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【99.冬休みの終わり】

 お昼を食べ終わったら学校に戻る予定になっているのだが、その前にエミリーが行きたい場所があるというので、みんなで移動することになった。


「アイリ、本重くない? 持とうか?」

「ううん、平気」

「それって魔導書?」

「うん。帰ったらリタにも見せてあげるよ」


 嬉しそうに微笑むアイリの可愛さに胸いっぱいになっていると、前を歩いていたニコロたちが足を止めた。

 目的地に着いたのだろうかと見てみると、そこは例の露店の前だった。昨日、アイリとこのお店の話をしたばかりなので、妙に気まずい。


 エミリーは露店の前にしゃがみ込んで、興味津々で商品を見始めた。


「えっと、アイリも何か買う?」

「や、やめとこうかな」


 アイリもどこか気まずそうだった。

 男の子だからか興味をそそられないらしいラミオたちは手持ち無沙汰なのか、適当な話をし始めている。


「リタ様、リタ様」

「ん?」


 エミリーに手招きされて隣にしゃがみ込むと、彼女の手には指輪があった。


「これをプレゼントしたら、左手の薬指にはめてくれますか?」

「……エミーからのプレゼントなんだから、勿体なくて普段使い出来ないなぁ」

「まあ、そうやって逃げると思いました」

「ハハハ……」


 分かっているなら、そんなことを言わないでほしい。


 ちなみに男子三人は、近くにある串肉の屋台を気にし始めている。リタもどちらかというとそちらの方に興味を惹かれてしまう。


「エミーは何か買うの?」


 尋ねながら、リタの隣に腰を下ろすアイリ。


「これとこれで悩んでるんですけど、どう思いますか?」

「こっちの色の方がエミーには合う気がするけど……こっちのデザインも上品でいいね」

「そうなんですよ! どっちも良いところがあるからもう迷っちゃって……いっそのことどっちも買うっていうのもアリなんですけどね……」


 仲良く悩んでいる二人の会話に水を差すのも何なので口を挟まないでいるが、アイリとエミリーが至近距離で両隣にいるというのは、微妙に落ち着かないものがある。


 リタがこの場から逃げたいような気持ちで心を無にしていると、唐突に右手を持ち上げられた。


「わっ、な、なに?」

「いえ、左手の薬指じゃなきゃ受け取ってくれるのかなぁって思いまして」

「あ……いや、どの道、受け取り辛いかなぁ、なんて」

「……私からの指輪は重いですか?」


 はい、重いです――なんて答えるわけにはいかないけれど。


 真面目に考えて、アクセサリーをプレゼントされるというのはどうなんだろうか。

 仲の良い友達同士で記念日とかに贈り合うのならアリかもしれないが、何もない日にプレゼントされるのは、結構重い意味を持つ気がする。


「意味もなく貰うのはなんか落ち着かない感じはするかな」

「そうですか…………なら今回は私の分だけで諦めます」


 安堵していると、握られっぱなしだった右手がなかなか解放されないことに気が付いた。


「……あの、エミー? 放して?」

「あ、すみません。指、細くて綺麗だなぁって思いまして」

「エミーの指の方が綺麗だよ」

「そんなことないですよ。リタ様の方が――」


 こういう女子の褒め合いって延々終わらないんだよな、などと思っていたリタの左手が、また唐突に握られた。

 まあ当然、誰の仕業かなんて考えるまでもなく。


「アイリまでやめてよ……」

「だってなんか二人が楽しそうだったから、つい」

「……」


 ついって――そんな可愛く微笑みながら言われたら、こっちこそつい許してしまうのが悲しいファン心理なのであった。


 それにしても両方の手を取られると、両手に花と言いたいところだが、連れ攫われる宇宙人のような感覚に陥ってしまうのは何故だろうか。


「リタの手、小さくて可愛いね」

「……もしかして喧嘩売ってる?」

「売ってないよ。可愛いって誉め言葉だもん」

「小さいって付けられるとなんか引っかかるんだよなぁ……」


 というか、アイリはリタに対してよく「小さい」と言ってくるのが何とも解せない。

 実際リタはアイリよりも小柄なのだが、そんなに連呼されるほどの体格差はないはずなのに。


 リタは悔し紛れに両手を動かし、二人の手を振り払った。それからすぐに立ち上がる。


「まだ時間かかりそうだし、私、ニコロたちの方に行ってくる」

「あー……逃げましたね」


 不満げなエミリーの声は気にせず、歩き出す。


「ちぇ……リタ様が逃げたので、私は友情に走ります。ね、優しいアイリなら私からのプレゼント受け取ってくれますよね?」

「あ、えっと……私も記念日でもないのにプレゼントは受け取りにく」

「ダメです。せっかく有り余ってるお小遣いを持ってきたので使わせてください」

「いやでも」

「どれがいいですか? あ、これとかアイリに似合いそう」

「あの、エミー、話しを聞い」

「せっかくだしお揃いで買いましょうよ! ここに遊びに来てくれた記念に、ね?」

「記念……、……うん。じゃぁ甘えちゃおうかな」

「やった! どれにしますか? これとか可愛くないですか?」

「ほんとだ、可愛いね」


 ニコロたちの方に向かって歩きながら、後ろから聞こえてきた会話に、リタの頬は緩んだ。

 友人たちの仲が深まるのは良いことだし、特にアイリには色んな人とたくさん仲良くなってほしい。


 ニヤつきを隠せずに男子たちの方に合流すると、その顔を見たラミオに「何か良いことでもあったのか」と問われてしまった。



◆ ◆ ◆



 みんな想像よりも疲れが溜まっていたのだろう、夕方、帰りの馬車に揺られながら全員眠ってしまった。


 スピネルとジョーに起こされた時には、既に馬車は目的地である学校の前についていた。

 リタがまだ重い瞼をこすりつつ馬車から降りると、見慣れた校舎が見えた。


「皆様、お疲れでしょうから、寮まで気を付けてお帰り下さい」


 ジョーの言葉に頷いた後、リタたちは旅行中の世話をしてくれた二人に改めてお礼を述べた。


 そのまま解散となり、ラミオを先頭にみんな校内にある寮へと歩いて行く。

 リタもその後に続こうとしたら、スピネルに声をかけられた。


「……アルベティ様、これを」


 差し出されたのは花柄模様の包みだった。

 受け取ってみると、中に入っているのは籠のような何かであることが分かる。


「これは?」

「……心ばかりですが、今回のお詫びとお礼です」

「そんな気を使わなくても……でもありがとう」


 ここで突き返すのも失礼な気がして、遠慮なく受け取らせてもらう。

 すると、いつの間にか後ろに立っていたエミリーが、リタの受け取った物とスピネルを見比べて、じとりと目を細めた。


「失礼なものじゃないわよね?」

「……まさか」

「ならいいけど……でもなんでわざわざリタ様だけに」

「……色々ありましたので」

「色々?」


 怪しいと言わんばかりの顔になったエミリーを見て、リタは「あ!」と声を上げた。


「それより、早く寮に戻らないといけないんだった。じゃぁ今回は色々お世話になりました」

「……はい、では私たちもこれで失礼致します」


 スピネルが一礼して馬車に戻っていくのを、エミリーは未だに複雑な表情で見つめていたが、やがて息をついた。


「リタ様、スピネルと何かあったんですか?」

「ちょっと頼まれ事されてたから、そのお礼だと思う」

「……あの子、たまに常識というか見境なくなるので、失礼に感じたら雑に対処して大丈夫ですからね」

「うん。今回のことは別に大したことじゃなかったから大丈夫だよ」


 もしかしたらエミリーは、スピネルの頼み事というのが、自分に関係していることだと分かったのかもしれない。

 居心地が悪そうな顔で、リタの受け取った包みを見ていた。




 みんなと分かれ、アイリと二人で部屋に戻ってからその包みをほどくと、中から出てきたのは籠の中に入った焼き菓子だった。

 隣で様子を見ていたアイリが「わあ」と声をあげる。


「美味しそうだね」

「後で一緒に食べよう」

「ありがとう、楽しみ」


 にこりと微笑むアイリを見て癒されつつ、とりあえず食べる時まで包み直しておこうとしたら、焼き菓子の近くに小さなメモのようなものを見つけた。

 手に取ってみると、丁寧な字で『今回はありがとうございました。一日も早く回復なさいますようお祈り致します』と書かれてある。

 恐らくスピネルが書いたものなんだろうが、回復というのは、もしかして顔の傷のことだろうか。


 彼女なりに、リタがユージャと戦うことになった件について、責任を感じていたのかもしれない。

 正直あれはスピネルに頼まれたからとか関係なく、彼らがアイリに手を出さないようにという牽制の意味しかなかったのだが。


「それにしても、大げさだなぁ……」


 固い文面を見ながら、もうとっくに治っている顔をおさえつつ苦笑した。



◆ ◆ ◆



 リタは結局あの旅行以外、冬休みはどこに行くこともなく寮で過ごした。

 何故ならアイリが同じ行動を選択したから。曰く「旅行で疲れちゃったし、実家に帰るのは今度の機会にしようかな」とのこと。


 そうなればリタだけが帰省するという発想にはならず、二人揃っていつも通りに生活した。

 大量の宿題も、旅行中に真面目に片付けていたこともあり、比較的苦しまずに終わらせることが出来た。


 大半の生徒が帰省していたので、寮内はいつもよりも静まり返っていてどこか寂しくもあったが、リタにとってはアイリがいるという事実だけで十分だった。



 そして、三週間という長さの冬休みはあっという間に終わり、新学期が始まった。



「はあー……学校だぁ」

「それはテンションが低いのか高いのか、どっちなの?」

「どっちでもある。アイリと一緒なら休みでも学校でも楽しいし!」


 とても正直に答えたのに、隣に座っているアイリには「またそんな冗談言って」と流されてしまった。

 リタがそのことに対して不服さをアピールするため顔をしかめていると、横から一際大きな声が聞こえてきた。


「えっ、冬休み中も決闘申し込まれてたの!?」


 周囲の生徒がその声に注目したので、リタも思わず視線だけを向けると、見知らぬ女子生徒二人が話していた。

 大声をあげた方の少女が、みんなの注目を集めてしまったことに気付いたようで、自分の声量を反省したように、今度は小声でもう一人の少女の方に話しかけている。


 他の生徒たちは大声にビックリしただけで、別に彼女たちの話の内容に興味があったわけではない。

 なのですぐにそれぞれの行動に戻ったのだが、リタたちは隣にいるものだから、小声になったところで彼女たちの会話が聞こえてきてしまう。


「ミモザってなんであんなに人気が……いや、聞くまでもないけど」

「でも大変そうだよね。私だったら絶対にああいう風にはなりたくないわ」

「まあねぇ……ただあの顔には一度なってみたいかも」

「そりゃ顔だけなら私だってそうだけど……決闘申し込まれまくると思うと、やっぱりちょっと……ね」


 決闘を申し込まれまくる顔って、どんな顔なんだろうか。


 一瞬考えてみたが、人の話を盗み聞きしてしまっていることに気が付き、リタはふるふると首を振った。


「どうしたの?」

「あ、いや……なんでもない」


 この距離なのに、アイリには彼女たちの会話が届いていなかったらしい。どんなに近くにいても、全く聞く気がないのなら、耳が勝手にシャットアウトしてくれるものなのかもしれない。


 盗み聞きをしないアイリの精神に感心して、リタもそれを見習ってその後は二人組の会話を聞かないように心がけた。



続く

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