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 第三章 レイクガルド王国のワイオネル王と会う

 船は川をさかのぼり翌日レイクシティに着いた。

 甲板から帆をおろす振動が伝わってきた。そのあと船がとまりギギギと鉄がきしむ音が聞こえた。水門があく音らしい。音は長くつづいた。大きな門なのだろう。

 リオン船長が音の方角に目を向けた。

「湖の南端に水門を作ってあるんだ。鉄格子の扉で水や魚は通す。しかし船や人間が通るだけの幅は格子にはない。中央からギキギと左右にひらく方式だ。レイクシティは湖の中心に浮かぶ都市でな。湖に船がはいってもしばらくは川の延長のような流れがつづく。流れにさからうため泳いでレイクシティにたどり着くのは困難だ」

 オヨネが外の光景を想像してみる。

「船で湖に入ろうとすればその鉄格子の門をあけてもらわなくてはならないわけね? 門をあけるのは門番?」

「ああ。王都防衛師団の一個大隊が常時つめてる。門は両がわから兵士十人ずつでまきあげ機をまわして操作するんだ。王都レイクシティを攻めるにはまずこの湖の入口を突破せねばならない。次にレイクシティ本島の渦まき状の水路を進む。王宮は渦まき水路の終点だ。この牢をやぶって逃げ出せても途中でかならずつかまる。まわりは水また水だからな」

「厄介な国だねえ」

「そう。ここレイクガルド王国は川と湖ばかりだ。船がないと身動きが取れない。皇帝ミッドクロスは大陸を統一するつもりだ。けどこのレイクガルドをどうやって攻める気かな? 海軍なしで攻められる国じゃないぞ? 他の六王国を先に攻めて海軍を作ったとしてもだ。にわか作りの海軍でレイクガルドを攻めるのは容易じゃない。なにせレイクガルドは最古の王国だ。四千年の歴史を持つ。その間に一度たりとレイクシティは落城しなかった。川や湖での戦いならレイクガルドが最強だろう」

「じゃ陸戦ではどこが最強なの?」

 オヨネの問いにリオンがしばし考えた。

「格闘技はグリーン格闘拳を生んだ草原の国グリーンガルド王国だろうな。剣技はボギー三日月剣や流星剣を生んだ沼の国ボギーガルド王国だ。森林の国フォレストガルド王国は密林の戦闘にたけてる。一船対一船の戦闘では多島海のスターダストガルド王国だな。サソリをあやつる砂漠の国デザートガルド王国も強かろう。足腰の強さなら山国のマウンテンガルド王国だ。だが数の力でミッドナイト皇国が最後に勝つだろうな。周辺の七王国が結集してもミッドナイト皇国の五十分の一にみたない。個々の人間が強くても持久戦になれば数の多い国が勝つ」

「ううむ。するとミッドクロス皇帝が戦争にふみ切ったら七王国に勝ち目はない?」

「ないな。国の大きさがまるでちがう。ミッドナイト皇国は十万人単位で兵がくり出せる。皇帝の力が絶大な国だしな。七王国じゃそれぞれ一万人の軍を作るのがやっとだろう。ゾウがアリをふみつぶすようなものだ」

「んじゃミッドナイト皇国が攻めてきたらさ。あっさり降参するしかないのかなあ」

 エスエスが口をはさんだ。

「そんなまねをする国はないだろう。かりにも独立国だ。ミッドナイト皇国に乗っ取られたら税金は重くなるし奴隷にもされる。まけるとわかってても戦うはずだ。そうなればミッドナイト皇国は無傷だろう。七王国は壊滅に近い損害を受ける。七王国では国民のほとんどが死にたえるだろうな。国土も荒れて都市は焼け野原になる。そんな廃墟を手にいれて皇帝ミッドクロスはうれしいんだろうか?」

 リオンがエスエスを見た。

「自分にさからう者がいなくなれば満足なんだろうさ。領土がほしいんじゃないと思うな」

 そのときゴホンと咳ばらいが牢の外でひびいた。近衛師団長のヨーゼフとローラが立っていた。

 ヨーゼフが口をひらく。

「なるほど。ミッドナイト皇国の事情はそういうわけか」

 リオンがヨーゼフに顔を向けた。

「立ち聞きしにきたのか?」

「いや。姫がおまえたちにレイクシティを見せてやれと言い出してな。自慢したいらしい。あばれないとちかうなら甲板にあげてやってもいいぞ。どうする?」

 海賊団が顔を見あわせた。全員がうなずきあう。リオンが代表して声に出した。

「牢から出してくれるならそのほうがありがたい。抵抗する気ならもっと早くやってるぜ」

「よかろう。では牢から出してやる」

 ヨーゼフが兵士たちを指でまねいた。囚人の全員がうしろ手にしばられる。順に甲板に歩かされた。

 風が湖の上をわたってくる。夏の陽光を反射させる湖面を切り裂いて船は前進していた。目の前に広がるのは乱立する塔だ。水の上に蜃気楼のようにゆらゆらとゆれていた。夏の太陽が湖から水蒸気を立ちのぼらせているのだろう。

 オヨネが声をあげた。

「わあ。きれい。でも四千年の古都にしては建物が新しいね?」

 ローラがニッコリと笑った。オヨネの顔に思いどおりの反応が浮いて満足らしい。

「あたりまえでしょ。この塔は二百年前から建てられはじめたんですもの」

 船は塔と塔のあいだの水路に入りこんだ。高い塔は十階建てくらいだった。低い塔でも五階建てだ。ゆるやかな曲線の水路を船は進む。水路の両端に建つのは塔だけだ。平屋や二階建ての家はどこにもない。のしかかる高い塔に見おろされて威嚇されているようだ。

 ふと気づいてオヨネが前方からローラに目を転じた。

「あのう。レイクシティって四千年の古都じゃないの?」

「そのとおりよ。でも建物はちがうの。五百年前ここは湖じゃなかった。盆地だったのよ。その後どんどん水が流れこんで湖になったの。レイクシティでは土を盛ってかさあげしたわ。埋め立てよね。ところが上に乗ってる建物がすこしずつ沈下をはじめたの。一年にひざこぞうくらいまでしずむのよ。三百年間建物はしずみつづけた。人々は建物がしずむたびに建てましたり建物の真上にまた家を建てたりしたの。だからレイクシティの地下には五百年前の町がそっくりしずんでる。いまから二百年前よ。名案をひらめいた建築家がいたの。どうせしずむならとても高い建物を建てれば五十年や百年は建て直さずにすむとね」

「それでこの都市は塔だらけに?」

「そう。王国そのものの歴史は古い。けどこの塔群は二百年前からの景色なの。しかも沈下すれば建てませるよう最初から設計されてるのよ。だから数十年ごとにまた高く建てましてるわ。いまもしずみつづけてるから」

「だから見た目が新しい?」

「ええ。歴史のある町なみじゃないの。レイクガルド王国は古いけど都市はみんな新しいわ。古い町なみという点ではミッドナイト皇国の皇都ミッドピアが最も古いはずよ。あそこは五百年前の建設当時の町なみが手つかずで残ってるから」

「なるほど」

 オヨネが思いあたる。ダイヤモンド家の屋敷も四百年前の石造りだ。やたら広くて寒い。幽霊屋敷としか思えない古さだった。壁には遠い昔のご先祖さまの絵がほこりをかぶってならんでいるし。

 ローラが説明をつづける。

「これもあまり知られていないことだけどね。レイクガルド王室も四百年の歴史しかないのよ」

「あれ? 四千年の歴史は?」

「五百年前に大陸が統一されたでしょ? そのときいまのミッドピアに遷都したわけよ。当時はセントラル王国のセントラルシティとしてね。赤目のセントラル一世はこのレイクガルド王国の跡継ぎだったの。だからセントラル一世といっしょにレイクガルド王室は引っ越したの。大陸の中心にね。名前もセントラル王室になったわけよ。それから百年後にセントラル王室の子どもたち七人が七つの王国に分家した。だからうちのレイクガルド王室は四百年前からまた王室になったのよ。血はつづいてるけど王室は百年間の断絶があるの。その百年間レイクシティはセントラル王国の一地方都市にすぎなかったわけよ」

「ふむふむ。ややこしいんだ」

「まあそうね。いまのミッドナイト皇国もセントラル王国とまったく関係がないでしょ? でも数百年つづけばミッドナイト皇国が昔からの支配者だってみんなが思うはずよ」

「どんな国でもストレートな歴史はないってことか」

「そう思うわ。だからうちの王立図書館には四百年前からの書物しかないの。四千年前からの古書はすべてミッドピアの皇立図書館にあるのよ。元々はこのレイクシティにあった書物がね。さあ見えたわ。あれがわが王宮レイクシティガーデンよ」

 ひときわ高い塔が五つ連続していた。塔と塔がくっつくように建っている。そのまわりを十の塔が取りかこんでいた。

 ヨーゼフが手で示しながらローラの言葉の補足を口にする。

「中心の五つの塔が王の居城だ。周囲の十の塔は役所や図書館だな。王宮のうしろに多少の陸地がある。レイクシティゆいいつの広場だ。広場には市場がならんでる。レイクガルドにしかない特産品がにぎやかに売られててね。もっともおまえたちが市場に立つのはかなりのちだろうがな。さて。王のもとに足をはこんでもらおうか」

 水路が広い港にかわった。船の帆がおろされる。港にゆっくり停泊した。

 アリエたちはゾロゾロと王宮に連行された。レイクシティ市民たちが興味深げにながめている。彼らの会話がもれ聞こえた。あれって海賊よ。どんな悪いことをしたのかしら。いや海賊ってだけで逮捕されるんだよ。あんまり見つめると殺されるぜ。そんな耳打ちをさかんにかわしている。

 五つの塔をかこむ形で城壁が作られていた。アリエたちが近づくと兵士が二列にならんだ。アリエたちを両側から見張るためだろう。

 アリエたちは二列の兵のまん中を城門に進んだ。先頭に立つヨーゼフとローラの合図で門がひらく。

 アリエはローラに背中を押された。五つの塔の中心にある最も高い塔にだ。ローラはここでお役ごめんらしい。豊かな胸をゆらしてさっさと右はしの塔に走り去った。

 ヨーゼフがローラの背中を見送る。

「あの塔が王家の居室だ。私たち近衛師団の宿舎はその反対側にある」

 中央の塔に入ると身体検査をされた。武器をかくし持ってないかと。しかしおざなりな検査だ。この国では平和が五百年つづいている。レイクガルド王室も身の危険を感じるほどではないのだろう。実際問題としてグリーン格闘拳は素手で相手を倒す暗殺拳として生み出された。アリエがその気になれば武器なしで王を殺せる。たぶんエスエスも素手で人を殺す技を持っているはずだ。でないと親衛隊の隊長はつとまらない。

 一行は二階に通された。玉座に白いひげをたくわえたおじさんがすわっていた。着ている服の豪華さから見て王だろう。本物か影武者かはわからないが。

 おじさんが白いひげをなでた。ヨーゼフに手をふる。

「ごくろうじゃったなヨーゼフ。全員の縄をとくがよい」

 ヨーゼフがアリエたち一同の縄を切って王の前にひざまずかせた。

 王が口をひらく。

「よくきてくれたリオン船長。実はたのみがあるのじゃ。聞いてくれるかな?」

 リオンがひざをついたまま声を出す。

「お聞きいたしましょうワイオネル王」

「リオン船長。かたくるしいのはもうよい。そなたとわしの仲じゃ。楽にしてくれ」

 王が酒ビンを手に玉座から立ちあがった。グラスに酒をそそぎながら船長に近寄る。グラスを船長にわたした。船長と王がそれぞれ手にしたグラスをカチンとあわせた。うまそうにふたりで酒を飲み干す。

 オヨネがリオンの服に手をかけた。

「どういうことだよ船長? ボクら逮捕されたんじゃないの? あんた王さまと知り合いかい?」

 船長が答える前に王がヨーゼフに命令した。

「ヨーゼフよ大人たちに酒を。子どもには果汁を」

 ヨーゼフが無言で退出した。

 王がオヨネに向く。

「なあ少年よ。用があるからといって海賊に王宮まできてもらうわけにはいかん。海賊は犯罪者じゃからな。それでヨーゼフを派遣したのじゃ。紅獅子海賊団はかならずや騒ぎを起こすじゃろう。起こさねば適当な容疑をでっちあげてつれて来い。そう命令しての。あんのじょう騒ぎを起こしたらしいではないか。それにこんな可愛い見習い船員をふたりもふやして。おまけに一億ガルの賞金首まで仲間にくわえたか。商売は順調らしいな船長」

 リオンが頭をかいた。

「いや。こいつらは。そのう」

 王が手をあげてリオンの口をとめた。

「ああ。わかっておる。海賊の商売は違法じゃ。順調と表明するわけにはいくまい。で。たのみじゃがな。モガイナ島に行ってもらえぬか?」

 リオンの顔が凍った。意表外のたのみらしい。

「モガイナ島? 竜のあぎとの奥にあるあの島ですかい?」

「さよう。モガイナ島はわがレイクガルド王国領の島じゃ。実はの。わが国で疫病が流行しはじめておる。ヤソ熱という病じゃ。死ぬ危険はすくないが八十日間も身体が動かなくなる熱病での。後遺症で目が見えなくなったりもする。調べさせたところ三百年前に流行した記録が王立図書館で見つかった。特効薬はユーソニアという木の樹皮を煎じた汁じゃと」

「ふむ。つまりそのユーソニアって木がモガイナ島にあると?」

「そうじゃ。三百年前の記録にそう書かれておる」

「しかし王よ。三百年前はどうやって竜のあぎとを越えたので? 竜のあぎとは難所中の難所だ。おれたち海賊仲間でもあそこを越えた船はいませんぜ?」

「それには理由がある。竜のあぎとはキバ状の岩が百本ほど海中から海面までのびておる。潮の干満によってキバの先端は海面から見えることもあり消えることもある。船がはいりこむと波の上下の力でキバが船底に突き立つ。ちょうど竜に食われたように船が座礁する。それで竜のあぎとの名がついた。じゃがな。三百年前には竜のあぎとはとがってなかったんじゃ」

「えっ? とがってなかった?」

「さよう。あの海域に浅瀬はなかったそうじゃ。ところが二百年ほど前に海底で火山が噴火した。岩が海底から海面までせり出したんじゃ。その先端が波でけずられてキバ状になった。それが現在の竜のあぎとじゃ」

「なるほど。竜のあぎとのできた経緯はわかりましたよ。ですがね。竜のあぎとを越えるのが不可能だって事実は残ってやしませんかね?」

「そうでもない。なあ船長よ。おぬし聞いたことがないか? モガイナ島に宝が眠っておると?」

 リオンが記憶の糸をたどる。

「そういやそんなうわさがありましたな。モガイナ島は宝島だ。でもふみこむと亡霊のすみかだと」

「どうしてそんなうわさが立った? モガイナ島はわがレイクガルド王国領じゃ。王室が宝をかくした事実はないぞ? そもそも二百年前から近づけぬ島じゃ。ところがその宝のうわさはごく最近のもの。わしが調べさせたところではここ五年で広がったうわさじゃ。それがなにを意味する?」

「さ。さあ?」

「わしはこう思う。誰かが竜のあぎとを越えたのじゃと」

「はい? まさか?」

「いや。人間はたいした生き物じゃ。どんな困難でも乗り越える。不可能と言われておる竜のあぎとじゃが越えた者がおるんじゃろう。人間はそのうち空すら飛べるようになるじゃろうな。わしはどうすれば竜のあぎとが越えられるか考えてみた。一年のうちで潮の干満が最大になる夏の大潮を狙ってはどうじゃ?」

「潮が大きくみちた瞬間を狙って一気に竜のあぎとを越えるんで?」

「さよう。年に一度の大潮の満潮ならあるいはと思う。あとは決断する勇気じゃ。そんな無謀な賭けをしてくれる船長はそなたしかおらん。報酬は五千万ガルじゃ。そこにいる賞金首より低くて悪いがの。よもや仲間の首にかかった賞金を現金化しようとは考えておらんじゃろ?」

「まあそうですな。おれの首にも一千万ガルかかってる。ふむ。やれるかどうかはわかりやせんがやってみますか」

「やってみますかではいかんよ船長。竜のあぎとは一方通行じゃ。満潮の頂点にかけてはモガイナ島向きに海流が流れる。満潮の頂点から潮が引くときにはモガイナ島から外へと流れがかわる。飛ぶような流れじゃと書いてあった。竜のあぎとに近づいたら行くしかなくなる。そこが竜のあぎとが難所と呼ばれる理由じゃ」

「竜のあぎとを眼前にやめたはきかねえってわけですかい。じゃ行きましょう。どのくらいの樹皮を取ってくればいいんですかね?」

「酒ダルに十個あれば一年間はもつそうじゃ。一年あれば疫病の流行は終息しよう。ユーソニアの樹皮は王立博物館に残っておる。報酬はタル十個と引きかえよう。支度金として報酬とは別に五十万ガルをわたす」

 そのときヨーゼフが兵士ともどってきた。酒と果汁をそれぞれにくばらせる。

 オヨネがカップを手に王さまを見た。

「ところで王さま。ボクは紅獅子海賊団と無関係なんですけど」

 エッと王さまが目をひらいた。王がヨーゼフに顔を向ける。

「それはまことかヨーゼフ?」

 ヨーゼフが首を横にふった。

「いいえ。真偽のほどはわかりません。そう言ってるだけかも」

 リオンが口をはさむ。

「いや。こいつらはおれたちと関係ねえ。たまたまポルトミラの広場で会っただけだ」

 リオンの指摘に王さまがオヨネとアリエを見た。たしかに服装は海賊っぽくない。

「ふむ。わかった。海賊と無関係と言うのなら報奨金を出そう。そなたたちはおさないわが臣民が斬られるところを救ってくれたそうじゃな。礼を言う」

 オヨネが期待をこめて問いを口にした。

「じゃ治安をみだした罪は?」

「治安をみだしたのはミッドナイト皇国の賞金かせぎ五人じゃと聞いておる。あの五人はわが臣民を殺そうとしたから殺人未遂もじゃ。合計十五年の刑務所暮らしじゃな。そなたたちにはひとり十万ガルずつお礼を出そう。わしが命を助けてもらった子どもの親にかわっての」

 オヨネがバンザイをした。

「やったあ! こわい目を見たかいがあるぅ!」

 アリエもうれしい。十万ガルあれば多島海にわたれる。

 ひとりエスエスだけが浮かない顔で口をひらいた。

「なあリオン船長。わたしを海賊の仲間にくわえてもらえないか? ミッドナイト皇国をのがれてから用心棒でもしようとしたが誰も雇ってくれなかった。みんなわたしの首を狙うばかりだ。剣の腕以外わたしに売るものはない。陸にいれば賞金かせぎがうるさくつきまとう。海の上ならそんな事態にはならないだろう。白兵戦でなら役に立てると思う。どうかな船長?」

 リオンがコニカールたち船員の顔を見た。みんながうなずいている。

「ああ。いいぜエスエス。くる者こばまずだ。乗ってくれ。いやになればいつでもおりていい」

 オヨネが手をあげた。ツタのとめる間もない。

「ボクも乗る! 一度海賊船に乗ってみたかったの!」

 アリエもつられた。

「おれも!」

 酒がまわったリオンがうなずく。すっかり気が大きくなっている。

「いいぞ! みんなまとめて引き取ってやる! どんと来いだ!」

 航海士のコニカールとツタが顔をしかめた。そいつはまずいでしょと。

 王さまが口を出す。

「おいおいきみたち。海賊になれば報奨金は出せないぞ? 犯罪者にお礼をわたすわけにはいかん」

 オヨネが口をとがらせた。

「でもリオン船長には報酬を出すって王さまは言ったよ?」

「十タル分の樹皮を買うだけじゃ。海賊と取引はせん。いったんわが国の業者を通して国庫に納入してもらう。そもそもモガイナ島はレイクガルド王国の島じゃ。海賊が強奪した品を買うのとはちがう。わしの島の樹皮を取ってきてもらうだけじゃ」

「きったねえやり方。大人ってやだねえ。あいだに第三者をいれて海賊から出た品とは知らなかった。そう言いのがれるつもりだな?」

 王が白ひげをなでた。

「そのとおり」

 オヨネが王の顔を見ながらちょっと考えた。

「じゃボク海賊になるのやめる。だから報奨金ちょうだい」

「ふむ。それならしかたがない。報奨金を出そう」

 ツタがホッとした。コニカールも胸をなでおろしている。海賊は命がけだ。十五歳の少年を乗せるとハラハラしっぱなしになるだろう。特に竜のあぎとを越えるとなると。

 オヨネがそこでツタとコニカールの安堵をふいにする宣言をぶちあげた。

「ボク報奨金をもらったあとで海賊の仲間にしてもらう。それなら文句ないでしょ王さま?」

 ううむと王さまがうなった。

「たしかに。なかなかやるのう少年」

 ツタが手に持つ酒を一気にあおった。プフーと息を吐く。

「海賊のバカヤロー! 王さまもバカだあ! みんなくたばっちまえぇ!」

 コニカールが顔をしかめた。

「しまった。マズツタ島の女に酒を飲ませちゃだめだ。マズツタ島の女はみんな酒乱だぜ」

 オヨネは初めて知った。ツタが酒乱だと。ツタはダイヤモンド家では酒を飲まなかった。

 酔ったツタが王さまにからむ。

「だいたいあんたがこんなところにつれて来させるからいけないんだあ! オヨネが海賊になったらわたしゃどうすりゃいいんだあ! 亡くなった旦那さまに顔向けができなーい!」

 酔っていてもお嬢さまと口走らないところが立派なツタだ。

 王の首を絞めにかかったツタをヨーゼフとコニカールで引きはがす。ほかの海賊たちはもっとやれぇとけしかけている。王さまは目を白黒だ。エスエスはもくもくと飲むだけだった。どさくさにまぎれてアリエとオヨネで酒をなめた。初めて口にする酒はあまくて苦い。ほんのすこしトロンときた。なんだかくせになりそう。


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