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【98.夜間の訪問者】

「ちなみにだけど……私、あのネックレスが欲しかったわけじゃないよ」

「えっ? でもすごく見てなかった?」

「それは……」


 ゲームのことを思い出して感動していた――なんて言えるわけない。


「綺麗だったから! ほら、あのネックレスって赤色のガラスみたいなのついてたじゃん。それがアイリの瞳の色と一緒で綺麗だなーって」


 そういえば本編で『ラミオ』もそんなことを言っていたっけ、なんてことを、話ながら思い出した。

 前世では商品化までされていたあのネックレスは、アイリファンにとっては非常に印象深いものだ。いっそのこと本当に購入するのもアリかもしれない。


「……私の瞳の色と一緒だから、あんなにジッと見てたの?」

「え? うん…………あれ、もしかして気持ち悪い?」

「どうだろう」


 どうだろうなんて返しをされると、気持ち悪がられているのではと不安になってしまうのだが。

 リタがヒヤリとした気持ちになっていたら、手の甲をつつかれたので、驚いてアイリの方を見た。


「な、なに?」

「ん……いや、どうしてか分からないけど、不思議な気持ちがグルグルしてるから、落ち着こうと思って」


 人の手の甲をつついて落ち着こうなんて、随分と斬新な考えだ。つつかれてるリタは逆に落ち着かない気持ちになってきたのだが、これでアイリが落ち着くのなら、我慢するしかない。


「……でも欲しくて見てたわけじゃないなら、結果的に買わなくて正解だったね」

「そうだね……」


 今更ほしくなったと言うのも許されない流れになってしまった。

 まあ本編の流れを考えると、あのネックレスはアイリが身に着けてこそという感じがするので、リタが持っていても仕方ないかもしれない。


 それにしても、アイリが気を使って自分から離れていたなんて思いもしなかったので、リタはこの旅行をやり直したい気持ちに駆られた。

 エミリーとは楽しく過ごせたし、それを消したいというわけではないのだが、リタとしてはそこにアイリが加わっていた方がより楽しい思い出になっただろうから。


「アイリ、明日はみんなで一緒に色々見て回ろうね!」

「うん」

「あ、せっかくだしネックレスも私が買って、逆にアイリにプレゼントしちゃおうかな!」

「うーん……それはちょっと」


 人にプレゼントをあげることは考えるのに、貰う側になるとちょっと嫌そうなのは何故だろう。謙虚なんだろうか。


「もしかしてアイリって、プレゼント貰うのとかあんまり好きじゃない?」

「そういうわけじゃないんだけど……私の瞳の色に似てるって言われたら……私が持ってるのもなんか変かなって」

「そう? むしろアイリが持ってる方が自然だと思うけど」

「んー……」


 何か言いたいことはあるが上手く言語化出来ない、そんな表情で唸るアイリ。


「……リタは黒い瞳だよね」

「うん」


 ちなみに、黒髪と同じで黒目もこの世界では珍しい。もちろんこれも魔族由来なので、あまり大っぴらに誇れるものでもないが。


「なら、私は何か黒いものが欲しいかも」

「え?」


 この会話の流れでそう言われると「リタの瞳と同じ色のものが欲しい」と言われているようにしか聞こえない。

 しかしそんなものを貰って、アイリにとって何か得があるんだろうか。リタは推しに関連する色を見ると尊い気持ちになるが、アイリは違うはずだ。


 それなら瞳の色は関係なく、単純に色の好みを言ったのだろうか――好みは人それぞれだが、一般的に黒色はあまり好まれない気がする。それが宝石やガラスのように光るものなら特に。


「アイリって黒が好きなの?」

「え?」


 こてんと首を傾げた後、アイリは「黒……」と呟きつつ、リタの目をジッと見た。

 それから少し視線を逸らし、口を開いた。


「うん、好き」

「――」


 目を細めて答えるアイリの表情を見て、何だかどこかで見たことがあるような不思議な感覚に陥った。


 一体どこだっただろう。

 少し考え、脳裏に浮かんだのは、前世で何度も見たⅠのハッピーエンドでのスチル。

 たとえば恋人同士になった『ラミオ』に『アイリ』が褒められている姿や、ようやく想いを成就させた『ニコロ』に抱きしめられる『アイリ』の姿。


 その際に『アイリ』が浮かべている、困りとか照れとか喜びとか色んな感情が混ぜられたような表情――目の前にいるアイリがそれと似たような表情を浮かべているものだから、リタは思わず黙ってしまった。


「……そっ、か」


 かろうじて相槌だけはうてたものの、頭の中は「?」がたくさん浮かんでいた。


 照れたような顔して「好き」なんて言ってくれるアイリは、そりゃ可愛かったけれど。

 自分に対して向ける表情としてそれは合っているのか。そういう顔は攻略対象たちに向けるべきなんじゃないんだろうか。

 いやでもアイリは友達相手にもこういう表情を浮かべるものなのかもしれない。

 ゲームではアイリの同性の友人は『リタ』しか出てこなかった――途中でその友情は無惨にも崩壊するが――から、分からなかっただけかもしれない。


「……ここで黙られるとなんか気まずいから、黙らないでよ」

「ご、ごめん!」

「あと別に変な意味ないからね……単純に黒色が好きってだけで」

「あっそうだよね! 分かってる分かってる! 大丈夫!」


 リタは首がもげるんじゃないかという勢いで頷いた。


 危なかった。訂正してくれなければ、もしかしてこの「好き」って自分に言ってるのでは……なんていう痛すぎる妄想を継続させるところだった。


「えっと……じゃぁ、そろそろみんなのとこ戻る?」

「……、……うん、そうだね」


 妙に間のある返答は、明らかに何か含みを持っていた。


「もしかしてまだ話したいことある?」

「ううん……いや、あるにはあるんだけど……」


 一瞬嘘をつこうとして、すぐに訂正するアイリ。相変わらず素直だ。


「でも、それは今じゃなくても大丈夫。私たちがいないとエミーたちが囲まれちゃってるかもしれないし、戻ろうか」


 その光景は容易に想像がついた。

 

 アイリと二人きりというのは至福の時間だったが、エミリーもラミオも、そしてニコロも今頃は大変かもしれないと思うと、それを続けていたいなんていう身勝手は許されないと思った。



◆ ◆ ◆



「はあ……疲れたぁ……」


 慣れないドレスから解放されたリタは、部屋に戻るなりベッドに倒れ込んだ。留守の間に綺麗に整えられたシーツには申し訳ないが、それを気にしている余裕もないくらいの疲労が溜まっていた。


 あの後、案の定囲まれていたエミリーたちと合流し、人目のつかないところにいたウィルを引っ張り出し、みんなでパーティーを楽しんだ。

 アイリと二人きりの時間も幸せだが、みんなと一緒で楽しそうなアイリを見るのも幸せな時間だと再確認出来た。

 もう何度も思ったことだが、二度目の自分の人生を大好きな人たちのそばで過ごせるなんて、なんて幸せなんだろうか。


「今日も一日アイリが可愛くてよかった……」


 小学生みたいな感想を呟きつつ、もうこのまま寝てしまおうかと思っていた時だった。


 ドタドタと、窓の外から妙な物音が聞こえてきた。


「なんだろ……?」


 気になったので、起き上がってカーテンを開けて見てみると、外の景色は暗くてよく見えなかった。

 何とか見えないものかと目をこらしていると、徐々に暗さに目が慣れてきた。

 薄っすらと見えてきたのは、門柱の近くにいたスピネルの姿。その向かいにいる誰かと話しているようだったが、相手はフード付きのコートを着ていて顔はおろかその髪もよく見えない。


「……ラミオたちにお客さんでも来たのかな?」


 ただ、だとしたら今の物音は何だったんだろうか。

 少し考えてみたが、眠気が限界に達してきたので、カーテンを閉めてベッドに再び倒れ込んだ。


「おやすみなさい……」


 誰にでもなくそう呟き、リタはそのまま眠りについた。



◆ ◆ ◆



 最終日、帰り仕度を終えたリタたちは、馬車に揺られて市場へと立ち寄った。

 まあ帰り支度といっても、全員持参した物はほぼ無いため、自分たちの部屋を軽く掃除しただけだ。それすらスピネルたちには「必要ありません」と言われたが、流石に使いっぱなしにするのは落ち着かなかったので、無理を言って掃除させてもらった。


「ウィル、今日はちゃんとみんなと行動するんだよ」

「そんなに何度も言わなくても分かってるよ……」


 とか言いつつ、ニコロの言葉にとても嫌そうな顔をしているウィルは、筋金入りの単独行動主義なんだろう。

 そんな彼が何だか気の毒になったリタの提案で、みんなで魔導書を見に行くことになった。せめて好きな物に触れて少しでもテンションが上がってくれればいいのだが。



「見ろニコロ。この魔法はこの間の授業で習った部分の応用が含まれているんだが、ここの記述にあるような手順を踏めばもっと強力な魔法に――」


 少しどころではなく、テンションが爆上がったらしいウィルは、書店で購入した魔導書のことについてずっと話している。

 ニコロはそれに苦笑しながらも、うんうんと相槌を打っている。


「前々から知っていたが、あの二人は本当に仲が良いんだな」


 その様子を少し離れた場所で見ていたラミオが、そんなことを言ってきた。

 ちなみにアイリとエミリーはお目当ての本でもあったのか、まだ書店の中にいる。


「なんか微笑ましいですよね」

「うむ。……ところで、今回は色々すまなかったな」

「え?」

「その顔の傷の件だ」

「……バレてましたか」

「昨日のパーティー中にユージャたちから全て聞いた」


 リタだけが隠そうとしたところで無駄だったというわけだ。

 ガックリと項垂れた後、自分が王族に対して嘘をついてしまったことに気が付いて、ワタワタと手を振った。


「すみません、言ったら気を使わせると思って嘘をついてしまいました……」

「あの時本当のことを言われていたら、俺様はユージャたちの元に殴り込みに行っていたかもしれないから、結果オーライだ」


 ちなみに今日のリタは既に手当してもらったガーゼを外している。元々あまり大きくなかった傷口は完全にふさがっており、それを見たアイリとエミリーはホッとした表情をしていた。


「幼い頃からの付き合いだからとカーラを甘やかしたのは俺様の罪だ。まさかあいつがあそこまで好戦的だとは思わなかった」

「エミー様とは昔からああいう感じだったんですか?」

「ああ。エミーとカーラは昔から相性が悪くてな……色々な意味で手が付けなられなかった」


 ワガママお嬢様二人に振り回されるラミオ――容易に想像がついて苦笑した。


「だが、ここ最近エミーは変わった。久しぶりに会ったカーラにもそれが分かって、寂しかったんだろう」


 一緒にラミオを好いていた仲なのに、急にどこぞの馬の骨とも知らない庶民なんかを好きだと言い始めて、何か思うところがあったのかもしれない。

 正直それを踏まえても、あの喧嘩っ早い性格はどうかと思うが。まあ既に謝ってもらったので良しとしよう。


「エミーが変わったのはリタのおかげだな」

「いやいや私なんて……」

「だが、エミーはお前が好きなんだろう?」

「…………お気付きだったんですか」

「俺様を鈍い男だと思い過ぎではないか?」

「すみません……」


 確かに人前であれだけ分かりやすくアピールしていれば、気付くのも当然だろうか。

 ラミオはリタから視線を外して腕を組んだ。


「俺様もリタを好きになってから自分を見つめ直し、より鍛錬に励んでいるからな。恋とは良くも悪くも人を変化させる。そしてきっと、エミーの変化は良い変化だ」

「私は昔のエミー様をあまり知らないので、なんとも言えないですけど……」

「代わりに俺様が言い切ってやるさ。リタ、お前は良い人間だ。そんなお前に触発されてエミーが変わったことを、俺様は兄として喜んでいるんだ。ありがとう」


 王族であるラミオからの礼なんて、素直に受け取ってもいいものなのか……いや逆に素直に受け取らないと失礼だろうか。

 そんなことを考えていると、ラミオの手がこちらに向かって伸びて来るのが分かった。

 何となく、顔か頭か、そこら辺を触れられるんだろうなと思って、避けるべきか一瞬考えた。

 しかしそれは不敬にあたるのでは――と、つい体の動きが止まってしまったが、


「こら! なにリタ様に気安く触れようとしてるの!」

「だっ!!」


 ラミオの後頭部を叩くという、とても一般人には出来ないことをやってのけたエミリーは、怒ったような顔でラミオを睨みつけた。


「お前な……いきなり後ろから人を叩く奴があるか」

「ラミオが厭らしい顔してリタ様に触れようとしてるからでしょ」

「べ、別に厭らしい顔などしていない! そもそも後ろから来たお前に顔が見えるわけないだろ!」

「動きが厭らしかったの! というか、リンナイトとロデリタが見てないからってリタ様と二人で話すなんてそれがもう厭らしい!」

「それはあの二人が話し込んでるんだから仕方ないだろ! 大体二人で話すくらいなんだ! 俺様は将来リタと結婚する予定なんだぞ!」

「はぁ!? そんなのラミオの都合のいい妄想でしょ!?」


「……」


 リタはギャイギャイと言い争っている兄妹から離れて、エミリーと一緒に出てきたアイリの隣に逃げた。



続く

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