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【96.寒空の下】

「そこの庶民」


 嫌な呼ばれ方に振り向くと、真っ赤なドレスに身を包んだカーラがいた。

 隣には白いタキシード姿のユージャもいる。二人並ぶと、紅白って感じでなんだか縁起が良い。


 振り向いたリタの顔を見て、カーラはばつが悪そうに視線を逸らした。


「その……、……言いたいことがあって来たの」

「なふでひょうは」

「リタ、食べ終わってから喋らないとお行儀悪いよ」

「……、何でしょうか」


 急いで噛んで飲み込み、再度問いかける。


 カーラは、整えられた縦ロールの髪をいじりつつ何かを言いかけてはやめる、という行為を三度ほど繰り返した後、


「……け、今朝は、危ないところを助けてくれて、ありがとう」


 思いの外、素直な言葉を吐いた。


 どういたしましてと返すのが礼儀的にダメなのは分かるが、恐縮ですなどと言うのも状況的に違う気がしたリタは、考えた結果、無言で頭を下げた。


「俺も情けない姿を見せた上に、迷惑をかけて悪かった……どうしても妹に嫌われたくなくてな」

「あ、その気持ちはすごくよく分かります」

「そうか……俺は愛するカーラのためだったが、そっちも愛するエミリーのためだったんだな」


 なんだかその並べられ方は誤解を招きそうだが、ここで否定したら説明が面倒だと思ったので、とりあえずこちらにも適当に頷いておく。


「エミリーにも謝っておいてくれ」

「え、私からですか?」

「俺は直接言ってもいいと思ったんだが……」

「エミリーに謝るのだけは死んでも嫌」

「……というわけなんだ」


 庶民であるリタには謝れるのに、王族であるエミリーには謝れないなんて変な話だが、二人の間には立場の差を越えた深い確執でもあるのだろうか。



 二人が立ち去った後、リタが皿に残っていた料理を口に運んでもぐもぐしていると、横から視線を感じた。

 飲み込んでから見てみると、難しい表情のアイリと目が合った。


「なに?」

「いや……、……何があったのかなって思って」

「あれ、エミーに聞いたんじゃなかった?」

「二人が口論になって、何故かリタとユージャ様が戦うことになったって話は聞いたけど……」

「大体それで全部だよ」


 正確には、戦うことになったのは先ほどユージャが言ったような「愛するエミリーのため」というわけではない。どちらかというとアイリに飛び火しないようにだ。


 アイリは「そっか……」と歯切れの悪い返事をした後、飲み物を取って来るためにリタから離れて行った。

 その途中で、女子の群れを撒いたらしいニコロに話しかけられていた。

 もしかしてダンスにでも誘っているのだろうか。しかしニコロはアイリが踊れないことは知っていそうだし、女性連れをアピールしてこれ以上声をかけられにくくしたいのかもしれない。


「ちょうどいいや」


 リタは早足でダンスホールから出て行き、そのまま廊下を進んだ。


 この別荘に来るのであれば、確認したいことがあった。

 それは今まさにこのタイミングで起こるゲーム内のイベントのこと。


 ラミオルートではⅠとⅡ共に、主人公たちはこのパーティーの最中に一人の少女と出会う。


 少女の名は、イルセ・デュラール。

 リュギダスを復活させようと企んでいた組織の、創立者にしてリーダーだ。年はリタたちより二つ上。

 彼女は元々貴族の生まれだったのだが、子供の頃に事故で両親を亡くした後、親戚に奴隷市に売り飛ばされてしまう。

 そのことで人間不信に陥り、世界征服という野望を抱くことになった――という過去設定があるキャラ。


 主人公たちは庭からパーティーの様子を窺っていたイルセをたまたま見つけるのだが、その際には「パーティーが羨ましくて見に来てしまった」と説明される。

 しかし彼女の本当の目的は、前述の親戚を殺すことで、それはパーティー後に果たされた。


 要するにゲームの中ボス的な役割である組織のボスの顔見せ的シーンになるわけだが……彼らの目当てである悪魔は、この世界では既に消滅している。


 その状況でも組織は結成されているのか、その場合、この先ゲーム通り学内に潜入してくる展開になるのか。


「……よく考えると、もしかして会わない方が正解だったりするのかな」


 イルセとリタが出会ったことで世界の意思的なものが働き、ゲームと同じ展開を辿る――なんてことになったりしたら大変だ。


「でももうリュギダスは校内にいないし、潜入する意味もないよなぁ……ただその場合も何か別の方法で世界征服を考えてる場合、今後を考えてどうにかした方がいいのかな……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら歩を進め、庭へと続く扉を開けると、外は身震いするような寒さだった。

 改めて考えると、この季節にこんな薄着で外に出るなんて、なかなか不自然な行動だ。

 ゲームの『リタ』は「少し夜風に当たりたい」なんてお上品なことを言って庭に出ていたけど、呑気に夜風に当たっていたら風邪をひいてしまいそうな気温である。


「さむ……」


 腕をさすりながら歩いて行くと、庭の茂みの方からガサガサと音が聞こえた気がした。


 まさかイルセがあそこに――と思って近づこうとしたら、一匹の猫が茂みから飛び出して来て、リタの方を見てどこかへ逃げ出していった。


「なんだ、猫か……。……やっぱりここで会ったりはしないのかな」


 ゲーム内では、各ルートごとにイルセと出会うシーンが用意されている。

 別荘に招待されたのでもしかしたらと思ったが、考え過ぎだったのかもしれない。


 念のためもう少しだけ辺りを見回してから戻ろう。

 そう決めて後ろを振り向くと、壁を背もたれにしてウィルが立っていた。


「うぉあっ!? えっ、あれ、うぃ、ウィル……いつからそこに……?」

「君が来るよりずっと前だ」

「なら声かけてよ……」


 誰もいないと思い込んでいたので、あまりに心臓に悪い。


「俺は人が多いのが苦手なんでな。しかも中にいたらニコロが近付いて来やがる。あいつと一緒にいたら嫌でも女に囲まれるんだ」

「ああ……囲まれてたね」


 それにしても「近付いて来やがる」って表現に、友達と一緒にいたいだけであろうニコロが可哀想に思えた。


「で、そっちはどうしてこんなところに?」

「あー、えーっと……少し夜風に当たりたくて」


 ゲームの『リタ』と同じ台詞になってしまったが、これしか上手い言い訳が思いつかなかった。


「この季節にそんな格好でか……つくづく変わってるな」

「ま、まあね……ウィルこそ寒くないの?」

「俺は上着があるから君ほどじゃない」

「……なるほど」


 少し羨ましい。

 そう思っているのが顔に出たのだろうか。

 ウィルは小さな溜め息をつきながら、上着を脱いでリタの方に差し出した。


「え、いいよ、寒いでしょ」

「俺はもう中に戻るからいい。ここで貸さずに君が風邪でも引いたら、色んな人から恨まれそうで面倒だ」


 そんなことで恨む人はいないと思うが、腕をさする手が止まらないほど寒いのは事実なので、遠慮なく借りることにした。

 同じ年の男子と比べると小柄なウィルだが、同じく女子の中では小柄なリタには、その上着は少し大きいくらいだった。


「とはいえ、あまり長居しない方がいいよ。アイリたちが心配するだろうから」

「うん、ありがとう」


 じゃあ、と短く言って、本当にそのまま立ち去るウィル。

 人が来たら早々にどこかに行ってしまうのが、なんとも彼らしいと思った。



 ウィルのおかげで寒さがマシになったわけだが、何をすることもなく庭で待ち続けること数分。

 イルセどころか、人っ子一人現れる気配がない。


「んー……やっぱりラミオルート通りに進むってことはないのかなぁ」


 そもそもゲームでは、主人公たちが庭に出た頃には既にそこにいたイルセと遭遇する。

 こんな風に待ち構えている状態になってしまっては、イルセがここに来ていたとしても、人目を気にして現れることはないかもしれない。


 このまま待っていても無駄な気持ちでいっぱいになり、そろそろ戻ろうかと思った時、扉を開く音と、こちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。


「……あ、リタ様! こんなところにいたんですか!?」


 足音の主――エミリーは、リタの姿を見つけるなり、心配そうな顔をして駆け寄ってきた。


「エミーこそ、なんで外に?」

「リタ様がいないから、あちこち探してたんです」

「よくあんな広い場所で私がいないって気が付いたね」

「私は可能な限りずっとリタ様を目で追いかけてますから」

「……そっか」


 何気に怖いことを言われた気がしたけど、受け流すことにした。


「それで、こんなところで何をしていたんですか?」

「ちょっと夜風に当たりに」

「この寒い中? ……というより、その上着は誰のですか?」

「あ、これはウィルの。さっきまでここにいたんだ。人がいっぱいいる空間が苦手で逃げてきてたんだって」

「ロデリタの……? へー……へー……へー」


 謎の「へー」連発にリタが首を傾げると、エミリーは上着の裾をぎゅっと掴んだ。

 そのまま無言でこちらを見上げてくるのだが、リタにはますます意図が分からない。


「どうしたの?」

「……私、こう見えてこういう場や社交界では、ダンスを申し込まれることが多いんです。まあ、家柄故なんですけど」

「そんなことないよ。エミー可愛いから、一緒に踊りたい人多そうだもん」


 素直な感想を告げると、エミリーは夜中でも分かるくらいに分かりやすく頬を染め、俯いた。


「今まではしつこい誘いを断るのが面倒なので、適度にお相手してましたけど……今日は全部きちんとお断りしました。今の私にはリタ様がいるので」

「そんなこと――」


 気にしなくていいのに、と言おうとしたが、やめておいた。

 エミリーの気持ちは痛いほど伝わっているので、変なことを言って彼女を傷つけるのもなんだと思ったから。


「……でもリタ様は、私と踊って目立つのは嫌なんですよね?」

「目立つ云々関係なしに、私、踊り方知らないんだよね」

「えっ……そうなんですか……」


 ダンスが庶民の間でそれほど浸透していないことは想定外だったのか、ガッカリした顔になるエミリー。

 その時、いきなり強い風が吹いて、エミリーが寒そうに身を震わせた。


「ここにいたら風邪引いちゃうね。中に戻ろう」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 歩き出そうとしたら、また上着の裾を盛大に引っ張られて動きを止められた。服が伸びるんじゃないかと心配したけど、エミリーたちの家のものだから、エミリーが伸ばす分にはいいのだろうか。


「……あの、さっきカーラに謝ってもらいました、色々と」


 死んでも嫌なんて言っていたが、あの後ちゃんと謝りに行ったらしい。

 あんなにワガママなお嬢様だが、素直に謝っているところを想像すると、子供だけに少しは微笑ましいものがある。


「あの子がリタ様に対して言ったことは謝られても許す気はないんですけど……ラミオからリタ様に心変わりしたことを突かれた時は、少し痛いところだなって思いました」


 そういえばそんなことも言われていたっけと、あの夜の会話をぼんやり思い出した。


「ラミオは……幼い頃の私の心の支えで、今だって大切な家族です。ラミオを好きだった自分を否定することはしたくない……けど、それってやっぱり不誠実なことなんでしょうか」

「そんなことないんじゃない? 好きだった気持ちを否定する方が変だよ」


 恋愛感情に限らず、人の考えが変わることなんてよくある。

 心変わりは決して悪いことではない――とは思うが、リタ的にはブラコンのままでいてくれた方が色々と都合が良かったのもまた事実。


 なのでこれ以上なんて言ったらいいものか迷っていると、エミリーが小さなくしゃみをした。


「やっぱりここにいると冷えちゃうよ……あ、上着着る? ウィルのだけど、サイズ的には大丈夫だよね」

「そんなことしたらリタ様が冷えちゃうのでダメです」

「ええー……」


 そもそも中に戻ればいいだけの話なのだが、エミリーはさっきから裾を掴みっぱなしで離してくれない。このまま無理に引きずっていくのも気が引ける。

 かといってこのまま体を冷やして風邪なんて引かせてしまった日には、過保護なスピネルがどんな顔をすることか。


「んー……それなら」


 一応「ごめん」と謝ってから、エミリーを抱きしめた。寒い時は人肌で温め合うというアレである。

 当然スキンシップに慣れていないエミリーは大げさに驚いていたが、無理やり逃げ出すようなことはなかった。


「……リタ様って、誰にでもこういうことしていそうですね」

「どんなイメージなの……流石にこういうことはあんまりしないよ」

「…………恋愛ごっことか、誰でもよかったわけじゃなくて、私がリタ様を好きなのは真剣な気持ちなんです」

「分かってるよ。前に理由も聞いたから」


 カーラと話している時は平然と対応していたように見えたけど、実は相当気にしていたんだなぁと思いながら、なんとなくエミリーの体を抱きしめると、ビクっと肩が跳ねたのが分かった。


 エミリーの心臓がバクバク鳴っている音が聞こえる中で申し訳ないが、リタは人肌の暖かさに妙な安心感を覚えた。



続く

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