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【97.不要な気遣い】

 人肌にも限界というものがあり、エミリーが落ち着いた頃を見計らい、二人は中に戻ることにした。

 廊下にはたくさんの人が行き交っていて、その中の何人かの男性がエミリーに声をかけていたが、笑顔でかわしていた。


「リタ様、今度ダンスを習いませんか? 私が付きっ切りで教えますので」

「んー……機会があったら」


 習ったら最後、次の社交界に招待される未来が見えているので、出来る限り避けたい。


 それにしても、結局目的であるイルセに出くわすことは出来なかった。

 偶然会えなかっただけなのか、そもそもここに来ていないのか。


 ゲームで先の展開を知っていたとしても、その出来事がこの世界で起こるかは分からない。リュギダスの時もそうだが、知識を上手く活用して動けないのは何とも歯がゆいものだ。

 まあ全てはリタの考えの浅さというか、不甲斐なさからくるものなので、反省することしか出来ない。


「……あれ?」


 誰かの視線を感じて振り向くと、駆け足で去っていく少女が見えた。その姿は既に人混みに紛れてしまって確認することは出来ないが、一瞬だけ目に映った鮮やかな青色が、イルセを思い出させた。

 しかしゲーム通りなら、既に貴族ではない彼女がこのパーティーに招待されているはずがないので、恐らく気のせいだろう。


「どうかしましたか?」

「ううん、何でもない。みんなのところに戻ろうか」

「はい。……とはいっても、ラミオとリンナイトは人に囲まれてて話しかけられそうにないですけど」


 他の人はどうであれ、リタとしては出来ればアイリと合流したい。

 あの後、ニコロがちゃんと踊りに誘えていたとしても、時間的にももう踊り終わっている頃だろうし、お邪魔にはならないはずだ。


「そういえばダンスってさ、片方が踊れなくても踊れるもの?」

「お互いの実力によるんじゃないですかね。踊れる方がどれくらい上手くリード出来るか、踊れない方がどれくらいそのリードに合わせられるか。……ちなみに私はリード上手ですよ!」


 だから踊りましょう、と言わんばかりの表情で見られたので、さりげなく視線を逸らしておいた。


 先ほどアイリは「踊れない」と言っていたが、果たしてニコロとはどうだったんだろうか。

 市場でのことといい、彼なりに頑張ってアピールしているが、どうもアイリに響いていなさそうなのが切ないところだ。


 ラミオほどじゃないにしても、ニコロだって女子に人気がある方なのにアイリにだけどうしてああも刺さらないのだろう。


「やっぱり近くに居すぎると色々難しいものがあるのかな……」

「アイリのことですか?」

「あ……う、うん、まあ」


 また心の声が漏れてしまっていたらしく、誤魔化しても仕方ないので素直に頷いた。


「リタ様はアイリと踊りたいんですか?」

「いや私じゃなくて……」

「――ああ、リンナイトですか」


 前にも感じたことだが、ニコロの気持ちはアイリ以外にはバレバレらしい。


「お似合いだとは思いますけど……難しいんじゃないですか」

「なんで?」

「なんでと言われましても……なんとなく、としか。強いて言うなら、アイリの方が興味なさそうなので」

「確かに……アイリは恋愛とかまだ無縁って感じだもんね」

「というより、……いや、まあ、そうですね」


 エミリーは一瞬何か別のことを言いたそうな素振りを見せたが、結局リタの言葉を肯定するように頷いた。


 思えば、ホリエン内でだって恋が始まるのは『アイリ』や『リタ』たちが十五歳の頃からだ。

 それにエクテッドに来てからまだ一年も経っていないし、アイリは今、色恋よりも魔法のことで頭がいっぱいなのかもしれない。


「リタ様」

「うわっ!?」


 いきなり腕を組んで引っ付かれて、リタは大げさなくらい驚いてしまった。


「そんなに驚かなくても……」

「あ、ごめん、つい……」


 エミリーからのスキンシップで、ついリュギダスを思い出してしまった。まだそんなに日が経っていないとはいえ、失礼なことだ。


 拗ねたように頬を膨らませた後、エミリーはリタの耳元に顔を寄せた。


「さっきから周囲の視線を感じるので、このまま話ながら歩いてもらえますか?」


 さりげなく確認してみると、確かに何人かの男性がこちら――というより、エミリーの方を見ているのが分かった。

 恐らく彼女をダンスに誘うタイミングを図っているんだろう。先ほど大勢の男性がすげなく断られたのを見ているはずなのに、逞しいことだ。

 リタは頷いて、慣れない距離感のまま歩き出した。



 エミリーと共にダンスホールに戻ると、複数の女性に囲まれているニコロの姿が見えた。その周囲にアイリの姿はない。


「アイリ、どこに行ったんだろう……」

「アイリ・フォーニなら、気分転換に外に出て行くと言っていたぞ」


 そう言いながら近付いてきたのは、どこか疲れた顔をしたラミオだった。


「ラミオ、女の子たち撒けたんだ」

「撒いたというわけではないが……俺様には心に決めた相手がいると説明して、遠慮してもらった」


 兄妹揃って同じようなことをしていた。

 リタ的には反応し辛い話題だったので、申し訳ないが触れるのは避けることにする。


「アイリは外に行っちゃったんですか?」

「ああ。人混みに慣れていないとかで、人酔いする前に……と言っていたな」

「なら私、少し探しに行ってきます」


 もしも本当に体調を崩しでもしていたら大変だ。

 来た道を戻ろうとしたリタは「ちょっと待て」と呼び止められた。


「エントランスホールの方から外に行くと言っていたから、そちらから行くといい」

「ありがとうございます。あ、エミーも一緒に行く?」

「いえ、今回はアイリにお譲りします。ラミオと大人しく待ってますね」


 王族が二人揃って待ってるなんて目立ちそうだなと思いつつ、リタは二人に一声かけて再び廊下に出た。



 エントランスホールには思ったよりも人がいたが、リタはすぐにアイリを見つけることが出来た。なんたってドレスで着飾ったアイリはいつもよりも遥かに可愛いから目を惹く。


「アイリー」

「リタ……エミーは?」

「ラミオ様と中にいるよ。アイリが人酔いしそうって聞いて心配で来ちゃった」

「あ……ごめんね、大丈夫だよ」

「そっか。なら良かった」


 アイリは「うん」と頷いた後、黙ったまま何故かリタの方をジッと見てきた。


「どうかした?」

「戻らなくて大丈夫なのかなって」

「そんなすぐ戻そうとしないでよー……ちょっとくらいアイリと二人で話したいのに」

「でも……」


 なんだか言い辛そうに言葉を詰まらせるアイリは、明らかにいつもよりも元気がない。

 もしかして本当に体調が悪いのだろうかと不安に思い、リタが顔を覗き込むと、逃げるように逸らされてしまった。


「アイリ……具合悪い?」

「え、大丈夫だよ」

「そっか……なんかちょっと暗い表情に見えたから」


 リタの言葉に、アイリは迷うように視線をさまよわせた後、ぽつりぽつりと答えてくれた。


「具合が悪いとかじゃなくて……なんというか、私は今回招待してもらった側だし……それに、エミーやラミオ様は、恐れ多い言い方だけど友達だから。あんまり邪魔しない方がいいかなって考えてたの」

「邪魔って?」

「ほら、二人ともリタのこと好きだから……そういう……」

「ああ、そういう……」


 つまり二人が恋路に励めるようにしてくれていたと――リタにとっては全く嬉しくない配慮だが。


「別にそんな気使わなくていいのに」


 そう言いつつ、リタは自分もニコロとアイリに対して同じようなことをしていたことに気が付いた。

 もしかしたら、アイリにとってはああいう気遣いも有難迷惑なのかもしれない。


「うん……でも正直、そんなに徹底は出来てなかった。市場で別行動することになった時、リタたちと一緒に行きたいなって思っちゃったし」


 それなら一緒に来てくれたらよかったのにと思ったが、あの時はニコロが勇気を出してアイリを誘っていたから、リタもそちらに行くように促すようなことをしてしまったんだった。


「――今も、ここにいたらリタが探しに来てくれるかなとか考えちゃってたし」

「……」


 ポツリと呟いた言葉は、恐らくこちらに聞かせる気はなかったんだろう。

 しかしリタの耳は対アイリにだけいつも以上の性能を発揮するので、しっかり聞き取れた。


 私が探しに来てくれるかもしれないと思って一人になるアイリ可愛すぎない?――なんて考えつつ、首を振る。


「そもそもエミーたちがアイリを誘ったんだから、あの二人は私を好きとか関係なく、純粋に友達を招待したかっただけだと思うよ」

「そう言われると確かに……。私、変な気の回し方しちゃってたね」

「私がアイリとニコロのこと気にしちゃうのと似たような原理だね」

「……余計なお世話ってやつだよね」

「う、うん」


 遠慮がちながらもハッキリ言われてしまった。


 確かに周囲が勝手にくっつけようとするなんて、当人たちからすれば鬱陶しいだけだろう。

 それにアイリはニコロの想いを知らないんだし、幼馴染との仲を変に勘繰られて恋仲にしようとされるのは「余計なお世話」だと思われても仕方ない。


「これからはお互いそういうの気にしないようにしようね」

「うん。……あの、これと関連してるんだけど、謝りたいことがあるの」


 アイリが謝りたいだなんて珍しい。

 何だろうと首を傾げて次の言葉を待っていると、「さっき嘘ついたの」と言われた。


「今日ね、本当は市場で何も買ってないんだ」

「そうなの? それはまた……なんでそんな些細な嘘を?」

「……最初はあの露店にあったネックレスを買おうとしてたんだけど」

「あー、あのみんなで見たやつ」


 ラミオルートで主人公たちが訪れることになった、例の露店だ。

 あの時ニコロの申し出を断っていたけど、実は結構欲しかったんだろうか。


「なんで買わなかったの?」

「あれをプレゼントしたら喜んでくれるかもって思ってて、それがこの旅行の思い出になればって思ったんだけど……でも一緒に買ったものでもない、一方的に理由もなく押し付けられてもリタが困るかなって思い直してやめたの」

「へー……………ん? え? 誰に? なにって?」


 アイリの言葉を聞き洩らすわけにはいかないのでしっかり聞いていたつもりだったのだが、途中で理解出来なくなってしまった。


「プレゼントしようと思ったけどやめたって話だよ」

「誰に?」

「リタに」

「何故?」

「何故って……だから、思い出になればなって思って」

「オモイデにナレバナ?」


 全く予想していなかった話だったので、思わず片言になってしまった。


 一旦頭を整理しよう。

 ようするにアイリはこの旅行中、エミリーやラミオに遠慮してリタと距離を置いていた。しかしリタとの思い出は欲しくて考えた結果、ネックレスを買おうとしたがやめた――という単純な話。


 しかし彼女の行動やらその時の気持ちやらを想像して、リタは妙に落ち着かない気持ちになった。


「あ、アイリって」

「なに?」

「…………いや……やめとく」

「えー……途中で止められると気になっちゃうんだけど……」


 可愛いよね――って言おうとして、やめた。

 今まで何度も何度も伝えてきた言葉だが、何故か今伝えるのは無性に恥ずかしくなってしまった。


 自分のことなのによく分からない感覚にモヤモヤするリタを見て、アイリも不思議そうに首を傾げた。



続く

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