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【93.代理対決】

 朝食を食べながら、明日――最終日、みんなで市場に行く約束をした。

 昨日はカーラに振り回されっぱなしで、ほとんどロクに買い物が出来なかったから。

 ラミオもニコロも買おうかどうか迷っているものがあるらしく、最後に市場に寄ってから学校に帰ることになった。


 明日が全員行動な分、今日はパーティーの時間までは自由行動にしようということになり、リタは一目散にアイリの予定を確認したが――


「えっと、私はちょっと用事があって……」


 あえなく撃沈。


 こんなところに来て用事ってなに? 私より大事な用事? と、うっかりヤンデレみたいに問い詰めそうになったが、そんなことをしたらアイリに「なんだこいつ」と思われるかもしれない。


「分かった」


 なのでリタは心の中で泣きつつ、笑顔でそう言った。



 それにしても、アイリとは別荘に来てからあまり一緒の時間を過ごせていない。

 まあ普段学校でも寮でも一緒だから、向こうはそろそろリタに飽きている頃なのかもしれない。

 リタとしては、彼女と一緒にいて飽きることなんて永遠にないのだが。


 もしかしてこのまま距離が開いたりなんてこと――と、暗い気持ちになりかけたところで、眩しい髪色の二人が目の前に飛び込んで来た。


「リタ様、お時間があるなら私ともう一度デートしましょう!」

「いや、俺様と一緒に出かけないか!?」

「えっ、えっと……」


 正直どちらもあまり気乗りしないところだったが、ニコロとウィルに助けを求めて視線を送ると、勢いよく逸らされた。二人とも、面倒ごとに巻き込まれたくないと顔に書いてある。


 どうしようか迷っていると、呼び鈴が鳴った。


「……なんだか嫌な予感がするな」


 そう呟いたラミオの勘は、結果的に大正解だった。


 来客の対応に出たらしいジョーは、リタたちの元に来るなり、なんとも言えない顔で「ユージャ様とカーラ様がお越しになりました」と、この間と同じような台詞を放った。


「やはりか……今行く……」

「いえ、今回はエミリー様とリタ様に御用があるそうです」

「え? 私だけじゃなくてリタ様にもですか?」

「なんだろうね……」


 エミリーもリタも嫌な予感をひしひしと感じたので、二人そろって眉をひそめた。


 カーラに呼び出されるなんて、ロクな話じゃないのは容易に想像がつく。

 事情を知らないアイリたちは不思議そうな顔をしていたが、ラミオは真剣な表情でリタに問いかけてきた。


「俺様もついて行った方がいいか?」

「大丈夫ですよ。きっと遊びに誘いにでも来てくれたんでしょうし」


 もちろんそんなわけないと分かっているが、他のみんなに余計な心配をかけたくない。


 目が合ったアイリは、視線で「何かあったの?」と問いかけてきているように見えたので、何でもないという風に手を振っておく。

 それからエミリーの方に向き直る。


「とりあえず、呼ばれたからには行ってみましょうか……リタ様が気乗りしないのであれば、私だけでも大丈夫ですけど」

「ううん、私もついてく」

「では……」


 リタよりも遥かに気乗りしていなさそうなエミリーが、重い足取りで玄関の方に向かっていく。

 その後ろに続いて歩きながら、リタはカーラたちの用件を予想してみた。


 わざわざセットで呼び出すなんて、タイミング的に考えて、昨夜カーラがエミリーの想い人を知ったからとしか思えない。

 ただ、知ったところでカーラにはそのことに口を出す権利なんてないはずだ。

 ナメられているらしいとはいえ、エミリーの立場は彼女たちよりも上。それ以前に、他人の恋路に口出しなんて、普通の人ならしない。


 色々考えてみたが、結局どんな用件なのか考えつく前に玄関に辿り着いてしまった。



 仁王立ちで待っていたカーラは、いつもより遥かに不機嫌そうだった。

 リタたちが来るなり、「遅い!」と一言。

 彼女のエミリーへの接し方を見ていると、本当に身分とか立場というものを忘れそうになる――悪い意味で。


「昨日ぶりね、エミリー」

「毎年毎年、ここに来たら毎日のように来るのやめてよ……で、用はなに? 私たちはこれから出かけるから忙しいんだけど」

「勝負しなさい」

「は?」


 いきなりの提案に素っ頓狂な声を上げたエミリーの眼前に、ビシッと指を突きつけるカーラ。


「勝負よ、魔法の勝負! どっちが強いか、ハッキリさせようって言ってるの!」


 魔法の勝負といえば、エクテッドで言うところの決闘だが、もちろんここは校内ではないので例のリボンが出現することはない。ダメージ軽減がない状態での魔法の対決なんて、危険な行為だ。


 こんな申し出、スピネルが聞いたら飛んでくるんじゃないだろうかと、リタは周囲を少し見回してしまった。生憎彼女は立ち聞きなどしていないようで、気配は感じられなかったが。


「何で急にそんな……」

「昨日言ってたじゃない。そこの庶民は強いって」


 今度はリタが指さされた。


「言ったからには、その庶民の強さを確かめさせなさいよ」

「は? 勝負ってリタ様とってこと? そんなの承諾するわけないでしょ!」

「どうして? 自信があるなら受けたって構わないはずじゃない」

「馬鹿じゃないの!? こっちは休暇に来てるの! リタ様はそれに付き合ってくれてるお客様なの! そんな人に勝負しろなんて失礼でしょ!?」


 それはそう、と思いながらリタが心の中で頷いていると、カーラは「ふん」と鼻で笑った。


「大体生意気なのよ、庶民ごときがこんな場所に来て……もう一人の女だってそうよ。ラミオにベタベタ触って……」


 ――なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 大体ベタベタって、あれはアイリが転びそうになったからラミオが庇っただけだろうに。


「そいつを倒した後は、あの女にも勝負を挑みに行くからね」

「カーラ……いい加減にしてよ。私たちはあんたの子守りをしにここに来たわけじゃないんだけど」

「なんですって?」


 怒ったらしいカーラは、あろうことかエミリーに向かって手を伸ばした。

 その手が何をしようとしていたかは分からないが、何かされた後じゃ遅い。なのでリタは、素早く前に踏み出して、カーラの手を掴んで止めた。


「は、放しなさいよ!」

「はい。でもエミリー様に手出しするのはやめてください」


 大人しく手を放したのに、すごい目つきで睨みつけられる。

 それと同時くらいに、後ろにいたユージャが、妹を庇うように前に出てきた。


「おい、俺の妹に何してんだ」

「手を掴んだだけですが……」

「地位も名誉もない人間が俺の可愛い妹に触ってんじゃねえよ。礼儀知らずが」


 果たして真の礼儀知らずはどちらなのか。

 そう言い返してやりたかったが、ここでのリタは招待された立場。貴族相手に好き勝手言って、万が一にもエミリーやラミオに迷惑がかかったら申し訳ない。


「どうしてもそこの庶民が嫌って言うなら、あなたが代わりに勝負してもいいのよ? 魔法の力比べ、昔はよくやったじゃない」

「それはそうだけど……」


 気まずそうに視線を逸らすエミリー。


 この二人はゲームに登場するキャラではないので、どれほどの実力なのか明確には分からない。なんとなく感じるものがないから、恐らくそこまでの実力者ではないと思うが。


 しかしエミリーの反応だけで判断すると、彼女が快勝出来る力関係ではないんだろう。


「……確かにリタ様の手を煩わせるよりはその方がいいかも」

「いやいやいや……エミリー様、ちょっと」

「なんですか?」


 ちょいちょいと手招きすると、エミリーは素直に顔を寄せた。


「どう考えたって私が相手するべきだよ。元々喧嘩を売られたのは私なんだから」

「でもリタ様はお客様ですし……そもそもこうなったのも、私の不用意な発言のせいですし」

「この際お客様がどうとか関係ないって。エミーがもし怪我でもしたら……色んな人が怒るでしょ」


 そしてリタも確実にスピネルに怒られる。


 そもそもカーラは、リタの後にアイリにも喧嘩を売るというようなことも言っていた。リタとしては、それは何が何でも防ぎたい。


「あの二人とは昔からよく魔法で競ってましたし、怪我をしたりさせたりってことはないと思いますけど……」

「でも万が一ってこともあるから」


 二人に聞かれないように小声で話していると、待ちきれなくなったのか、ユージャが叫んだ。


「さっきから何をヒソヒソと話してんだ! そんなに悩むんなら、二人同時に相手してやるよ!」

「あ、いえ、私一人でお相手します」


 前に出ようとするエミリーを手で制して、リタはユージャの方を見て微笑んだ。



◆ ◆ ◆



 あの後、納得がいかない顔をしていたエミリーを何とか諭して、無事リタがユージャと勝負をすることになった。


 とはいえ、まさか別荘の敷地内で喧嘩を始めるわけにもいかないので、みんなには「買い物に行く」と嘘をついて場所を移動した。


 またアイリに嘘をついてしまったと少し凹みながら、リタが三人の後を大人しくついて行くと、連れて来られたのは住宅街からかなり離れた開けた場所。

 もう少し先に行くと森林があり、周囲には目立った建物もない。人気もなく、見渡す限りリタたち以外は誰もいない。


 なるほど、喧嘩にはピッタリな場所だなと思った。


 それにしても、エミリーとカーラの口論がキッカケで、リタとユージャが争うというのも変な話だ。

 最初の口振りから、てっきりカーラが戦うものとばかり思っていたのだが。


「お前、年はいくつだ?」

「十三です」

「カーラと同じか……年下の女相手に本気を出すのは気が引けるな」


 そういう配慮は出来るんだ――とリタが驚いていると、隣にいたエミリーが笑った。


「変な遠慮してたらすぐに勝負がついちゃうわよ。リタ様はラミオより強いんだから」

「は? ……いや、流石にそんな冗談は信じないぞ。ラミオの実力は俺もよく知ってんだから」

「冗談じゃないわよ」

「いや、ありえねーって。大体それなら――」

「もう! そんな嘘はどうでもいいから、兄さん、全力でやってよ! 手加減して負けるなんて一番ダサいわ!」

「分かった。本気でいく」


 即答だった。

 可愛い妹に「ダサい」とは絶対に思われたくないんだろう。


 エミリーに怪我をさせるわけにはいかないから勝負を引き受けたものの、正直リタとしては極力穏便に終わらせたい。

 ユージャに怪我でもさせたら、それはそれで別の問題になりそうで恐いから。


「カーラたちは危ないから下がってろ」


 二人にそう言ったあと、ユージャはリタの方を見た。


「使用魔法は自由。相手の気を失わせるか、参ったと言わせるか、行動不能にさせれば勝ち。それでいいか?」

「はい」

「よし、少し距離を開けてから始めようぜ」


 ユージャの提案通り、距離をとるために歩きつつ、考える。


 気を失わせるような攻撃をぶつけるのは出来れば避けたい。

 以前アイリがガイルスにやったように、圧倒的な力量差を見せつけて「参った」を引き出すか――しかし、シスコンである彼が妹の前でそう簡単に降参するとも思えない。


 残る勝利方法は行動不能だが……これは具体的にどういう意味なんだろうか。拘束魔法で相手の手足を縛りつけて、それが解けなければ勝ちにしてもらえるんだろうか。


「でもそんな地味な勝ち方したら、変な恨み買いそうだよなぁ……」

「リタ様、リタ様」

「ん?」


 カーラと共に離れて行ったと思っていたエミリーだが、まだリタの隣にいた。考え事をしていたせいで気が付かなかった。


「大丈夫だとは思いますけど、ユージャは召喚魔法だけは得意なので……あと妹の前では異常なカッコつけなので、気を付けてくださいね」

「召喚魔法……」


 名前の通り、魔力を用いて何らかの存在を呼び出す基礎魔法の一つ。エクテッドでも選択授業にあるので、リタも何度か学んだことがある。


 事前に契約した魔族や精霊などを呼び出せるらしいが、あまり詳しくは知らない。

 何故なら、アイリをはじめとしたメインキャラクターたちは召喚魔法をほぼ使用しないため、設定としての知識しかないから。


 また、召喚魔法は魔法陣を直接描かないといけないため、流石に前世の記憶の中にあるその形を正確には覚えていないので、ほぼこの世界で学んだ知識しかない状態で、実際使用したこともない。


「では、頑張ってください……」


 どこか元気のない声でそう言って離れていくエミリー。恐らく、リタに戦わせることになったのをまだ気にしているんだろう。


「よし、カーラ、掛け声を頼む」


 それにしても、実戦で召喚魔法を見るのは初めてだが、どうやって戦っている最中に魔法陣を描くんだろうか。

 まさか相手に「ちょっと魔法陣描くから待って」なんて言えるわけもないし。


 想像しながら、リタはユージャに合わせて、腰に差していた自分の杖を取り出した。


「では、位置について、よーい、スタート!」


 運動会かな、とツッコミたくなる掛け声が聞こえたと同時、ユージャは手にしていた杖を地面に向け、ものの数秒でそこに魔法陣を描いてみせた。


「うわ、早……」

「『我が声に応えよ、グリーンウェアラット召喚』!」


 そのスピードに呆けている間に、詠唱まで済まされてしまった。


 地面に描いた魔法陣が光り浮かび上がる。

 巨大化した魔法陣から、ネズミによく似た魔物――ウェアラットが十数匹出現した。一番サイズの小さいグリーン種なので、通常のネズミの二倍程度の大きさだ。


「いけ、お前ら! あの生意気な庶民の体を食いちぎってやれ!」


 ユージャの恐ろしい掛け声と共に襲い掛かって来る魔物たち。一匹一匹のサイズはそこまででなくても、群れで来られると妙な迫力がある。

 リタは一歩後ろに下がりながら、杖を構えた。


「『雷属性中級魔法:サンダートルネード』」


 魔法陣から放たれた電気の渦が、リタの体を包み込むようにして舞い上がっていく。

 リタを目掛けて飛んできたウェアラットたちはその電気に包まれ、甲高い悲鳴を上げて消滅した。


 実体の魔物相手だと物理ダメージがあるので手を抜くわけにはいかないとはいえ、生き物の断末魔を聞くのはあまり気分のいいものではない。


「なっ……お、お前、その年で中級魔法を……?」


 わなわなと震えるユージャを見て、リタは今だと思い、にっこり微笑んでみた。


「中級どころかそれ以上も余裕ですけど、降参しますか?」

「それ以上!? ま、まさか本当にラミオに勝ったのか……? 庶民ごときが……っ」


 悔しそうな声を漏らしつつも、青ざめていく表情。

 もしかしたらこのままアッサリと降参してくれるかもしれないと、リタが期待した時だった。


「兄さん! 何やってるのよ! そんな奴相手に負けたら嫌いになるからね!!」

「……!!??」


 さっきの比じゃないくらい真っ青な顔で、自分の妹の方を振り返るユージャ。


 それからブツブツと何かを呟きながらリタの方を見た時には、なんかもう真っ青を通り越した顔色をしていて、少し恐かった。


「もしもあいつがラミオよりも強いってんならラミオに勝ったことがない俺が正攻法でいったところで勝てるわけがない……かといって負けたらカーラに嫌われる……すなわち死……こ、こうなったら仕方ない……先生にはまだ早いって止められてたけど……」


 ユージャの呟きはリタには届いていなかったが、彼が再び素早く魔法陣を描き始めたので、杖を構え直した。



続く

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