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【91.ワガママな貴族様】

 流石ラミオのお気に入りとでも言うべきか、その店の食事はとても美味しかった。

 リタは思わず豪快に食べてしまい、それを見たカーラは無言ながら心底呆れているようだった。



 昼食を終えた後、今度はみんなで回ろうということになったのだが、常に先頭を歩いているカーラはラミオにべったりとくっついている。それはもう言葉通り「べったり」で、腕を組んでくっついている。


 リュギダスが取り憑いていたエミリーの時も思ったが、ああいう風に人前でくっつく行為は、あまりお行儀の良いものではない。

 それでもラミオが文句を言わずに従っているのは、恐らくカーラが言い聞かせたところで大人しく引き下がる性格じゃないからだろう。


「大変そうだね、ラミオ様……」


 隣を歩いていたアイリが耳打ちしてきた。


「優しいんだろうね」

「……リタは大丈夫?」

「何が?」

「えっと……ほら、ラミオ様はリタのことが……、だからリタも少しは気になってるのかなって思って……」

「え? ……あ、ああ、ハハハ」


 そういえばアイリには、王族に興味がない偉そうな女だと思われないために、ラミオには恋愛的な興味は一切ないことを明言していなかった。

 なので回答を誤魔化すように笑っておく。


 もしかしてアイリの中では、リタはラミオからのアプローチに心惹かれているとか思われてるんだろうか。


 ――何故か、それはそれで嫌な感じがした。


「あの、アイリ。立場がどうこうとかじゃないけど……私は」

「きゃっ」


 何か言おうとした時、アイリが段差に躓いて体のバランスが崩れた。


 リタは咄嗟に支えようとしたが、隣からだと腕を引っ張ってアイリに痛い思いをさせてしまうかもしれないと、一瞬躊躇った。

 その間に、前を歩いていたラミオが悲鳴に気付いて振り返り、倒れて来るアイリを支えてくれた。


「大丈夫か?」

「は、はい、すみません」

「うむ。ここら辺の道は少しガタついているからな、気を付けるといい」


 お礼と共にすぐにアイリは離れた。


 転びそうになったアイリをラミオが助けた――単にそれだけのことだ。

 後ろを歩いていたニコロですら、アイリが転ばなかったことにホッとしているだけだというのに。


「……」


 カーラは分かりやすいくらい不貞腐れた顔をしていた。


 どうやらラミオが振り返る際に、腕を振り払う形になったのが相当気に入らなかったらしい。

 しかもアイリを睨みつけているものだから、何だか嫌な予感がしてならない。


「おいカーラ、そう怖い顔すんなよ。美人が台無しだぜ?」


 隣にいる兄の、少し気持ちの悪いフォローで機嫌を直してくれればいいのだが。


 そんな心配をしていると、エミリーが「わ」と声をあげて足を止めた。

 自然とみんな立ち止まり、彼女が見ている方に目を向ける。


 そこにあったのは小さな露店。

 『加工の石』で作られたと思われる綺麗なアクセサリーなどが並んでいる。いかにも女の子が好きそうなラインナップだ。


「わー……綺麗! ねえねえラミオ、これ買って?」

「自分で買えばいいだろう」

「もう分かってないんだから……ラミオから貰うから意味があるのよ」

「そう言われてもだな……」

「カーラ、代わりにお兄ちゃんが買ってやろう!」

「えぇー……ま、それでもいいわ……」


 そんな三人の会話がどうでもよくなってしまうくらい、リタはその露店を見て呆けていた。


「リタ様、これすっごく綺麗ですよ! ……リタ様? どうしたんですか?」

「……あ、い、いや、綺麗過ぎて見惚れてた」


 なんていうのは建前で、本音は、偶然にもその露店がⅠのラミオルートに登場する場所だったからだ。


 ラミオと恋人になった『アイリ』がラミオに市場を案内してもらっている最中、この露店に興味を引かれ、彼にネックレスをプレゼントしてもらうという、スチル付きのイベントシーン。


「なんか感動するなぁ……」

「そんなにですか? リタ様、こういうアクセサリーとかお好きなんですね」

「ま、まあね、一応女子だから」


 本当はホリエンのことを思い出して感動していたんだけど、言えないのでそういうことにしておこう。


 それにしても、あのプレゼントをこの目で拝むことが出来るとは思わなかった。イラスト上でも綺麗だったけど、実際に見ると更に綺麗なんだなぁ。


 リタはそんなことを考えながら、まるで宝石のような小さな石がくっついたネックレスを見て、ニヤニヤを抑えられなかった。


「……」

「あ、アイリも興味ある? ……よければ今日付き合ってもらったお礼に、僕が買おうか?」

「え、悪いしいいよ。自分で買えるから」

「そう……」


 ニコロがあっさりとアイリにフラれたのは、流石に隣で聞いていて可哀想だなと思った。



◆ ◆ ◆



 結局あの後もカーラたちと行動を共にすることになり、夕方近くになって別荘に帰ってくるまで一緒だった。


 しかもカーラの「あそこに行きたい」だの「あれが食べたい」だのの言いたい放題のやりたい放題に全員で付き合わされる羽目になったので、ラミオ以外は体力の限界を迎えていた。


 別荘に入るなり、ソファに倒れ込むような形で座る面々。


「あー……疲れた……」

「全くだ……俺はもう今日は歩きたくない気分だよ……」


 リタの言葉に、弱々しく答えるウィル。彼は途中で購入したらしい魔導書を持っての移動だったので、より疲れたのだろう。


「みんなすまない。俺様がカーラを止められなかったばかりに……」

「……ラミオ様でも逆らえない相手がいるんだなって、感心しましたよ」

「ウィル、それはなんか嫌味っぽいよ……。気にしないでください。僕たちも授業だったと思えばへっちゃらですから」


 フォローになっていない気がするフォローをするニコロ。

 いつも通りの笑顔だが、気が回らないくらい疲れているらしい。


「アイリは大丈夫?」

「えっ、あ、うん……平気だよ」

「?」


 なんか今、挙動不審だった気がするけど、本当はすごく疲れているってことだろうか。


 リタが不思議に思っていると、ティーセットと共にジョーとスピネルがやって来た。


「皆様、お帰りなさいませ。疲れを癒すハーブティをご用意致しました」


 なんという抜かりの無さ。流石王族に使える使用人たちだ。

 もしくは、二人もカーラの性格を前々から知っていて、こうなることを予見していたのかもしれない。


 ぐったりと疲れ果てていたリタだったが、カップに注がれる紅茶から漂う良い香りをかいで早くも癒されてきた。




 夕食前、くつろいでいると、エミリーが手招きをしてリタとアイリを呼んだ。

 何だろうかと二人で顔を見合わせながらついていくと、廊下の誰もいないスペースで、小声で話し始める。


「あの……今更なんですけど、今後カーラとは外で会ったとしても、極力相手をしないようにしてください」

「でも相手は貴族でしょ? 流石に立場上無視はし辛いよ」

「無視しろとまでは言いません。無難にやり過ごしてください。特にアイリは普段弱々しいので、毅然とした態度で!」

「う、うん!」


 返事をしながら、ぴしっと背筋を伸ばし、眉を吊り上げて見せるアイリ。

 今やっても意味はないんだけど、可愛いから良し。


「あとリタ様は、ラミオから好かれてること、くれぐれもバレないように気を付けてくださいね」

「もちろん」


 バレたらどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。確実に面倒なことになる。


「あの二人、昔からカッとなると突っかかって来るタイプなんで」

「エミー相手にもそうなら、私たちなんて喧嘩売られまくりそうだね……」

「はい。二人そろって、出自で人間の価値が決まるって考え方でもありますし……今までも無礼な態度で接しさせてしまい、すみません」

「いや、エミーが謝ることじゃないよ」

「そうだよ……それにそんなに失礼なこともされてないし」


 リタとアイリが続けざまにフォローすると、エミリーは「ありがとうございます」と言って頭を下げた。


 それにしても、いくら昔からの付き合いとはいえ、二人の仕出かしたことでエミリーやラミオが謝るというのも凄い話だ。


「まあ、いつもラミオの前では大人しくしているので、ラミオと行動している時に会う分には大丈夫だとは思うんですけど……」


 あれで大人しい方なのか。

 ラミオがいない時は一体どんな態度になるのか――想像するだけで恐ろしい。




 今は、この別荘に来て二日。つまりアイリと別々の部屋で過ごすようになって二日。

 そろそろアイリの寝る前の「おやすみ」とか、彼女の寝息とかが恋しくなってきたな、なんて気持ち悪いことを考えていると、リタの眠気はどこかに飛んで行ってしまった。今日は一日歩き回ってクタクタなはずなのに、不思議なものだ。


「もしかして無意識にこの別荘の豪華さに緊張してるのかな……」


 とりあえず起き上がってみる。

 ベッドから出ると、ひんやりとした空気が肌に当たって少し寒かった。


「……そういえばここって、星が綺麗に見えるんだっけ」


 ラミオルートで恋人同士の二人が夜の散歩をしていたことを思い出し、せっかくなのでやってみたくなった。今のリタには恋人なんていないので一人だが。



 音を立てないように扉を開け、廊下に出る。

 そこは部屋よりも更に冷えていて、一瞬くしゃみが出かけたけど、誰かを起こしてしまわないように我慢した。


 リタが忍び足で廊下を進んでいると、急にどこかから「ギイイィ」という音が聞こえてきて、驚いて声が出そうになった。


「今の、扉が開く音……?」


 もしかして誰かがリタのように眠れなくて外に出たのだろうか。それともジョーかスピネルが外の見回りにでも行ったんだろうか。


 どのみち、話し相手にでもなってくれたら、眠気が来るまでの暇つぶしになるかもしれない。

 仕事の邪魔になるようなら遠慮すればいいだけだし、とりあえず追いかけてみよう。

 そう思って一階に行き、玄関の扉を開いた。


「わっ、さむっ……」


 流石に上着を羽織って来たけど、季節的にそれだけでは寒さをしのぐには不十分だった。

 こんな状態で外に長居してたら最悪風邪をひくかもしれない。大人しく部屋に戻るべきかと考えた時、


「あら、こんな時間に会うなんて奇遇じゃない、エミリー」


 そんな声が聞こえて、思わず適当な場所に身を隠してしまった。


 別に自分に声をかけられたわけじゃないので隠れる必要もなかったかもしれないが、その声がカーラのものだったから。エミリーに釘を刺されたばかりだったので、条件反射で体が動いてしまった。


「……奇遇っていうか、待ち伏せてたんでしょ?」


 心底面倒くさそうな声音で返事をするエミリー。

 どうやら先ほど扉を開けたのは彼女だったらしい。計画性の無いリタとは違い、きちんと暖かそうなコートを羽織っている。


「夜中に散歩する趣味は相変わらずなのね。陰鬱なあなたらしいわ」


 なるほど、確かにさっきより口が悪い。

 エミリーが言っていた「ラミオの前では大人しくしている」というのは、本当らしい。


「そっちこそ、わざわざ嫌味言うためだけにこの寒い中やって来る根性は相変わらずね」

「今日は嫌味だけじゃないわ。なによ、あの庶民たちは」

「私の友人だけど」

「やっぱりね! あんなみすぼらしい子たちがラミオの友人なわけないと思ってたのよ……まったく、ここら辺には名高い貴族たちの別邸がたくさんあるっていうのに、あんな子たちを連れて来るなんて、何を考えてるのよ」


 それを言うなら、今リタたちがお邪魔しているお宅こそ、この国で一番名高い家族の所有物件なのだが。


「両親にもちゃんと伝えているし、ウチの別荘に誰を呼ぼうと、あなたにどうこう言われることじゃないでしょ」

「私はラミオのことを心配して言ってるの! あの子たち、ラミオに色目使ったりしてるんじゃないでしょうね?」

「あり得ないわよ。……というか、もう帰っていい? カーラの顔を見たら散歩する気分も失せちゃった」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 踵を返したエミリーの肩を掴み、無理やり引き止めるカーラ。エミリーは鬱陶しそうにその手を払い、彼女に向き直った。


「なに?」

「もう一つ聞きたいことがあったの。あなた、その内の一人……名前は忘れたけど……庶民相手に様付けなんかして、どういうつもりなの?」

「どういうつもりって、好きだからだけど」

「はあ!?」


 時間帯にふさわしくないほどの大声が、閑静な住宅街に響き渡った。



続く

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