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【95.パーティードレスに着替えて】

 別荘まで戻ると、出迎えてくれたジョーとスピネルに、エミリーが大声で「今すぐリタ様の手当てをしてください!」と叫ぶものだから、まるで重症患者のような手厚い手当てを受けた。

 他のみんなは既にどこかに出かけたらしく、姿はなかったのが幸いだった。


 目を覚まさないユージャは女子三人では運ぶことが出来なかったので、カーラと共に置いて来た。

 場所を伝えるとジョーが馬車で迎えに行ってくれたので、今頃は無事自分たちの別荘に送り届けてくれているだろう。


「リタ様、大丈夫ですか……?」

「大丈夫だよ、ただのかすり傷だし。それよりも服の方がごめん」

「そんなこと気にしないでください……私のせいで巻き込んでしまって、本当にすみません……」


 この台詞も、もう何度目だろうか。

 スピネルが手当てしてくれている間中、そしてそれが終わってからもずっと、エミリーは隣で項垂れっぱなしの謝りっぱなし。


 怪我をしているリタと気絶しているユージャを見て、何があったか大体察したんだろうスピネルにまで申し訳なさそうな顔をされてしまい、リタは非常に居心地が悪かった。


「……リタ様のお顔に傷……」


 よくもまあ、そう何度も同じことで落ち込めるものだと感心してしまう。


 良いとこの貴族や、可愛い女の子――アイリとか――ならともかく、リタの顔に傷がついたところでリタ自身は何も気にならないのだけど。エミリーは人のことだからこそ気になってしまうんだろうか。


「そこまで深い傷じゃないし、そのうち治るよ」


 あの時エミリーが声をかけてくれなかったら、大量の石礫をモロに受けて、もっとたくさんの傷が出来てしまっていたかもしれない。

 謝られっぱなしだが、リタ的にはむしろ彼女に助けられた気持ちの方が強い。


「でも万が一傷が残ったら……うぅ……夜も眠れません……」

「なんでそんなに……んー……エミーは顔に傷がついたままなら、私のこと嫌いになっちゃうの?」

「そんなわけないじゃないですか!!!」


 あまりの大声に、耳がキーンとなった。


「だ、だったらそんなに気にしないでよ。むしろゴーレム相手にかすり傷だけで済んだことを褒めてくれた方が嬉しい」

「褒め……、……え、偉い偉い」

「――?」


 おっかなびっくりといった感じで、頭を撫でられた。


 確かに褒めてくれた方が嬉しいとは言ったけど、方法が完全に子供に対するそれである。

 普通に言葉で褒めてくれるものだとばかり思っていたので、これは完全に予想外だった。


「あ、ありがとう……嬉しいよ……」

「いえ……」


 リタは精神的に年下な子に子供のような扱いを受けたことで、エミリーは頭を撫でるという行為で恥ずかしくなったらしく、お互いしばらく黙り込んでしまった。


 しばらくしてスピネルがお菓子と紅茶を持って来てくれて、無事気まずい沈黙は破られた。




 軽い怪我だけで済んだものの、魔力を使い過ぎたことによる疲労の方は結構なもので、あの後リタはエミリーを残して眠らせてもらうことになった。


 明日が最終日だというのに、睡眠で時間を潰すことになるなんてツいていない。


 そんなことを考えながら眠りにつき、どれくらいの時間が経っただろうか。

 カタッという小さな物音が聞こえて、目が覚めた。


「ん……?」

「あ」

「えっ、アイリ!? おはよう!」


 アイリの声が聞こえて飛び起きると、ベッドの脇にある椅子に腰かけていた彼女は、気まずそうに微笑んだ。


「ごめん……起こしちゃった」

「いや全然大丈夫! 好きで寝てたわけじゃないし、寝てるなんて勿体ないって思ってたし!」

「エミーから聞いたよ、色々大変だったんだね」

「まあね……」


 窓の外を見ると、まだ日は高い位置にあった。

 眠っていた時間は思ったよりも短かったみたいだけど、もう特に疲れた感じはない。


「私たちはさっきちょうどお昼を食べ終わったんだけど……食べられそう?」

「んー……食べられるけど、パーティーってご馳走とか出るよね? ご馳走のためにお腹空かせておこうかな」

「リタ……」


 何とも言えない顔で見られてしまった。

 自分でも食に関してかなり卑しいのは重々承知しているので、アイリに引かれるのも仕方ない。


「そういえばアイリはどこに行ってたの?」

「えっ……あ、えっと……市場の方に……」

「市場? 明日も行く予定なのに?」

「え、えーっと……その前に、ちょっと買いたいものがあって……」

「……?」


 よほどすぐ売り切れる可能性のある物だったんだろうか。それとも、みんなの前では買い辛い変なもの――は、アイリに限ってないか。

 それにしてもやたらオロオロしているけど、何故だろう。


「あ、ラミオ様たちは近くの図書館に行くって言ってたよ。まだ帰ってないから、お昼も外で食べてると思う」

「図書館……みんなつくづく勉強熱心だよね」

「リタも頑張ろうね?」

「はーい……」


 もちろん進級出来る程度には頑張るつもりだけど、長期休暇中くらいは勉強のことを忘れて伸び伸びしたいというのが本音だ。


「エミーは?」

「下にいるよ。私もリタの様子ちょっと見たら戻ろうと思ってたんだけど……ベッドの縁に当たっちゃって、目覚まさせちゃった」

「そっか。じゃぁ私も一緒に下に行こうかな」

「大丈夫なの?」

「もう平気平気! ただの魔力切れだし、寝たらすっかり治ったよ!」


 腕を曲げて力こぶを作ったポーズでアピールすると、おかしそうに笑ってくれたアイリだったが、ふと眉を下げて何かを心配するような表情に変わった。

 何だろうと思っていると、伸びてきた手が頬の近くに触れる。


「怪我、大丈夫?」

「うん。丁寧に手当てしてくれただけで、ガーゼしなくても大丈夫なレベルの傷だから」

「んー……」


 傷口が見えないから、よほど大怪我だと思っているんだろうか。本当かな、と言わんばかりの唸り方だった。

 いっそのことガーゼを剥がして見せようかと思ったが、手当てしてくれたスピネルに悪いからやめておく。


「あんまり無茶しちゃダメだよ」


 ぽんぽんと頭を撫でられて、今日はよく頭を撫でられる日だなぁと思った。



 アイリとエミリーと談笑しながら時間を潰して、日も落ちかけた頃に、出かけていたニコロたちが帰ってきた。

 呑気に「おかえりなさーい」と出迎えたリタを見て、ラミオは目を見開いた。


「りっ、リタ! どうしたんだその顔は!? カーラか!? まさかユージャか!? 俺様が殴ってこようか!?」

「あ、転んだだけなので全然大丈夫です」

「ころ……そ、そうなのか……」


 ラミオには詳細を話すと色々心配をかけそうだったので、それで通すことにした。


 それにしても、やはり場所が場所だけに気にされてしまうらしい。

 頬の傷は腕よりも大したことないし、ガーゼは断って消毒だけで済ませてもらうべきだったかもしれない。


「……転んでそんなところに傷を負ったの?」


 リタの言葉を疑っているようなニコロの視線が突き刺さった。


「ま、まあ、派手に転んじゃって」

「そっか、……追及はしないけど、あまり心配させないであげてね」

「はい……」


 名前は出さずともアイリのことなのは明らかだったので、大人しく頷いた時、ノックをしてジョーが入ってきた。


「皆様、そろそろ良い頃合いなので、パーティーの支度を始めさせて頂いてもよろしいでしょうか」

「もうそんな時間だったか……思ったよりも時間がかかってしまったな」

「ラミオ様たち、図書館の後はどこに行ったんですか?」

「別の図書館だ」

「……」


 本当になんて真面目な子たちだろうか。

 リタが感心していると、ニコロの隣にいたウィルが「あの図書館はレベルが高かった」と言い、うんうん頷いていた。楽しかったようで何よりだ。



◆ ◆ ◆



 パーティーの主催者は、王族とも昔から親交のある由緒正しい家柄――という説明文のみで、ゲーム内では特に名前が出て来ることもなかった。なのでリタはラミオたちから聞いて、初めてその名を知った。


 周囲に立派な家が多いこの一帯の中でも目立つその豪邸は、最早小規模なお城のようだった。

 大きなエントランスホールを通り、赤い絨毯の上を進んでいくと、一際広い空間が現れる。高い天井、そこに吊るされたたくさんのシャンデリア。真っ白な壁には、金色でなんだか複雑な模様が描かれている。


「こんなのもう絵本の中の世界じゃん……」


 呆然と呟くリタの脳裏には、幼い日に読んだシンデレラの絵本が浮かんでいた。


「なんかすごいね」

「う、うん……す――」


 頷きながらアイリの方を見て、リタは言葉を失った。

 淡いピンク色のドレスに身を包んだアイリが、あまりにも天使だったからだ。


 全体的に刺繍が施された豪華な印象のあるプリンセスラインのドレス。胸元から肩部分にかけられた薄いレースがフワフワしている様が、リタにはもう天使の羽にしか見えない。


「リタ? 大丈夫?」

「アイリの可愛さが世界一だから大丈夫じゃないかもしれない」

「なに言ってるの……もう、さっきからそればっかりだね……」

「だって! ほんっとに可愛いんだもん!!」

「わ、分かったから、あんまり大きな声出さないで……恥ずかしいから……」


 言葉通り赤くなった顔を隠すように俯くアイリ。

 ちなみにドレスは浅めのオフショルダーになっており、レース越しに肌が見えるところが、普段清楚なアイリ的には新鮮で大変素晴らしいと思った。

 リタの語彙力がなくなって「可愛い」「天使」「素晴らしい」しか思い浮かばないくらいには可愛い。


「アイリはもっと自分の可愛さを誇っていくべきだと思う」

「やだよそんなの……、それに……その……リタだって可愛いよ」

「ありがと! あ、お肉とってこようかな」

「可愛いって言ってるんだから、ちょっとは照れてよ……」


 そんなこと言われても、こっちに「可愛い」って言ってるアイリの方が自分よりも数百倍可愛く見えるんだから、仕方ない。

 ちなみにリタのドレスはアイリのものと似たようなプリンセスラインだが、色は純白だ。


 並べられた長いテーブルに近付くと、様々なご馳走や、ワイン、シャンパンなどのお酒のボトルとグラスが並べられていた。

 美味しそうな食べ物を前にはしゃぎたい気持ちを抑えつつ、取り皿の上に自分の好きなものを取り分けていく。


「いただきまーす! ……んー! 美味しい!」

「慌てて食べて、ドレスに汚れとかつけないように気を付けてね」

「分かってるってー」


 こんな高そうなドレスを汚したら、土下座では済まされないだろう。ただでさえ、さっきも服を傷つけてしまったし。


 リタと同じように取り分けた物を食べていたアイリが、離れた場所を見つめながら呟いた。


「それにしても、エミーは大変そうだね」


 見つめる先には、複数人に囲まれているエミリーの姿。


 このパーティーは舞踏会ではないのだが、自由にダンスをしていいスペースが用意されている。そして会場内には何だか優雅な音楽が流れているので、恐らくこれがダンスに最適な曲か何かなのだろう。その辺の知識がないリタにはさっぱり分からないが。


「人気者だねー……あっちもだけど」


 エミリーとは少し離れたところで、燕尾服姿のラミオとニコロもそれぞれ女子たちに囲まれていた。流石、攻略対象になる高スペックな男子たちだ。

 ウィルの姿は見当たらないが、彼は人が多いところが苦手なのでどこかに避難しているのかもしれない。


「アイリはニコロと踊らないの?」

「踊らないよ……私、踊り方もよく知らないし」

「私もさっぱり。大人しく食べて過ごそっか」


 まあリタの場合、たとえダンスの心得があったとしても食べることに専念するつもりだったが。


「んん! このお肉と野菜が組み合わされてる名前の分からない料理美味しいよ! それにこっちのソースかかったお肉も!」

「ふふ、リタったら子供みたい」

「……アイリだって子供だからね?」

「私はそんなリスみたいにほっぺたいっぱいに詰め込まないもん」

「……」


 何か言い返したい気持ちになったが、レースを揺らしながらクスクスと笑うアイリが天使レベルで可愛らしかったので、リタは大人しく料理を口に放り込んだ。



続く

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