたがねえ。つい自己紹介をすましちまったぜ。しくじったかも。で。おまえたちは誰だ?」

 アリエとオヨネがそれぞれ自己紹介をした。

 オヨネが首をかしげたまま訊く。

「でもきみ。サルにしか見えないけど?」

「だーかーら。おいらはピペルネキャラコ三世だ。サルじゃねえ」

 しかしどう見てもサルだ。サル以外には見えない。アリエとオヨネは首をひねりつづける。ただし。サルがしゃべるというのも変だ。けど人間じゃないよな?

 ピペルネキャラコ三世ことサルがアリエの表情を読んだ。

「おいアリエ。いまおいらをサルだと思っただろ? おいらはサルじゃねえぞ」

「ならなんだい? 人間か?」

「うっ。痛いところを突くじゃねえか」

 その答えでアリエとオヨネは納得した。やっぱりサルだと。世にもめずらしいしゃべるサルだ。

 オヨネが珍動物発見の興奮に瞳をかがやかせた。レイクガルド王国につれて帰れば大評判まちがいなしだった。しゃべるサルなんて世界のどこにもいない。

「ところでさ。どうしてピペルネキャラコ三世なの?」

 サルがオヨネの質問に取りあわない。歯をむいた。

「言っとくがこの島にゃ財宝なんかねえぞ。島を荒らすやつはおことわりだ。さっさと帰れ」

 アリエはモガイナ島にきた目的を思い出した。

「おれたちは木を探しにきただけだ。財宝を探しにきたんじゃない。ユーソニアって木の樹皮がほしいだけさ」

 サルの表情が変化した。

「ユーソニア? ヤソ熱が出たのか?」

「ヤソ熱を知ってるのか?」

 サルが胸を張った。自慢げに。

「もちろんだ。こう見えてもおいらは世界中を旅したんだぜ。ユーソニアの樹皮がヤソ熱に効くってのもよく知ってる」

 オヨネが眉を寄せた。

「どうしてそんなことを知ってるわけ? サルのくせに?」

「おいらはサルじゃねえ。ピペルネキャラコ三世だっつーの。まあいい。教えてやろう。おいらは助手だったんだ。ある人のな。ふたりで世界じゅうを旅してまわった。病で苦しむ人を治すための薬草を探してな。その人はとても立派な人だったんだ。世界じゅうの植物という植物を知りつくしてた。おいらに人間の言葉を教えてくれたのもその人だ。そのせいでおいらも病気についてちいとばかり知ってるてなわけよ。おまえらをユーソニアの木まで案内してやる。ユーソニアの樹皮を取ったらすぐに帰れよ。財宝が目あてでおいらをだましてやがるなら生かしては帰さねえぞ。おいらは毒についても多少知ってるからな」

 オヨネが思い出した。酔っぱらったハンマーの言葉を。

「あのさ。ひょっとしてその人ってラロ・ラカディアって植物学者さん?」

 サルが食いついた。

「えっ? 知ってるのかラロを?」

「行方不明になってるって聞いただけだよ。有名な植物学者だったみたいね?」

「そうなんだよ。うれしいねえ。ラロをおぼえてる人がいるとは。おいらとラロは二年前にこの島にきたんだ。初めてふたりできたのは五年前だった」

 アリエはちょっと引っかかった。

「あのさ。どうやって竜のあぎとを越えたわけ? あそこは船では越えられないだろ?」

 サルがふふんと鼻で笑った。バカにしたらしい。

「船では越えられない。それはそのとおりだ。だからおいらたちはイカダで越えたのさ。船を近くの無人島に停泊させてな」

「イカダ? そうか。イカダなら竜のキバが突き立っても穴はあかない。水面からほとんどしずまないから満潮に乗れば竜のあぎとにつかまらずにこの島に着ける」

「そうだ。飲みこめたか? ひひひ。頭の悪い野郎だぜ」

 アリエも言い返す。

「口の悪いサルだな」

「なにをぉ!」

 サルがアリエにつかみかかった。アリエもサルの首を絞める。

 オヨネがサルとアリエを引きはがした。

「やめろよふたりとも。ところでさ。どうしてこの島に財宝があるなんてことになったわけ? ないんでしょ?」

 サルがうなずく。

「ない。宝石もおカネもない。あるのは薬草だけさ。ラロはこの島に初めてきたときおどろいた。この島は薬草の宝庫だったんだ。人間界にもどっても酒を飲んじゃモガイナ島は宝の島だとしゃべってた。どうしてこの島に財宝があるなんてうわさが立ったのかおいらにゃわからねえ」

 オヨネがこめかみを人さし指でつついた。あきれ顔で。

「おいおい。その宝の島だってえ話。酒場でしゃべったんじゃなーい?」

「おっ。そうだ。よくわかるなオヨネ。どうしてわかったんだ?」

「わかるわいそれくらい! 植物学者にとっての宝島だったわけね。それを酒場で吹いたからうわさが立った。横で聞いてて財宝の宝島だとカンチガイしたやつがいたんだ。じゃさ。この島にくるのにイカダなら簡単だってのも酒場で話した?」

「ああ。それもラロが説明してた」

 オヨネがさらにあきれた。

「そのせいでこの島にくる者がふえたわけね。自業自得って感じ。じゃどうしてボクらをおどしたのさ?」

 サルがしょげた。

「二年前おいらとラロはこの島にふたたびきた。未発見の薬草を探しにさ。ところがラロがケガをした。かすり傷だった。でも熱が出てさ。クスリを塗っても飲んでも熱がさがらない。ラロはとうとう死んじまった。おいらはこの島にひとりで残された。おいらひとりじゃイカダを海に出せない。たとえイカダで竜のあぎとを越えたところで船が動かせない。おいらはこの島で生活をはじめた。野生の果物もあっておいらの食べ物にはこまらなかった。ところが人間たちがやってきた。やつらは森を燃やしたり薬草をふみ荒らした。おいらラロの宝物が台なしにされちゃうと思ったんだ」

「それでラッパヅルを細工してガイコツを?」

 オヨネが地面に落ちたガイコツを見た。ガイコツは黒い糸で骨と骨をつないである。黒糸は長くのびて上からあやつれるように十字に組んだ木の取っ手につづいていた。

「そもそもそのガイコツはラロの商売道具なんだ。ラロひとりのときは宿代をかせぐためにガイコツをあやつって腹話術を披露してたのさ。そこにおいらがくわわった。ラロが腹話術でガイコツの声も出すだろ? おいらはサルのふりをしてガイコツの相手をする。おいらとガイコツとラロの三人でかけあいの漫才をしたわけさ。客はおいらがしゃべれるなんて思わない。ラロをとてつもなくうまい腹話術師だと思いこむ。三人分の声を使いわける天才腹話術師だとね。声色もタイミングも三人でやってるようにしか聞こえない。あたり前だ。おいらもしゃべってるんだからね。けど客にはわからない。終われば拍手喝采さ。ラロの帽子はいつもおカネで満杯になったよ。さあ昔話はこれくらいにしようぜ。ユーソニアの木におまえたちをつれてってやる」

 サルが涙を手の甲でぬぐった。サルも泣くんだとアリエとオヨネは知った。

 サルが前進しようとする。アリエはサルを呼びとめた。

「ちょっと待ってくれよ。仲間が樹皮をいれる袋を持ってるんだ。おれたちふたりだけじゃタルに二十個分も持てない。仲間を呼んでくるからきみはここで待っててくれないか?」

 サルが手をあげた。

「じゃおいらが行こう。おまえたちの仲間をつれてきてやるよ。人間の足よりおいらが早い。木の上を飛んで行くからな。仲間の目印になりそうなものを持ってないかい?」

 オヨネが思い浮かべる。

「そういえば笛をわたされたっけ。なにかあったら吹くようにって」

「そいつだ。それを貸してくれ」

 オヨネがサルに笛をわたす。サルは笛をつかむと木の上に消えた。枝から枝に飛びうつる音を残して。

 そのころ船長たちは海岸まで逃げていた。全員で顔を見あわせる。アリエとオヨネがもどって来ない。

 ケヤキが心配顔を作った。

「亡霊に食われたのかも?」

 コニカールが否定した。

「まさか。けど取りつかれてるってのはあるな」

 助けにもどるかと誰も口に出せない。生きている人間ならこわくない。しかし亡霊はだめ。気味が悪い。エスエスも顔色がまっ青だ。剣で切れない存在はだめ。

 そこに笛の音がとどいた。

 コニカールの顔に明るさがもどる。

「あれはオヨネにわたした笛だ。やっと引き返してきたな」

 笛の音が近づいてきた。全員がジャングルに顔を向ける。

 しかしジャングルから顔をのぞかせたのはサルだ。サルがオヨネの笛を口にくわえている。また吹いた。

 リオン船長が眉を寄せた。

「オヨネじゃない。サルだぞ?」

 コニカールも首をかしげた。

「オヨネにわたした笛をどうしてサルが?」

 またサルが笛を鳴らす。

 ケヤキがコニカールを見た。

「あのサル。つかまえるか?」

 コニカールの返事を待たずに七つ子のヒッコリーたち六人が動いた。

 六人がそっとサルに近寄る。サルが逃げた。しかし遠くまで逃げない。ほんのすこしだ。六人の手がとどかない場所でまた笛を吹く。

 六人が足音を忍ばせてまたサルに接近する。サルが手のとどかない距離に逃げた。また六人が追う。サルが逃げる。

 船長たちもサルと六人を追う。サルは逃げつつ六人が近づくのを待つ。密林に消えはしない。すこしはなれて待っている。

 ケヤキが首をかしげた。

「さそってるみたいだなあのサル?」

 六人の最後尾のヒッコリーがふり向いて答えた。

「罠かもしれんぞケヤキ。おびき寄せてサルの大群がいっせいに木から飛びおりてくるんだ。そうなればおれたちサルまみれ」

 ケヤキが笑った。

「あはは。そりゃないわヒッコリー」

「どうして?」

「おれたちを襲う気ならよ。まず笛を吹くわけだ。次に姿を見せない。おれたちはオヨネだと思って探しに行く。そのおれたちの上に木から降ってくりゃおれたちサルまみれ」

「なるほど。そのとおりかも。ならあのサルはなにをしようとしてるんだ?」

「わからん。しかしついて行くしかないんじゃないか? オヨネの笛を持ってるってことはオヨネのいる場所を知ってるんだろう」

 それもそうだとヒッコリーがうなずく。

 ほどなくしてオヨネとアリエの場所までサルがたどり着いた。

 もどってきたサルを見てオヨネが声をあげる。

「きゃー! 帰ってきたのサル吉!」

 アリエとオヨネはサルが帰って来ないのではとやきもきしていた。なにせ相手はサルだ。人間の言葉は話せても頭の中身はサル。三歩進めば用事を忘れるのではと。

 サルが眉間にしわを寄せた。

「サル吉? それはおいらのことか?」

 サルを追ってきた海賊団一同が驚いた。

 先頭の七つ子三号がサルを指さす。

「サ。サルがしゃべってる」

 サルが三号をふり返った。

「おいらはサルじゃねえ! サル吉でもねえ! ピペルネキャラコ三世だ!」

 海賊団一同がクルリとうしろを向く。いっせいに逃げ出した。亡霊を見たときより速い。しゃべるサルはガイコツよりこわいらしい。

 オヨネが肩をすくめた。船長たちに声を投げる。

「サル吉はサルじゃないんだよぉ! しゃべるおサルさんなんだぁ! 化け物じゃないったらぁ! ユーソニアの木に案内してくれるってさぁ!」

 船長たちの足がとまった。おそるおそる引き返してくる。

 サルがオヨネをにらんだ。

「おいらはピペルネキャラコ三世だ。サルでもサル吉でもないぞ」

 オヨネがなだめる。

「まあいいじゃんサル吉で。ピペルネキャラコ三世って長いんだもの。ところでさサル吉。ピペルネキャラコ三世ってどういう意味?」

「ラロの育ててたコショウの木がピペルネキャラコって種類だった。小粒でピリリとからいコショウだったな。おいらがラロにひろわれたときすでに二代目だった。おいらは三代目だそうだ」

「それでピペルネキャラコ三世か。コショウみたいにピリっとくるわけね」

 アリエはうなずく。口の悪さがピリリとくる感覚に似ていると。

 オヨネが船長たちにあらためてサル吉を紹介した。エスエスがサル吉に手をのばす。サル吉が歯をむく。エスエスの手がサッと引っこめられた。結論。エスエスはサルにも弱い。

 サル吉が先頭に立つ。

「さあ行こうぜ。ユーソニアの木はこっちだ」

 船長たちが顔を見あわせながらサル吉につづく。サルがしゃべるのが信じられない顔だ。

 道はだんだんとのぼりになった。霧は胸までおりてきた。森はますます深い。乱立する木の胴まわりがどんどん太くなる。

 霧が腰まで達したときサル吉が足をとめた。目の前に灰色の巨木が立ちはだかっている。木肌はツルリとしていた。

「こいつがユーソニアの木だぜ」

 霧で木の上部はまるで見えない。しかし胴まわりは七つ子たちが手をつないでも一周できないほど太い。なみたいていの樹齢ではないだろう。

 サル吉がユーソニアの木をパンパンとたたいた。

「下のほうの樹皮がはがれかけてるだろ? そいつを煎じて飲めばヤソ熱に効くんだ。下から順にはがして持って帰りな」

 コニカールが樹皮に手をかけた。簡単にはがれる。コニカールがその樹皮を鼻に持って行く。スッと鼻にぬける爽快な匂いが快感だった。ローラ姫の言ったとおりだ。

 全員で樹皮をはがして袋につめた。ヤソ熱の特効薬としてだけでなく清涼飲料としても売れそうだなとコニカールはふんだ。

 その間にアリエとオヨネでサル吉の過去をみんなに説明した。どうしてしゃべれるかはサル吉自身にもわからない。薬草探しの山中で小猿のサル吉をひろったラロ・ラカディアにもわからなかったらしい。言葉をしゃべる才能のあるサルたちがそもそもいるのか。サル吉だけが特殊なのか。

 二十の袋に樹皮をつめこんだ。このぶんだと予定の午後六時には島をはなれることができる。

 全員で袋を肩にかつぐ。帰りはただ南におりればいい。案内は不要だ。

 七つ子たちがさっさとおりはじめた。船長とコニカールとエスエスもつづく。

 アリエとオヨネも歩きかけた。サル吉がユーソニアの木の下で一同を見送っている。悲しげな顔で。

 アリエとオヨネは足をとめた。ふたりで顔を見あわせる。オヨネがうなずく。

「来いよサル吉。いっしょに行こうぜ」

 サル吉の顔がほころんだ。

「おいらはサル吉じゃねえ! サルでもねえぞ! ピペルネキャラコ三世だ!」

 サル吉が四つ足で走ってきた。オヨネの肩に飛び乗る。オヨネの髪の毛をつかんだ。

「さあ行け。おいらやっとこの島を出られるのかオヨネ?」

「ああ。そうだよ。ボクらと行こう」

 サル吉のために全員で寄り道をした。この島で死んだラロ・ラカディアを探す。サル吉はやはりサルなのだろう。洞窟で息たえたラロをそのままにしていた。すっかり白骨化している。みんなで穴を掘ってラロを埋めた。木をけずって墓標を立てる。植物学者ラロ・ラカディア絶海の孤島に眠ると。

 サルを肩にもどってきた一行を見てハンマーが目を丸くした。オヨネの説明するラロの竜のあぎと越えの方法にハンマーが手を打つ。ポンと。

「なるほど。イカダか。そいつは名案だな。おれたちもイカダを作ろうぜ」

 オヨネが腑に落ちない顔をした。

「もう船で竜のあぎとを越えちゃったよ? 紅獅子号をこの島に置き去りにするつもり?」

 チッチッチッとハンマーが人さし指をふった。

「竜のキバにかかるのは船が重いからなんだ。船に乗ってる重い荷物をイカダに乗せて縄で引っ張れば船は軽くなる。軽くなった船底は深くしずみこまない」

「そうか。つまり竜のキバの上を進めるってわけだ」

「そのとおり。さあ。そうと決まればさっさとやろうぜ。イカダを作って荷物をうつすんだ」

 全員で海岸にはえている木を切ってイカダを組んだ。船が軽くなるように重い荷物をすべてイカダにくくりつける。

 用意が終わってイカリをあげた。横帆を張る準備をととのえる。風は追い風だ。いま潮流はモガイナ島に向かって押し寄せている。もうすぐモガイナ島から竜のあぎとへと流れがかわるはずだ。

 満潮の頂点がきた。潮が流れを一時的にとめる。全員が息を飲んだ。

 船長が舵をにぎって身がまえた。七つ子たちとアリエとオヨネは帆柱にのぼっている。

 潮の流れが反転した。

「よし! 帆をおろせ! 出航だぜ野郎ども!」

 いっせいに帆がおりた。ふくらむ帆が風をつかまえる。船が流れに身を乗り出す。

 流れが船をがっしりつかむ。とつぜん船の速度があがった。

 風は追い風だ。船が飛ぶように波の上を走る。

 アリエとオヨネと七つ子が甲板におりた。オヨネの肩のサル吉が目を見張った。

「すっげえ! なんて速えんだ! ハヤブサより速えぞこの船!」

 ハンマーとナツメグとツタが目を丸くした。サル吉がしゃべると知らなかったせいだ。

 船が一気に竜のあぎとに突っこむ。船のうしろからイカダもついてくる。

 全員が衝撃にそなえた。

 コン!

 かすかに船底にキバがあたった。コンコンコン。連続して船底をかすめる。しかし船は重くない。きたときほど強くキバは食いこまなかった。とうぜん船がかたむきもしない。

 風に押された船は竜のあぎとをぶじに通過した。イカダも竜のキバに食われずついてきている。

 無人島と無人島にはさまれた海峡をぬけてやっと船長が息を吐いた。

「ふう。やれやれだ。野郎ども! 仕事は成功したぜ! 今夜は宴会だ!」

 荷物をくくりつけたイカダを回収する。もとどおりに荷物を船に収容した。

 次にサル吉の記憶をたよりにラロ・ラカディアが乗ってきた船を探した。

 サル吉が舵をにぎるコニカールに声をかける。

「たぶんここだ。この島にとめたはずだぜ」

 サル吉が言うが船はない。

 コニカールが波間に目を落とした。

「二年前だろ? 残念だが台風でしずんだか誰かに盗まれたんじゃないか? モガイナ島が宝島だってうわさが立ってかなりの人間がこの付近にきたはずだからな」

 太陽が完全に落ちた。その無人島の前でイカリをおろす。

 その夜の余興はサル吉が受け持った。船に持ちこんだガイコツのあやつり人形をオヨネがあやつる。ラロ・ラカディアの書いた脚本どおりにかけあい漫才をはじめた。ガイコツのセリフもサル吉の担当だ。みんなが笑い転げる。ガイコツが生きているとしか思えない。サル吉がしゃべれると知らなければもっと不思議な見世物になったはずだ。帽子がおカネでいっぱいになるのもうなずけた。


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