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 第四章 千塔の水都レイクシティ探訪記 

 翌日だ。全員が顔を布でかくしてレイクシティの街に散った。支度金をもらったコニカールと七つ子は食料などの買い出しだ。右目に眼帯のアリエはローラの案内でオヨネとツタとエスエスといっしょにレイクシティ見物だった。リオン船長とナツメグとハンマーは王さまと朝から酒場で飲んでいる。王さまも顔をかくしてお忍びで。

 ローラがまず図書館にアリエたちをつれこんだ。

「アリエにオヨネ。あんたたちきのううちのパパにからんだんだって? 十五歳でお酒なんか飲んじゃだめよ」

 からんだのはツタだ。しかしからんだのもアリエとオヨネになっているらしい。誰がローラに告げ口をしたのやら。当のツタはからんだことをおぼえてないようだ。ふだんとかわらない顔でキョロキョロ王立図書館を見まわしている。エスエスはボディガードだ。そりの強い剣を背中にくくっていた。

 オヨネが本棚を見ておどろいた。

「すっごい本の数だねえ」

「いったん皇都に持ってった本を復元しようとしたそうよ。だからここはミッドピアの皇立図書館とおなじくらいの本があるの。本は複製が可能だからね」

「なるほど。じゃ四千年前の本はないけど内容がおなじ本はあるんだ?」

「そうよ。たとえばこの本」

 ローラが本棚から時代がかった本を引き出した。オヨネの手に乗せる。

「なになに? 水のしもべのあやつり方? すぐに来いはネーナを強く三度吹くべし? なーにこれ? 意味わかんなーい」

 ローラが首にさげている小さな縦笛をドレスの中から引き出す。豊かな胸のふくらみが一瞬のぞいた。

「ネーナってのはこの笛よ。この笛を三度強く吹く」

 ローラが言いながら笛を吹いた。三度。

 しかしなにも起きない。犬が走ってくるわけでもない。

 オヨネがローラをけげんな顔で見た。

「なにも起きないよ?」

 ローラが大きくうなずいた。

「そうなのよ。なにも起きないの。これってどういう意味よ? 水のしもべってのはわが王家の守り神なの。セントラル一世が大陸を統一したとき七つのしもべをしたがえて戦いに勝ったと記録されてるのね。水のしもべは第一のしもべなわけよ。なのになにも起きない。どうなってるのよこれ?」

 ボクに訊かれてもねえとオヨネがアリエを見た。アリエが青い顔になっている。

「どうしたのアリエ? 気分でも悪い?」

 きのうの酒がまだ残ってるのかなとオヨネは思った。あのあとふたりともグデングデンになった。強い酒だったらしい。

 アリエは首を横にふった。アリエはニコラス・ニジンを思い出していた。セントラル王国で戦士長だったニコラス・ニジンはよく言っていた。セントラル王国を復興するためには七つのしもべを手にいれろ。おまえが大人になったら探しに行くべきだと。アリエはなんの話だかわからなかった。ニコラス・ニジンも七つのしもべがどういう存在なのか知らなかったようだ。具体的な話は聞いていない。

「いや。なんでもない。軍隊の突撃の笛みたいな音だったからすくんだだけ」

「あはは。臆病者ぉ」

 オヨネが笑ったがローラは笑う気になれない。

「アリエがセントラル一世の赤目を持ってればねえ。セントラル一世は赤目の王と呼ばれてたの。勇猛果敢で引くことを知らない赤い目を持つ王でさ。レイクガルド王家には百年に一度赤い目を持つ男の子が生まれたそうよ。赤い目の男の子はとにかく好戦的で強かった。平和なときに生まれた赤目は厄介者あつかいだったらしいわ。でも戦争の時代に生まれると英雄ね。セントラル一世以前に生まれた赤目の男の子は島に流されたって本に書いてあったわ。アリエのその右目。もと赤目だったってことはないわよねえ? ケガしたのその目?」

 アリエは右目を見られまいとローラから顔をそらした。

「格闘拳の修行中にね。ねえローラ。赤目の男の子が流された島ってどこの島?」

「たしかモガイナ島って書いてあったわ。古くからレイクガルド領だった島よ」

 アリエとオヨネは顔を見あわせた。ひそひそと声をかわす。

「モガイナ島ってこれから行く島だぞ?」

「亡霊が出るって言ってたよ? それって島流しにされた赤目の男の子の亡霊かい?」

 オヨネが疑問をローラにぶつける。

「ねえローラ。そのモガイナ島のことを書いた本ってどこにあるの?」

 ローラがすまなそうな顔をした。

「ごめん。パパが持ってっちゃった」

 なるほどとアリエはうなずいた。王さまはモガイナ島について調べたみたいだったものな。

 次にローラが案内したのは王立博物館だった。アリエとオヨネはコニカールからユーソニアの樹皮をもらって来いと指示を受けていた。

 ローラに伝えると博物館員を呼んでくれた。

 女性博物館員が展示室の奥へアリエたちを案内する。木の箱が棚にずらりとならぶ部屋に通された。香料や薬っぽい匂いが部屋じゅうにただよっている。

 博物館員が棚の上に手をのばした。ひとつの木箱をおろす。

「これですわ姫さま。これがユーソニアの樹皮。そしてこちらがユーソニアの木の絵です」

 博物館員が五枚はいっている樹皮の一枚をローラにわたした。あらかじめ用意しておいた絵を一枚つけてだ。ローラがふたつをそのままアリエにまわす。

 その間にオヨネが手もとの棚に目を向けた。危険。さわるな。持ち出し厳禁。そんな刺激的な文字が踊っている。オヨネは迷わずその箱を手に取った。

 ツタが顔をしかめた。お嬢さまその箱を早く棚にもどすのです。そう注意しかけて気がついた。お嬢さまじゃなかった。オヨネだったと。

 ツタが口をとめた間にローラがオヨネを見た。ローラの口もとに笑いが浮く。

「オヨネ。それはクグツ草よ」

 オヨネが眉を寄せた。初めて聞く単語だ。

「クグツ草?」

「かいらい草とも呼ぶらしいわ。昔レイクガルドの林にはえてた草だそうよ。いまは林が湖にしずんでどこにもない草だって」

「ふうん。なんで草が危険なんだろ? 毒草かな?」

 オヨネが箱をあけようとした。博物館員もローラもとめない。

 ツタがあわてた。

「だめですよオヨネ! それをあけては!」

 ツタの静止を聞かずオヨネがふたを取った。白い煙がモクモクと出るか。そう思ったがなにも起きない。木箱の中は空だ。

 オヨネが目を見張った。

「ほよよっ! 中身がない!」

 博物館員がクスクス笑った。ローラもしてやったという笑顔だ。ふたりとも中が空なのを知っていたらしい。それで博物館員もローラもとめなかったようだ。

 ローラが笑いながらオヨネの箱を取りあげた。

「中身は五百年前にセントラル王国のセントラルシティに持ってかれちゃった。いまでも皇都ミッドピアの皇立博物館にあるんじゃないの?」

「ふうん。じゃこれどんな効能があったわけ? クグツ草って?」

 ローラが人さし指を立てた。自慢げに。

「図書館の本に書かれてた記述ではね。その草を燃やした煙を一週間すうとなにも考えられなくなるってさ。煙をかがされながら耳もとでささやかれるとね。その言葉のとおりに行動しちゃうそうよ。本人の意志が消えちゃってね。だから危険なんだってさ。一週間すいつづけると鼻の頭が紫に染まるって書いてあったわ。ひと月すいつづけると行動することさえできなくなるの。鼻の頭は紫から緑に色をかえるってさ。そうなると危険信号ね。気持ちがトロンとなって天国にいる気になれるみたい。実際そうなるとすぐに天国に行くわけだけどね。食べることも飲むこともいやになるから」

「こわーい! 毒草よりこわいね」

「そう。だからさわるななの。いっとき王国で大流行したって書いてあったわ。すごく気持ちよくなるらしいの。煙をすいつづけるとそのまま死んじゃうでしょ? 王国はクグツ草対策に頭を痛めたみたいよ」

「どういう対策を取ったわけ? 法律で禁止したの?」

「それもしたらしいわね。でも特効薬があったってさ。夢を見てるみたいな患者の夢を一気に打ちやぶる物が」

「なにそれ? どんな物? クスリ?」

「ごめんなさい。その先は眠くなったから読んでないの」

 オヨネが口をとがらせた。犯人を指摘する一歩手前で幕がおりた推理劇を見せられた気がする。

「どうしてぇ? なんでそこでやめるかなあ?」

 ローラがオヨネの非難にたじたじとなった。言いわけを口にする。

「だってえ。すでにどこにもない草の特効薬なんか知ってもしょうがないでしょ?」

「それもそうだけどさ。気になるじゃないか。その本どこにあるんだよぉ?」

「えーと。どこだったかしら? ねえあなた。どの本に書かれてたか知らない?」

 ローラがふり向いた。博物館員に声をかける。

 博物館員が首を横にふった。姫さまの身勝手さにはあきれるわという顔でだ。

「わたしは王立博物館の職員です。本のことは王立図書館でお聞きください」

 ローラが肩をすくめた。

「だそうよオヨネ」

「たしかにそりゃそうだ。図書館に行くことがあったら聞いてみよっと。たぶんもう行かないだろうけど」

 博物館を出るとローラがレストランにさそった。ちょうどお昼だ。しかしローラにはたくらみがあるらしい。よからぬ笑いでほほがひくひくとしている。

 レストランも塔だった。王宮裏の市場にならぶ露店以外はみんな塔だ。一般家庭も塔だった。

 レストランは繁盛していた。三階まであがってやっとあいた席を見つけた。

 アリエは客たちの前にならぶ皿を見ていやな予感をおぼえた。なぜかまっ赤な料理ばかりだ。みんな汗を流しながら息を荒げて食べている。たしかに夏だ。でも汗を流すほど暑くはない。早食い競争でもしているのか?

 席につくとローラがなれたようすで料理を注文した。アリエたちはメニューを見てもチンプンカンプンだった。文字が読めないのではない。文字は五百年前にセントラル一世が大陸を統一したとき文字も統一された。以来どこの国でも文字も言葉もおなじものを使っている。地方の方言などはあるが読めない文字はない。しかし料理名のすべてが聞いたことのない名前ばかりだ。名前だけではどんな料理か想像もつかない。ただ周囲の客たちが食べているのはおもに麺料理とシチュー料理だ。出てくるのはその二種類のどちらかだろう。

 ウェイターがすぐに料理をはこんできた。繁盛店だけあって客がはいった時点で料理の準備をはじめるようだ。手のかかる料理は最初からメニューにのせてないらしい。

 赤く色づいた麺が皿に大盛りだった。緑の香草が上にちらされて肉や貝がはいっている。シチューも汁が赤い。シチューにはニンジンやジャガイモの角切り。小さなタマネギは丸のまま見えた。

 ローラがフォークを手にした。大皿の麺を各自の皿に取りわける。

「さあどうぞ。レイクガルド王国の自慢料理よ。冷めないうちにめしあがれ」

 食欲をそそる匂いが皿からアリエの鼻を刺激した。最初にローラが自分の皿にフォークを使った。アリエもフォークを刺す。ローラにならって麺をまきあげた。口にはこぶ。熱くてうまい。もぐもぐかんだ。飲みこむ。

 飲みこんだあとに衝撃がきた。

「うげ!」

 アリエは口を押さえた。からい。とてつもなくからい。舌がピリピリと痛い。味はおいしい。なのに口を通りすぎたあとがたまらない。痛くて涙が出た。顔じゅうから汗が噴き出す。どうして客たちが汗だくで食べているかアリエはやっとわかった。舌が猛烈に痛い。死にそうだ。

 オヨネとエスエスもおなじように涙を流して水を飲んだ。ローラとツタは平気な顔で食べている。ローラはレイクガルド王国のお姫さまだ。この料理になれているのだろう。ではツタは?

 オヨネが水さしからコップに水をつぎながらツタをせめた。飲んでも飲んでもからさがおさまらない。

「なんでツタは平気なんだよぉ! からくないのかあ!」

 ツタが不思議といった顔でオヨネを見た。

「あら? これはレイクガルド王国名物のカプサカイエン料理ですよ? 知らなかったのですかオヨネ? 世界一激辛のピーマンをいれた料理ですけど?」

「そんなもの知るかあ! 最初にそう言えぇ!」

 口から火を噴きそうな顔でオヨネが怒鳴る。実際に舌先をロウソクの炎であぶられている気がしているはずだ。

 ローラも汗をかきながらふふふと笑った。思惑どおりらしい。

「暑い夏にはこれがいちばんよ。ちょっとウェイターさん。カプサカイエンをこちらの方々にお見せして。よその国から来られたのよ」

 ウェイターが厨房に引っこんだ。すぐに巨大でまっ赤なピーマンをトレイに乗せてくる。

「これがカプサカイエンでございますお客さま。ひと口かじればゾウもひっくり返る自慢のからさをほこりますですよ」

 オヨネが赤くなった顔をさらに赤くした。

「そんなもの食わせるなあ! ボクらがひっくり返ったらどうすんだあ!」

「その心配はございません。火を通せばからみはやわらぎますです。生で食べないかぎり危険はありませんですはい」

「生で食べると危険なのかあ!」

「さようでございます。生で食べるとノックアウトをくらいますです。カプサカイエンは別名ノックアウトピーマン。頭にズコンと衝撃がきて意識がふっ飛びますですよ。そのかわり目が覚めたときはすっきり爽快。しかしたいていのお客さまは二度と生で口にしようとはしませんですはい。いかかがですお客さま? お客さまも世界がぶっ飛ぶ体感をおためしになっては?」

「ご。ごめん。遠慮するよボク」

 すでに世界がひっくり返る痛みを舌で味わった。意識まで飛ばされてはたまらない。

 エスエスがトレイの上のカプサカイエンに手をのばした。ウェイターが釘を刺す。

「生のカプサカイエンにさわるなら手袋をされたほうがよろしいかと。肌の弱いお客さまですと手がパンパンに腫れあがることもございますです。一度腫れると一週間はもとにもどりませんですよはい」

 エスエスが手を引っこめた。利き手が腫れあがっては剣がにぎれなくなる。

 ローラがウェイターにあらたな注文を出した。

「お子さま用料理を三人前追加ね」

「かしこまりました。三歳児向けがよろしいでしょうか?」

「そうね。五歳児向けではまだからいかも」

 ウェイターがさがり今度は時間がかかった。めったに注文がはいらないメニューらしい。

 三歳児向け料理もからかった。けど舌が痛むほどではない。ピリリとしびれるていどだ。

 うまいとオヨネががっついた。

「うん。このくらいなら食べれるや。ところでさローラ。この国じゃ三歳児にこんなからい料理を出すのかい?」

「ここはレストランだからよ。自宅ではすこしずつならすの。どうしてもいやがる子にはカプサカイエンをいれないわ」

「なるほど」

 汗をかいて爽快な気分で店を出た。サウナ風呂でひと汗かいたあとみたいだ。夏なのに風が涼しく感じる。カプサカイエン料理はそういうメリットらしい。猛烈に暑い日には逆療法になるのではないか?

 オヨネはレストランを出るとすっかり図書館のことを忘れた。レストランに入る前は寄って行こうと思っていたのに。

 次にローラが一行を案内したのはキンキラキンに光る塔だった。塔の全面に金ぱくを貼ったらしく黄金色に夏の太陽を反射している。まぶしくて目をあけてられない。

 オヨネが目をほそめて手をひたいにかざした。塔は二十階建てだ。とても高い。

「なにこのキンキラキンの塔?」

 ローラがアリエの手をつかんだ。

「結婚の塔よ。結婚式の名所なの。ここはセントラル一世が結婚式をあげたゆいしょある場所でね。世界じゅうからカップルがやってくるわ。この塔で結婚式をあげにね。ただ世間ではこの塔自体がセントラル一世の結婚式場だって思われてるみたい。セントラル一世が結婚式をあげた建物はとっくに地下なのにね。さあ。わたしたちも行きましょ」

 ローラがアリエの手を引く。

 オヨネがそのふたりのつながれた手を手刀で切りはなした。

「待てよ。アリエはおまえと結婚するなんて言ってないぞ」

 ローラがオヨネをにらみつけた。力ずくで連結をとかれた手が痛い。

「いいえ。ここで結婚すれば一生しあわせになれるのよ。ちゃんと実績があるの。二百三十万七千五百二十四組の夫婦がいまもしあわせだと回答してるわ。だてに高い結婚式代をふんだくってるわけじゃないのよ」

「高いのかい!」

「ひと組百万ガルよ」

 それまで無言だったエスエスが目を見ひらいた。

「結婚式になんでそんな大金をかける?」

 ローラがエスエスを見た。わたしより胸が大きいくせに女っぽくない女だわねと。

「結婚は女の最大のあこがれでしょ? 大金をかければかけるほど記憶に残る。親戚縁者も一族郎党もすべて呼んで豪華な宴会をするの。人生の一大イベントよ。百万ガルで壮麗な結婚式をあげればもったいなくて離婚する気がなくなる。一万ガルで結婚式をあげれば簡単に離婚しちゃうじゃない? 一生の絆を約束するせいでこの結婚の塔は世界じゅうで有名なのよ。だから一生の愛を誓いましょ。ねっアリエ? 片目だってしあわせになれるわよ?」

 またローラがアリエに手をのばした。オヨネがツタの手をつかむ。アリエの手とツタの手をさしかえた。ローラがツタの手をつかんで塔に駆けこむ。ツタはまんざらでもなさそう。

 ローラたちのあとを追いつつアリエはオヨネに顔を向けた。

「ツタって独身なのか?」

「そう。男と結婚しないなと思ってたら女がよかったみたい。いやあ。この旅はいろいろとツタの正体が暴露されて有意義だねえ」

 エスエスがボソッとつぶやいた。

「そういえばうちの隊にもいたぞ。男同士で結婚したいってのが。愛に性別は関係ないってわけだな?」

 関係してほしいとアリエはくちびるをかんだ。結婚するなら女の子としたい。男と結婚はしたくない。このエスエスって女は女以前にヒトとしてどうよ? いい歳をして社会人の常識を持ちあわせてないらしい。軍というせまい社会にずっと引きこもってきたと思える。恋愛経験ってあるんだろうか?

 オヨネもおなじ疑問を感じたらしい。

「ねえエスエス。あんたは結婚したことあるの?」

 エスエスがほほを赤く染めた。

「えっ? わたし? わたしは結婚など」

「エスエスでも照れるんだ。ふうん。結婚はしたことないけど好きな男はいた。そういうことだね?」

 オヨネの問いにエスエスが目を泳がせた。

「答えなければだめかオヨネどの?」

「だめ。訊かれたら答えるのが世の中のルール。エスエスは社会常識がなさすぎだよ。ボクが一から仕込んであげる。レイクガルドの法律じゃウソをつくと懲役一年ね」

「そ。そいつはこまる。せっかく追っ手に狙われずにすむと思ったところなのに」

「なら答えなさい。好きな男はいた。そうだよね?」

 アリエは声を殺した。クククと笑う。オヨネのやつウソ八百だ。もし本当にそんな法律があったらオヨネがまっ先に牢にぶちこまれる。エスエスが世間知らずだと思って好き放題なことをならべてやがる。オヨネは可愛い顔をして人の悪い男だ。

 エスエスが口ごもりながら答えた。

「た。たしかに気になる男はいた」

 アッとオヨネが声をあげた。ひらめくものがある。

「奴隷にされた幼なじみ?」

「そ。そう」

 オヨネがエスエスの顔色をうかがう。エスエスの雰囲気からその男はもう死んでいると思える。オヨネは話題をかえた。

「じゃさ。エスエスの家族ってどうなったわけ? 両親や兄弟はいなかったの?」

 アリエは首をちぢめた。その質問もまずいと。皇帝暗殺未遂犯に家族がいれば連帯責任で重罪人にされる。絞首刑や斬首もありうる。なにせ前王家の血すじをたやすために村ひとつを全滅させたやつらだ。エスエスに家族がいても牢にいるかすでに死んでいるはず。

「両親は五年前にあいついで死んだ。わたしはひとりっ子だ。十五年前に父が皇帝がわに立ったせいで親戚づきあいもない」

 オヨネが口に手をあてた。

「あ。ごめん。いやな質問だったね」

 エスエスが答える前に声が飛んできた。

「アリエにオヨネ! 早くきなさーい!」

 塔の入口でローラが腰に両手をあてて立っている。となりのツタも手まねきをしていた。

 アリエはオヨネに手を引かれて塔に入った。

 ちょうど結婚式の最中らしい。山の民のかっこうをした兵士たちが槍をかまえてアリエたちをむかえてくれた。エスエスが背中の剣を取りあげられる。

 ローラがアリエとオヨネに耳打ちした。

「マウンテンガルド王国の貴族の結婚式よ。特別に見せてもらう許可をもらったわ。騒ぐとつれ出されるから静かにね」

 兵士たちににらまれながら階段で一階ずつ上へのぼる。途中の階にも兵士がぎっしりだ。結婚式場に入り切れないのか民族衣装を着た男女が大勢たむろしていた。それぞれが酒を飲んで料理を食べながら近況報告をかわしている。くらいの低い列席者ほど下の階にいるようだ。料理も階があがるにつれて豪華さを増した。

 塔の最上階は七色の光でみちていた。天窓がすべてステンドグラスだ。万華鏡のように陽光が色をかえながら降りそそぐ。

 中央の一段高い壇上にまっ白の衣装を身にまとった男女がいた。客たちは塔の円周にそって席についている。剣を持ったおじさんが花嫁と花婿の手をつながせた。おじさんが儀式の進行役らしい。さすがにこの階に兵士はいない。客たちは私語もなくおごそかだ。

 ローラが手のとどく位置にある七色に光を通す窓をひらいた。窓からレイクシティが一望できる。この結婚の塔は王宮の塔より高い。二十階建てはレイクシティ一高い塔らしい。

 ローラが声をひそめた。

「壮観でしょ?」

 オヨネが目を丸めた。こんな高いところから地上を見たのは初めてだ。

「うん。すごいよローラ。でもさ。レイクシティの塔って百じゃきかないよ? 千以上ありそう。ここって百塔の都じゃないの?」

「ふふふ。バカね。百塔の都は塔を建てはじめたときについた名よ。それから二百年がすぎて塔の数は五千を超えてるわ。この町にはふつうの建物がないからね。百を超えるたびにいちいち百一塔の都なんて呼び名にかえないでしょ?」

「ああなるほど。それもそうか。じゃいまはいくつ塔があるの?」

「知らない。五千を超えてから数えた人がいないから。六千にとどくくらいじゃないの? ほらあそこを見て」

 ローラが町のはずれを指さした。湖に見なれた船が浮いている。帆柱のてっぺんにひるがえる旗は赤いライオンの紋章だ。

 オヨネがローラを見た。

「あれって紅獅子海賊団の船だよね? どうしてレイクシティに?」

「海賊をとらえたら船も持ってくるものよ。うちの船員たちが操船してレイクシティまではこんだの。いまごろおたくの航海士たちが荷物をつんでるんじゃないかしら?」

「なるほど。ポルトミラに置いとくと管理がたいへんだものね」

 ほかにも湖にはさまざまな船が浮いている。この結婚式場にかざられたマウンテンガルド王国の旗とおなじ旗をかかげた船もあった。七つの王国すべての船があるらしい。ミッドナイト皇国の商船もあった。交易がさかんなのか結婚式の順番待ちなのか。

 オヨネの視線を読んだローラが説明をくわえた。

「レイクガルド王国じゃ戦いは禁止よ。治安をみだす者は懲役五年ね。海賊とミッドナイト皇国の船がとなり同士でも戦いにはならない。とはいえ乗組員同士はすぐケンカするけどね。だから仲の悪い船はなるべくはなして停泊させてるわ。さ。そろそろおりましょ」

 見ず知らずの人間の結婚式を見てもおもしろくはない。アリエとオヨネはローラに賛成だ。引きつづき見たがるツタの手を取って塔をおりる。

 次に小型のゴンドラに乗って細い水路を紅獅子海賊団の船まで行った。レイクガルドの軍船にかこまれた中で航海士のコニカールたちが荷物をはこんでいる。各店の店員たちも荷物をつんだ船でやってきていた。支度金をすべて物資にかえたらしい。なかなかの量だ。

 アリエたちも船にのぼった。海賊船は近衛師団の旗艦よりは小さい。それでも定期船よりは大きかった。

 甲板でアリエはコニカールにユーソニアの樹皮と絵を手わたした。

 コニカールが樹皮を鼻にあてる。くんくんと嗅ぐ。

「特別な匂いはしないな」

 ローラが口を出す。

「それは三百年以上前のだからだわ。新しければスッと鼻にぬける香りがするって図書館の本に書いてあったわよ」

 コニカールがうなずく。

「なるほど。おぼえとくよお姫さん」

「ところでね航海士さん。うちのパパ知らない? 朝からいないんだけど?」

「船長たちと居酒屋で飲んでる。しもじもの暮らしを知るためにはやむをえん行動じゃって顔をかくしてさ。海賊と朝から酒をくみかわす王さまっていいのかねえ?」

 ローラがひたいに青すじを立てた。

「よくなーい! なんでわたしをさそわないわけ! そんなおもしろそうなこと!」

 アリエとオヨネは顔を見あわせた。そっちかいと。

 話のあいだにもコニカールはテキパキと七つ子や店員たちにさしずをしている。航海士のコニカールが船のまとめ役らしい。資金管理もコニカールの仕事のようだ。七つ子は雑用全般といったところか。

 重そうな酒ダルが二十個船倉に運びいれられた。肉や野菜も山盛りでつみこまれる。

 コニカールがローラとオヨネを見た。

「そろそろ船長たちを呼んできてくれないか? 樹皮をいれるために二十の酒ダルを空にしなきゃならないんだ。酒場の酒より船の酒を飲んでくれってな」

 オヨネが疑問を感じた。

「きのう王さまは樹皮を酒ダルに十個って言わなかった? 空にするのは十でいいんじゃないの?」

 チッチッチッとコニカールが人さし指をふる。

「王さまに売るのは十タルだ。だが疫病が流行しかかってるんだろ? 特効薬はいくらあってもいいんじゃないかい? どうせ行くついでだ。よぶんに取ってポルトミラで売りきばきゃきっともうかるぜ」

 オヨネがポンと手を打った。

「なるほど。あったまいい。さすがだねコニカール」

「どういたしまして。おまえらも王さまから十万ガルもらったんだろ? 自分たちのほしいものを買っとけよ。モガイナ島までは片道十五日の航海だ。船に乗ったらひと月は文明世界にもどれないぜ」

 アリエとオヨネがおたがいの顔を見た。それは考えていなかった。アリエもオヨネもなにを買うかあわてて考える。

 酒場に行く前に万一を考えてツタを船を残した。行く先は酒場だ。酒乱のツタをつれて行くとまずい展開がくるかも。

 酒場では王さまが大盤ぶるまいをしていた。お忍びが聞いてあきれる。王さまは顔をかくすのをやめて酒場の外に出て通りかかる船に酒をくばっていた。おかげで酔っぱらい運転の船やゴンドラばかりだ。塔の壁に衝突して水に落ちる男たちだらけだった。

 オヨネは笑った。ミッドナイト皇国内でこんなおかしな光景は見たことがない。本来最も豊かなミッドナイト皇国なのにどの街も暗くしずみっぱなしだ。目の前では夏の太陽が照りつける中で大の男たちが水あそびをしている。酔っぱらった男たちが王さまに水をかけて王さまは男たちに酒をかける。バカみたいだ。ミッドナイト皇国で皇帝に水をかけたら殺される。ここでは王さまが気にせず率先して笑い転げている。オヨネは思う。きっと十六年前のセントラル王国でもこうだったはずと。

 リオン船長がシャンパンのビンをふっていた。栓を飛ばす。シャンパンのシャワーが男たちを襲う。ローラが料理長のナツメグに近づいた。ナツメグのふっているビンをうばう。ローラも男たちにふりまいた。

 ローラのビンの水流がすぐに勢いをうしなう。ローラがふと気づいた。ビンを口にあてる。

 アリエとオヨネでローラに飛びついた。ローラの手から酒ビンを取りあげる。

 ローラがふたりをにらんだ。

「なんでよ? あんたたちは飲んだんでしょ? どうしてわたしが飲むのをとめるのよ?」

 オヨネがビンに残る酒を男たちにふりかけた。

「あのねローラ。町の人が見てる前で王女さまのあんたが飲むのはまずいっしょ。飲みたかったら誰も見てないところで飲むべきだよ」

「なるほど。一理ある。でもわたしの酒を取りあげることないでしょ」

 ローラが今度は船大工のハンマーの飲んでいるビンをかっぱらった。オヨネとアリエの頭からかける。

 酔っぱらいの男たちから声が飛ぶ。

「いいぞぉ! お姫さまぁ! もっとやれぇ!」

 塔の窓から洗濯物を干している女たちも拍手をはじめた。ローラが塔を見あげて手をふる。王室の義務だろう。

 リオン船長がオヨネとアリエに酒ビンをまわした。オヨネとアリエが手をふっているローラの頭から酒をかけた。窓からふりそそぐ拍手が一段と数を増す。

 ローラがオヨネを怒鳴りつける。

「キャーッ! なんてことをするのよオヨネ! ドレスがびしょびしょじゃない!」

「なんでボクだけ? アリエだってかけたのに?」

「アリエはいいの。特別あつかい」

「それって不公平だぞ」

 またオヨネが酒をローラにかけようとした。そのオヨネの手をエスエスがとめる。

「オヨネどの。本来の目的を忘れてはいまいか?」

「本来の目的? あっ。そうだ。あそび道具を買わなきゃ。きっと船の中じゃ退屈する」

 アリエはつい突っこんだ。

「それは本来の目的じゃないぞオヨネ。船長たちをむかえに来たんだろ?」

「そういやそうだ」

 オヨネは全身酒まみれの自分を見て胸をなでおろした。ツタがいっしょじゃなくてよかったと。

 船長とナツメグとハンマーにあそびの時間は終わりだと告げた。王さまががっかりと肩を落とす。

「もうしばらく滞在せんかオヨネ? 三日。いや。一日」

 オヨネは周囲を見まわす。視界に入る大人の全員ががっかりしている。ローラもなごりおしそうだ。しかしとオヨネは思う。毎日こんなバカ騒ぎをしているとやめられなくなる。おあそびは一日で終わりがいい。お祭りは楽しいけど毎日やっちゃだめだ。

「だめです王さま。うちの航海士がおこってました。酒場の酒を飲まずに船の酒ダルを空にしろって」

「だめか。つらいのう。またきてくれよオヨネ。かならずじゃぞ」

 オヨネは頭をかいた。たのまれなくてもユーソニアの樹皮を手にいれたらここにくる。報酬はあと払いだ。来ないときは海のもくずになったときだった。

「きますよ王さま。かならず」

 海のもくずになりたくないオヨネだった。

 アリエとオヨネとエスエスで酔っぱらった船長たち三人をゴンドラにつんだ。ローラは王さまをつれて王宮にもどる。

 船長たち三人は酒ビンを手からはなさない。ゴンドラの上でもラッパ飲みだ。

 オヨネが肩をすくめた。

「どうしようもねえな。大人ってやつは」

 ハンマーが酔いににごった目でオヨネをにらんだ。

「んなことねえぞ。ちゃんと仕事もした。酒場で妙な話を聞きこんだぜオヨネ」

「どんな?」

「ラロ・ラカディアって男の植物学者がひとり行方不明になってるそうだ」

「はい? 植物学者? それが?」

「それだけ。二年前から行方不明になってるとよ。ラロ・ラカディアって植物学者が。三十五歳だっつってたな」

 オヨネが首をかしげた。

「その植物学者。どこに行って行方不明に?」

「わからん。わかったら行方不明じゃねえ。到着地から帰らずだ」

「なるほど。そりゃそうだわ。納得」

「ラロ・ラカディアは二年前にひとり乗りの船で海に出たそうだ。だからレイクガルド王国内じゃねえな。レイクガルドには川と湖しかねえ」

「じゃその植物学者はなにをしてた人なの?」

「わからん。植物を探してたんだろ? 植物学者だから」

 ううむとオヨネが頭をかかえた。ないしょ声でアリエとエスエスに訊いてみる。

「なにが言いたいんだろこのオッサン?」

 アリエは思いついた答えを口に出した。

「情報収集をしてたって胸を張りたいだけじゃないか? 朝から酒を飲んでバカ騒ぎをしてましたじゃ胸は張れないだろ?」

「そうかも」

 次にエスエスが答えた。

「植物学者が行方不明になってるって言いたいんだ。ラロ・ラカディアって三十五歳の男が。それ以外にハンマーはなにも言ってないぞ? オヨネどのは耳が悪いのか?」

 オヨネがさらに急角度に首をかしげた。

「エスエス。お酒は飲んでないよね?」

「あたりまえだ。わたしはきょう酒を口にしてはいない」

 アリエとオヨネはないしょ話をかわす。天然だ。エスエスって天然だぞと。


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