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【94.対ゴーレム】

「そこの庶民、怪我をしたくなければ今のうちに大人しく降参した方がいいぞ!」

「しません」


 明らかに優勢なのはこちらなので、降参する必要性を感じない。

 それにしてもさっきから庶民庶民と呼ばれてるが、名前を覚えていないのか覚える気もないのか。


 ユージャはリタの即答を受け、更に顔色が悪くなった気がした。


「分かった……後悔するなよ……『我が声に応えよ、ゴーレム召喚』!」


 魔法陣が光ると同時に、地面が大きく揺れた。

 リタが転ばないように体勢を整えている間に、地面が高く盛り上がっていき、土の人型が形成された。

 目と思しき部分が白く光り、遥か下にいるリタを見下ろすように動く。


 十メートルはあろうかという巨大な土の塊を前に、リタは思わず乾いた笑いが漏れた。


「ゴーレムって……確か滅茶苦茶強いんじゃなかったっけ……?」


 ゲーム内では終盤辺りで登場する強敵だった。

 いやあ、あの戦いには色々と苦労させられたなぁなんて、前世を懐かしんでいる場合じゃない。


 確かにエミリーが、ユージャは召喚魔法が得意だと言ってたけど。それにしたってこんな魔物と契約してるなんて予想外だ。


 とてもそんな魔力があるようには見えなかったが――と彼の方を見ると、


「は、ははは……」


 笑いながらその場に倒れた。しかも正面から、そのまま何の受け身の体勢も取らずに。


「えっ……ちょ、ちょっと、大丈夫!?」


 どう見ても不自然な倒れ方に、勝負中であるにも関わらず駆け寄ると、ユージャの体はピクリとも動かなかった。試しに頬を軽く叩いても、反応はない。


「気絶してる……?」

「リタ様!」

「兄さん!」


 ユージャの倒れ方を見て心配になったのか、エミリーとカーラも駆け寄ってきた。

 うつ伏せになっていて顔は見えないが、妹の声にも反応しない辺り、ユージャが気絶しているのは間違いないだろう。


「あのゴーレムって、ユージャ様が召喚したんだよね?」

「恐らくそうだと思いますけど……あんな魔物と契約出来るほどの魔力があるなんて、とても……」


 エミリーが説明を求めるようにカーラの方を見ると、彼女はばつが悪そうに視線を逸らした。


「前に、学校で上級生に強力な魔物を譲ってもらったって話は聞いたわ。……ただ兄さんの魔力では完全に使役出来ないらしくて……召喚するだけで魔力を全部吸収されちゃうから、先生には使用禁止にされたって」


 それでも妹に嫌われたくない一心で使ってしまい、案の定魔力切れを起こしてしまってこうなっていると。

 好きな人の前で格好をつけるというのも大変だなぁと思った。アイリのことを考えると、リタもその気持ちが分からなくはないのだが。


「ところで召喚した側がこうなった場合、召喚した魔物はどうなるの?」

「完全に服従させている場合は自分の意思で戻ってくれるんですけど……どうやらそうじゃないみたいですね」


 エミリーの視線の先には、地面を叩き割らんばかりに殴りつけた後、こちらに向かってゆっくりと歩いてくるゴーレムの姿。

 魔物の感情は分からないが、その姿からはどう見ても好意的なオーラは感じられない――どころか、獲物を見つけた獣のような目つきをしているようにすら見える。


「ど、どうするのよ!? 兄さんは気絶しちゃってるし、私たちだけじゃあんなの対処しようがないじゃない!」

「そんな耳元で怒鳴らないでよ……というか平然と私の後ろに隠れるのやめてくれる?」

「カーラ様、あれを倒したら、今回の勝負は私の勝ちってことでいいですか?」


 王族を盾にするという、軽く不敬罪に処されそうなことをしているカーラに尋ねると、ギロリと睨まれた。


「兄さんがあんな状態になってるのに、あなたに倒せるわけないじゃない!」

「万が一倒せたら勝ちでいいですか?」

「出来るもんならやってみなさいよ!」

「はーい。お二人とも下がっててください」


 声をかけると、カーラはすごいスピードで離れていったが、エミリーはその場に残って心配そうにリタの方を見上げていた。


「私も一緒に戦います。リタ様が怪我でもしたら大変ですし……」

「大丈夫だよ。エミーに怪我させた方が遥かに大変なことになるんだから。ほら、カーラ様の方に行ってて」

「……うぅ…………分かりました」


 エミリーはまだ何か言いたそうではあったが、迫り来るゴーレムを前に時間がないことを理解してくれたらしく、カーラと同じ場所へ走って行った。


 それを確認してから、ゴーレムに向き直る。

 幸いにもゴーレムはリタの方しか見ておらず、エミリーたちは無事離れた所に移動出来たようだ。


 魔法使いや悪魔と対峙した時と違って、魔族の強さというのは体感で分かるものではない。

 それでも魔族のことについては授業で習っているしゲームでも履修済みなので、ゴーレムが決して弱くないことくらいはリタも知っている。


「流石にこんなことで死なないようにしないと……」


 見上げるほどに大きい土の塊を前に、縁起でもないことを呟く。


 リュギダスの件以降、リタの命の価値はアイリと同一になってしまった。それを、あんな礼儀知らず兄妹のために散らすなんて、あってはならないことだ。


 ゴーレムが歩く度に、小規模な地震のように地面が揺れている。今は距離があるからいいが、走って近付いたりしたらあの揺れでバランスを崩してしまいそうだ。

 なので、リタは助走をつけて飛び上がった。


「『出でよ竜巻』」


 足元に風を出現させ、更に高く飛び上がる。

 ゴーレムよりも高い位置に到達して杖を構えた時、その近くに倒れているユージャが目に入った。


「やば……普通に忘れてた」


 このまま魔法を撃ってゴーレムを倒せたとしても、その際に土が崩れ落ちたりしたら、確実にユージャを巻き込むことになってしまう。

 とはいえ、竜巻の力は高く飛べるだけで自由に宙を漂えるわけじゃないので、このまま彼の元に飛んでいくことは出来ない。


 仕方なくリタは一度地面に降りて、走って近付くことにした。


「わっ」


 ゴーレムの起こす地面の揺れに、危うく転びそうになった。

 体勢を整えていると、上から「ゴオオオォ」という、強風が吐き出されているような低い音が聞こえてくる。

 これがゴーレムの呼吸音なんだろうかと見上げると同時、太い腕がリタに向かって振り下ろされてきた。


「『水属性中級魔法:ウォールジェット』!」


 早口で唱えると、魔法陣から大量の水が高速で噴射され、その腕を砕いた。

 バラバラと崩れ落ちる砂をかわしつつ、リタはユージャの元へ駆け寄った。


 腕を破壊された衝撃からか、ゴーレムは低い唸り声のようなものをあげてフラついている。


「あんなのに上から潰されたら怪我どこじゃ済まないなぁ。えっと、とりあえず……ぐ……重い……」


 肩に担いで立ち上がらせようとしたが、自分よりも背丈の高い気絶している男性の重さに耐え切れず、断念。


 そんなことをしている間に、ズシンズシンと大きな足音を立てて近付いてくるゴーレム。

 攻撃された怒りからか、そのスピードは先ほどよりも速い。


「仕方ない……『出でよ強風』」


 風の力で、ユージャを遠くに放り飛ばした。気を失っている人を運ぶ方法としてはかなり乱暴だが、ゴーレムの近くにいるよりはマシだと思ってもらいたい。


 あまり高い位置から落とすことにならないように、出来る限り風の量を調整した結果、無事離れた位置に着地させることが出来た。


「リタ様、後ろ!!」

「!」


 遠くから聞こえたエミリーの声に振り向くと、ゴーレムが腕を振るった。

 すると、奴の体の一部なのか、大量の石礫のようなものがこちらに向かって勢いよく飛んでくる。


「『保護壁シールド』!」


 タイミング的に属性魔法は間に合わないと判断してシールドを張ると、いくつかの石礫がそれを破って、リタの頬や腕にかすった。

 腕に痛みが走ったと思ったら、服ごと身も切れてしまったらしく、血が何滴か地面に落ちる。


「いったぁ……というか、ヤバい……この服借り物なのに」


 こんなことになるくらいなら、やっぱり急いで準備した私服を持ってくるんだった。

 後悔しつつ、腕と同じように切れてしまった頬の血を手で拭う。


「ゴアアアアアアアアアア!!」

「うわっ……」


 咆哮と共に強い風が吹き、地面の砂が舞い上がった。それが目に入らないように手で防いでいると、さっき破壊したゴーレムの腕が綺麗に再生した。


 便利な体だなぁと、場違いに呑気な感想を抱いていると、その腕がビンタをするようにリタの方に振り回された。

 それをかわすため、足元に竜巻を出現させつつ飛び上がる。

 爪先ギリギリをゴーレムの腕が通過していったのを確認したところで、その足元に杖を向けた。


「『風属性中級魔法:ウィンドカッター』」


 刃の形をした風の塊が複数出現し、ゴーレムの足を切り裂いた。

 腿の部分が一部破壊され、体のバランスを崩すゴーレム。不安定な足に踏みつぶされないように注意しつつ、その足元に潜り込み、杖を上に向けた。


「『水属性上級魔法:リ・グリートフォード』」


 ゴーレムの頭上に魔法陣が展開し、そこから球体状の水の塊が出現する。

 その水は徐々に大きくなっていき、ゴーレムの体を越えるほどの巨大な塊になった後、吸い込まれるように落下した。


 大量の水に押しつぶされたゴーレムが、派手な音を立てて崩れていく。

 それに巻き込まれないように、リタは風を使ってその場から距離を取った。


「よし、なんとか……、げっ」


 下半身が崩れたゴーレムが、腕の力だけでリタの方に這い寄ってきた。

 なんという執念だろうかと感心してしまったが、そんな場合じゃない。


 急いで杖を構え直した時、足が少しフラついた。

 恐らく魔力の使い過ぎによる疲労だろう。しかしここで倒れるわけにはいかない。

 時間をかければ、ゴーレムがさっきみたいに体を復活させてエミリーたちに襲い掛かるかもしれない。そうならないように一気に決めないと。


 乱れかけた息を整え、大きく深呼吸をする。


「『風属性上級魔法:リ・ウィンドエッジ』」


 魔法陣から出現した巨大な風の刃が、ゴーレムを縦に切り裂いた。


 低い唸り声をあげ、崩れ落ちていくゴーレム。

 今度こそ完全に行動不能になったのを見届けてから、リタはへなへなとその場に崩れ落ちるように膝をついた。


「疲れた……」

「リタ様! 大丈夫ですか!?」

「あ、エミー……へーきへーき」


 駆け寄って来たエミリーの方を振り返り、軽く手を振る。

 いつまでも膝をついたままじゃ心配させるかと思って立ち上がると、足元は多少フラつくものの、歩くことに問題はなさそうだった。


「ああああ!? リタ様の綺麗なお顔に傷が!!」

「あ、そうだ……ごめんね、服傷つけちゃった」

「そんなの今はどうでもいいです!! 大丈夫ですか!? 歩けませんよねおぶります!」

「歩ける歩ける……大丈夫だからほんとに」


 その場に跪いて背中を向けて来るエミリーを、慌てて立ち上がらせる。

 疲労感があるとはいえ、背丈がそんなに変わらないエミリーにおんぶしてもらうのは流石に気が引ける。


「な、なるほど……庶民の割にはなかなかやるわね」


 偉そうなことを言いつつも、恐る恐るといった感じで近付いて来たカーラは、リタの顔を見て、不愉快そうに眉を歪めた。


「なかなかやるわね、じゃないでしょ! あんたが馬鹿なこと言ったせいであんたのとこの馬鹿兄が意地になって、ロクに制御も出来ない魔物召喚するからこんなことになったんでしょ! 謝りなさいよ!」

「謝る必要があったとしても、それは無茶をした兄さんであって、私じゃないわ」

「あんた……どんだけ根性曲がってるの……」


 そもそもユージャがリタと戦うことになったこと自体、カーラのせいみたいなところはあるのだが――このお嬢様には正論を述べたところで意味はないだろう。


「うぅ……リタ様……本当にごめんなさい……」

「い、いや、本当に大丈夫だから」


 何故かカーラの代わりに何度も謝罪しているエミリーは、感情がごちゃ混ぜになっているらしく、リタを抱きしめて泣き始めてしまった。


 多少疲れたくらいで大した怪我もないし、むしろエミリーたちに借りた服が一番ダメージを受けているレベルなので、そんなに泣くようなことでもないのだが。


 リタは一瞬エミリーを引き離そうとしたが、少し悩んだ後、慰めるようにその頭を撫でた。



続く

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