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 第十一章 ゆれる海の上に月はかがやく

 翌朝だ。目をさました王さまが開口いちばんにこうたずねた。

「あり? わしはなにをしておったのじゃ? 占い師のところに行ったはず? 麦は夏じゅう値あがりするじゃろうと占ってもらった。はて? そのあとはおぼえとらん。そのあとどうしたんじゃろう?」

 お妃さまもよく似たことを口にした。ローラはふたりに説明をする。クグツ草の煙をかがされてあやつり人形にされていたと。王夫妻の鼻の頭はまだ薄紫がかすかに残っている。

 王さまが激怒した。

「けしからん! とっとと灰の王とその右腕を引っくくれ! 皇国四天王だろうがゆるせん! わが国をミッドナイト皇国の一部にするなど金輪際あってはならんことじゃ!」

 ローラは肩をすくめた。

「もう終わったってパパ」

「はい? もう終わった? どういうことじゃ?」

 ローラは昨夜の大騒ぎを王に語って聞かせた。

 すると王が笑いはじめた。

「あはは。そんなバカな。しゃべるサルに三十メートルの大ヘビじゃと? ありえん。ローラおまえはわしの記憶が不たしかなのをいいことにかつごうとしておるのじゃな? じゃがわしはだまされんぞ。どこの世界に三十メートルのヘビがおる? サルがしゃべる? ははははは。ウソをつくならもっとましなウソをつけ」

 ローラは王宮の窓にかかるカーテンをあけた。首からさがる笛を吹く。窓の外でヘビ吉がカマ首を持ちあげた。

 王さまの口がポカンとあく。

「あわわわ。ば。化けヘビぃ」

「ちがうの。あれはわたしのしもべ。ローラ二号よ。ヘビ吉でもないわ」

 王はそのあと結婚の塔と調印の間の荒れようを見た。そこでやっとローラの説明が正しいと飲みこんだ。

 王が昼に紅獅子海賊団と青サソリ海賊団を王宮に招いた。

「このたびはわが国を救ってくれて本当にありがとう。いくら頭をさげてもたりんわい」

 リオン船長は右腕がなくなった。だがサル吉の薬草のおかげで命に別状はない。

 王が紅獅子海賊団に軍船を一隻くれた。しずんだ紅獅子号のかわりにだ。ユーソニアの樹皮代としていったんはもらった五千万ガルに今回のお礼として一億ガルを足してくれた。青サソリ海賊団も一億ガルをもらった。最後にやってきて十分ほどの活躍で一億ガルだ。オヨネと会って幸運がついてまわっているというのは本当らしい。

 ハヤブサ団はとうぜん姿を消して誰ひとりいない。礼を言うひまもない。

 灰の王の兵たちは牢獄送りになった。

 ダイヤモンド家の執事ヌルヒチは王室侮辱罪の適用第一号に決まった。懲役五十年だ。それにくわえて治安をみだした罪と殺人未遂罪が追加された。アリエに毒メシを盛ろうとした件でだ。オヨネの両親を殺した件は追加されない。証拠がないのとダイヤモンド公国での殺人だからだ。

 ムーア・ムーンストーンは残念ながら罪に問えない。国外追放が精一杯だった。

 関係者の処分を決めたあと王さまがオヨネにたずねた。

「ところでターニャ。国に帰る気はあるのかの?」

 オヨネが返事をしぶった。ダイヤモンド公国に帰ればアリエたちと旅をつづけられない。

 王さまがうなずいた。オヨネの気持ちを読み取ったようだ。

「ではわしが信用できる男たちをダイヤモンド公国に派遣しよう。公国の管理はわしにまかせるがよい。これでも王じゃ。国を治めるのはなれておる」

 オヨネがホッとした。これでアリエとまたいっしょに行けると。

「そうしていただけると助かります」

 その夜は遅くまで宴会だ。サル吉とオヨネで紙製のガイコツをまじえた漫才を披露した。受ける受ける。ドッカンドッカンだ。王宮は爆笑の渦につつまれた。近衛師団長に返り咲いたヨーゼフまで笑っている。

 翌朝だ。早朝に紅獅子海賊団と青サソリ海賊団はレイクシティをはなれた。海賊がいつまでも恩人顔をしていてはいけないと。人々にうとまれる前にまた海に帰る。これが海賊ってもんさとシモーヌが笑った。

 かならずまたくるとローラと王夫妻に約束してアリエとオヨネも新紅獅子号に乗った。水門までヘビ吉に乗ったローラと王さまが見送りにきてくれた。王さまはローラの話を聞いてヘビ吉に乗りたかったらしい。

 新紅獅子号と青サソリ号は港町ポルトミラで乾杯をしたあと南北にわかれた。次に会ったら敵だよとシモーヌが釘を刺して。

 新紅獅子号は多島海のマズツタ島を目ざした。ツタがマズツタ島に帰ると連絡をいれていたせいだ。一度マズツタ島に行ってぶじを報告するためにだった。

 サル吉がリオン船長を船室で休養させたのでコニカールが舵を取った。コニカールはアリエとオヨネにも舵を取らせた。師匠と恋人の仇を討ったリオン船長は一気に老けこんだ。右腕もない。このまま船をおりると言い出すかもしれない。そんな危惧をコニカールは抱いた。船長がいなくなれば紅獅子海賊団は解体だ。新船長にふさわしい者がいない。もし次の船長にふさわしい者がいるとすればそれはアリエだとコニカールは思う。いまは未熟だが武闘派だ。それでアリエに舵取りを仕込みたいコニカールだった。おなじ武闘派のエスエスは舵をまかせると船がすぐに座礁しそう。エスエスは剣ひとすじが似あっている。

 夜になり船がイカリをおろした。サル吉は船長に酒を禁じている。そのせいで全員が酒を断った。おかげで船が静かだ。船長が一室。アリエとコニカールが一室。オヨネとツタとエスエスの女三人が一室。七つ子が一室。ナツメグとハンマーは食堂で眠る。船長の身体が回復すればまたむちゃくちゃな日々になるだろう。

 アリエは眠れず甲板に出た。静かすぎる紅獅子号は落ち着かない。空には満月がきれいだ。

 誰かが階段をのぼる音が聞こえた。あがってきたのはオヨネだった。肩にサル吉を乗せている。

 アリエはふり向いた。

「オヨネ。いやターニャも眠れないのか?」

 オヨネはまた男装をしている。しかし一度女だとわかるとオヨネがもう男に見えない。

 オヨネが顔をそむけた。

「ターニャはいや。ターニャはやめて」

「どうして?」

 オヨネがしばらく黙りこんだ。決意をかためた顔で口をひらく。あえて男っぽい口調で。

「うちのパパはさ。アリエのパパを裏切って殺したひとりだよ? ターニャだとアリエと仇同士になっちゃう。だからオヨネにして。うちのパパが悪人だったと思いたくないしさ。ターニャと呼ばれるとどうしても五公家とセントラル王国のかかわりを思い出すから。ごめんね。ずっとかくしてて。仇の娘なんていやだよね?」

 アリエもすこし考えた。わざと乱暴な言葉を選ぶ。オヨネを苦しめないために。

「やっぱりあのときおれの右目を見たんだな? けどよ。おれの実の両親が殺されたのは一歳のときだ。だから本当の両親のことはまるでおぼえてねえ。育ての親のニコラス・ニジン親子を殺した黒の王とミッドクロス皇帝は殺したいほどにくい。しかし五公家が仇ってのはピンと来ねえんだ。だからおまえを仇の娘なんて思えねえ。あっ」

 アリエはオヨネと面と向かいふと思い出した。都合の悪い思い出を。こいつ女だったんだと思うと顔が火を噴きそう。

「なに? どうしたのさ? ボクがなにか悪いことした?」

「おまえがおれのを見たのを思い出した。エスエスに服をバラバラにされたとき見ただろ?」

 オヨネがクスッと笑った。オヨネも思い出す。

「えっ? あのちっちゃいのを? 見てない見てない」

「ほう。見てないのにちっちゃいとわかるのか。器用なやつだな?」

「えーと。だってさ。ボクにはついてないんだもん。興味あるじゃんか」

「エスエスに服を切られたのがおまえだったらよかったのに」

 オヨネがアリエの顔をうかがう。

「それってボクの裸が見たいってこと?」

「ちげーよ。おれだけはずかしい思いをするのは損だ。おまえも小さいのをさらせ」

「ボクには小さいのがついてない」

「正面か背中かわからないのがついてるじゃないか。肩胛骨より出っぱってなさそうなのが」

 オヨネがムッとほほをふくらませた。

「言ったなあ! 肩胛骨よりは出っぱってるぞ!」

 言いながら本当かなと思う。ボクの胸ってひょっとすると肩胛骨よりふくらんでないかも? ウエディングドレスの胸にジャガイモをいれる女っていないよな普通?

 アリエはオヨネのうすいシャツの胸を見た。肩胛骨のほうがと思う。けどそれを言うとケンカになりそうだ。アリエは話題をかえた。

「まあおまえを信用してやれなかったおれが悪かった。ごめん。おまえがおれたちを海軍に売ったとばかり思ったんだ。そんなまねをするやつじゃないのにな。おまえがおれの命を助けてくれたって聞いた。ありがとうな」

「そうなんだ。誤解がとけたんだね。じゃいつボクたち結婚式をあげる?」

 アリエは首をかしげた。オヨネの問いの意味がつかめない。

「はい? 結婚式? なんだいそれ?」

 オヨネが口をとがらせた。アリエに人さし指を突きつける。

「きみねえ。他人の結婚式に乱入してだねえ。花嫁におれと来いっつったらもうそりゃプロポーズっしょ?」

 アリエは目を白黒させた。あれはプロポーズではない。求婚したつもりはなかった。

「そんなやつと結婚するなって意味だ。いやだったんだろあいつと結婚するのが? おれと結婚してくれって告白したわけじゃねえ」

「じゃさ。ボクは誰と結婚すればいいの? ボクが結婚してもいいと思える男を教えてよ?」

 アリエは考えた。オヨネが誰と結婚してもいやな気分になりそう。

 答えを返さないアリエにオヨネが笑う。

「ほらみろ。やっぱりプロポーズだ」

「ちがう。断じてちがう」

「ちがわない。誰がなんと言ってもそう。ボクは特にそう受け取った。だからいまって駆け落ちだよね? 大金持ちのオヤジを捨ててカネも甲斐性もない若者についてきてるんだからさ」

「か。駆け落ち? そんなバカな。おれのためにおまえがいやな結婚をするなんてたまらなかっただけだ。いっしょに逃げようなんてさそったつもりはねえ」

 オヨネがほほを赤らめた。

「それって告白してるのとおなじだよ? どうたまらなかったのかなあ?」

 アリエは口をつぐむ。結婚式に乱入したのは仲間意識ではなかった。独占欲に近い。オヨネはおれのものだと。

 無言のアリエにオヨネが身をすり寄せた。肩のサル吉にささやく。

「おいサル吉。気をきかせてくれよ」

 サル吉もオヨネの耳に口をつける。

「気をきかす?」

「しばらくどっかに行ってくれってこと」

「ああ。いちゃいちゃしたいわけか。オーケーだ。しばらくはなれて見てる」

「見てるなよ! 気がちってキスできないじゃないかあ!」

 キスする気だったのかとかくれて見ている全員とアリエが思った。サル吉がオヨネの肩をおりる。船室にくだる階段に走った。階段にかくれてアリエたちを見ているコニカールにつかまった。船長以下全員が息を殺して階段からアリエとオヨネを見ている。いつの間にきたんだこいつらとサル吉が首をかしげた。

 オヨネがアリエの背中に腕をまわす。

「ねえアリエ。家なんか関係なくアリエとオヨネでキスしてよ」

「おれは男とキスする趣味はない」

 本当はキスをする勇気がない。女の子にやさしく抱きしめられるのも初めてだ。

「中身は女だもん」

 オヨネが背のびをした。アリエの口に自分の口を持って行く。

 月を雲がかくした。アリエとオヨネの顔を影がおおう。見ている全員もサル吉も息がとまった。

 雲が月からはなれる。オヨネが背のびをやめた。アリエの胸にほてるほほを埋める。

「どう? 萌えた? ボクとキスして楽しい?」

「悪くはなかった」

 ホッとオヨネが息を吐く。

「よかった。ボクのファーストキスがけなされなくて」

 そのときサル吉が手をたたいた。パチパチパチと。コニカールがサル吉の手をつかんでとめる。しかし遅い。アリエとオヨネが階段を見た。船長をはじめ全員がアリエとオヨネから顔をそらす。

 オヨネが階段に足をはこぶ。

「あの。みんな。そこでなにをしてるわけ?」

 船長たちは無言で目線を逃がすだけだ。エスエスがバカ正直に口をひらいた。

「後学のために観察をしてた。わたしもいつか結婚するかもしれないから」

 オヨネがプチンと切れた。 

「こらあ! 観察なんかするなあ! みんなでのぞいてるんじゃなーい!」

 七つ子の長男ケヤキが代表して突っこみをいれる。

「ひとりずつならいいのか?」

 ますますオヨネがおこった。

「そういう問題でもなーい!」

 ツタがふふふと笑った。

「あらあらお嬢さま。照れなくても。アリエくん。お嬢さまの貞操はこのツタがちゃんと守りましたとも。結婚式がすむまではとね。だから安心してお嬢さまと結婚してあげてね。もっとも。一日遅ければこまった事態になってましたけど」

「ツタ! そんなろくでもないこと思い出さすなあ!」

 ハンマーがオヤジギャグを披露した。

「おいおいオヨネ。おこってばっかだと頭の結婚が切れるぞ。なんちゃって」

 みんながシーンとした。そんななかサル吉だけが笑いはじめた。

 アリエは肩をすくめる。

「やっぱりこいつサルだ」

「おいらはサルじゃねえ! サル吉でもねえぞ!」

 コニカールがつい口にすべらせる。

「ピペルネキャラコ三世だよな」

 サル吉が泣きはじめた。

「うえーん。コニカールがおいらのセリフ取ったあ。おいらがサルだと思ってみんながバカにするぅ。おいらはヘビ吉とちがってウロコはないぞぉ。おいらは人間だぁ」

 そんな毛むくじゃらの人間いないって。そうみんなの口が無音で動いた。声に出すとサル吉のなげきがひどくなるから。

 新紅獅子号は海の上でゆれている。左腕一本のリオン船長。船大工のハンマー。料理長のナツメグ。航海士のコニカール。雑用全般の七つ子。皇帝暗殺未遂の女剣士エスエス。先王の遺児のアリエ。五公家筆頭の跡取り娘オヨネ。デブで酒乱のおばさんのツタ。人間だと主張するサルのサル吉。もといピペルネキャラコ三世。そんなメンバーを乗せて。あしたはどんな冒険がアリエとオヨネを待つか。新紅獅子号だけが知っている。


                             〈了〉


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