第五章 海賊船紅獅子号の航海記
海賊船紅獅子号はレイクガルドの軍船にかこまれて水門まできた。罪人を国外に追放する感じだ。
先頭の旗艦に立つ近衛師団長のヨーゼフが水門に合図を送った。水門がギギギと左右にひらく。両岸に兵士が百人以上整列していた。投石機や弓隊も見える。弓隊はただの矢ではなく火矢だった。船は木造だ。火矢を射られたらとうぜん炎上する。外から川をさかのぼってきてそんな攻撃をされたらひとたまりもない。レイクシティが一度も落城しなかったのもうなずける。
紅獅子号は順調に川をくだった。全員が甲板から川面を見ているとイルカが並走をはじめた。ピンク色をしている。
オヨネが声をあげた。
「やだあ! かっわいーい! こっちに来ないかな?」
ハンマーが酒のつまみにしていた油づけの小魚をオヨネにわたす。
「こいつを投げてみな」
言われたとおりオヨネが投げた。イルカが水面を飛んで小魚を食べた。
「わーい! 食べた食べた! すごいねえ! みごとにくわえたよ!」
コニカールが口をはさむ。
「なれてるからな」
オヨネがコニカールを見た。
「なれてるの?」
「そう。イルカは船の守り神だ。イルカを見たら船乗りはエサを投げる。だからイルカも船を見つけると寄ってくる。もっとも。船乗りは退屈するとイルカにエサを投げてあそぶんだけどな。するとイルカが芸をする」
「芸をするの? どんな?」
「魚をつまんで船のへりから手を出してみな」
オヨネがやってみる。イルカが船べりまでジャンプしてオヨネの指から魚を食べた。つづいていったんもぐったイルカが水面に尾びれで立ちあがる。うしろ向きに水面をけって直立した。胸びれを手のようにたたきながら。
「すっごーい! 立ってうしろ向きに歩いてる!」
アリエもツタもエスエスも目を見張った。三人とも小魚を手にする。交代でイルカに魚をさし出した。イルカがいちいちジャンプしては水面を尾びれで歩く。小魚がつきるまでイルカは芸をした。小魚がつきるとしばらく並走して姿を消した。
ハンマーがイルカの消えた水面を見つめたまま声を出す。
「ピンクイルカか。思い出すねえ船長。十七年前だったな」
船長のリオンは遠くを見る目でなにも語らない。船大工のハンマーと料理長のナツメグがクスクスと笑いはじめた。
オヨネが気になった。
「なんだよそれ? 十七年前になにがあったのさ? 船長が川に落ちたのかい?」
ハンマーが酒を一気にあおった。酒ダル二十個を空にするのはマジらしい。船長たち五十歳代三人組は朝から酒びたりだ。
「川に落ちたなんてほのぼのした話じゃねえよ。リオン船長が軍をクビになったって説明したろ。ところがちがうんだ。実は海賊を逃がした罪で逮捕された。その逃がしてもらった海賊ってのがピンクイルカ団の船長ビンゲット・ビバーク。つまり当時おれたちの乗ってた船の船長だった。ビンゲット船長は八十歳を越えた老体でな。いい人だった」
ナツメグがあとを受けた。
「わしとハンマーは元々ピンクイルカ団の船員じゃった。ビンゲット船長は若いころはむちゃをしたらしい。けど歳を取って人殺しはいっさいやらなくなった。わしとハンマーがひろわれたあと商船を一度も襲わなかった」
「じゃなんで海賊なのさ?」
「海賊に襲われてる一般の船を助けてほうびをもらってたんじゃ。海賊退治をやってる海軍はほうびなんか取らん。ただで助ける。ピンクイルカ団は海賊を襲う海賊じゃった」
「正義の海賊?」
「正義ってわけじゃない。商船を襲ってにくまれるより海賊の上前をはねたほうが気が楽だったんじゃ。悪人にはかわりないな。こまってる人の弱みにつけこむんじゃから」
「なるほど」
「そんなわけじゃからピンクイルカ団は海賊たちからにくまれた。おれたちの商売の邪魔をするんじゃねえとな。そこのリオン船長はピンクイルカ団を見つけても見ぬふりしてたんじゃ。けどミッドクロスの野郎はピンクイルカ団を追ってきおった。都合の悪いことに緑狼海賊団と交戦中にな」
「りょくろう海賊団?」
「そう。緑色の旗にオオカミの絵が描いてある。この緑狼海賊団ってやつは数ある海賊団の中でも最悪じゃ。商船を襲うとひとり残らず殺しちまう。ピンクイルカ団のビンゲット船長は緑狼海賊団を外道と呼んでた。緑狼海賊団もピンクイルカ団は海賊じゃねえとののしってたけどな」
「仲が悪かったんだ?」
「悪いなんてものじゃない。ビンゲット船長がゆいいつ殺してもかまわねえと公言してたのが緑狼海賊団じゃ。実際にわしらの仲間で斬り殺された者もおる。緑狼海賊団は人殺しは平気じゃからな。オヨネたちも緑の旗にオオカミの顔を描いた海賊団を見れば逃げるんじゃぞ。でないと殺しあいになる」
オヨネがうなずいた。
ハンマーがまた酒をあおって釘を刺す。
「緑狼海賊団の話じゃなかったはずだぞナツメグ。リオン船長を助けに行った話だ」
アッとナツメグが思い出した。
「そうそう。そうじゃった。ピンクイルカ団と緑狼海賊団がチャンバラをやってるところにミッドクロスの野郎がわりこんできた。緑狼海賊団はさっさと逃げた。そのとき見習いの坊やがミッドクロスにつかまってな。ビンゲット船長がその坊やの身がわりになった。ミッドクロスは海賊をつかまえたら容赦なく首をはねるからな。ビンゲット船長は言ったよ。そんな名もない若造の首をはねても自慢にならんじゃろう? わしの首ではどうじゃと」
「それでビンゲット船長が逮捕された?」
「ああ。ビンゲット船長はつれ去られるときわしらにこう言い残した。わしはいつ死んでもおかしくない年寄りじゃ。おまえたちは手出しをいっさいするなと。わしらはみんながっくりきた。ビンゲット船長の命が助かるはずがないからな。ところがビンゲット船長はひょっこりもどってきた。話を聞くと軍の支部長がこっそり逃がしてくれたという。その支部長が」
「リオン船長?」
「そのとおり。わしらはリオン船長に恩義を感じた。頭の硬い軍人の中で話のわかる男じゃったしな。わしらピンクイルカ団は当時のセントラル軍支部を襲った。国境を越えて陸にある軍の基地に奇襲をかけた海賊はわしらが初めてじゃった。支部のほうもまさか自分たちの支部長を海賊が奪いにくるとは思ってなくてな。完全にゆだんしてて対応が遅れた。そのおかげでわしらは圧倒的に少数じゃったがぶじにリオン船長を牢から強奪できた」
「それでリオン船長が海賊に?」
「そう。最初はしぶったんじゃよ。けどビンゲット船長がはなさんかった。そのうちピンクイルカ団の一員として活躍してくれるようになったな。紅獅子海賊団を旗あげしたのはビンゲット船長が引退したからじゃ。リオン船長は二代目を継ぐと言ったがビンゲット船長がとめた」
「どうして?」
「時代が新しくなったからじゃ。ミッドクロスがセントラル王国を乗っ取ってミッドナイト皇国を建てたじゃろ? ミッドクロスは最初から大陸を統一する腹じゃった。もしミッドクロスが大陸を統一して海賊一掃に乗り出せば海賊の生き残る道はまずない。ピンクイルカ団の二代目船長として殺されるより自分自身の海賊団の船長として死ぬほうがかっこいいじゃないか。そうじゃろ?」
「ほうほう。そりゃそうだ。それで紅獅子海賊団に?」
「そういうこと。ミッドクロスがあんまり手際よく王国を乗っ取っちまったせいで当時は海賊が多く引退したんじゃ。ミッドクロスが巨大な海軍を作って攻めてくるってうわさが流れたせいでな。ミッドクロスはそういう思いこんだら最後まで的な男じゃったから。それでピンクイルカ団も船長をはじめほとんどの船員が船をおりちまった。年寄りも多かったしな」
「ふうん。じゃビンゲット船長はそのあとどうしたの? 畑でもたがやした?」
「いいや。多島海の故郷に帰って漁師になった。けど三年後に死んだ。大往生じゃった。歳が歳じゃったんでね。酒をやめたら百歳まで生きられたかもしれんけどな。いまでも多島海でピンクイルカ団の生き残りが漁師をやっとる。そんなわけで紅獅子海賊団旗あげ当初は五人じゃった。わしとハンマーとリオン船長と若造がふたり。その若造ふたりは最初のミッドナイト皇国の船と交戦後に船をおりた。ぶるっちまったのさ」
ハンマーがひとつの酒ビンを空にして次のビンへと持ちかえた。
「おれたちは三人になって海賊をやめようかって話しあってた。そのときにきたのがコニカールだ。やる気のねえおれたちにかわってコニカールがひとりで船を切りまわした。ケンカは弱いし剣が使えるわけでもねえ。なんで海賊になろうと思い立ったのかいまでも教えやがらねえ。コニカールはかわった男だよ」
ナツメグも次のビンにうつる。
「つづいてやってきたのが七つ子じゃ。ケヤキたちは獣王剣をおぼえたくてリオン船長を探してた。獣王剣はそもそも森林国フォレストガルド王国の剣技だ。もとは大木を一刀両断にする目的で発達した剣でな。リオン船長の師匠が灰の王に殺されたせいで獣王剣を伝えられるのがリオン船長ひとりになった。それで七つ子はリオン船長に弟子いりした」
オヨネがケヤキたち七つ子を見た。どう見ても剣士には見えない。腰に短剣をつっているだけだ。
「ケヤキさんたちも獣王剣が使えるの?」
ナツメグが肩をすくめた。
「ぜんぜんじゃ。獣王剣は力がないと会得できんそうでな。技だけじゃだめらしい。それでケヤキたち七つ子は剣をあきらめて海賊に専念した。全員が身軽で連携もいい。敵のふところに飛びこんで短剣をのどもとに突きつける速さは天下一品じゃよ。ケヤキたち七つ子のおかげで紅獅子海賊団はもってるようなものでな」
七つ子がいっせいに照れた。コニカールはひょうひょうと風を読んで船足の計算をしている。
そのコニカールがオヨネとアリエに顔を向けた。
「この調子だと海に出るのはあしたの昼だ。おまえたちきょうは早く寝ろ。いまから部屋にもどって荷物を整理しな。寝るしたくをするんだ」
オヨネが首をかしげる。
「どうして? まだ太陽は高いよ?」
「海は波があるんだ。川くだりで船酔いしなくても海だとする。眠りが足りないと酔いやすい」
「なるほど。じゃさコニカール。酒に酔っぱらってる人は酔わないの?」
コニカールが首をひねった。
「同時に酔うからわからないんじゃないか? ただし悪酔いにはなるだろうな」
悪酔いはいやだとオヨネは思った。
オヨネとツタ。アリエ。エスエス。それぞれがひとつ船室をもらった。紅獅子号は船室が多いわけではない。小さな船室は四つしかない。ほかに台所兼食堂。居間。風呂。トイレ。倉庫。それだけ。
コニカールが一室を使っているだけで船長たちは居間でザコ寝をしている。というより船長とナツメグとハンマーは夜は食堂で酒を飲む。そのまま食堂で酔いつぶれる。部屋なんかいらない。そういうわけらしい。七つ子は船の思い思いの場所で眠るそうだ。居間だったり倉庫だったり帆柱の上だったり。オヨネは思った。風呂とトイレでだけは眠らないでねと。
いったん自室に引っこんだオヨネにツタが指を一本立てた。
「いいですかお嬢さま。くれぐれも女だとバレないように。言葉づかいは特に気をつけてくださいね。あたしと言ってはいけませんよ。ボクですよボク。わかりましたね?」
「わかってるってツタ」
「ほんとですか? いまでもツタは反対ですよ。こんな男ばかりの。しかも海賊船に乗りこむだなんて」
「もういいって。わかってるから」
「いいえ。お嬢さまはわかってらっしゃいません。これがどんなに危険な状況かってことが。お嬢さまはこのツタがかならず守ります。命にかえてお嬢さまの身を守らせていただきますとも」
「はいはい」
「はいはいじゃありませんよ。お嬢さまにはお胸がありません。これっぽっちもです。ですから黙ってれば女だと見やぶられるはずがありません。船にお風呂がついてるからといって勝手にお風呂に入ってはいけませんよお嬢さま。このツタが見張ってないときにお風呂に入っちゃだめです。海賊なんてケダモノの集まりですからね。お嬢さまが女だとバレたら襲われるに決まってます。お嫁に行けなくなりますよ。わかりましたね?」
「わかったってばさ。ほんとにうるさいんだから」
「なにかおっしゃいましたかお嬢さま?」
「ううん。あたしはなにも言ってない」
「お嬢さま! あたしではなくボクでしょ!」
アッとオヨネは口を押さえた。たしかについポロッとこぼれる。気がゆるむと女言葉にもどってしまう。
「ツタ。あんたもお嬢さまはやめてよ。でないとあたしって言っちゃう。オヨネって呼び捨てにしなきゃだめ。ふたりっきりのときもだよ」
「なるほど。それもそうですわねえ。ちょっと抵抗がありますがそうしましょうか」
そのときドアにノックの音がした。ナツメグの声がする。
「オヨネにツタ。夕飯のしたくを手伝ってくれんかな?」
アリエもオヨネも客として乗ってない。見習いとして乗せてもらった。船の雑用をするという約束でだ。最初はナツメグの手伝いらしい。
オヨネとツタが食堂に入った。すでにアリエとエスエスがジャガイモの皮をむいている。小さなナイフを手に。
ナツメグがオヨネとツタにも指示を出す。
「手を洗っておまえらふたりも皮をむいとくれ。シチューとサラダとコロッケを作るんじゃ」
オヨネがナツメグの顔を見た。
「しばらくイモづくし?」
「そういうわけでもないぞ。波のないときに手のこんだ料理を作るだけじゃ。海が荒れたらややこしい料理は作れん。干し肉と乾パンをかじるのが精一杯になるからな」
なるほどとオヨネも手を洗う。
オヨネたちがイモをむきはじめるとナツメグが肉の処理にかかった。ナツメグが一頭の半身を天井からつりさげる。大きな包丁で肉を分断して行く。
ナツメグが背中を向けたまま声を出した。
「航海の最初は生の肉が食える。航海の終わりは干し肉しか食えんぞ。船酔いしても無理してつめこむんじゃ。でないと船になれたころには味けないものばかりになっちまう」
見る間に肉がかたまりやら薄切りにかわった。ナツメグがなれた手つきで塩づけや干物に加工しはじめる。
肉の処理を終えたナツメグがふり返った。ナツメグの目が丸くなる。
「なんだそりゃ? イモの皮をむいてくれってたのんだんじゃぞ? 誰がイモをひとまわり小さくしてくれと言った?」
こぶし大だったイモが鶏卵大にまでちぢんでいた。ツタとエスエスは指に切り傷まで作っている。女ふたりは料理をしたことがないらしい。
ナツメグが両手で頭をかかえた。
「ああ。もういい。おまえら誰ひとりとして料理の経験がないわけじゃな?」
アリエたち四人がそろってうなずく。アリエは育ての母が料理上手だった。男たちは料理の材料を毎日狩りに行くだけだ。野ウサギ。キツネ。馬。鳥。魚。そんなものを。
エスエスは剣にはなれているが包丁は持ったことがない。料理は軍の食堂に足をはこぶと出てくるものだった。
オヨネは大陸の五分の一を支配する家のお嬢さまだ。言うまでもないだろう。
問題はツタだ。ツタは乳母としてダイヤモンド家に入った。自分の夫と子を熱病でうしなったツタを見かねた母親がツタをダイヤモンド家に送り出した。だから本来はオヨネが乳ばなれしたらツタは用ずみだ。マズツタ島に帰るはずだった。しかしオヨネがツタをはなさなくなった。夜になればツタがいないと泣きやまない。ツタは乳母からオヨネ専属の子守にかわりダイヤモンド家に残った。オヨネは実の母よりツタになついた。ツタなしではオヨネのきげんがとても悪くなる。ツタはいつしか家族の一員なみにあつかわれた。オヨネとほぼ同等のあつかいだ。だから料理や雑用などいっさいしない。ゆいいつやったのはオヨネの服をぬったこと。マズツタ島の女たちは織物が得意。小さなマズツタ島の特産物は織物だけだった。そんなツタだからジャガイモの皮をむくのは今回が初めてだ。マズツタ島にジャガイモはなかった。サトイモの巨大なやつとサツマイモがあっただけ。
ナツメグが四人を食堂から追い出す。
「メシができるまでコニカールの用事を手伝ってやるんじゃな」
この調子で皮をむかせると十五人分の料理が三人分に激減してしまう。
甲板に出るとコニカールと船長が舵に寄りかかっていた。ハンマーは川にしずむ夕陽をサカナに酒をくらっている。七つ子が帆柱の下でマストロープに手をかけていた。
オヨネが食堂を追い出された顛末をコニカールに説明する。
「料理の才能がないってか。じゃそうだな。いまから帆をたたむんだ。いつもは七つ子がする仕事だけどおまえたちにやってもらおうか。七つ子が説明するからよく聞いてたたんでくれ」
オヨネが帆柱を見あげた。高い。三階建ての建物くらいある。
帆をたたむには上にまきあげるのと下におろすのの二種類がある。紅獅子号は上にまきあげるタイプだ。すべての帆をたたむには帆柱のてっぺんまでのぼる必要がある。
まっ先にツタが目をまわした。荒いあみ目のマストロープに手をかけるどころではない。
紅獅子号には帆柱が三本立っている。船のうしろから風を受けるときは船の左右に帆を張る。風をまともに受けるようにだ。すると船は前に押し出される。しかし船の前から風を受ける逆風だとその帆では進まない。船の前から風を受けるときは船の前後を示すよう帆を張る。すると船は風に向かってななめに前進する。いまはうしろから風を受けているから帆は左右に張っている。船の左右に張る帆を横帆。前後に張る帆を縦帆という。現在は横帆だ。
紅獅子号は帆柱一本につき五枚の帆を張っていた。上から下までが一枚の縦長の帆だととつぜんの強風でやぶれたときすぐに修理がきかない。五枚の帆に分散すると一枚がやぶれても一枚ずつが小さいから他の四枚で走っている間に修理がきく。
うしろから吹く追い風に対して張る横帆は横長の四角だ。向かい風に対しては三角の縦帆。それぞれを使いわけてどの方向の風でも船が前進するようにしている。乗組員がすくないから手でこいで船を動かすわけにはいかないせいだ。
いまは追い風なので四角い帆を五枚張っていた。帆柱の下から一枚ずつ帆をまきあげなければならない。
アリエとオヨネとエスエスが三本の帆柱にそれぞれかかった。七つ子がふたりずつサポートにつく。アリエもオヨネもエスエスも下から三つ目の帆までは順調にまき終えた。四つ目の帆をまく段になって船がゆれた。マストロープはセーフティネット状にあまれている。落ちても途中で引っかかる。命に別状はない。
しかし下を見るとこわい。上にのぼればのぼるほど帆柱のゆれは大きくなる。風も強い。安全だからといって手をはなして落ちたくはない。こわいと思えば身体がかたくなる。腕が思うようにのびない。
アリエとオヨネの動きがとまった。なおものぼりつづけているのはエスエスだけ。エスエスはこわいもの知らずらしい。ただし。そこつ者だ。軽々とのぼりすぎて風にあおられた。エスエスの手がマストロープからはなれた。そのまま落下する。マストロープの下のたわみでポワンポワンとエスエスがゆれた。それはそれで楽しそうだ。エスエスのたたみ残した帆を七つ子の六号と七号がまき終える。
コニカールがアリエとオヨネに下から声を飛ばした。
「おーいアリエとオヨネ。おまえらももうおりて来いよぉ。無理はしなくていいぞぉ」
アリエはオヨネのいる帆柱を見た。わずかにオヨネのほうが上までのぼっている。いまおりたらオヨネにまけたことになるのでは? アリエは勇気をふりしぼった。さらに上を目ざす。
一方のオヨネもアリエを見た。アリエがまたのぼりはじめている。ここでおりればあたしが根性なしか? オヨネものぼりはじめた。
四枚目の帆をまき終える。風はますます強い。耳もとでビュウビュウ鳴っている。アリエもオヨネも相手をうかがう。どちらもおりる気はないらしい。しかたがない。最後までやってやる。
オヨネが気合いをいれた。アリエもまけじと手と足を動かす。
七つ子のヒッコリーと三号がオヨネのサポートだ。四号と五号がアリエについている。長男のケヤキは甲板からマストロープの張りを調整中だった。全員が一度に落ちても甲板に衝突しないように。
五枚目の帆にたどり着いた。そのときアリエもオヨネもこわさを忘れた。アリエはオヨネより早く帆をまきあげたい。オヨネもアリエより先に帆をたたみたい。ふたりは眼前の帆に集中した。
宵闇が帆柱のてっぺんからせまる中。ヒッコリーと三号のサポートのおかげでオヨネが先に五枚目の帆をまき終えた。
オヨネが右手を突きあげる。
「やった! ボクの勝ち!」
オヨネはすごくうれしい。ターニャ・ダイヤモンドとしてならこんな危険なまねはさせてもらえなかっただろう。家にいるときは刺繍針一本持たせてもらえなかった。オヨネにとって生まれて初めての達成感だった。
つづいてアリエがたたみ終える。
「ちくしょう! オヨネにまけたぁ!」
実際はオヨネの実力ではない。手先が不器用なオヨネをヒッコリーと三号が手助けしたせいだ。四号と五号はアリエに百パーセントまかせた。
四号と五号がアリエの背中を軽くたたく。よくやったと。七つ子のサポートなしならアリエのほうが早かったはずだ。片目のハンデにかかわらずアリエは器用に帆をまいた。料理人の才能はなくても甲板員の才能はあるかも。
アリエがマストロープをおりはじめる。オヨネもおりかけてふと気づいた。エスエスが落っこちたとき気持ちよさそうだったなと。
オヨネが深呼吸をひとつした。息を思いきりすう。両手をはなした。身体が宙に舞う。風を感じながら落下した。ヒューと。マストロープの一番下でボヨンボヨンとお尻がはねた。
「キャハハハ! これすっごく気持ちいい! アリエもやってみなよ!」
アリエは下を見た。オヨネがポヨポヨはねている。楽しそうだ。アリエも手をはなした。両手を広げて顔からまっ逆さまに落下する。顔からあみ目に突っこんだ。
「うぎゃ! ふぎゃふぎゃ!」
荒いロープが顔を直撃した。とても痛い。楽しいどころじゃない。教訓。帆柱から落ちるときは背中から落ちましょう。顔から落ちると痛いです。
上きげんのオヨネとちがってアリエは苦い顔だ。ほほから鼻にロープの跡がついている。アリエは右目の眼帯をととのえた。
コニカールがふたりをむかえた。
「よくやったなふたりとも。初めてにしちゃ上できだ。けど帆柱から飛びおりるのはやめとけ。手や足があみ目に引っかかると骨がおれることもある」
アリエとオヨネは同時に首をすくめて返事をした。
「はーい」
コニカールと船長で船を流心からはずした。七つ子がイカリをおろして停泊させる。本日の航行はこれまでらしい。夕陽は最後のひとかけが地平線に残るのみだ。
そのとき船室につながる階段のすぐ横から声が聞こえた。ナツメグの声だった。
「メシができたぞぉ! みんな食堂に来ーい!」
アリエはふり返った。しかし階段をのぼってきたのはハンマーだ。ナツメグではない。
「あれ? ナツメグだと思ったのに?」
ハンマーが口をひらく。
「聞こえたか。じゃ呼びに来なくてもよかったな。メシの用意ができたとさ」
オヨネも不思議な顔だ。
「あのさハンマー。いまのナツメグの声じゃなかった? ハンマーだったわけ?」
ああとハンマーがうなずいた。階段の横につけられたラッパ状の筒を示す。
「こいつは伝声管といってな。声を通すクダだ。もとはラッパヅルってツル植物でな。大きな木の上からたれさがってる。中心が空洞になっててな。片方のはしから声をかけるだろ? するともう一方のはしから聞こえるんだ。食堂からここまでそのラッパヅルをのばしてある」
「ああそうか。じゃ食堂で叫べば甲板まで声がとどくんだ?」
「そう。逆にこのラッパ状の口に怒鳴ると食堂で聞こえる。ラッパヅルはツル草だから生のときはグニャグニャだ。かわくとカキンコキンの木に変化する。生のときに食堂からここまで張りめぐらせてやるだろ? するとかわけばまげた形でかたまっちまうって寸法よ。便利だろ?」
「おもしろーい! ハンマーってそういう仕事をしてるんだ!」
「ま。そういうこったな。酒を飲むばかりの男でもねえんだよ」
ハンマーがちょっと照れた。
全員で食堂におりる。ハンマーが呼びにくる途中でともしたらしくランプが通路に光を投げていた。
食堂に入るといい匂いがした。テーブルの上にさまざまな料理がならんでいる。ステーキ。丸焼きにされた鳥。カボチャにパイナップルと豚肉をつめた蒸し物。ロールキャベツ。大型の淡水魚の川スズキを塩で包んで蒸し焼きにした川スズキの塩包み焼き。パン。果物。
オヨネがおいしそうと見まわしてハッと気づく。
「あれ? シチューとサラダとコロッケじゃなかったの?」
「そいつはあしたからのメニューじゃよ。新鮮なものが食えるうちはこういう料理じゃ。沖に出れば干しソーセージやベーコンばかりになる。特に今夜は腕をふるったわい。なにせあしたから食べられなくなる者が出るやもしれんでのう」
ナツメグの説明になるほどとオヨネが納得した。
船長のゆるしをえてツタが料理にかじりつく。アリエとオヨネとエスエスも片はしから食べた。どれもおいしい。十五人が好き放題に食べた。テーブルいっぱいの料理があっという間になくなる。
ナツメグがアリエとオヨネとエスエスを見た。
「もっと食うかね?」
アリエとオヨネとエスエスが同時に手をふる。
「もうけっこう。おなかいっぱい」
ナツメグが次にツタに顔を向けた。
ツタが複雑な顔をする。おなかはいっぱいだ。けどもっとくれるなら食べてみたい。そんな顔だった。
ナツメグが鍋をひとつつかんだ。ふたを取る。中にフルフルとゆれる黄色いものがはいっていた。ナツメグが皿の上に鍋をひっくり返す。中の黄色い物体が皿の上に落ちた。フルンフルンとゆれが大きくなる。黄色のてっぺんには焦げ茶色のソースが乗っていた。
ツタの顔も物体にあわせてゆれる。
「なんですのこれ?」
「ダチョウの卵の蒸し物じゃ。牛乳と砂糖をいれてある。多島海で取れる香料で卵と牛乳の臭みを消した。焦げ茶のソースは砂糖を焦がしたものじゃ。あまいばかりじゃアクセントが足りんように思うたでの。まあ食べてみてはどうじゃ?」
ナツメグが大きなスプーンをツタにわたす。ツタが黄色いプルプルにスプーンを刺した。トロンとスプーンの上にフルフルが乗る。ツタが口にいれた。ツタの目がうっとりととじられた。ツタの顔を見ているだけでおいしそうだとわかる。
オヨネが大きく口をあけた。
「アーン」
ツタがオヨネをにらむ。しかしおしそうにスプーンに黄色を乗せた。オヨネの日にはこぶ。
「うっまーい! なにこれ! 口の中でとろけるよぉ! あっまーい!」
オヨネがまた口をあける。今度のツタはオヨネの口にいれない。自分の口にはこんだ。
オヨネがツタをにらみつけた。
「ずるいぞツタ! そのスプーンよこせ!」
ツタとオヨネがスプーンを取りあう。ナツメグがふたりをとめた。
「仲よく食べんかふたりとも。ほらスプーンをもうひとつやろう。みんなの分も作ってあるぞ。ただし五つしかないからわけて食べるんじゃ」
ナツメグが残り四つの鍋を皿にあけた。七つ子とコニカールでふたつの皿を取った。アリエの前にひとつくる。エスエスの前にもひとつ。
アリエは計算があわないと思った。
「船長とハンマーとナツメグの分は?」
ナツメグが笑う。
「わしらはあまいものより酒じゃよ」
なるほどとアリエは納得した。エスエスとふたりでひとつを食べることにしてアリエのぶんを七つ子たちにまわす。その間に船長とハンマーとナツメグが酒を飲みはじめた。
卵に牛乳と砂糖をいれバニラで香りをつけて蒸したお菓子をみんなが食べ終わった。
ナツメグが酒を飲みながらアリエたちを見た。
「食べ終わったようじゃな。では新入りになにか余興をやってもらおうかい」
エッとアリエとオヨネが顔を見あわせた。そんなの聞いてないぞと。
エスエスが剣をつかんで立った。
「よし。わたしがひとつ技を見せよう。アリエ。立ってくれ」
アリエは首をかしげながら立った。そのとたんエスエスの剣がさやをはなれた。剣が宙に舞う。二回三回。ひらひらとランプの光が剣の軌跡に切り取られた。エスエスの剣がさやにもどる。カチンと剣のつばがさやをたたく。ふうとエスエスが息を吐いた。
「おそまつさまでした」
エスエスがふたたびイスに腰におろす。みんなが目をパチクリした。
アリエは立ったままエスエスに訊く。
「剣をぬいてからさやにもどすまでの速さを見せる芸かい?」
エスエスが首を横にふった。そのときアリエは全身を風が吹きぬけるのを感じた。なんだこの寒さは? スースーするぞ? 思ったとたんアリエの服がハラハラと床に落ちた。パンツまでがバラバラだ。
オヨネがアリエの一部分を指さした。
「キャハハハ! たしかにおそまつ!」
酒を飲みかけたツタが酒を噴き出した。ツタがあわててオヨネの目を両手で押さえる。
「み! 見てはいけません! お」
お嬢さまと言いかけてツタが口ごもった。
アリエは前をかくして悲鳴をあげた。
「うわーっ! な! なんてことをすんだよぉエスエスぅ!」
エスエスも酒に手をのばす。もう手もとが狂ってもかまわないという顔で。
「わたしが知ってる余興といえばそれだけだ。ボギー三日月剣の奥義だぞ。肌は切れてないだろう? 服だけ切るのはむずかしいんだ」
「そ! それはわかるけどさ! パンツまで切らなくてもいいじゃないか!」
「そいつはだめだ。パンツだけを残して切る技はまだ身につけてない。身につけたら次はパンツを残そう。パンツだけ残すにはあと十年は修行をつまねば無理だろう。すまぬが十年待ってくれアリエ」
とぼけたやり取りの間に七つ子やコニカールが腹をかかえて笑っている。船長とハンマーとナツメグは拍手喝采だ。オヨネはツタの手をはずしてアリエの全裸を見ている。クツクツ笑いながらだ。アリエが身につけているのは右目の眼帯だけだった。
ツタが青い顔でぼやく。
「なんてハレンチな! こんなもの見ちゃいけませんオヨネ!」
それはそれで失礼だなとアリエは思った。コニカールがアリエにタオルを投げてやる。アリエはタオルを腰にまいた。ちぇとオヨネの舌打ちがアリエの耳に入る。男同士でこんなものを見たがるなんておまえは変態かとアリエは思った。
アリエはタオル姿で自室に逃げた。服を着て食堂にもどるとツタまでが酒びたりになっていた。酒を飲んでないのはオヨネとコニカールだけだ。十二人の浮かれる男女がラインダンスを踊りはじめた。
アリエの顔を見てツタが叫ぶ。踊りながら。
「こらあアリエ! もっとぬげぇ! おまえは裸で踊れぇ!」
アリエの耳にオヨネの苦いつぶやきが飛びこんだ。
「なーにが海賊はケダモノの集まりだよ。ツタがケダモノじゃない。アリエを襲うんじゃないだろうな?」
アリエはオヨネに訊いてみる。
「きょうは飲まないのかオヨネ?」
「飲んであの連中といっしょに踊れっての? ボクはそこまで恥知らずじゃない」
エスエスまでが七つ子に教えられてステップをふんでいる。ゆれる豊乳がとても刺激的だ。
アリエは次にコニカールに顔を向けた。
「コニカールはどうして飲まないんだい?」
「おれひとりくらいシラフでいなきゃ非常時にこまるだろ? ここは海賊船なんだぜ。本当ならいつ敵に襲われるかしれないんだ。いくらレイクガルド王国の法律で禁止されててもさ」
「なるほど。けどそれを言っちゃコニカールは酒を飲めないんじゃ?」
「そう。おれは航海中には飲まない。港に着いたら飲む。船乗りは海に出てるかぎり仕事中だ。仕事中に酒を飲むのはおれの流儀に反する。酔っぱらってちゃまともな仕事にならねえ。船をぶじに港にもどすのがおれの仕事だからな。実のところおれがいちばん役に立たねえ。役立たずが人いちばい酒を飲んじゃみっともねえだろ」
オヨネが首をかしげた。
「そうかな? コニカールがいなきゃこの船って出航もできないんじゃないの? つみ荷の管理のできそうな人っていないじゃん」
コニカールがうなずく。
「ま。人それぞれってやつだな。船長はたいていの敵なら一刀両断にする剣の腕を持ってる。ナツメグはすでに味わったとおりの力量だ。ハンマーも工作をさせりゃみごとだぜ。七つ子たちもそれなりだ。おれひとりがなんか地味でね。おまえらも特技は持ってるほうがいいぜ。売りがないとちと悲しいからな」
アリエとオヨネが首をたてにふった。けどふたりとも特技などない。アリエのグリーン格闘拳は自慢できるものではない。オヨネはダイヤモンド家にもどれば大金持ちだ。だがオヨネ自身は何者でもない。翌夜ひょんなことからオヨネの特技があきらかになるまでは。
気楽に肩を組んでラインダンスを踊っている十二人を見ながら三人は深いため息を吐いた。酔わない者の苦悩を酔う者は知らない。
翌日だ。船は海に出た。夏の海はおだやかだった。
宴会気分のぬけない船長たちオヤジ三人組は朝から飲んでいる。ツタとエスエスと七つ子はさすがに朝からは飲んでない。ツタは昨夜の乱行をおぼえてない顔でつくろいものをした。アリエのバンツももとどおりにぬってもらった。アリエとオヨネとエスエスは釣り竿を持たされた。半日釣ってなにも釣れない。もうやめようかと思ったそのときだ。エスエスの竿にあたりがきた。三人がかりで魚とつな引きをする。あがってきたのはマグロだった。持ちあげるとエスエスのへそから足先まであった。ナツメグがさっそく晩メシに加工する。
晩ご飯がすむと七つ子がカードを取り出した。ポーカーをはじめる。アリエとオヨネも教えてもらった。ツタとエスエスはギャンブルはしないと酒に手をのばした。
アリエは必死でルールをおぼえた。勝ったりまけたりした。気がつくと熱くなっていた。次に気がついたときパンツ一枚になっていた。王さまからもらった十万ガルが一ガルも残っていない。七つ子にまきあげられたのかと思った。けど七つ子たちも全員がパンツ一枚だ。あれ? と思った。
よく見るとひとり勝ちはオヨネだった。全員の服をかかえこんでニタニタ笑っている。
「ふふふ。現金がなければ借金でもいいよ。さあもういっちょ来い!」
七つ子を代表してケヤキが両手を持ちあげた。
「やーめた。これ以上まけられるか」
「ちぇ。つまんなーい」
そこにハンマーが首を突っこんだ。
「なんだおまえら? 八人がかりでオヨネひとりにまけたのか? 情けねえやつらだな。よーし。おれがおまえらのまけを取り返してやろう」
大口をたたいたもののすぐハンマーもパンツ一枚になった。その次はナツメグだ。やはり身ぐるみはがれた。七つ子たちに背中を押されたコニカールが次にオヨネにいどんだ。しかしコニカールは一万ガルまけた時点で手を引いた。堅実な男だ。最後にまけ組全員の期待を背おってリオン船長がやってきた。結果は惨敗だった。
リオン船長がラストの大勝負に出た。
「よしオヨネ。この船を賭けようじゃねえか。おれが勝ったら全員のまけをもどしてもらう。オヨネが勝ったらこの船はオヨネのものだ」
「いいよ。その勝負受けた」
とは言ったもののオヨネはもう勝つ気はない。ちょっと勝ちすぎた。みんなの全財産を取りあげた。けど使い道がない。実家から持ち出したダイヤモンドの原石もまだ袋に満杯で残っている。ここはひとつまけてみんなにおカネを返そう。そうオヨネは判断した。でないと二度とカードあそびに混ぜてもらえなくなる。
カードがくばられた。船長と一対一の勝負だ。オヨネの手は十のワンペアだった。その二枚ある十を交換に出す。あらたにきたカードは二だ。残したカードに二が一枚。スレトートにもフラッシュにもならず二のワンペア。最低のワンペアだ。これでまけられるとオヨネはニヤッと笑った。
その笑みがまずかった。一枚チェンジしてニヤッだ。よほどいい手ができたと船長は勘ぐった。船長の手は一のワンペア。しかし残りの三枚は二と三と四。五がくればストレート。船長は一のワンペアをくずした。二枚ある一を交換に出す。きたカードは六。スレトートにもフラッシュにもならないノーペア。
がっくりと船長の肩が落ちた。オヨネの手札を見てさらにがっくり。一のワンペアで勝っていたわけだ。
「わー! 持ってけどろぼう!」
船長がカードをほうり投げた。食堂の天井にカードが舞う。こうして海賊船紅獅子号はオヨネのものとなった。ギャンブルには妙な鉄則がひとつある。なぜか金持ちが絶対に勝つ。ギャンブルで大もうけしようとたくらむ者は勝てない。カネなんかこれ以上いらないという人間ほど勝つ。そういうめぐりあわせになるらしい。運がいいから金持ちになったということかもしれない。ギャンブルは運の強い人間が勝つと。結論。金持ちは運が強い。
しょうがないからオヨネは全員に現金と服を返した。その分の借用書を書いてもらってだ。取り立てるつもりはないがその借金分だけオヨネはまけられる。カードあそびをつづける資金と理由がみんなにできたわけだ。オヨネに勝つという。オヨネはそっちがうれしい。オヨネは酒を飲むわけでもラインダンスを踊る趣味もない。仲間はずれにされるのがいやだ。
翌日の早朝だ。オヨネは自室で目覚めた。なにかいつもとちがう。となりのベッドを見た。ツタがいない。オヨネは昨夜の幕切れを思い出してみる。まきあげたおカネをみんなに返した。そのあと船長たちはふたたびポーカーをはじめた。酒を飲みながらだ。まけたままでは眠れない。そういうことらしい。オヨネは参加しなかった。また勝つとまずいので。七つ子と船長とナツメグとハンマーとアリエ。みんなどんぐりの背くらべだ。勝ったりまけたり。誰かひとりが飛びぬけて勝つということはない。流れがきた者が一時的に勝つ。おカネは動くものの大まけも大勝ちも出ない。和気藹々なギャンブルだ。
ツタとエスエスは参加せず見ていた。酒を飲みながら。コニカールはまっ先に自室に引っこんだ。念のため甲板を見まわってから寝たのをオヨネは足音から確認した。次に睡魔にまけたのがアリエだった。オヨネはアリエといっしょに部屋に引きあげた。そのとき大人たちはまだ酒を飲みながら食堂で騒いでいた。オヨネが自室で眠りに落ちるときもまだみんなの声が聞こえていた。夜明けごろまで騒いでいたのではないだろうか。
回想を終えてオヨネは自室を出た。海賊船の朝は遅い。お日さまが高くのぼらないとみんな起きて来ない。オヨネは居間をのぞいた。だが空っぽだ。次に食堂に足をはこぶ。以前からの乗組員たち十人とツタとエスエスが床に転がっていた。ツタは口のはしからよだれをたらして寝息をかいている。限界まで起きていてバッタリ眠りに落ちました。そんな姿勢だ。酒ビンが食堂じゅうに転がっている。食堂の中はアルコールの匂いでむせそうだ。
全員が毛布もかけずに眠っていた。季節は夏。しかし海の早朝はそれほど暑くない。オヨネは戸棚につめこんである毛布をひとりずつにかけてやる。食堂で寝る乗組員が多いので寝具も用意ずみだ。
七つ子に毛布をかけながらオヨネはふとひらめいた。七つ子はそれぞれがちがう服を着ている。各人の趣味らしい。服の好みは全員がちがうようだ。初めて会ったときも七人がちがう服を着ていた。オヨネは長男のケヤキと次男のヒッコリーの服の好みはおぼえた。顔だけ見れば誰が誰やら区別がつかない。しかし服はあんがいよくわかる。三男以下はまだまちがえるもののだいたいはつかんでいる。オヨネは七つ子をもっと簡単に見わける方法に気づいた。眠っているあいだに細工をする。
クフフと笑いながらオヨネはトイレをすませ自室にもどった。もう一度ベッドにもぐりこむ。
その日も海はおだやかなままだ。航海は順調。風が心地よく船をうしろから押した。
アリエもオヨネもすこし船のことがわかった。帆柱のてっぺんにのぼるのにもなれた。海が丸いとふたりは初めて知った。いまのところ見わたすかぎり塩水ばかりだった。島も陸も見えない。海の上に出てからはイルカもいない。あんがい昼間は退屈だ。
アリエとオヨネはナツメグを手伝ってベーコンとソーセージを作った。桜の木をいぶして薫製にする。タコやイカもいぶした。保存食を作っているわけだができるはしからハンマーと船長が酒のサカナにしてしまう。保存食にならない。たしかにこの調子だとモガイナ島に着くまでに二十の酒ダルが空になるだろう。
夕食が終わった。今夜の余興は七つ子だ。七つ子がいったん食堂から出て行く。おなじ服に着替えて食堂にもどってきた。全員が一列にならぶ。ランプをおもむろに吹き消した。まっ暗な中でマッチが燃えた。ランプにまた火がはいる。
七つ子の右はしのひとりが声を出した。胸に一と数字の書かれた紙が貼られている。左はしは七だ。
「さあみなさま! ケヤキは誰だの時間がやってまいりました! 七人全員がおなじ服を着ています! さてケヤキはどいつだ? あたればもれなくフォレストガルド王国のバオバブ村にご招待! アリエからどうぞ!」
アリエは七人を順番に観察した。顔も服もおなじ。胸の紙に書かれた数字だけが一から七。しゃべってくれないと誰が誰だかわからない。
アリエは決断した。
「三がケヤキ!」
右はしの一が声をあげた。
「ブー。はずれ」
アリエは頭にきた。
「わかるかよ! そんなの!」
右はしの一がさらりと受け流す。
「簡単にわかれば余興になりません。では次オヨネ」
オヨネがイスから立つ。七人に近寄った。ひとりひとりの顔をしげしげとながめた。五の紙をつけた男の前で足をとめる。
「あんたがケヤキさんだ」
五が答えた。
「ちがう。おれは三号だ」
オヨネが首を横にふる。
「ウソだね。あんたがケヤキさんさ」
五が抑揚のない声で訊いた。
「どうしてだ? なぜそう言いきれる?」
オヨネも平然と答える。
「だってボク今朝あなたたちのひたいに名前を書いといたもの。髪の毛を持ちあげてごらんよケヤキさん」
「えっ?」
七人全員が自身の前髪を持ちあげた。となりの兄弟にひたいを見てもらう。たしかに髪のはえぎわに墨で文字が書かれていた。ケヤキと書かれた五が悲鳴をあげる。
「わっ。なんてことだ。名前を書くなんて卑怯だぞオヨネ」
「ひひひ。ボクの作戦勝ちだね。バオバブ村招待権いただき」
ケヤキ以外の六人が肩をすくめて余興が幕をとじた。
そのあとまた酒盛りがはじまった。
オヨネが酒を飲まないコニカールに訊いてみる。
「ところでさ。この船ってこんなバカ騒ぎが日常なの? 日々誰かが余興を披露するわけ?」
「いいや。おまえたちが乗ったからだ。男十一人で毎晩そんなことをしてたら本物のアホだ。こないだまでは誰も口をきかずにただ飲んでるだけだった。誰ひとり笑いもしないし話もしない」
「ウソ?」
「ほんとだ。だってそうだろ? おれはもう七つ子と七年のつき合いだ。どいつがケヤキか顔の筋肉の動きでわかる。七つ子の見わけがつかないのは新しく知りあったやつだけさ。簡単に見わけられる人間相手にだーれだなんてやったらバカだぜ」
「なるほど。お客さんがきたから悪乗りしてるわけだ」
「そうさ。それに女もふたりいる。そもそもうちの船は女を乗せたことはないんだ。ピンクイルカ団の時代からそうだったってさ。男は女がいるとはしゃぐんだ」
「ほう。デブのおばさんでも女のうち?」
「そう。デブのおばさんでもだ。男ばかりよりまし。ただし。なによりエスエスが巨乳だ。海賊は巨乳が好き」
オヨネがムッとほほをふくらませた。自分の胸に目を落とす。とにかくない。ひたすらない。どこにもない。ふくらみなんかかけらもない。ふくらんでいると男に化けられない。だがふくらんでいてほしい。いまからでも遅くはない。ふくらめと思う。
「男なんかバカばっかだ!」
ツンとオヨネが自室に足を向けた。
コニカールがポカンと口をあける。オヨネがどうして腹を立てたのかわからない。
「おれどんな気にさわることを口にしたアリエ?」
訊かれたアリエも首をかしげた。ふたりともオヨネが女だとこれっぱかしも疑わない。もし誰かがオヨネを女だと指摘しても否定しただろう。あんな胸のない女がいてたまるかと。
船は夏の海を順調に航海した。十日がすぎて島々が姿をあらわした。小さな島ばかりですべて無人島だ。中には岩が海中から突き立っているだけの島もある。草木は一本もはえていない。
そのころから海が荒れはじめた。アリエとオヨネとエスエス。その三人は初めて船に乗る。海に出たのもこれが最初だ。とうぜん荒れた海は未経験だった。成長しきってない子どもほど船に酔いやすい。エスエスはすでに二十歳だ。船に酔わなかった。ツタもマズツタ島出身で中年女性だ。船にはなれている。
アリエとオヨネはちがった。きのうまでの上きげんがウソのよう。昼をすぎたころから吐き気とめまいで気分は最悪だ。胃の中身をすべて吐き出しても吐き気がとまらない。顔色はまっ青だった。いまにも死にそう。
船長をはじめ海賊たちが船酔いをしたのは遠い昔だ。死にそうな顔をしていても死なないともう忘れている。
リオン船長がまずあわてた。
「たいへんだ。こいつらふたり死にそうだぞ? どうすりゃいいんだコニカール?」
コニカールも船酔いの経験がない。そもそも船に酔う人間は海賊になりたいと思わない。
「ええ? どうしましょう? どうすりゃいいんですかね?」
子どもを乗せる海賊船というのもまずない。二十歳前後でないと門前払いだ。海賊一同船酔いの対処がわからない。大人であれば船酔いはしんぼうする。しかしアリエもオヨネもまだ子どもだ。気持ち悪ければ気持ち悪いとのたうちまわる。
エスエスも船酔いを治す方法など知らない。
ツタが口を出した。
「とにかく船をとめてちょうだい。近くの島に一時避難したほうがいいわ。船にゆられなくなればましになるはずですよ」
なるほどと一同が納得した。航海士のコニカールが海図を広げる。
「もうすこし先にちょっと大きな島がある。そこなら砂浜があって波や海流をさけられる。無人島四十五号って島だ」
ツタが聞き返す。
「無人島四十五号?」
「誰も住んでないから名前がないんだよ。それじゃ不便だってんでおれたち船乗り仲間で番号をつけてる。それで無人島四十五号さ。ここいらへんの島で名前があるのはレイクガルド王国領のモガイナ島だけだ」
ツタが納得して船は無人島四十五号に船首を向けた。
砂浜にイカリをおろして小舟で無人島四十五号に上陸した。砂浜のすぐ奥はうっそうとしげる密林だ。三日月形の湾内に波はない。
アリエとオヨネがふらつく足で小舟をおりた。砂浜にばったりと倒れこむ。
心配顔のツタが悲鳴をあげた。
「きゃーっ! お」
お嬢さまと口走りかけてあやうく口をとじる。
オヨネが首だけあげてツタを見た。
「ツタ。心配しなくても大丈夫。吐き気はおさまったよ。まだちょっと頭がクラクラするけど」
ツタが船長たち酔っぱらい三人組に顔を向けた。船長とハンマーとナツメグは一日じゅう酒びたりだ。なのに二日酔いもしない。どうして酒を飲まないオヨネの頭がクラクラするのか理不尽だわねと。実はツタも二日酔いになっていない。ツタ本人は酒を飲んだあとの記憶がふっ飛ぶ。ツタは自分を品行方正だと思っている。酒に飲まれてアリエにパンツをぬげなどと叫んでいるとは夢にも思わない。酒を飲んだ次の瞬間には眠ってしまうとツタは信じている。
アリエも砂浜の温かさを背中に感じて落ちついた。右目の眼帯のずれを直す。
船長たち海賊一同はアリエとオヨネの顔に血色がもどったので安心した。
エスエスが島を見まわした。無人島四十五号はまん中が山だ。島のはしからはしが五キロほどの三日月形をしている。紅獅子号はその三日月の欠けた部分にできた砂浜に停泊した。
エスエスが耳を立てる。
「鳥の鳴き声が聞こえる。ミッドナイト皇国やレイクガルド王国では聞かなかった声だ」
コニカールが口をひらく。
「このあたりはレイクガルド王国よりかなり暑い。まだ知られてない生き物も多いんだ。三百年前にレイクガルド王国の国民がこの付近の島々に移住した。暑い気候のためバナナなどの生育がよかったらしい」
エスエスが眉を寄せた。
「おいコニカール。それがどうして無人島になったんだ?」
「しばらくして火山が噴火したそうだ。それで危険だからみんなが島をはなれた。この島が三日月形なのも大昔は火山の噴火口だったせいだ。この近くはいまでも思い出したように火山が噴火する。竜のあぎとができたのも火山の噴火が原因だと王さまが言ってたろ? たぶんここいらへんの島々はみんな火山のせいで海底から持ちあがったんだ」
「おいおい。じゃわたしたちはいつ噴火するかわからない海にいるのか?」
「そのとおり。けどなエスエス。いつ噴火するかわからないのはどこもおなじだ。ミッドナイト皇国にだって火山はあるぜ。たしか百年前に噴火したって記録を読んだおぼえがある。セントラル王国時代だな。噴火や地震をこわがってちゃどこにも住めねえ。そうだろ?」
「なるほど。それもそうだ」
エスエスとコニカールが話している間にオヨネが起きあがった。吐き気がおさまるとトイレに行きたくなった。女だとバレないよう誰も見ていないところで用を足す必要がある。
オヨネがアリエに耳打ちをした。
「アリエ。ボクちょっとジャングルに入ってくる。ついて来ないでね。それからみんなの足もとめといて」
アリエはしばし考えた。オヨネが太ももをもじもじとさせている。
「あああれか。わかった。ゆっくりやって来い。みんなはおれがごまかしといてやる」
言い終わるとアリエは海を指さした。
「あーっ! あれはなんだ!」
全員がアリエの指の先を見た。そのすきにオヨネが密林に入りこむ。
七つ子がいっせいに声をあげる。
「なんだなんだ? なにが見えるんだ?」
コニカールが海面に黒い丸を見つけた。波間をかきわけ進んでいる。コニカールが遠メガネをポケットから出した。焦点をあわす。
「カメだ。ウミガメだぞ」
アリエはカメを見たわけではない。みんなの注意をそらそうと海を指さしただけだ。そうしたらたまたまカメが泳いでいたらしい。
ナツメグが身を乗り出した。
「カメはうまいんじゃ。つかまえられんかの?」
うまいと聞いて七つ子が海に飛びこんだ。カメに向かって泳ぎはじめる。
しかしコニカールが首を横にふった。
「泳ぎでカメに勝てるもんか。小舟の上から投網でも投げなきゃ無理だろう」
全員が七つ子とカメの追いかけっこを見つめた。誰もオヨネが消えたことに気づかない。ツタもカメの運命に興味津々だ。
七つ子とカメの距離がちぢんだ。七つ子がカメにせまる。七つ子の手がのびた。カメの甲羅にとどくかに見えた。そのときカメの甲羅がどんどん小さくなった。カメが水中にもぐって行く。七つ子ももぐった。だがとどかない。カメの逃げきりでカメの勝ち。晩ご飯にカメ料理は出なくなった。
そのころオヨネは用をたして立ちあがった。頭にコツンとなにかがあたる。なんだろうと上を見あげた。バナナだ。ふさが層を作ってみのっている。黄色いやつを一本ちぎった。皮をむく。口にいれた。もぐもぐ。あまーい。バナナを木から取って食べるのは初めてだ。みんなにも教えてやろう。
オヨネが密林を出た。みんなのところへ駆けもどる。アリエの眼帯を見てさらにいい案を思いついた。全員が七つ子とカメを見ている間にアリエの背中をつつく。
「アリエ。ちょっときて」
「どうしたんだオヨネ? 出なかったのか?」
「ちゃんと出たよ。下ネタはいいからきてよ。いいものを見つけたんだ。みんなにないしょで取って来よう」
アリエとオヨネでそっと砂浜をはなれた。
オヨネがアリエの手を引いて密林に入る。さっきの地点まで足をはこぶ。
「ほらあれだよ」
「なんだあれ?」
バナナがグルリと円を描いて木を一周している。アリエはバナナが木にさがっているところを見たことがない。五本ていどのふさがアリエの知っているバナナだ。
「バナナだよほれ」
オヨネが一本をちぎってアリエに投げた。受け取ってみるとバナナだ。
「バナナってこんな木になるのか。知らなかった」
「ボクだって知らなかったよ」
オヨネも一本ちぎって食べる。やはりあまい。もっとないかなとオヨネがさらに奥にふみこむ。
今度はこぶしより大きな赤い実が木からつりさがっていた。
「これマンゴーだ」
アリエも周囲を見まわす。見おぼえのある果物を見つけた。
「こっちにはイチジクがあるぞ」
ふたりでかかえられるだけの実を取る。落とさないよう慎重に密林を出た。
そのころアリエとオヨネが消えたことにツタがやっと気づいた。おろおろしているところにふたりがバナナとマンゴーとイチジクをかかえてあらわれた。
オヨネが全員に呼びかける。
「ほら! みんな見てよ! こんなのがいっぱいなってたんだ!」
ほうと船長たちが口を丸めた。アリエとオヨネでみんなにバナナとイチジクをくばる。しかるために口をあけたツタの口にオヨネがむいたバナナを突っこんだ。ツタがいかり顔のままもぐもぐとバナナをかむ。
ナツメグがひと口かじって指で丸を作った。
「これはいいバナナじゃ。どこにあったオヨネ?」
「ジャングルの中。いっぱいなってたよ。もっと取ってくるナツメグ?」
ナツメグがこめかみに指をあてる。
「そうじゃな。バナナもイチジクもマンゴーも保存のきかない食い物じゃ。まだ船倉に食料がわんさかあるしのう。帰りに取ったほうがいいじゃろうな。先に船にある果物を食いつくしてから新しい果物をつむべきじゃ」
「なるほど。それもそうだね」
船酔いの特効薬は気分をかえることだ。楽しくすごせば船酔いを忘れる。バナナ取りとあまい味にアリエとオヨネはすっかり船酔いを忘れた。これから先の島にはもっとおもしろい冒険が待っているかもしれない。そんな興奮が胸をわくわくさせる。
全員で紅獅子号にもどった。船にもどるあいだにアリエは七つ子とカメの攻防をオヨネに手ぶりをまじえて話してやった。
オヨネが海面にカメを探してキョロキョロする。
「ボクウミガメなんて食べたことがない」
「おれだってないさ」
「食べてみたかったなあ」
七つ子が声をそろえた。
「次はつかまえてやるから待ってろ」
「うーん。楽しみだ」
オヨネが紅獅子号を見あげた。本当に次がありそうな気になる。こんな楽しい日々は生まれて初めてだ。海賊船に乗ってよかったとオヨネは実感した。
紅獅子号がイカリをあげた。海の荒れはすこしましになっていた。